深沢潮『ハンサラン 愛する人びと』(新潮社、2013年)
*
『週刊新潮』の「名物コラム」とされる高山正之「変見自在」が終了した。もともと差別的で傲慢なコラムで、何度か読んだことはあるが、ほとんど読んでいない。今回は「創氏改名2.0」というコラムで、朝鮮植民地時代の差別政策を想起させ、外国人排斥を強化させる悪質なコラムだった。被害を受けた深沢潮が記者会見し、多くの著者が深沢を支援し、週刊新潮に苦情を寄せたため、新潮社が「お詫び」し、コラム終了となった。
深沢潮の作品は少ししか読んだことがないので、今回の「事件」を契機に、まとめて読むことにした。
2012年の新潮社の第11回R-18文学賞大賞を受賞した「金江のおばさん」が深沢のデビュー作だ。本書冒頭に収められている。金江のおばさんは、在日朝鮮人女性で東京・池上在住、首都圏の在日朝鮮人の結婚を斡旋することで有名なおばさんで、多くの在日男女の出会いを斡旋してきた。日本社会に1%に満たない人口の在日朝鮮人なので、男女の出会いから結婚に至るきっかけをつくるには、金江のおばさんのような人物が必要だ。
本書には6つの短編が収められている。「四柱八字」「トル・チャンチ」「日本人(イルボンサラム)」「代表選手」「ブルー・ライト・ヨコハマ」。それぞれの主人公は異なるが、いずれも金江のおばさんが(名前だけの場合もあるが)登場する。金江のおばさんつながりの連作短編集だ。
日本人読者にとっては、在日朝鮮人の出会い、恋愛、結婚、離婚や、家族の物語に関心を持って読むことになる。一方では、在日に固有の物語だが、他方では、どこの世界にも共通の普遍的な愛と家族の物語でもある。その固有性と普遍性の連関が独特の語り口で提示される。
固有性を浮き立たせるのは言うまでもなく植民地支配とその帰結、戦後も続く朝鮮人差別という背景がある。深沢は本作では植民地支配そのものを取り上げていないし、戦後日本の差別政策を主題としていないが、常に背景にあることは言うまでもない。読者がどのように読むかは、読者自身の歴史認識に委ねられている。「帰化」をめぐる在日朝鮮人の悩み、煩悶をどう受け止めるかも、読者の側の知識や認識に委ねられている。
*
朝日新聞8月26日に、戦争と性暴力をめぐる特集が組まれ、沖縄に連行された朝鮮人女性を題材として『翡翠色の海へうたう』を書いた深沢潮も一文を寄せている。満蒙開拓団の黒川村事件を描いた映画『黒川の女たち』が話題になったので、戦時性暴力問題を取り上げた特集だ。日本人男性が日本人女性をソ連軍に差し出した黒川村事件と、日本軍がアジアの女性を蹂躙した「慰安婦」問題をはじめ、現代における戦時性暴力問題は世界的に問われ続けている。
深沢潮「アリランをうたう」
https://note.com/soundofwaves/n/n65cf1e5c14c1
「慰安婦」の日常描く 深沢さん八重瀬でトーク
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1415065
<差別なき社会へ>沖縄の朝鮮人慰安婦の小説執筆
https://www.tokyo-np.co.jp/article/184883
戦時下の性暴力、深沢潮さん「私たちの問題」 女性に向かう支配欲
https://www.asahi.com/articles/AST8N7TG5T8NUPQJ00GM.html?msockid=39656b98262d63d91b7179fe27c76213
*
大江健三郎を読み直す(1)
https://maeda-akira.blogspot.com/2014/01/blog-post.html
大江健三郎を読み直す(83)「最後の小説」への道、「最後の小説」からの道
https://maeda-akira.blogspot.com/2017/12/blog-post_53.html
目取真俊の世界(1)むきだしの国家暴力に抗して
https://maeda-akira.blogspot.com/2018/01/
目取真俊の世界(12)歴史・記憶・物語
https://maeda-akira.blogspot.com/2018/12/blog-post.html