Tuesday, March 22, 2016

大江健三郎批評を読む(6)フィールドワーク:<四国の森>

大隈満・鈴木健司編著『大江健三郎研究――四国の森と文学的想像力』(リーブル出版、2004年)
おもしろい本だ。つい最近まで知らなかったが、古書で入手した。
初期の『芽むしり仔撃ち』、代表作の『万延元年のフットボール』、『同時代ゲーム』、『懐かしい年への手紙』、さらには『燃え上がる緑の木』に至るまで、大江の主要作品に登場する<四国の森>は大江の故郷の大瀬をモデルにしたものであることは明らかである。とはいえ、現実の大瀬がそのまま描かれているわけではなく、大瀬の歴史や現在をもとに、大江が作家的想像力で改変し、物語を構築してきたことも当たり前ではあるが、当然、前提として理解されてきた。
ところが、本書は、そうした前提に立ちつつも、現実の大瀬に立ち入って調査し、報告する。高知大学教授の鈴木健が、授業の「総合社会文化研究」で大瀬を調査することにして、学生とともに大瀬に行き、現地で取材・調査を行った。愛媛大学教授の大隈満も加わった。その結果報告が本書第一部に収録されている。
例えば、大瀬の地理・街並み・住居と、大瀬作品に登場する地理・街並み・住居の対応関係が明らかにされる。
あるいは、『万延元年』に登場する「地獄図絵」が、大江家の菩提寺の「地獄極楽掛物四幅容」として実在し、内容も対応していること、それが源信の『往生要集』に由来することを実証的に調査している。
第二部には、そうした報告をもとに、現実と小説作品を見据えながらの分析が展開されている。「虚構と現実の媒介としての音楽室」「倒立する<谷間の村>」「念仏踊り考」など、どれも新知見をもちに考察を加えている。
調査結果の全部ではなく、ごく一部しか収録されていないようなのが残念だが、おそらく執筆者たちがほかの場所で、それぞれ執筆・報告しているのだろう。

活字になった大江作品だけをもとに想像を広げ、思考することもできるし、本書のように現地調査をもとに議論することもできる。現地調査結果によって、読者の自由な想像が制約されることもありうるかもしれないが、逆に、より空想の幅を広げることもありうる。大瀬を訪れたことのない私には、とても楽しい本であった。

アイヌ文化史の複雑性と多様性

瀬川拓郎『アイヌと縄文――もうひとつの日本の歴史』(ちくま新書)
第1章 アイヌの原郷―縄文時代(アイヌと縄文文化、アイヌと縄文人、アイヌと縄文語)
第2章 流動化する世界―続縄文時代(弥生・古墳時代)(弥生文化の北上と揺れ動く社会
古墳社会との交流、オホーツク人の侵入と王権の介入)
第3章 商品化する世界―擦文時代(奈良・平安時代)(本州からの移民、交易民としての成長、同化されるオホーツク人)
第4章 グローバル化する世界―ニブタニ時代(鎌倉時代以降)(多様化するアイヌの世界
チャシをめぐる日本と大陸、ミイラと儒教)
第5章 アイヌの縄文思想(なぜ中立地帯なのか?、なぜ聖域で獣を解体するのか)
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日本史では、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代の軸区分が用いられ、これを基準として北海道の歴史を解釈していた時代があった。しかし、北海道には弥生時代や古墳時代は見られない。今では、北海道には続縄文時代、オホーツク文化、擦文時代、アイヌ文化(本書著者はニブタニ時代と呼ぶ)があるとされている。本州以南が縄文から弥生への道をたどったのに対して、北海道では縄文時代が変容しながらも続き、独自の発展を経て、今日のアイヌ民族が形成されてきた。
しかし、縄文人からアイヌ民族に至る過程で、彼らは世界から孤立していたわけではない。屋用時代の日本との接触もあり、交易もあった。北のニブヒ(ギリヤーク)の南下によるアホーツク文化との交流もあった。商品化する世界では、サッケ、オオワシ、アワビ、アシカなどの交易が盛んであった。経済、社会、家族、宗教など複雑な歴史がある。最新研究成果をもとにアイヌ民族形成に至るまでの古代・中世の世界を見せてくれる。

札幌に生まれ育ち、少年時代に教わったアイヌ史のイメージがすっかり様変わりしていることは知っていたし、これまでもいくつか読んできたが、本書でかなり整理がついた。

Monday, March 21, 2016

ワルシャワ・ゲットーで読んだ済州島4.3事件

金時鐘『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)
植民地朝鮮で軍国主義日本の少年として教育を受けた著者が、8.15の解放、その後の済州島の政治的動乱、とりわけ4.3事件をどのように経験し、どのように生き延びて、日本へ脱出したか、を振り返り、4.3事件を問い直し、「在日」を問い直した自伝である。4.3事件については、文京洙『済州島四・三事件』、金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』があり、記録映画『レッド』もある。済州島現地フィールドワークにも行ったことがある。とはいえ、やはりなかなか理解できない点も多かった。前2著と合わせて立体的に見ることができる。
本書を購入した時に、「この本はワルシャワのゲットーで読もう」と思い付いた。思いついてしまったので、実際に週末はワルシャワへ行ってきた。中央駅の近く、スターリン時代にソ連がポーランドに贈った人民文化宮殿の近くのホテルに滞在し、その裏手側に広がっていたワルシャワ・ゲットーだった地域を2日かけて歩き回った。ワルシャワ蜂起記念碑を見てから、クラシンスキフ公園あたりで読もうかと思っていたが、ワルシャワはまだ寒い。喫茶店をはしごして、本書を読了。

ワルシャワで読もうなどと思い付いたのは、たぶん、ピアニストの崔善愛さんが、ショパンを書いた本の中で「花束の中の大砲」といった言葉を使っていたのが記憶にあったためだ。故郷を離れざるを得なかったショパンの美しい調べに潜む強い意志。指紋押捺拒否を貫いて日本に帰れなかったかもしれなかった崔善愛さん。故郷を捨てざるを得ず、命がけで日本に逃れてきた金時鐘。植民地や「在日」の歴史を知識で知っていても、一人ひとりの個人の思いや体験は測りがたい。そんなことを思いながら、860円の新書を1冊読むために飛行機に乗ってワルシャワへ行ってきた。そこまでしなくても良かったが、あえてそうして良かった。

Friday, March 18, 2016

グランサコネ通信16-09 人種差別撤廃国際デーの討論

18日、ジュネーヴで開催されている国連人権理事会31会期において、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田朗)は、「人種差別撤廃国際デーを記念しての世界中の人種差別に関するパネルディスカッション」において次のように発言した。
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<人種差別撤廃国際デーを記念しての世界中の人種差別に関するパネルディスカッションの有益な議論を歓迎する。ダーバン宣言と行動計画は、人種主義および人種差別と闘うための国連の包括的枠組みと堅固な基礎を提供した。15年前、ダーバンの世界会議において認めたことは、植民地主義が人種主義、人種差別、外国人嫌悪、関連する不寛容をもたらすことであった。植民地主義が引き起こす苦痛を認識し、植民地主義を非難し、その再発を予防すべきことを認識した。また、人種主義と人種差別は武力紛争の根源の一部であることを認めた。今、われわれは新植民地主義と人種差別の密接な関係を認識するべきである。この点で、25年前に国連国際法委員会が行った植民地支配犯罪に関する歴史的議論を想起したい。1991年、ドゥドゥ・ティアム特別報告者は、国連国際法委員会第43会期に、人類の平和と安全に対する罪の法典草案を提出した。特別報告者は、植民地支配犯罪を平和に対する罪と特徴づけた。残念なことに、国際法委員会は1995年に植民地支配犯罪を採用しないことに決めた。今、われわれはこのことを想起し、新植民地主義と世界中の人種差別の不可分の結びつきを理解するために、このテーマを深く探究するべきである。>
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国連70年、人種差別撤廃条約50年、ダーバン宣言15年の人種差別撤廃国際デー(3月21日)を記念してのパネルディスカッションだった。パネラーは
-Mr. Doudou Diène, Chair of the International Coalition of Sites of Conscience and former Special Rapporteur on contemporary forms of racism, racial discrimination, xenophobia and related intolerance
-Ms. Margarette May Macaulay, Commissioner, Rapporteur on the Rights of Women and Rapporteur on the Rights of Afro-descendants, Inter-American Commission on Human Rights
-H.E. Mr. Abdul Samad Minty, Chair of the  Ad Hoc Committee on the Elaboration of Complementary Standards and former Permanent Representative of South Africa to the United Nations Office and other International Organisations at Geneva
-Ms. Mireille Fanon Mendès-France, Chair-Rapporteur of the Working Group of Experts on People of African Descent
事務局が事前に用意したキーノートを見ると、植民地主義への言及がない。昔なら当然、植民地主義の話がメインだったはずなのに、と考えてみると、21世紀になってというか、9.11以後というか、文明の衝突やら、反テロやら、いろんな文脈で語られているうちに、植民地主義は過去のことにされつつある。4人のパネラーも植民地主義について語らなかった。政府発言の中で植民地主義に言及したのは中国、キューバ、ヴェネズエラくらいのものだ。そこで、NGO発言の中で、植民地主義と新植民地主義について言及した。
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ダーバン宣言については、
植民地支配犯罪については、前田朗「植民地支配犯罪論の再検討」『法律時報』2015年9月号参照。
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Syrah, Jean-Rene Germanier, Valais, 2014.




Thursday, March 17, 2016

**党NO.4だったと連呼する悲しさ

筆坂秀世『日本共産党と中韓』(ワニブックスPLUS新書)
成田空港の書店にあったので買ってきた。予想通りの内容だったのが残念。
副題が「左から右へ大転換してわかったこと」で、著者の肩書は「元日本共産党参議院議員・性策委員長」で、「元・日本共産党NO.4が保守派になったら驚いた!」と大きく書いてある。もう10年近く「NO.4」と連呼している。
内容は、かつての日本帝国主義時代、コミンテルンが日本革命ではなく、中国革命やソ連擁護を主たる関心としていたことから始まる。これが「左から右へ大転換してわかったこと」というのは、あまりにも奇妙だ。コミンテルンが中国革命やソ連擁護を主たる関心としたのは100%当たり前で、それがわからなかったという常識はずれの人間は世界に著者だけではないだろうか。
その後、本書は毛沢東批判、共産党野党外交批判、慰安婦問題での日本共産党の右往左往の批判と続く。さらに、東京裁判、靖国問題だ。
その内容はちょっとレベルが低すぎで引用する気になれない。呆れるほど古臭い「右翼」の所説を垂れ流しているだけだ。私が知る「右翼」に、ここまで旧態依然とした思考の持ち主はまれだと思うが。尊敬に値する「右翼」も多数いるが、著者はレベルが違い過ぎ。
左から右へ、上から下へ、縦から横へ、立場を変えるのは思想信条の自由であり、著者の発言も自由だ。日本共産党について知られざる情報を提供してくれるのなら、立場はどうであれ、有益なはずだ。
だが、共産党という言葉を見たら必死で叩くだけの信条は、いささか理解の外でもある。NO.4の大物になった著者としては、10年たっても、いまのご主人様に認めてもらうためには、ひたすら共産党叩きをしなくてはならない、ということか。
いつまでたっても「自分」を見つけられずにいるのだろう。まあ、いいけど。

マルセロ展散歩

世界の中のスイス博物館で「マルセロ展」をやっているので大喜び。
マルセロとフリブール美術館
マルセロはフリブール生まれの女性美術家で、Adèle d’Affryというが、当時は女性美術家は認められず、サロンに出展できなかったので、男の名前マルセロを使っていた。代表作の<Pithia>はパリにあり、フリブールにはレプリカがある。レプリカも素晴らしいが、本物を見に行こうと思っていたら、ジュネーヴで展示された。

フリブールのダフリー家、家族たち、少女時代、そして美術教育。その後ローマでの本格的修行、結婚、夫の死、そこから芸術家人生への歩み。ブロンズ、大理石、油彩、デッサンが多数あり、とてもよかった。お目当ての<Pithia>はやはり最後の展示室に置いてあった。それ以前に、ブロンズのヘレンや、マリ・アントワネットや、油彩のインド人など、フリブールでは見られない作品もいくつかあった。今年のスイスの美術館の授業で一番の目玉になるので、資料も入手。受付にはカタログのほかに、Caterina Pierre, “ Genius has no sex” The Sculpture of Marcello, infolio, 2010. という研究書があったので購入。著者はニューヨーク市立大学准教授、美術史研究者、本書が初の単著。

Tuesday, March 15, 2016

グランサコネ通信16-08 日本のヘイト・スピーチを国連に報告

15日、ジュネーヴで開催されている国連人権理事会31会期において、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田朗)は、マイノリティ議題(リタ・イザク特別報告者とのインタラクティヴ・ダイアログ)において次のように発言した。
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<マイノリティに関するリタ・イザク特別報告者の素晴らしい報告書(A/HRC/31/56)が部落差別に言及したことを歓迎する。特別報告者が本年1月に日本を訪問したことを歓迎する。
 日本では、韓国との二国間関係に伴って、在日朝鮮人に対するヘイト・スピーチ・デモが増加している。右翼団体が、朝鮮人を「ゴキブリ」と呼び、「日本から追い出せ」「韓国人を殺せ」と叫んでいる。ところが、日本政府は表現の自由だなどと言って、ヘイト・クライム/ヘイト・スピーチを予防する措置を何ら講じていない。
 二〇一二年、国連人権理事会の普遍的定期審査において、複数の国々が、日本にヘイト・クライム法制定を勧告した。二〇一四年、人種差別撤廃委員会は、日本に人種差別禁止法を制定するように勧告した。
 二〇一三年、国際社会権規約委員会は、日本によって性奴隷被害を受けた「慰安婦」からの搾取について公衆に教育し、ヘイト・スピーチやスティグマを予防するように勧告した。今月七日、女性差別撤廃委員会は、指導者や公職にある者が性奴隷制についての日本の責任を否定し、被害者に再トラウマとなるような発言を控えるように勧告した。
 日本政府は速やかにマイノリティに対する差別予防の措置を講じ、ヘイト・スピーチ法を制定するべきである。リタ・イザク特別報告者が次回は日本に公式調査訪問するよう要請する。>
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Comte de Geneve, Rose, 2015.