1997年に採択された国際刑事裁判所(ICC)規程第5条は、ICCの管轄に服する犯罪を、ジェノサイドの罪、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の罪の4つとしている。ICC規程第6条から第8条は、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪について詳細を定めている。ところが、ICC規程には「侵略の罪の定義」がなく、その定義は事後に検討することにされている。「侵略の罪の定義」はローマ全権外交官会議ではまとめることができなかった。定義を保留したまま、ICC規程本体を採択しておき、「侵略の罪の定義」は後の作業にゆだね、ICC締約国会議で要件を定めることにしたものである。ICC規程は侵略の罪を掲げてはいるが、現在は侵略の罪を適用できない。ICC準備会議において「侵略の罪の定義」作業が進められ、ICC発足後はICC締約国会議で議論が継続されている。――このことを持ちだして「侵略の定義はない」という主張がなされる。しかし、ここには初歩的な誤解がある。「国際法における侵略の定義」(A)は、1974年国連総会決議のような例がある。国際刑事裁判所規程で問題となったのは、単に「侵略の定義」ではなく、「個人の刑事責任を問うための犯罪規定としての侵略の罪の定義」(B)である。AとBとはまったくレベルの違う話である。Aの定義は存在し、しかも、これに対して国際社会で異論が唱えられていない。Bの定義は1997年にはまとまっていなかった。その後、議論が続いている。安部首相発言のごまかしの謎はここにある。