Sunday, August 16, 2026

歴史否定・歪曲との闘い01

国連人権理事会第63会期に、バーナード・デュハイメ「真実・正義・補償・再発防止特別報告者」報告書(A/HRC/63/25. 6 July 2026)が提出された。

デュハイメは20245月から特別報告者。カナダのケベック大学教授、コロンビア・ロースクール人権研究所研究員、国連強制失踪作業部会メンバー。

目次

Ⅰ 序文

Ⅱ 特別報告者の活動

Ⅲ 一般的検討

Ⅳ 国際基準の遵守

Ⅴ 否定主義の古典的形態と現代的形態及びその影響

Ⅵ 否定主義に対処する:鍵となる検討

Ⅶ 結論

中心となるのはⅤであり、古典的形態と現代的形態という2つの形態に分けて否定主義を見ている点で興味深い。

以下、ごく簡潔に紹介する。

Ⅲ 一般的検討

特別報告者は基本的立場を提示する。特別報告者は、移行期の正義の文脈で、人権人道法の重大侵害についての否定主義・修正主義denialism, negationism, revisionismに直面している重大な挑戦を検討する。否定主義者が持ち出す複合的問題についての視点を提供し、この現象をいかに予想し、予防し、効果的に対応するか、移行期の正義過程と再発防止の期待に対する有害な影響をいかに減じるか。

denialism, negationism, revisionismの観念は密接に関連し、当局、専門家、研究者等によって互換的に用いられる。

人権人道法の重大侵害のdenialismには一連の形態がある。文字通りの事実の否定。事実があったと認めつつ、人権人道法の侵害についての解釈を争う。苦痛を与えたことを認めつつ、その意味合いを否定する黙示的否定もある。

negationismも同様である。もともとニュルンベルク裁判で認定されたホロコーストの事実を否定しようという政治的動機に結びついていたが、ルワンダや旧ユーゴスラヴィアのジェノサイドの否定といった多様な否定主義に結びついた。

Revisionismは、前任の特別報告者が言及したように、文化的権利分野で定義されたが、過去の事実について、証拠を曖昧化し、捏造し、文脈を変えてしまうことで、過去のイメージを意図的に、偏向させ、政治的に変更するものである。Revisionismは、新たな情報を探求し、新たな資料や証言に基づいて過去の理解を更新する正当な努力とは異なる。逆に、裁判所や真実委員会によって法的に認定された過去の侵害の包括的説明を無意味にする試みである。

本報告書では、それらの現象をdenialismという用語で表現する。移行期の正義の分野の国際基準に従えば、真実は、正確な、包括的な、記録された過去の説明・解釈への被害者、その家族、社会の権利である。その状況、原因、類型、帰結、関与者の責任、被害者の運命も関連する。

重大侵害のdenialismは、過去の侵害についての正確な情報を隠蔽することから、重大な不正義、犯罪を正当化、合理化、相対化、矮小化、陳腐化するなど、多様な形態がある。侵害の組織的否定は、抑圧的体制の特徴であり、移行期の正義メカニズムはこうした否定に直面してきた。強制失踪は抑圧的体制の犯罪の否定のサンプルである。

最近、denialismは国家当局、政治家、不寛容な集団によって助長されてきた。もっとも有名な形態は、「ポスト真実ポピュリズム」である。ポスト真実ポピュリズムは、過去について、政治的に利用し、単純化し、狭隘な語りに繋げる。ポスト真実ポピュリズムは、最近の技術的、文化的、社会的発展、ソーシャルメディア、デジタル技術、AIの台頭に依拠し、陰謀論にもかかわる。

Ⅳ 国際基準の遵守

国際法基準から見ると、移行期の正義は、①真実、②正義、③補償、④記憶化、⑤再発防止の5つの視点が重要である。国家にはこれらを保障する義務があり、非差別、ジェンダー視点、被害者中心アプローチを採用すべきである。

しかし、各国の文脈を越えて、現代的形態のdenialismが、移行期の正義過程に脅威となり、5つの視点の努力を弱め、長期的な持続性を弱体化させている。

1に、denialismは、被害者と社会が過去の侵害について真実を知る権利の妨げとなり、虚偽を広めることにつながる。歴史の事実を抑圧し、既存の資料や証拠についての情報を歪め、真実を追求する努力の正当性を奪い、被害者の語りを解除する。

2に、denialismは、被害者の正義への権利を制約し、刑事司法の正当性を貶めて説明責任を妨げ、裁判の適切な機能を損ない、国内法廷や国際法廷が認定した責任を否定し、被害者の合法的地位をも否定し、捜査・訴追・制裁する国家の義務を侵害し、被害者が効果的な補償を受ける権利も侵害する。

3に、denialismは、過去の被害を矮小化して賠償の権利を損ない、被害者の尊厳を侮辱し、現行の補償制度を無意味にし、過去の犯罪についての謝罪や認定発言を取りさげ、国家が賠償、補償、リハビリテーションを提供する義務を台無しにする。

4に、denialismは、記憶化の領域における義務に違反し、過去の人権侵害の事実を将来の世代に保持し、伝達する義務を損なう。保管された証拠や資料へのアクセスを妨害し、被害者の証言や記憶化の努力の正当性を奪い、教育、文化、メディアに悪影響を与える。

5に、denialismは、憎悪スピーチや差別スピーチを助長し、分断するレトリックを宣伝し、過去の犯罪についての情報を隠蔽することによって、再発防止の保障を無意味にする。民主的原則や法の支配を阻害し、国家機関の社会的信用を浸食し、平和の文化、共存、相互理解を妨げる。

法律や政策によって、過去の人権侵害についての議論を制約することでdenialismと闘う試みがあるが、表現、教育、情報の自由の権利にぶつかっている。国際自由権委員会は「歴史の事実についての意見の表明を処罰する法律は、意見表現の自由を尊重すると言う国際自由権規約の義務に抵触する。過去の出来事についての誤った解釈といえども、一般的に禁止することは許されていない」としている。

denialism抑止のための法律、行政命令、手続きの適用の困難性は表現の自由を不当に侵害するかもしれない。真実への権利は知る権利、情報への自由として特徴づけられるので、真実への権利は情報にアクセスする権利に結びついている。国家は、国際法の下で、公共の利害に関する政府情報を公共圏に提示する義務がある。

だが、表現の自由、文化的権利、科学知識にアクセスする権利、教育権は、すべて、denialismと闘うための重要な方法である。国際自由権規約第20条によれば、国家は戦争宣伝や、差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する義務がある。人種差別撤廃条約第4条によれば、人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動を禁止しなければならない。ジェノサイド条約第3条によれば、集団殺害を犯すことの直接且つ公然の教唆を禁止しなければならない。この点で、ラバト行動計画の6要件に注意を喚起する。

*ラバト行動計画の6要件について、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究序説』543頁参照。