Friday, August 13, 2021

金学順さんの告発から30年

2021・8・14

内閣総理大臣  菅 義 偉 様                                     

文部科学大臣  萩生田光一様

                                   

                                                                                  金 学 順 さ ん の 告 発 か ら 30 年

政府は歴史研究の成果を受入れ事実認識の歪曲を正せ!教育への介入を止めよ!

  

 

「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク 

       

<はじめに>

今年は、1991年8月14日に金学順さんが「業者が連れ歩いた方々」という日本政府の虚偽答弁に怒って名乗り出て30周年である。この間、「慰安婦」問題は、国際社会では戦時性暴力・性奴隷制と認識され、女性に対する重大な人権侵害・人道に対する罪として国際法を発展させてきたが、日本政府は、「河野談話」を発表したものの、各国の被害者、支援団体、国連機構の要求に応えず、未だ、被害者と真の和解につながる解決を行っていない。日本政府に誠実な謝罪と賠償を訴え続けた多数の各国の被害者は無念にも旅立たれた…。現在、政府は、日韓合意で「慰安婦」問題すべてを「最終的・不可逆的」に終わらせ、以下に見るように今回の閣議決定も、被害者への人権侵害を今も続けていると言う他はない。

閣議決定とその後                 

日本維新の会の馬場伸幸議員が、①「河野談話」を継承するか? ②「従軍慰安婦」という用語は、強制連行や軍の一部に位置付けられていたとの誤解を与えるとして、政府の見解を

問う「質問主意書」(1)を発出した。政府は4月27日、①「談話」を継承する。②「誤解を

招くおそれがあることから、「従軍慰安婦」ではなく、単に「慰安婦」という用語が適切、

「従軍」と「慰安婦」の組合わせた表現も不適切、という「答弁書」を閣議決定した。そして、

検定基準4の「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的見解又は最高裁判所の判

例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」(2)を根拠に、教科書記

述への介入が始まった。

閣議決定(政府の統一見解)は、一言で言えば、「軍」と「慰安婦」を切り離し、軍や強制連行を連想させない単なる「慰安婦」だけを教科書に記述させようというのである。つまり、30年前の「業者が連れ歩いた方々」(慰安所は業者の商売で、「慰安婦」は商行為)という虚偽の「認識」に逆戻りし、この間の調査研究、被害者の証言活動、裁判の事実認定等の成果を否定し、「慰安婦」問題(日本軍の責任)をなかったことにしようとの意図を含み、さらに、このことを検定によって教科書に記述させるというもう一つの意図を含んだ、極めて悪質な政策である。オール連帯は5月20日、教科書介入の問題を中心に、閣議決定撤回の声明を発表したが、今回は、【Ⅰ】声明後に分った介入問題の事実と【Ⅱ】「河野談話」継承の陰で進む空洞化、事実認識の歪曲を中心に批判し、この記念すべき日に、政府に抗議・要請文を伝達する。                                      

私たちは、具体的に以下のことを強く要求する

                             

1、政府は、直ちに、4・27 閣議決定を撤回すること

2、萩生田大臣は、検定基準4の趣旨を“誤解、誤導”してきたことを公的に認め、謝罪し「併記が可能」と周知徹底し、誤解に基づく検定、訂正申請、説明会等を厳に慎むこと。

 

3、「河野談話」の継承を明言する政府は、談話を正しく継承し、歴史研究に基づく事実認識を施策の基本とすること。まず、「談話」と真逆の政府の事実認識を撤回すること、及び、「野戦酒保規程改正ニ関スル件」等々の「慰安婦」資料を担当部署に収集し、事実認識を正しく確定すること。

 

4、日本軍「慰安婦」問題の解決・和解は、日本と被害者との間で、外交問題ではなく人権問題として日本政府が解決すべき問題である。一刻も早く、正しい事実認識に基づいた心からの謝罪と賠償を、出身地のいかんを問わずすべての被害者に届けること。

                 理   由      文末の( )は注記の番号

 

【Ⅰ】検定基準4の本来の趣旨:両論併記は可能  (要求1,2の理由)    

政府が用語を決定して教科書に強制することは、憲法の学問の自由・表現の自由に違反すると声明でも批判したが、文科省は5月10,12日国会で「今後、検定基準4を踏まえた検定を行っていく」と答弁し、教科書から「従軍慰安婦」一掃の徹底が始まった。5月18日、文科省は教科書出版社の編集担当役員を対象に異例の説明会を開催。答弁書の内容を説明し、既に検定をパスして記載されている「従軍慰安婦」まで削除しようと、訂正申請の日程や訂正勧告の可能性にも言及した。当該出版社は「訂正申請の指示と受け止めた」という(朝日新聞6・18)。しかし、この記事の最後には「文科省は、教科書が答弁書の政府見解と『従軍慰安婦』を併記することまでは否定していない。」という矛盾した一文が記されていた。

 実は、検定基準4が新設された改正時と大臣の間で、大きな解釈の相違があることが明らかになった。つまり、改正時の趣旨は、「政府の見解とは異なる見解を排除するという趣旨ではございません。」(3)であったのに対し、萩生田大臣は、「改正のときに、政府として認めたものについてのみ教科書には記述をしようとルール化をしまして」と5月12日に答弁している(4)。ちなみに、6月9日、共産党畑野君枝議員の、改正時の趣旨が今も変わらないかという質問に、文科省は同内容を明言し(5)、この趣旨が今も生きていることが確認された。萩生田大臣は誤った解釈をし、これまで世を誤導してきたと言える。

 さらに、5月26日、畑野議員は最高裁の判決に「軍隊慰安婦」の用語が使われていることを指摘した(6)。ご存知かと問われて、大臣以下「存じません」というお粗末さであった。皮肉にも、検定基準4によって、政府にとって「従軍慰安婦」より不利な「軍隊慰安婦」の用語も推奨される事態となったのである。

結論として、検定基準4の本来の趣旨によれば、「従軍慰安婦」など他の用語や他の見解も併記が可能ということになる。政府・右派議員の連携(7)の、教科書から「従軍慰安婦」を一掃し、「慰安婦」だけにしようという目論見は失敗に帰したのである。

 

しかるに、文科省は、5月18日の説明会でも「併記可能」を説明せず、7月21日には加藤官房長官が記者会見で、文科省が検定基準4に基づいた記述となるよう適切に対応すると思うと、既定の方向を当然の如く押し出している。こうした誤った政府見解の教科書記述を強行することは、決して許されるべきではない。

 

【Ⅱ】、継承の陰で「河野談話」は骨抜きに:事実認識は真逆 (要求1,3の理由)

  今回の答弁書で、菅政権は「河野談話」の継承を明言した。しかし、5月13日、日本維新の会松沢成文議員は、政府を二枚舌と批判し「私は、政府見解で、従軍慰安婦という言葉は強制連行を想像させるのでやめますと言った以上、(強制を認めた)河野談話を見直す、撤回する…に向けて検討していただきたい」と追及した(8)。まさに政府の矛盾を突いた指摘である。だが、答弁は、政府の基本的立場は「河野談話」の継承であり、見直さないと繰り返した。

そこで、政府の基本的立場を「外交青書」(2019)で確認すると、日本の立場は「「軍や官憲による強制連行」、「数十万人の慰安婦」、「性奴隷」といった主張は、史実とは認識していない」とある。「囲み記事」の中には、「強制連行」については、これまでに日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった(以下「強制連行の記述はなかった論」とする)。「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない」と述べている。「軍・官憲の強制連行」と、人権侵害の核心である「性奴隷」を「史実ではない」と、明確に断定している。

一方、「河野談話」(9)の事実認識は、安倍前総理も認める通り、政府調査に基づいていて、(1)設置・管理・移送に軍の直接・間接関与、(2)(募集は、主に軍の要請を受けた業者が当ったが)甘言・強圧等本人の意思に反した募集が多く、官憲等の直接加担の例もあった。(3)強制的な状況下での痛ましい慰安所生活というのが要点である。

比較すれば、政府の事実認識は「河野談話」と真逆であると分かる。これで、どうして継承と言えるのか。

 これまで、安倍政権は何度も「河野談話」の見直しを試みたが、人権問題であり国際公約であるとみる米国はじめ国際社会から厳しく批判され諦めざるを得なかった。そこで、考えたのが、表向きは継承を謳い、実質的に骨抜きにする二枚舌作戦であろう。 萩生田氏(当時総裁特別補佐)も、2014年、BS日テレ「深層NEWS」で、旧日本軍の関与などを認めた河野談話は「骨抜きにするべきではないか」と述べたと報道されている(10)。既に、上記のように「河野談話」は骨抜きにされている。

 

そこで、私たちは、松沢氏とは真逆に、政府に対し、「河野談話を蘇らせ、政府の事実認識の方こそ、見直せ!撤回せよ!と強く要求する。以下に、政府の事実認識について検討し、根拠を提示して反論・批判し、それらの撤回要求の理由としたい。

(1)「軍の関与」について、

   政府は、先の閣議決定のように、「軍」と「慰安婦」は無関係だと印象づけ、主体は業者で、軍は、性病検査や移送等の関与をしたに過ぎないという認識である。しかし、「野戦酒保規程改正ニ関スル件」の発見により、慰安所は野戦酒保に付属する正式の施設であり、軍は自ら慰安所制度を創設し、組織的に運営した「主体」であったことが証明された。「河野談話」に言う「関与」レベルではない。馬場質問主意書に言う「軍の一部に位置付けられていた」ことが「誤解」ではなく「正解」だったのである(11)。しかし、この資料を持つ防衛省は、現在も担当部署に送らず、政府の事実認識に反映されていない。

(2)「軍・官憲による強制連行は史実ではない」について

政府は「軍・官憲による人狩り的連行」さえ無ければ、日本の責任は無い!とばかりに、この主張を長年、固守してきた。そこで、「軍・官憲による強制連行は史実ではない」の根拠として挙げられている「強制連行の記述が無かった」論について検討し、A~Dのように反論する。

A  政府は、少なくても、以下の①~③の記述文書を入手しているのは明白であるから、「強制連行の記述がなかった」論は、虚偽であり、根拠とはならない。

①1992年に、外務省はオランダから日本軍人が強制連行・強制売春で死刑等々の有罪に裁かれたバタビア軍事裁判の正式記録を取り寄せ、謝罪・補償に関する外務省の考えを関係部署に回覧し、想定問答まで作成した。この無期限秘密文書は情報公開で明らかになった(12)。

②1993年政府が公表した全調査資料に、法務省提出の①の裁判概要が含まれていた(13)。

③2017年に、政府は軍による強制連行が多数記述されている東京裁判・BC級戦犯裁判の資料182点を受け入れ、その資料中の強制連行の記述の存在を答弁書で認めた(14)。2015年にも東京裁判の資料を入手している。

B 記述資料だけが証拠ではない。証言も立派な証拠である(判決で「拉致」を認定)(15)

C 軍でなく、業者(軍が選定)が強制連行をした場合も、日本軍の責任は免れない(16)。

D 甘言による連行も強制連行である。国内刑法・国際法も暴力と甘言は同範疇・同罪(17)。

  

以上、「慰安婦」募集に強制連行が多数あったことは、軍・業者、暴力・甘言、文書・証言も含めて、根拠があり疑いないが、百歩譲って、政府の言う、軍・官憲による、文書証拠の、暴力的な強制連行、に限定しても、反論Aのように、政府も否定できない多数の例があり、「軍・官憲による強制連行は史実ではない」は虚偽である。

 

(3)「性奴隷は史実ではない」について、

政府は「性奴隷という表現は、事実に反する」「不適切な表現」(国連発言)と述べるが、結論だけで、その根拠をどこにも示していない。根拠のない主観的主張を事実と認めることはできない。慰安所での状況は、慰安所規定など資料にも、多数の被害者・軍人の証言、出版物、政府調査結果(9)、判決にも明確で、直接、証言を聴いた人々の心に衝撃と深い怒りとして刻まれている。被害者がよく言われる「人間ではなかった!」「家畜のようだった」というまさに「人間としての自由、尊厳を奪われた性奴隷」状態であった(18)。

 以上、(1)、(2)、(3)に見たとおり、軍と「慰安婦」は切り離せないものであり、軍・官憲の強制連行も性奴隷状態も、政府の事実認識には根拠がなく、何より被害者の体験に反し、ねつ造歪曲認識、歴史修正主義と言わざるを得ない。

 

<最後に>  (要求4の理由)

2017年、全国組織の招聘で来日したアジア各国の被害者は外務省と面談し、被害体験や要求など思いの丈を訴えたことがあった。外務省参加者も「初めてのことで、重要な経験であった」と述べた。総理も文科大臣も被害者の1人にでも面談し、1冊の証言集にでも目を通して、当時も戦後も苛酷な人生を強いられた被害者の心情に向き合っていただきたい。その責任は誰がとるのか。今年1月8日、ソウル地裁で勝訴した李玉善さん93歳は、「お金じゃない、日本の謝罪が先だ。私たちに何をしたか事実と強制をきちんと書いてから謝罪の言葉を述べる、それなしにいくら謝っても、謝罪とは認めない!」と言われた。名誉と尊厳が公的に回復され「こころから気が晴れた!」(李玉善さん)と思える真の解決のためには、人権侵害をした正しい事実認識に基づく謝罪が基本であり必須である。  

以上 

                                           「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク                                                             

                             

                                      

                                                             

Wednesday, August 11, 2021

8.15 平和を建設する集い いまなぜ「憲法9条再入門」か

8.15の憲法9条の講演会です。

ZOOM参加が可能ですが、すでに申込締切りを過ぎています。今後は会場参加のみですので、ZOOM参加申込方法は省略しました。

 

*

8.15 平和を建設する集い

 

いまなぜ「憲法9条再入門」か

~平和的生存権と差別されない権利~

講師:前田 朗

 

◎講演はリモートで行います(東京で講演)。

◎参加は、①下記会場のほか、②ZOOM 会議でもできます。

◆ZOOM 参加申し込み方法:(省略)

 

⚫ と き:2021 年8月 15 日(日)15:00 開始 ~17:00

※今回、デモ行進は行いません。

⚫ 会場:九州キリスト教会館 4 階ホール

 ・マスク着用、席を空けてお座りください。

福岡市中央区舞鶴 2-7-7 ℡(092)712‐6808

(地下鉄「赤坂駅」3番出口より、北へ徒歩10分)

⚫ 会場参加費:500円

⚫ 主 催:反ヤスクニ福岡連絡会

カトリック福岡正義と平和協議会/日本基督教会九州中会ヤスクニ委員会/日本基督教団 九州教区福岡地区社会部/福岡地方バプテスト連合社会委員会/仏教徒非戦の会・福岡/ 靖国法案に反対する福岡の会 (以上6団体)

 

【連絡先】℡(092)521-7122 [澤]

8.28「共同テーブル」シンポジウム

「いのちの安全保障を考える―共同テーブルからの提案」

 

衆議院解散・総選挙が迫る中、「いのちの安全保障確立に向けて―非正規社会からの脱却宣言」の理念を共有する「共同テーブル」が発足しました。

「共同テーブル」は、革新勢力自身が、分裂や対立を繰り返してきたことを反省し、基本政策が一致する多くの政党・政治団体・市民団体と日本の政治を変えるためにネットワークを強化したいと思い、それを実現する新たなムーブメントを起こすためのプラットホームとなるものです。

「共同テーブル」の理念と今後の方向を討議するシンポジウムを開催します。多くの皆様方のご出席をお待ちしております。

 

シンポジウム/憲法・非正規社会・原発・安保と平和

とき 8月28日(土) 1時30開場、開会2時~4時30分

ところ 星稜会館 

*換気状況の良好な会場で、定員の半数で開催します。検温も行います。

https://www.seiryokai.org/kaikan/map.html

参加費 800円

申込先:定員になり次第、申し込みを締め切りますので、恐縮ですが、なるべく早めに以下のメールまで申し込みをお願いします。

E-mail: e43k12y@yahoo.co.jp

 

2時開会  

1.開会あいさつ 総合司会 杉浦ひとみ(弁護士)

2.「共同テーブル」からの提案発起人を代表して 佐高信 

3.シンポジウム/憲法・非正規社会・原発・安保と平和

コーディネーター 佐高信

パネリスト 

植野妙実子(中央大学名誉教授)

竹信三恵子(和光大学名誉教授)

山城博治(沖縄平和運動センター議長)

  他要請中

4.連帯挨拶/政治を変える   

社民党・福島みずほ党首

新社会党・岡﨑宏美委員長           

緑の党グリーンズジャパン・漢人あきこ共同代表

5.地域にも「共同テーブル」を

「近畿共生連帯」の皆さんとエール交換(ZOOM)

6.まとめと閉会あいさつ  白石孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事)

 

主催:「共同テーブル」

連絡先:藤田090-8808-5000

石河090-6044-5729

「共同テーブル」宣言/ いのちの安全保障確立に向けて―非正規社会からの脱却宣言

32歳で急逝した歌人、萩原慎一郎が「非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ」と歌った。彼は「箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる」とも歌ったが、非正規があたり前のようになっているこの社会の異常さは、格差拡大や、沖縄への軍事基地の押しつけや、歯止めなき環境破壊となって噴出している。なしくずしの改憲への動きもその一つである。

 日本国憲法には理念があり思想がある。

 「戦争はすべてを失わせる。戦争で得たものは憲法だけだ」と城山三郎は言った。

 非正規社会からの脱却をめざす革新勢力の結集の軸に私たちは憲法の理念の実現を据える。それをあいまいにして結集しても、腐敗した保守勢力(公明党、維新を含む)に傾斜するだけである。

 原爆を落とした加害者のアメリカに追随し、被害者となった中国を敵視するのでは、憲法に基づく平和外交を展開できない。どんなに困難であっても、アメリカと中国双方に等距離の位置から、できるだけ、国家の水位を低くする努力を積み重ねる必要がある。

 そして喫緊の課題の脱原発である。主にこの三つの立場を明らかにして、新たなるプラットフォームを形成したい。 

 社会民主党は「革新勢力」が「分裂や対立を繰り返してきた」ことを反省し、「新社会党や緑の党をはじめ、基本政策が一致する多くの政党・政治団体・市民団体と日本を変えるためにネットワークを強化する」と表明したが、それを実現するために新たなるムーブメントを起こしたい。

 端的に言えば、いのちの安全保障確立へ向けて非正規社会からの脱却をめざす運動を起こすということである。

 

2021年7月

起草 発起人を代表して 佐高 信

 

「共同テーブル」発起人

浅井基文(元広島平和研究所所長・政治学者)

雨宮処凛(作家・活動家)

伊藤 誠(経済学者)

植野妙実子(中央大学教授・憲法学)

上原公子(元国立市長)

大内秀明(東北大学名誉教授)

海渡雄一(弁護士)

鎌田 慧(ルポライター)

金城 実(彫刻家)

纐纈 厚(山口大名誉教授・歴史学者)

古今亭菊千代(落語家)

佐高 信(評論家)

清水雅彦(日体大教授・憲法学)

白石 孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)

杉浦ひとみ(弁護士)

竹信三恵子(和光大学名誉教授)

田中優子(前法政大学総長)

前田哲男(軍事ジャーナリスト)

前田 朗(東京造形大学名誉教授・人権法)

宮子あずさ(随筆家)

室井佑月(小説家・タレント)

Friday, August 06, 2021

スガ疫病神首相語録49 世界に一人だけの首相

8月6日、菅首相は76年目の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参列し、あいさつを読み上げた。

 

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 ガースーです。昨日は広島で原爆死没者慰霊式に参列してまいりました。広島でも期待通り、いえ、予想通り新規感染者が激増、いえ、若干の増加の一途にありまして、原爆死没者数と競い合っております。毎年毎年、あの原爆死没者が70年を経たいまもって増加しているのでありまして、今後も順調に、いえ、残念ながら増加するものと思われます。

 私のあいさつで、広島市を「ひろまし」と読み、原爆を「原発」と間違えたと指摘する向きがありますが、誤解ではないでしょうか。秋田弁風横浜語では「広島市」は「ひろまし」と読むのが正しいのです。

また科学的には原爆も原発も同じ核反応ですし、放射能の危険性は同じですから原爆と原発を区別するまでもありません。原爆と原発の共通性を理解していないとは、科学の理解が不足しているのではないでしょうか。

どちらにせよ、我が国はアメリカの核の傘によって国家の安全を確保しているのでありまして、原爆も原発も廃絶することなど無理無体なことではないでしょうか。原爆を「原発」と間違えたなどというのはタメにする議論と言わなくてはならないでしょう。東京五輪に反対と同じで原爆反対とか原発反対というのは反日勢力と言われてしかるべきではないでしょうか。

 そもそも私があいさつ文を読み間違えるなどということはありえないことではないでしょうか。私が読み上げた内容が第99代内閣総理大臣・菅義偉のあいさつ文であります。事前に用意された文案は官僚の作文ですから、正式ではありません。正式文書は私が最終的に読み上げたものですから、読み間違えなどありえません。

 また、途中を読み飛ばしたなどと非難する向きもありますが、これは当たらないのではないでしょうか。被爆者団体の方々も何か誤解して、「残念だ」などと仰っているようですが、誤解された私こそ残念な思いでございます。私が正しく割愛した部分は次の通りでございます。

 <核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします。」と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。/近年の国際的な安全保障環境は厳しく、>

 これは案文を起草した官僚が漫然と従来のあいさつ文からコピペしたものでありまして、私は内閣総理大臣として聡明なる判断をいたしまして、割愛したわけでございます。

 そもそも「核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします。」などとあいまいな情報を発信したならば、我が国の安全を維持することが困難とならざるをえません。「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です、などと抽象的な発言をしては国際秩序を乱すおそれがあるうえ、内閣総理大臣の名が廃るというものです。

重要事項では明確かつ具体的に、常にアメリカの立場をおもんぱかり、決して言いなりになることなく、わが国独自の見地から検討して対話を積み重ね、アメリカの利害を徹底擁護することが我が国に課せられた神聖なる永遠の使命ではないでしょうか。ですから次の一節を声高らかに読み上げたのであります。

 「核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります。このような状況の下で核軍縮を進めていくためには、様々な立場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取組を粘り強く進めていく必要があります。」

 これぞまさに外交と対話によって成果を上げる明確かつ具体的な我が国の基本姿勢でございまして、要するに何もしないということではありますが、様々な立場の国々の立場を尊重して、現状維持を図りながら、徐々に遥か先にはもしかすると何か変わるかもしれないと期待しつつ対話を積み重ねる極めて前向きの姿勢ではないでしょうか。



 「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」

 

花屋の店先に並んだ

いろんな花を見ていた

ひとそれぞれ好みはあるけど

どれもみんなきれいだね

この中で誰が一番だなんて

争うこともしないで

バケツの中誇らしげに

しゃんと胸を張っている

 

それなのに君らマスコミは

どうしてこうも比べたがる?

一人一人違うのにその中で

一番を決めたがる?

 

そうさ 僕らは

世界に一つだけの花

一人一人違う“核”を持つ

その花を咲かせることだけに

一生懸命になればいい

 

原爆7000発持ちながら

ずっと迷ってる人がいる

原発50基持ちながら

すぐになくせという人がいる

立場はみんなちがうから

その人が抱えている

色とりどりの原爆と

再稼働始めた原発を

 

名前も知らなかったけれど

あの日僕に笑顔をくれた

誰も気づかないような場所で

稼働してた原発のように

 

そうさ 僕らも

世界に一つだけの花

一人一人違う“核”を持つ

その花を咲かせることだけに

一生懸命になればいい

 

小さい原爆や大きな原発

一つとして同じものはないから

NO.1にならなくてもいい

もともと特別なOnly one


世界に一つだけの花 – SMAP

https://www.youtube.com/watch?v=qZq-q75KeMw

https://www.youtube.com/watch?v=gYl-_s3XbqI

Thursday, August 05, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(183)d ヘイトをとめるレッスン

ホン・ソンス『ヘイトをとめるレッスン』(ころから、2021年)

*

レッスン11 「ヘイト表現罰則化」の明暗

レッスン12 ヘイト表現の解決方法はひとつではない

レッスン13 ヘイト表現を規制する方法

レッスン14 政治が果たすべき役割

レッスン15 ヘイト表現に対抗表現で立ち向かえ

*

著者は包括的な差別対策、ヘイト対策のための環境形成とヘイト・スピーチの刑事規制という総合的対処を提案している。適切である。

禁止には刑事規制、民事規制、行政規制。環境形成には、教育、広報、反差別政策、支援、研究、そして自律的規制を想定している。そして、その全体を管掌するコントロールタワーとして差別是正機構が必要だという。

ヘイト表現に対抗する活動については日本のカウンター運動に言及した上で、その意義を整理する。

「対抗表現の最も大きな意義はヘイトの構図をひっくり返すことである。ヘイトの扇動はマイノリティ集団を孤立させようとするが、対抗表現は反対にヘイト集団を孤立させる。」

著者は対抗表現の重要性を指摘する。しかし、対抗表現だけで足りるとは考えない。

「ただし対抗表現に幻想を持ちすぎるのは禁物だ。対抗表現を強調しすぎるのは、ヘイト表現が個人の私的実践によって解決できるという錯覚を起こさせる可能性がある。当事者個人の対応は問題を早期に解決したり被害を少なくするのに効果的だが、問題解決には集団的、組織的対応が、より重要である。」

市民社会だけでなく、「国家的、法的、制度的に対抗表現を支援する」ことが必要だという。人権センター、相談所、人権教育、広報資料の提供が必須である。

「結局のところ韓国社会はヘイト表現への社会的、政治的対応に事実上失敗した。影響力のある政治指導者や社会の有力者たち、宗教界の指導者たちがヘイトときちんと線を引けていない。教育現場でもヘイトに立ち向かう対策が体系的に樹立されていない。会社や私的領域で差別とヘイトに敏感なわけでもなく、健全な市民社会がヘイトに立ち向かう耐性を持ち合わせていると見るのも難しい。」

それゆえ、著者は差別禁止法やヘイト刑事規制など、できることをすべてやることを提案している。あれかこれか、ではなく、反差別の総合的施策が求められる。

日本でも全く同じことが言える。

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本書は平易な記述で、ヘイト・スピーチ規制の法理をていねいに解説している。理論水準は国際人権法を十分にわきまえ、比較法的知見も豊富である。とても参考になる本だ。

Wednesday, August 04, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(183)c ヘイトをとめるレッスン

ホン・ソンス『ヘイトをとめるレッスン』(ころから、2021年)

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レッスン6 ヘイト表現が憎悪犯罪を生む

レッスン7 ヘイト表現と歴史否定は関係するか?

レッスン8 ヘイト表現と闘う人びと

レッスン9 米国ではヘイト表現の自由がある?

レッスン10 「禁止か許容か」の二者択一をこえて

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ヘイト・スピーチは単なる表現ではなく、暴力であり、暴力と差別の煽動である。より過激な暴力につながる。ヘイト・スピーチはヘイト・クライムを生む。ヘイト・クライムのもっとも重大深刻なケースがジェノサイドや人道に対する罪である。著者はこのことを十分に理解して議論を組み立てる。

他方、「アウシュヴィツの嘘」「歴史否定」についても検討を加えている。西欧諸国では多くの場合、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺をはじめとするジェノサイドや人道に対する罪の事実を否定したり、正当化する発言が処罰される。国によってはヘイト・スピーチとして処罰する。国によっては独立の犯罪類型としている。

2019年12月13日、淑明女子大学で開かれたシンポジウム「ヘイトスピーチと歴史否定」で、著者は「韓国の歴史否定罪の議論と歴史否定罪法案についての批判的検討」を報告した。著者は「ドイツ、オーストリア、フランス、チェコ、ポーランドなど14カ国にはホロコースト否定を処罰する明示的な立法がある」という。私は20数か国で処罰すると紹介してきた。ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、ポルトガル、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア、スペイン、マケドニア、欧州以外ではイスラエル、ロシア、ジブチにもある。

韓国では、日本の植民地支配を称賛したり、5・18光州民主化運動を歪曲する発言を処罰するための立法提案がなされてきたという。それだけに著者も他の研究者もこの犯罪について研究を深めてきた。日本よりも研究が進んでいる。著者は韓国で歴史認識について問題発言が相次いでおり、それらに対処する必要性を指摘するが、だからと言って、処罰する法律が必要かどうかは慎重に検討する必要があると見ている。

たしかに、日本の植民地支配を称賛する発言を、韓国で処罰する必要はないだろう。立法事実保護法益の設定、被害の認識をきちんと検討すれば、立法の必要性が高いとは言えない。むしろ、日本でこそこの法律が必要だ。しかし、十分な議論がなされていない。

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ヘイトと闘う人びとについて、著者は国際人権法の要請を確認した上で、国際人権法を実現しようとする闘いを取り上げる。世界各国のヘイト表現禁止法に打ついて、欧州の26カ国、南北アメリカの5カ国、その他に5カ国を挙げる。これだけ多くの国を指摘しているのは、日本にはいない。

著者は日本のヘイト・スピーチ解消法を紹介し、そこに至るカウンターの活動にも言及する。著者は、欧州ではヘイト・スピーチ処罰が標準となっており、日本でもヘイト・スピーチ対策が始まっているのに、韓国では進んでいないという。

私は、日本よりも韓国の方が対策をしているのではないかと思っていた。というのも、刑法の侮辱罪の解釈が、集団侮辱罪を認めていると聞いていたからだ。朴裕河の『帝国の慰安婦』が、日本軍性奴隷制被害者であるハルモニを侮辱したとして告発され、実際に立件された。韓国刑法について知識のない私は、侮辱罪の規定について集団侮辱罪を認めるのであれば、韓国では一定のヘイト・スピーチを刑事規制していると言えると理解していた。これはドイツと同じである。ドイツの侮辱罪の解釈は、同じ一つの規定で、個人侮辱罪とともに集団侮辱罪の成立を認めている。韓国も同じだろうと思っていた。他方、日本では、同じような侮辱罪の規定なのに、個人侮辱だけを処罰し、集団侮辱は処罰しないと解釈されてきた。個人に対する名誉毀損の成立は認めるが、集団に対するヘイト・スピーチの成立は認めないのと同じである。

本書で、著者は、韓国における侮辱罪の解釈に言及していないので、この件はこれ以上は分からない。

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著者の「二者択一」をこえて、という思考はとても重要である。

日本では「ヘイト・スピーチの処罰ではなく、教育を」「処罰ではなく、対抗言論を」「処罰ではなく、被害者救済を」という主張がよく出て来る。私は、あれかこれかという「二者択一」思考を批判してきた。

著者は、ヘイト・スピーチ対策のために表現の自由を増進することが必要であり、刑事規制とともに環境形成が必要という。環境形成とは反差別政策、教育、広報、マイノリティ支援であり、民事規制や行政規制も含まれる。要するに総合的な反差別政策である。賛成である。日本でも同じことを主張してきた。

ところが、日本の一部の論者は、いまだに「処罰ではなく、教育を」「処罰ではなく、対抗言論を」と奇妙な「二者択一念仏」を唱える。

それでは、いかなる教育をどのように実施して、いつまでにヘイト・スピーチ対策の成果を期待するのか。具体的な方策を知りたいと何度要求しても、その具体的な方策を提案した論者はいない。「刑事規制ではヘイト・スピーチはなくならない。教育こそ重要」と主張するのなら、「教育でヘイト・スピーチをなくす具体策」を提案する責任があるが、責任意識のかけらもない。教育とはいかなる教育なのか。初等教育なのか社会教育なのか。担い手は誰か。いかなる教育課程と教材なのか。教育によっていつまでに差別を減らすのか、ヘイトをなくすのか。それを明らかにしようとしない。

私は、西欧や北欧ではどのような反差別教育を実践しているのかを紹介してきた。「処罰ではなく、教育を」論者は、諸外国の実践の紹介もしない。

いま現に起きているヘイト・スピーチを止めるには刑事規制が不可欠だ。長期的にヘイトを減らすために教育も重要だが、教育でいま現在のヘイトを減らすことはできない。「処罰ではなく、教育を」という主張は「ヘイトを野放しにしよう」という意味でしかない。

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対抗言論はとても重要である。現にヘイト・スピーチ処罰論者はさまざまな対抗言論を実施してきた。論文で新聞でTVで講演会で、繰り返し何度も対抗言論を行ってきた。ヘイト・デモの現場で「死ね」「殺せ」と罵声を浴びせられながら、カウンターを行ってきた。

だが、悪質なヘイトに対して対抗言論で対応するには限界がある。ヘイト・デモが集会の自由とされている日本では、カウンター側が逮捕されてきた。警察がヘイト集団を守ってきた。

「死ね」と叫んで体当たりしてくる相手に対して、いかなる対抗言論が可能なのか。「処罰ではなく、対抗言論を」と主張するのであれば、現場で実際にどのようにするのか、模範を示してもらいたい。そう要求しても、応答しようとしない。

「二者択一」思考の無責任さは明らかである。教育を、対抗言論をと言いながら、実際には何もしないからだ。ヘイト対策の教育を研究し、提案するのではなく、ヘイト規制に反対することだけを目的にして教育を口実にしている。

韓国でも同じ状況があったようで、著者は「二者択一」ではなく、総合的な差別対策の重要性を指摘している。的確である。