Friday, August 10, 2018

フェイクとヘイトの「闇」に迫る


永田浩三編『フェイクと憎悪――歪むメディアと民主主義』(大月書店)


「本書は、新聞、放送、出版、書店、インターネット等、それぞれの最前線で活躍するひとたちと、気鋭の研究者や運動家が、『フェイクと憎悪』の内側に生々しく迫り、この歪んだメディアの現実にどうすれば歯止めをかけ、日本社会に健やかさをもたらすことができるかを論じるものである。」


序章の永田浩三「いまメディアに何が起こっているのか」では、放送法第四条撤廃問題を手がかりに報道における「政治的公平性」問題を問い直し、逆に政治家によるフェイク発言の実態を取り上げつつ、TOKYO MXテレビの「ニュース女子」番組問題に言及しつつ、「情報の隠蔽や改ざん、政治家の見識のなさ、メディアの不勉強や取材の甘さ、ひとびとの無理解と差別・偏見・・・これらが絡みあい燃料となることで、『フェイク』と『ヘイト』っが燃え盛る。さらに、日本社会特有の自粛や忖度、メディアへの過信と不信という相矛盾する感情が、事態をさらに悪化させているように思う」という。こうしたメディアの「闇」に切り込むために本書は企画・編集された。


第一部「歪むメディア」では、「ニュース女子」問題について二つの重要論考が収められる。一つは斉加尚代「歪曲される沖縄の基地反対運動――大阪からみた沖縄とメディア」である。著者はMBS毎日放送報道局デイレクターで、『沖縄さまよう木霊――基地反対運動の素顔』の担当者で或。すなわち、『さまよう木霊』取材で明らかになった沖縄の現実と、「ニュース女子」が捏造した「報道」が対比され、問題の所在が鮮明にされる。

もう一つの、ノンフィクションライター西岡研介「関西テレビ界に蔓延る『チーム純愛』の闇」は、捏造番組「ニュース女子」を生み出した人脈に焦点を当て、やしきたかじんの評伝、『たかじんno~』、『たかじんのそこまで言って委員会』へと「過激な本音トーク」を売り物にした番組作りをしてきたスタッフ、そしてDHC会長の極右思想がどのようにして結びついてきたかを追跡する。

以上の3本の論考を読むだけで本書の重要性は明かである。「『フェイクと憎悪』の内側に生々しく迫」るという編者の問題意識がヴィヴィッドに活かされている。


他方、川端幹人(元『噂の真相』副編集長)「劣化する『保守』論壇誌と極右運動」は、安倍政権の登場とともに、極右運動が全面展開し、ついには「保守」論壇誌を事実上乗っ取り、歴史修正主義と陰謀論が跋扈してしまう経過を追跡している。

臺宏士(フリーライター、元毎日新聞記者)「産経新聞による記者・メディアへのバッシング」も同じ問題意識から書かれている。政権を追及する記者に対する猛烈な攻撃(例えば望月衣塑子・東京新聞記者)、植村隆元記者への中傷、沖縄二紙に対するバッシングと誤報を素材に、極右思想に乗っ取られたメディアの悲惨な実態を暴く。

さらに、北野隆一(朝日新聞編集委員)が、産経新聞の「歴史戦」と訴訟が結局のところ自爆に終わった経過を詳しく紹介する。立岩陽一郎(調査報道NPO「ニュースのたね」編集長)はトランプ政権に関する報道に代表される国際報道の歪みを指摘する。


第二部「公正な言論空間とは」では、フェイクやヘイトに対するチェック(古田大輔)、「日本スゴイ」論の末期症状(香山リカ)、「言論の闘技場」としての書店(福嶋聡)、日本型ヘイトウオッチ(梁英聖)、ネット社会における世論(辻大介)の諸論考を収めている。


編者は最後にこう述べる。

「歴史に対する無知や差別に基づき歪曲された情報を大手メディアが垂れ流し、ネットを介して弱者に集中的に降り注ぐなどということは、許されざる事態であり、わたしたちが生み育ててきた人権を尊重する社会とは相いれない。そうした暴力にどう歯止めをかけるか、法律による具体的な規制を作ることを含め、わたしたちにとっての喫緊の課題である。」