Thursday, May 24, 2012

へっぴり腰でもタブーに挑戦

拡散する精神/萎縮する表現(13)



川端幹人『タブーの正体! マスコミがあのことれない理由』(ちくま新書二〇一二年)は、タブーへの挑戦を誘う。

類書はたくさんあるが異色の書である。新書であるにもかかわらずかなり幅広事例提供してわかりやすい。著者『噂真相』元編集長である。研究者って、元編集長、現在もジャーナリストとして活躍しているだけあってさまざまな具体例、既存著作ていない裏話めて紹介されている

しかし、何より本書特徴、自分経験「暴露」していることだ。右翼による『噂真相』襲撃事件経過、その著者自身「転向」具体的いている。「口では『圧力にはしない』『言論自由死守する』と強気言葉べていても、内心はトラブルがこわくてこわくてたまらないだから、『噂真相』休刊した時、私から安堵、二度とタブーなんてものに関わるまいと心に誓った」と言い、自らを「へっぴり腰」とまで呼ぶ。しかし、著者は逃げているのではない。へっぴり腰であっても闘いつづけることそのために本書いているへっぴりでもかっこくてもじたばたしながら、それでも闘うとの宣言である。

 そのために著者は、メディアにおけるタブーがなぜ、どのように成立しているのかその実態とメカニズムをけ、タブーの要因を「暴力恐怖」「権力恐怖」「経済恐怖」という三つの視点整理している第一の暴力恐怖は、うまでもなく右翼団体宗教団体による実力行使による被害、それを心配しての自粛問題である。最たるものが皇室タブーである。最近はナショナリズム・タブーがあり、拉致問題や靖国問題で表現が委縮している。ネット右翼によるタブー再生産もある。宗教団体もここに入るが、著者は宗教タブーが「信教の自由」に由来するという言い訳を批判している。

第二の権力恐怖、警察、検察、財務省による権力的介入への恐怖である。「国策捜査」と呼ばれる問題の影響もここに入る。戦前の治安維持法とは違うとはいえ、さまざまな形で権力による介入がなされる。利権や金銭疑惑があったにもかかわらずマスコミが追及しなかった小泉純一郎元首相と、軽微な不正にもかかわらずすさまじい物量の報道により辞職に追い込まれた辻元清美議員の対比はよくわかる。東京地検特捜部や大阪地検特捜部とは何であるのかも再考が必要である。

第三の経済の恐怖とは、スポンサーからの圧力、広告引き上げなどである。トヨタやパナソニックの不祥事はなかなか報道されない。東京電力、電通の広告により原発タブーがつくり出された。芸能プロダクションによるメディア操作実態かれる

こうした事実まえたうえでジャーナリストはいかにあるべきかという問題になるが、著者はジャーナリスト高々げてじることはしないへっぴりでもなんとか頑張るには どうしたらいいのかが問題だからであるインターネットの普及によりますますジャーナリズムが低落、利益至上主義という企業論理支配しているどこに活路見出すのかメディアの未来はとてもいがただ、可能性破る」ことだと言う。タブーをって例外状態すことはたった一人のジャーナリストでもできる。もちろん、たった一人の反乱はすぐに鎮圧されてしまいまたタブーが支配することになるだろう恐怖に怯えたマスメディアからは無視されてしまうだろう。「だとしてもそれは無駄ではないはずだ」。

「タブーを破ろうとすること自体が大きな意味をもつ。なぜなら、タブーをろうとすれば、必軋轢圧力そのことによってタブーの正体があぶりだされるからだ。いったい、だれが何のためにこのタブーをつくりだしたのか、どの表現がどう問題なのか、メディアは何を恐れているのか」。

 「とにかくギリギリまでタブーに近づくこと、そしてタブーの正体を常にあらわにし続けること。最後にもう一度いうが、タブーの肥大化・増殖を食い止めるためには、まず、そこから始めるしかない。

 「無様敗北してもなおタブーにろうとする」人にはおめの一である。