Thursday, March 24, 2022

ヘイトスピーチ研究文献(193)選挙とヘイト

瀧大知「『選挙ヘイト』と警察対応――相模原市議会選挙の事例から」『和光大学現代人間学部紀要』第13(2020)

冒頭に要旨がまとめられている。

「本研究ノートは「選挙ヘイト」と呼ばれた2019年の統一地方選、相模原市議会選挙を事例とした調査報告である。選挙演説が可能な選挙告示日翌日から投票日前日までを対象としている。主に警察の対応に焦点を当て、これまでのヘイトデモや街宣との違いについて記述、整理をした。調査から警察対応の変化が候補者の行動に影響を及ぼしているという特徴が見られた。」

以前は、選挙運動におけるヘイトスピーチに対して批判活動をすると選挙妨害とされる恐れがあった。ヘイト・スピーチ解消法によりヘイトの定義ができて以後、選挙演説と雖もヘイトはヘイトと言えるようになった。そこで2019年の選挙におけるヘイト演説の実態、警察対応の実態が明らかになる。

瀧は2019年の統一地方選挙における相模原市議会選挙を現場で調査した。日本第一党は、カウンターを取り囲み、脅迫的な罵声を浴びせた。カウンター側が少人数のため、日本第一党側に取り囲まれることもあった。警察は間に入って、双方を離れさせようとするが、ヘイト抑止という点では規制しようとしないのが特徴である。

瀧は次のように述べる。

「①          「日本第一党」の候補者や党員らがカウンターに至近距離で詰め寄る――主に「日本第一党」側が抗議者を囲い込み、罵倒、追い掛け回すといった――場面が多数見られた。それに対して警察の対応は、抗議者が囲まれても介入しない、間に入ったとしても普段のように引き離すことはしなかった。そのためカウンターが逃げようにも逃げられないといった状況が見られた。」

瀧は次のようにまとめる。

「現在ヘイトスピーチに反対する人は増えている。そこには「反差別相模原市民ネットワーク」のように女性や高齢者もいる。相模原での「選挙ヘイト」では抗議者側に肉体、精神的に強い負荷が掛かるような状況であった。今後、「抗議者の安全性」をどう確保するのかは一つの論点となるのではないだろうか。解消法第3条でヘイトスピーチを止めるのは「国民の務め」と記されており、この条文と警察の行動との関係を問題化する必要があるのではないか。」

別事件であるが、福岡県行橋市では、市議会議員がヘイト・スピーチを行ったため、市議会がこれを非難する決議をした。動議を提出した市議及び市議会は、市民として、及び公人として、市議によるヘイト・スピーチは許されないと考えた。ところが、当該市議は逆切れして、行橋市及び動議を提出した市議を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。ヘイト・スピ――カーがカウンターを裁判に訴えたのだ。本園317日、福岡地裁小倉支部は原告の請求を棄却して、事なきを得た。ここでも、ヘイト・スピーチを非難することの社会的偽が問われている。

ヘイト・スピーチは許されない。許してはならない。市民にはヘイト・スピーチを非難する権利と義務がある。市議会議員など公人にはより強い責務がある。しかし、ヘイト・スピーチを非難したために裁判に訴えられるようでは、時間的にも経済的にも大きな負担を負うことになる。現に行橋事件は20169月に提訴、20223月判決である。実質5年余りの間、裁判で応訴しなくてはならない。

国連人種差別撤廃委員会は日本政府に対して、「ヘイト・スピーチが行われた時、首相や影響力或る指導者がこれを非難するメッセージを出しているか」と質問した。日本政府は答えない。首相、国会議員、知事、市長などがヘイト・スピーチを非難する文化を作るべきだ。

ヘイト・スピーチ研究文献(192)ヘイトデモと警察

瀧大知「ヘイトデモと警察対応 : 差別禁止法がない社会における「反差別」の立ち位置」『和光大学現代人間学部紀要』第12(2019)

著者には下記の論稿がある。

瀧大知「差別団体による『選挙ヘイト』――その実態と市民の抵抗」『IMADR通信』200号(2019年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2019/11/blog-post_9.html?msclkid=cfa7f2d2aaae11ecac3deaca64cd40cd

瀧大知「『ふれあい館』への虐殺宣言と法務大臣による非難メッセージまでの経緯」『コリアNGOセンターNews Letter』53号(2020年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/12/blog-post_27.html?msclkid=cfa7c369aaae11eca48dea636c047b0c

「ヘイトデモと警察対応」は、冒頭に「要旨」をまとめている。

「本稿は警察によるヘイトデモへの対応を分析し、その課題を明らかにすることを目的としている。そのために、筆者によるフィールド調査のデータをもとに、警察とカウンター行動との関係に注目した。分析の結果、本稿では以下の点を明らかにした。まず、警察の目的はヘイト・スピーチを止めることではなく、デモを安全に終わらせようとするのみであること、つぎにそのような姿勢の警察にとって、カウンターはデモ隊と衝突を起こす危険性のある「挑発行為」としか捉えられておらず、一般通行人にとっての「迷惑」行動とされていること、その背景には日本に人種差別を規制する法律がないことを指摘した。そのうえで「ヘイトスピーチ解消法」の課題を提示している。」

瀧は、20182月から10月までの都内におけるヘイトデモを追跡調査し、警察規制の実態を確認す売る。警察はヘイトデモ隊には丁寧に説明し、ヘイトデモ隊が安全にデモ行進できるようにコースを守る。しばしば「警察がヘイトデモを守っている」と批判される通り、警察はデモ隊を優遇する。デモ隊には「ご協力を要請します」。他方、ヘイトに反対するカウンターに対して、警察は厳しい姿勢で臨む。カウンターに対しては「挑発行為をおこなうのはやめなさい。警察は厳正に対処する」。

2016年にヘイトスピーチ解消法が制定されたが、警察と言う「暴力装置」は、「守られる差別」と「排除される反差別」をつくりだす構図に変化はない。ヘイト・スピーチ解消法は「反レイシズムゼロ」を乗り超えるものではない。

最後に瀧は「差別的言動のない社会の実現に寄与しているのは誰なのか」と問う。答えは明白だ。レイシズムに対峙してきたカウンター=プロテスターである。にもかかわらず、「ヘイト・スピーカーの表現の自由」を守り、「マイノリティの表現の自由」を否定し、「カウンターの表現の自由」を抑圧する警察という歪んだ現実がある。この現実を変えることが瀧の次の課題となる。

 

 

 

Tuesday, March 22, 2022

シンポジウム「遺骨問題から見る学知の植民地主義」

シンポジウム「遺骨問題から見る学知の植民地主義」

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◆日時:423日(土)12:30-15:00

◆場所:オンライン(Zoom

◆参加費:無料

◆参加申し込み:

https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_Hw-HNk90T0qC2pAiU-0p1A

 ※参加を申し込んだ方には視聴用のZoomリンクが送られます。 

 ※当日参加できなかった場合も、後日、期間限定で視聴可能です(参加申込者に限る)。

◆主催:ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン

◆協力:市民外交センター、人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)、Peace Philosophy Centre、ヒューライツ大阪 

◆お問い合わせ: durbanRCS@gmail.com

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 1920年代に京都帝国大学の研究者が盗掘した琉球人遺骨が、現在も京都大学に保管されています。琉球人による返還の求めを拒絶した大学側を相手取った遺骨返還訴訟は、421日に判決を迎えます。

  一方、アイヌの遺骨の返還は不十分ながら少しずつ進んでいますが、旧樺太に暮らしていた樺太アイヌ(エンチウ)は、政府による遺骨の扱い方に不信感を募らせています。政府や研究機関には、樺太アイヌが独自な文化や歴史を持つグループであり、またその領域が日露によって分断され、固有に植民地統治されたという認識に乏しく、樺太アイヌの遺骨をその子孫が納得いく方法で返還を受ける権利を無視しています。

 遺骨問題は琉球人やアイヌ人に対する日本の植民地主義、とりわけ大学や博物館などによる「学知の植民地主義」を象徴する問題です。このシンポジウムでは帝国大学の時代から現在も引き続く学知の植民地主義を考えます。それは決して過去の問題ではありません。京都大学の返還拒否の姿勢、引き続き遺骨を研究に使おうとする研究者の存在などは、学問の世界が自らの植民主義を内省し克服しようとしてこなかったことを表しています。 

 現在の高等教育機関に残るこうした植民地主義の構造やトップダウン型の意思決定、忖度する研究者といった現在にはびこる植民地主義の再強化に焦点を当て、これらの問題が大学や研究者だけではなく、一般社会に与える影響も考えます。

 

プログラム

1部: 報告と討論「遺骨問題から見る植民地主義」

 報告1: 松島泰勝(琉球遺骨返還訴訟原告団長)

 報告2: 田澤守(樺太アイヌ協会会長)

 コメント1: 瀬口典子(九州大学大学院比較社会文化研究院)

 コメント2: 植木哲也(元苫小牧駒澤大学)

2部: 討論 「学知の植民地主義とマジョリティの特権」

 [モデレータ]上村英明(市民外交センター

 発題: 松本ますみ(室蘭工業大学大学院)

 全体討論

 質疑応答

 

◆ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーンとは:

 2001年、レイシズム(人種主義)と植民地主義を世界的課題として話し合う画期的な会議がありました。南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連するあらゆる不寛容に反対する世界会議」(略称:ダーバン会議)です。ダーバン会議は人種差別がジェンダーなどの他の要因と絡み合う「複合差別」の視点や、目の前にある差別は奴隷制や植民地支配など過去の歴史と切り離せないことを示すなど貴重な成果を残しました。

 そのダーバン会議から20年の2021年、その意義を再確認しながら、反レイシズムがあたりまえになる社会を日本につくるために「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」を立ち上げました。

〔これまでの活動〕

 ・2021417日・キックオフイベント「日本のレイシズムを可視化する~ラムザイヤーはここにいる!」

 ・2021912日・ダーバン会議20周年記念シンポジウム「入管法のルーツはレイシズム~ダーバン会議を生かす」

 ・2022219日・シンポジウム「『みんな違って、みんないい』に違和感あり!~『ダイバーシティ』でホントにいいの?」

 

<共同代表>上村英明(恵泉女学園大学) 藤岡美恵子(法政大学) 前田朗(東京造形大学)

<実行委員会> 一盛真(大東文化大学) 稲葉奈々子(上智大学) 上村英明(恵泉女学園大学) 榎井縁(大阪大学) 清末愛砂(室蘭工業大学) 熊本理抄(近畿大学) 乗松聡子(『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』エディター) 藤岡美恵子(法政大学) 藤本伸樹(ヒューライツ大阪) 前田朗(東京造形大学) 矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局) 渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)    

2022日年3月現在)

 

メール: durbanRCS@gmail.com

ブログ: https://durbanplus20japan.blogspot.com/ 

 

Saturday, March 19, 2022

テクノロジーと差別03

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

3 部 テクノロジー/ビジネスと差別

 第10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか

 第11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴

 第12章 テクノロジーは人種差別にどう向き合うべきか ?

10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか(成原慧)

Aiによる差別、特にAIを用いたプロファイリングに焦点を当てて、個人情報保護法制の意義を論じる。AIによる差別には、アルゴリズムの設計に起因する差別、学習するデータに起因する差別、集団の属性に基づく判断に起因する差別、人間によるAIへの責任転換があるとし、それぞれの特徴を分析する。AIによる差別を防ぐために、総務省AIネットワーク社会推進会議は「AI利活用ガイドライン」を作成している。欧州委員会や米国連邦取引委員会では差別防止の法的対処が始まっている。プロファイ輪舞について、EUの一半データ保護規則、カリフォルニア州消費者プライバシー法など。日本の個人情報保護法は十分な対応ができていないので、法とテクノロジーの役割の問い直しが迫られている。

11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴(佐藤暁子)

2011年の国連人権理事会「ビジネスと人権に関する指導原則」における国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、人権侵害の被害者の救済へのアクセスを確認し、日本の対応は遅れているが徐々に検討が進められているという。テクノロジーと人権について、日本政府は「人間中心のAI社会原則」「AI利活用ガイドライン」を作成している。日本も国際社会も十分な対応ができていないため、20201月、市民社会から改善勧告が出ている。国連人権高等弁務官事務所も人権尊重の声明を出した。技術開発による人権リスクはますます強まっているので、企業の対応が喫緊の課題である。デンマーク人権機関の「デジタル活動の人権インパクトアセスメントに関するガイダンス」を参考に検討している。

12章 テクノロジーは人種差別にどう向き合うべきか ?(宮下萌)

20206月のテンダイ・アチウメ人種主義・人種差別特別報告者が国連人権理事会に提出した報告書「人種差別と新興デジタル技術:人権面の分析」を紹介し、検討する。報告書は、技術の中立性を否定し、数字の中立性や客観性が差別的結果の発生を助長していることに留意している。反差別政策は包括的なものでなければならない。「露骨な不寛容および偏見を動機とする行動」や「新興デジタル技術の直接差別的・関節差別的設計/利用」について検討の上、人種差別的構造がつくり出され、強化される。差別は多様な領域に及ぶが、刑事司法においてもレイシャルプロファイリングが行われている。これについては2020年の人種差別撤廃委員会一般的勧告36号がある。現状を踏まえて、報告書は「人種差別への構造的・分野横断的人権法アプローチ」を論じている。宮下は、「人種差別とテクノロジー」問題を、①インターネット上のヘイトスピーチ、②AIプロファイリングを含むテクノロジーの設計・利用における直接的および間接的差別、③テクノロジーによって生じる構造的差別に分類し、それぞれについて国際人権基準を発展させ、国内で活用することを提言する。

AIが法の世界に与える影響についてはここ数年、法学会でも検討が続いていきたが、法的対応が現実に追いついていない。特に人権論の視点からの検討が不十分であった。本書はAI、ビジネスと人権を取り上げ、最後にアチウメ報告書を紹介・検討することで今後の方向性を示している。私もこうした分野について十分に論じてこなかった。ヘイト・スピーチの原理的な局面での検討だけで精一杯といったところだ。インターネットにおけるヘイト・スピーチについても十分な議論ができていない。昨年、中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)を読んだ。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/06/a.html

国連人権理事会諮問委員会が、2021年に人権理事会に提出した委員会報告書『人権促進保護の観点から見た新デジタル技術の影響、機会、挑戦(A/HRC/47/52)』は、『救援』21年8月・9月号に紹介した。

今後は本書を踏まえて調査・検討していくことになる。

Friday, March 18, 2022

テクノロジーと差別02

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

2 部 法規制という観点からネット上の差別を考える

 第 6 章 ネット上の人権侵害に対する裁判の現状

 第 7 章 地方自治体はネット差別とどう向き合うべきか

 第 8 章 ドイツの「ネットワーク執行法」に学ぶ

 第 9 章 ネット上の人権侵害に対する法整備の在り方

6 章 ネット上の人権侵害に対する裁判の現状(唐澤貴洋)

インターネット上の人権侵害に関する判例を検討して、その判断構造を分析し、その有効性と限界をしめし、今後に向けての立法を模索する。判例としては京都朝鮮学校襲撃事件や、大量弁護士懲戒請求事件が取り上げられている。手堅い論文だ。

7 章 地方自治体はネット差別とどう向き合うべきか(佐藤佳弘)

インターネット上の部落差別、インターネット・モニタリング事業、条例による地方自治体の取り組みを検討し、もう無償の差別書き込み対応にも論及している。すでに論じられてきた問題だが、さらに議論が必要だ。

8 章 ドイツの「ネットワーク執行法」に学ぶ(金尚均)

サイバー・ヘイトに対応するためのヘイト書き込みの削除問題が世界共通のテーマとなっている。ドイツでは2017年にネットワーク執行法が制定され、大きな変化が見られる。その概要を紹介した上で、差別情報を削除する意味について検討し、表現の自由との関連、憲法の私人間効力とSNS事業者の役割を検討している。

9 章 ネット上の人権侵害に対する法整備の在り方(宮下萌)

日本における人権侵害被害救済の困難な状況、被害の「不平等性」や沈黙効果を踏まえて、総務省など当局の調査研究の現状を確認し、被害者救済の視点から望ましい法制度をデザインしようと試みる。ネットと人権研究会のモデル案を紹介する。

ネット上のヘイト・スピーチは膨大且つ深刻であり、これへの対応は政府レベルでも検討が進められているが、まだまだ不十分だ。ヘイト・スピーチは表現の自由だなどというレイシズム容認の誤った基本姿勢を変えずに、インターネット上のヘイトに対応できるはずがない。そもそもできないことを前提としているから、政府の対応には最初から無理がある。そこを乗り超えるために、本書は、ヘイト・スピーチの理解、その被害の深刻性を確認した上で、インターネットにおける規制と自主規制の在り方を模索している。

私はオンラインであろうとなかろうと悪質なヘイト・スピーチは犯罪化するべきであり、犯罪化されればインターネット上のヘイトに対応できるという立場のため、インターネットに固有の論点については余り論じてこなかったので、本書には学ぶことばかりだ。いずれの立場にせよ、現に起きている事態に対処しなくてはならないので、本書の研究をさらに進めて欲しいと思う。

Wednesday, March 16, 2022

テクノロジーと差別01

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

https://www.kaihou-s.com/book/b598190.html

<本書では、インターネット上のヘイトスピーチ、サイバーハラスメント、AIプロファイリング、テクノロジーの直接差別的・間接差別的設計・利用やテクノロジーがもたらす構造的差別等、様々な角度から「テクノロジーと差別」の問題を包括的に取り上げ、全体像を把握することを試みた。

「テクノロジーと差別」というテーマは「古典的」かつ「新しい」問題であり、「テクノロジー分野から出発するアプローチ」と「差別撤廃から出発するアプローチ」という異なる二つの視点が必要となる分野である。技術的な側面のみから差別撤廃を目指すことは不可能であることはもとより、「テクノロジーと差別」というテーマにおいては、技術的な側面を無視して差別を根絶することはできない。

「差別は許されない」という「当たり前」の規範は、テクノロジーが発展する中でも変わらない。しかしながら、テクノロジーの進歩により差別の手口が巧妙化し、対処も難しくなってきていることも事実である。だからこそ、「差別は許されない」という当たり前の規範を実現するために、「テクノロジー」と「差別」が重なり合う問題について、多くの、そして多様な人がこの問題に関心を寄せて解決策を見出さなければならない。>

目次

1部 ネット差別の現状と闘い

2部 法規制という観点からネット上の差別を考える

3部 テクノロジー/ビジネスと差別

1 部 ネット差別の現状と闘い

 第 1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題

 第 2 章 女性に対するネット暴力の現状

 第 3 章 ネット社会で深刻化する部落差別

 第 4 章 ネット上の複合差別と闘う

 第 5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態

1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題(明戸隆浩)

本書の序論として現状をざっとまとめているのだろうと思って読み始めると、単に現状をまとめているのではなく、ヘイト・スピーチ解消法以後のネット空間におけるガバナンスの変化について、欧米と日本の動向を垣間見た上で、まだ対応できていない問題として、(1)フェイクニュース型のヘイト・スピーチ、(2)「殺到型」のヘイト・スピーチを指摘する。(1)では「危害告知」や「著しい侮蔑」型ではなく、フェイクニュースによる事実誤認の拡散がヘイトとなる場合である。(2)はプロレスラー木村花事件で用いられた「殺到型」――加害と被害の非対称性の場合である。今後の重要課題である。

2 章 女性に対するネット暴力の現状(石川優美)

KuToo署名発信者である俳優の石川が、2ちゃんねるによる誹謗中傷、侮辱、デマの被害を紹介し、DV加害に似たサイバーハラスメントの手法として、被害者を孤立/分断させる手口、「ガスライティング」、「監視」という暴力があるという。さらに弁護士依頼のハードルの高さにも触れて、被害者が直面する困難を列挙する。「そんなのは無視すればいい」というのは暴力的であるという。最後に、誹謗中傷に負けないために、仲間との出会い、「愛の爆弾」でヘイト対抗、そして「傍観することは加担すること」と指摘する。

3 章 ネット社会で深刻化する部落差別(川口泰司)

部落差別解消法から5年の状況を踏まえ、「全国部落調査」復刻版差別事件が起きて、その対処に追われ、裁判闘争を余儀なくされた経験を紹介し、2021927日の東京地裁判決の意義(出版禁止、賠償命令)と限界(救済範囲の限定、差別されない権利の否定)を論じる。ネット被害者救済の課題を確認し、地方自治体やネット企業の取り組みを紹介する。

4 章 ネット上の複合差別と闘う(上瀧浩子)

在特会及び保守速報による名誉毀損に対して裁判闘争を続け見事勝訴した李信恵反ヘイト訴訟の代理人による報告である。特にインターネット上の被害の特徴として容易に拡散し、保存できることを挙げた上で、「炎上」による被害を具体的に検討している。人種民族差別と女性差別が重なった複合差別、累積的トラウマを、専門家意見書をもとに分析する。

5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態(明戸隆浩・曺慶鎬)

ネット炎上における人権侵害を実証的に研究する。Livedoor NEWSサイトの炎上・批判から339件のニュース記事を取り出し。Twitter上で確認したケースを分析する。分析対象一覧、対象事例一覧が示され、コードを利用した分析を行ったうえで、人権侵害について、尾辻かな子、室井祐月、石原慎太郎、茂木敏充の4人に関わる事例を検証する。「炎上」は、その元発言の悪質さについてもそれに対して向けられるコメントの悪質さについても多様であり、炎上と言う現象それ自体は、道徳的な善悪とは別だという。

5本の論考は、テーマも論述方法も多様で、まとまりがないが、それぞれが本書の序論的位置にあると理解すると、ヘイト・スピーチ問題の多様性と広がりを理解する手助けとなる。おそらくこれ以外にも数多くの序論を書くことが可能であり、その序論の蓄積によってようやくこの問題の大きさ、深刻さを把握できるようになるだろう。言いかえると、一部の現象だけを基に論じても視野狭窄に陥ることになる。

本書は「デクノロジーと差別」という切り口で議論するために必要な限りで序論を数本用意しており、それぞれを基に考えることもできるし、連関させて考えることもできる。複合差別論も重要である。

Tuesday, March 15, 2022

在日朝鮮人研究と日本人研究

山本かほり『在日朝鮮人を生きる  〈祖国〉〈民族〉そして日本社会の眼差しの中で』(三一書房)

https://31shobo.com/2022/01/22001/

第Ⅰ部 朝鮮学校との十年

緒言

第一章 朝鮮学校研究に向けて

第二章 朝鮮学校で学ぶということ──排外主義の中で

第三章 〈祖国〉への修学旅行──朝高三年生の〈祖国訪問〉同行調査から

第四章 「北朝鮮」言説と朝鮮学校──マジョリティの「良心」が「暴力」になるとき

エッセイ 平壌で乾杯──私が出会った人たち

祖国の愛は温かい

とりこになったインジョコギパップ

平壌の障がい児施設を訪ねて

帰国子女の悩み

地域が育てる─正明くんのこと

運転手としての誇り

만남─出会い

最高の連れ

第Ⅱ部 ある在日朝鮮人家族親族の生活史─三十年間を見つめて

緒言 在日朝鮮人の家族親族の世代間生活史調査とX家──調査の概要

第一章 X家の世代別生活史──上昇移動の生活史

第二章 ある在日朝鮮人家族・親族の生活史に見る民族意識の変遷──上昇移動の後に

第三章 X家と朝鮮学校・総聯──X家の生活史のもう一つの側面を読む

約30年に及ぶ在日朝鮮人研究と、10年を経た朝鮮学校との交流をまとめて1冊にした著者は、社会学の窓から在日朝鮮人を「発見」し、調査し、つきあい、学び、そして生きてきた。

第Ⅰ部では、高校無償化からの朝鮮学校排除との闘いに加わり、愛知朝鮮学校と交流を深めてきた中での訪朝経験も含めた著者の体験記と紀行と闘いが紹介される。一貫して在日朝鮮人研究をしてきたが、朝鮮学校との出会いは10年程前であり、朝鮮民主主義人民共和国との出会いもその後のことだという。高校無償化問題を契機に朝鮮学校と本格的に付き合い、朝鮮に向き合うようになり、「私の世界観は大きく変わった」という。訪朝体験を語ると「洗脳されている」と返ってくる。山本は当初はその影響を受けていたという。「西洋民主主義的な思考が唯一無二の『普遍』だという考え」から抜け出るのに苦労した。「西洋民主主義的思考の特殊日本的理解と受容」を「普遍」と考えて怪しまない日本社会を相対化できたということだろう。

第Ⅱ部では、「ある在日朝鮮人家族親族の生活史」とあるように、30年がかりで調査し、つきあってきた家族の物語を通じて、在日社会の変容を追跡する。在日一世から二世へ、そして三世、四世へと変わってきた家族の在り方、国籍も変わり、職業も変わり、社会的位置も変わる。民族意識にも変容がある。それでも日本社会に単純に同化されずに、在日の意識を持ち続け、生き続ける。そのことの意味を山本なりに考える。日本と朝鮮半島だけでなく、世界的な移民・移住との対比も含め、広い視野で考えると、在日朝鮮人社会の独特の歴史が持つ意味が新しい様相を帯びて見えてくる。そして、日本人と日本社会が見えてくる。

私も在日朝鮮人との付き合いは35年になるが、在日朝鮮人を「支援」したことがない。在日朝鮮人の闘いを支援したことがない。在日朝鮮人を研究対象にしたこともないので、山本の記述は私にとって新鮮だ。

私の場合、自分が暮らす社会の中で差別や人権侵害が起きているから、反差別、人権実現の活動に加わってきた。もともと刑法という国家権力の発動に関わる学問を専攻したので、刑事弾圧や警備公安警察の不当活動を批判し、権力の恣意的差別的発動に異議を申し立ててきた。このため、日本を少しでもまともな社会に変えるため、在日朝鮮人に協力してもらってきた。私の研究対象は日本国家権力であり、差別を止められない日本社会であり、日本法だ。「リベラル派のつもりで、実はヘイト・スピーチを懸命に擁護する憲法学」=「レイシズム憲法学」も研究対象だ。日本をまともな社会に変えるのは日本人の責任だが、力不足のため、日本で差別被害を受けてきた朝鮮人の力を借りてきたのが実情だ。

山本は社会学者として在日朝鮮人を研究し、そこに反映された日本社会を研究し、その一因である自分自身に向き合おうとする。そのことを通じてさらに朝鮮学校にかかわり、学びながら、支援も行う。私とは異なるスタンスだが、結局のところ、同じことに帰着するのだろう。山本はやがて自ら日本社会論をまとめるだろうか。