Saturday, June 29, 2019

桐山襲を読む(11)人はどのようにしてあの世に旅立つか


桐山襲『未葬の時』(作品社、1994年)


『文藝』1992年夏号に掲載され、1994年に単行本として出版された。著者は1992年3月に永眠している。


親族たちに一礼をする火葬係の思いを描写することから本書は始まる。「死んだ人間と生きている人間たちとは隔てられたのだ」。

ホールの大理石の床。

坊主の読経。

釜の中の炎。

夫を亡くした喪主である女。

焼けるまでの小一時間の火葬係の記憶の反芻。

待合室の女と弟。

親戚達。

秋の匂い、金色の枯葉、舞い上がる金色の滝。

煙突からふっと押し出されて風に乗った男のたま。

まだ生きている者と風に乗って流される者の、未葬の時。

Wednesday, June 26, 2019

『福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から』(読書人)


前田朗・黒澤知弘・小出裕章・崎山比早子・村田弘・佐藤嘉幸

『福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から』(読書人、2019年)

本体:1000円+税

https://www.amazon.co.jp/dp/4924671401

https://honto.jp/netstore/pd-book_29699090.html

https://books.rakuten.co.jp/rb/15932921/



脱原発を実現するために全国で闘っている仲間たちへ

万感の思いを込めてお届けするメッセージの花束!



まえがき/前田朗

判決の法的問題点/黒澤知弘

巨大な危険を内包した原発、それを安全だと言った嘘/小出裕章

しきい値なし直線(LNT)モデルを社会通念に!/崎山比早子

原発訴訟をめぐって――民衆法廷を/村田弘

なぜ原発裁判で否認が続くのか/佐藤嘉幸

質疑応答

あとがき/佐藤嘉幸






まえがき



 3・11から八年の歳月が流れました。乳幼児が小学校に通う年代になり、幼いと思っていた子どもたちが大人びてくるのに十分な歳月です。

 あの日、大震災の驚愕と放射線被曝の恐怖にうち震えながら自宅を離れ、故郷を奪われ、家族がバラバラにされ、仕事も学校も友達も地域社会も奪われた被災者、避難者は、どのような思いでこの年月を過ごしたことでしょう。

 事実を否定し、責任逃れを続ける電力会社の傲慢な姿勢や、避難者を切り捨てる日本政府の冷酷な棄民政策に直面するたびに、避難者はいかに心を切り刻まれたことでしょう。

 それでも思いを新たにして、心をつなぎ合わせて立ち上がる避難者が全国に多数います。ともに生きる社会をつくり、人間らしい暮しを取り戻すために、汗を流し、涙を流しながら、事態を打開しようと懸命に闘う人々がいます。

 二〇一九年二月二〇日、横浜地方裁判所の「勝訴判決」を獲得した福島原発かながわ訴訟原告団、弁護団、支援する会は、人間の尊厳を賭け、命と暮らしを守り、この国に民主主義を復活させるために、次の一歩を踏み出すことになりました。その取り組みとして、横浜地裁判決を読み解き、次の闘いを構築するためのシンポジウムを開催しました。

    *

「福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から」

日時:二〇一九年四月二〇日

会場:スペース・オルタ(新横浜)

主催:福島原発かながわ訴訟原告団、福島原発かながわ訴訟を支援する会(ふくかな)、平和力フォーラム、脱原発市民会議かながわ

協賛:一般社団法人市民セクター政策機構、スペース・オルタ

    *

本書はこのシンポジウムの記録です。

最初に、かながわ訴訟弁護団事務局長の黒澤知弘弁護士から「判決の法的問題点」を解説してもらいました。

続いて、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんから「巨大な危険を内包した原発、それを安全だと言った嘘」として、原発問題の基本を論じてもらいました。

医学博士、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子さんからは「しきい値なし直線(LNT)モデルを社会通念に!」として、原発訴訟を勝利に導くための提言をしてもらいました。

そして、福島原発かながわ訴訟原告団団長の村田弘さんから「原発訴訟をめぐって――民衆法廷を」として、国家の権力法廷の限界をいかに超えるかを語ってもらいました。

最後に、『脱原発の哲学』の著者である佐藤嘉幸さんから「なぜ原発裁判で否認が続くのか」として、避難者切り捨てのメカニズムを解析してもらいました。

小さなブックレットですが、執筆者一同、脱原発を実現するために全国で闘っている仲間たちに万感の思いを込めてお届けするメッセージの花束です。各地で活用していただけることを願います。



                     執筆者を代表して 

                         前田 朗


Thursday, June 20, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(137)解消法施行3年


『月刊イオ』277号(2019年7月)


特集 ヘイトスピーチ、明確な“禁止”を――解消法施行から3年

編集部「つづく差別デモ、体張るカウンター」

上村和子「地方から国を変える――差別禁止条例の意義」

明戸隆浩「実効性促す発信、続けてこそ」

李相英「止まぬ『上からの差別扇動』」

阿久澤麻理子「ネット上の差別規制を考えるために」

「解消法を活かし、差別禁止法へ!――師岡康子さんに聞く」


Thursday, June 13, 2019

鹿砦社・松岡利康さんへのお詫び


松岡利康さん



鹿砦社発行の『NO NUKES Voice』第20号を拝見しました。「総力特集・フクシマ原発訴訟 新たな闘いへ」の冒頭記事は、本年4月20日に私たちが新横浜のスペースオルタで開催した「フクシマ原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から」の記録です。かながわ訴訟弁護団事務局長の黒澤知弘さん、小出裕章さん、崎山比早子さん、かながわ訴訟原告団団長の村田弘さんの発言要旨を掲載していただきました。素晴らしい雑誌企画に感謝申し上げます。



さて、今回は謝罪のお手紙となります。



先に「鹿砦社・松岡利康さんへの返信(3)」(6月9日)において私は次のように書きました。



「鹿砦社と松岡さんの愛用する手法にアポなし突撃取材があるように思います。権力相手には有効な手法と言えます。しかし、これを個人相手に多用するのはいかがなものかと思いませんか。最初は被害者救済の立場だったのが、代弁者となり、さらには完全に当事者になって突撃取材結果を出版し続ける方法は、一種の炎上商法ですよね。それも一つの手法ですから、とやかく申し上げることではないかもしれませんが。」



「炎上商法」という言葉を出版人に投げつけることは適切とは言い難いため、6月11日にこの表現を撤回させていただきました。その際、簡潔な理由を示しましたが、十分な説明とはなっておりません。



また、上記の一節を書いている途中で、公開のメーリングリストであるCMLでの意見交換の中で、同様に「炎上商法」という言葉を用いました。CMLの公開掲示板に掲載されています。

[CML 056005] Re: 鹿砦社・松岡利康さんへの返信(2)


これは下記の投稿への返信です。

Re: [CML 055942] 鹿砦社・松岡利康さんへの返信(2)




以上の2つの発言について、改めて事実確認をするとともに、お詫びいたします。



第1に、炎上商法という言葉は、5冊の本を念頭に置いて書いた言葉ですが、これは事実に反するため不適切でした。



5冊の本は、孤立した被害者を救済するとともに、本件の問題を社会に訴えるためのものであり、強い志をもって出版された著書です。このことを無視する表現は不適切でした。



第2に、「一種の炎上商法ですよね。」という表現は軽いジョークのつもりでした。ところが、これはジョークになっていません。



この表現のすぐ前に私は、『パロディのパロディ 井上ひさし再入門』を紹介して、パロディ、ギャグ、コメディ、風刺、漫談、諧謔に触れています。そのノリで軽いジョークのつもりで書いたわけですが、今回の松岡さんとの往復書簡の趣旨からいって、ジョークと受け止めていただける表現となっていません。文脈から見ても、パロディやジョークとは言えません。「パロディ作家としてはまだまだ未熟ですが」と書きましたが、まさに未熟ゆえに、この誤りを犯したものです。



また、CMLの投稿は、そうした流れとは無関係ですので、いっそう不適切な表現でした。いずれも不当な言いがかりです。大変失礼いたしました。



第3に、読み手にしてみれば、鹿砦社と松岡さんの出版活動全体に対する揶揄として受け止める可能性があります。当該5冊についての言葉とはいえ、十分に限定されていないこと(しかも内容が事実に反することは上述のとおり)から、「そんなつもりはなかった」と言っても弁解とはなりえません。



先に『テロリズムとメディアの危機』を例示した通り、鹿砦社と松岡さんの言論活動を、その一部とはいえ、それなりに承知していたのですから、炎上商法といった言葉を用いるべきではありませんでした。冒頭に触れた『NO NUKES Voice』にも、これまで大いに学ばせていただいておりました。脱原発運動を牽引する雑誌にいちゃもんをつける形になったことを反省しております。



権力による弾圧に抗して闘ってこられた鹿砦社と松岡さんの言論活動に対して、敬意を表すべきところ、余計かつ不適切な一言で不愉快な思いをさせたことは大きな失敗でした。



また、鹿砦社の皆さん、執筆者その他関係者の皆さんにも不愉快な思いをさせてしまいました。関係者の皆さんにも深くお詫びいたします。



第4に、このような表現を用いた背景には、この間の松岡さんとのやり取りの中でいささか「反発」を覚えていたために、「一言言っておいてやろう」というような思いがあったのかもしれません。邪念と軽率が災いして、不適切な言葉となってしまった訳です。



以上のことから、鹿砦社と松岡さんに謝罪するとともに、改めて撤回させていただきます。申し訳ありませんでした。



このような型通りのお詫びだけでは不十分かもしれませんが、今回はとにかくお詫びの気持ちをお伝えすることにしました。



なお、別件では、すでに私から申し述べたいことは前便で書き終えております。今回のことで松岡さんには大変ご迷惑をおかけしましたので、いまや発言する資格もなくなったと思います。



従いまして、松岡さんへの返信もこれで終了とさせていただきます。しばらく頭を冷やしてから出直したいと思います。これまでご教示、ご指摘ありがとうございました。



後味の悪い結末になりましたこと、ひとえに私の責任ですので、重ね重ねお詫びいたします。



ありがとうございました。



松岡さんと鹿砦社のますますのご発展、ご活躍を祈ります。

Sunday, June 09, 2019

鹿砦社・松岡利康さんへの返信(3)

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桐山襲を読む(10)難波大助の父親の人生


桐山襲『神殿レプリカ』(河出書房新社、1991年)

帯の惹句「夜の涯からひびく 幽かな生命のざわめき 変幻への予兆にみちた 静謐なタペストリー」とあるとおりの短編集である。


J氏の眼球

十四階の孤独

S区夢幻抄

リトル・ペク

そのとき

神殿レプリカ


J氏の眼球」では定年間近の古代哲学者の人生と、病院で隣のベッドだった学生運動の闘士らしき人物の交錯。「十四階の孤独」では82歳の元釣堀屋主人の晩年の感慨。「そのとき」では3人の老女の人生の悲しみ。いずれも老境に達した主人公の物語だ。「神殿レプリカ」でも難波大助の父親・難波作之進の最後を描いている。
本書出版が1991年8月で、桐山は1992年3月に亡くなっている。1949年生まれの桐山だから、早すぎる他界であるが、その最後の時期に、人の終着点に関心を絞り込んでいたようだ。


「リトゥル・ペク」は異色の作品だ。身長144センチほどの小さなペクは、トラック運転手になりたかったが、大型トラックの運転は無理なため、タクシー運転手になった。親戚の好意で29歳の女性とお見合いをして、次回の約束をしたことから有頂天になったが、2人が住む街からほど近い都市が軍隊に制圧され、若者たちの闘いが始まる。軍による虐殺が起きたその都市に、女性も、ペクも、別々に突入していく。錦南路、忠北路、開峰路。道庁へ、道庁へ。光州事件を想起させる舞台が選ばれている。


天皇お召列車爆破未遂事件の『パルチザン伝説』でデビューした桐山が、「神殿レプリカ」では、摂政狙撃事件の難波大助の父親の人生を素材に、歴史と伝奇に挑む。黒い風が吹くその村の本物の神殿と、そのレプリカに過ぎない天皇家の大嘗祭。作品は、難波作之進の死去の「それから3年後の1928年、裕仁は新たなる神殿を拵え、大嘗祭に臨んだ。」と終わる。

国家の万華鏡とは何か


阿部浩己『国際法を物語るⅡ 国家の万華鏡』(朝陽会)



近代国家という構築物の上にさらに積み重ねるように構築されてきた国際法を、国際関係や国家の論理だけでなく、人権の論理も導入しながら、読み解き、読み替える作業が続く。国家の管轄権や、国家の責任や、個人の責任といった各レベルの問題を通じて、現代国際法の変容を明らかにしている。

平和の碑(少女像)について、在外公館の不可侵とは何かを冷静に検討している。日韓の対立をいきなり論じるのではなく、在外公館をめぐる過去の国際法の思考をたどり、その中に位置づける試みである。

人権論を基軸とした国際法の方法論の意義がよく理解できる1冊である。


1 国家と主権「イスラム国」の残響 

2 領域主権と国境管理 

3 自己決定権と沖縄 

4 エストニアと強制失踪 

5 外国国家を裁けるか国家免除という桎梏 

6 国家管轄権の魔法陣

7 国家管轄権の魔法陣② ―権能から義務へ 

8 在外公館の不可侵「平和の少女像」

9 国家責任のとり方「慰安婦」問題 

10 国際裁判の展開

11 国際法を守らせる仕組み

12 国際法と災害 

13 核兵器禁止条約と国際法