Wednesday, May 09, 2018

ヘイト・クライム禁止法(146)イギリス


イギリス政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/GBR/21-23. 16 July 2015.)によると、イギリス法は人種憎悪を煽動することを禁止し、オンラインでもオフラインでも、個人に対するものにも適用される。長い伝統として、個人には、住民の多数派の意見に反対する意見を持ち、表明する言論の自由を保障してきた。政府は、言論の自由を維持しつつ、個人を暴力と憎悪から保護することの両者のバランスを取ることが重要と考える。政府はメディアの内容を統制しないが、ジャーナリストには人種憎悪を煽動しない責任がある。人種差別は2010年の平等法によって禁止されている。独立プレス基準機構は差別を禁止し、差別記事からの個人の保護を目的としている。

 編集者協会は政府の支援のもと、オンライン管理者に、ユーザーがウェブサイト新聞に投稿した際に人種、信仰、性的志向、トランスジェンダー又は障害に基づいて憎悪を煽動しないように確保するためのガイドを出版した。

 情報通信庁放送綱領は、犯罪を惹起するかもしれないオンスクリーンの差別を扱う。犯罪を惹起しかねない記事については、その内容から正当化できるようなものとしなければならない。放送者は、その内容が編集上正当化されるものでなければ、人種的内容や記事を回避しなければならない。放送者は文化的な分断に注意する必要がある。

 2010年、情報通信庁は、差別的記事を含む攻撃的な言語に関する視聴者の意見を調査した。情報通信庁によると、攻撃的言語や差別的言語の性質に関する理解が重要である。2011年には、テレビにおける民族的マイノリティの表象に関する分析が行われた。

 前回審査において人種差別撤廃委員会は、イギリス政府に条約第4条についての解釈宣言の撤回を勧告したが、イギリスは解釈宣言を維持する。

 人種差別撤廃委員会はイギリス政府に対して次のように勧告した(CERD/C/GBR/CO/21-23. 26 August 2016)。2016年6月に実施されたイギリスのEU離脱をめぐる住民投票の前後を通じて人種主義的ヘイト・クライムが急増した。住民投票キャンペーンが分断を煽り、反移民と排外主義の言説を多用し、政治家や有名人がそれを非難せず、偏見を強化する発言をした。最近のヘイト・クライムの増加し、多くの事例が不処罰のままであることに強い関心を有する。委員会は、ヘイト・クライムを捜査し、実行者を訴追し処罰するよう勧告する。ヘイト・クライムに関する情報を系統的に収集し、人種主義ヘイト・クライムと闘うよう勧告する。人種主義ヘイト・クライムの報告を強めるように具体的措置を採用するよう勧告する。人種主義ヘイト・スピーチに関する一般的勧告35を考慮して、人種主義的ヘイト・スピーチ、排外的政治家発言、と闘う包括的措置を講じるよう勧告する。人種主義的メディア記事と闘う効果的措置を講じるよう勧告する。それゆえ、条約第4条についての解釈宣言を撤廃するよう勧告する。


今回の政府報告書には、法律の内容紹介がないのは、これまでに報告しているのと同じだからである。判例等の具体的事案の紹介もなされていない。なお、イギリスのヘイト・スピーチ法については師岡康子及び奈須祐治の論文が詳しい。

Sunday, April 29, 2018

デーモンクラシーといかに闘うか ――『思想の廃墟から』出版記念公開書評会


デーモンクラシーといかに闘うか

――『思想の廃墟から』出版記念公開書評会



民主主義の中にはデーモンが隠れていないだろうか。

あるいは、民主主義の中からデーモンが生まれてくるとしたら。

戦争責任、戦争犯罪、象徴天皇制、靖国参拝、「慰安婦」問題、自衛隊

日米安保、沖縄米軍基地、核兵器、原発事故、原発再稼働……

私たちの民主主義とはいったい何だったのか。

何度も問われてきたはずの問いを、今なお私たちは問い続けなくてはならない。


鵜飼哲・岡野八代・田中利幸・前田朗『思想の廃墟から――歴史への責任、権力への対峙のために』(彩流社)の出版を記念して、公開書評会を開催します。ぜひご参加ください。


日時:6月17日(日)開場13時30分、開会14時~閉会17時

会場:東京しごとセンター講堂(飯田橋) 

飯田橋駅から:JR中央・総武線「東口」より徒歩7分、都営地下鉄大江戸線・東京メトロ有楽町線・南北線「A2出口」より徒歩7分、東京メトロ東西線「A5出口」より徒歩3

参加費(資料代含む):500円



<書評&リプライ&討論>

中野敏男(東京外国語大学)  

早尾貴紀(東京経済大学)

鵜飼 哲(一橋大学)       

前田 朗(東京造形大学)



主催:『思想の廃墟から』出版記念公開書評会実行委員会

連絡先:平和力フォーラム

192-0992 東京都八王子市宇津貫町1556 東京造形大学・前田研究室

042-637-8872  070-2307-1071(前田)   E-mail:maeda@zokei.ac.jp

Friday, April 20, 2018

目取真俊の世界(7)初期短編集の輝き


目取真俊『平和通りと名付けられた街を歩いて』(影書房、2003年)


「魚群記」

「雛」

「蜘蛛」

「平和通りと名付けられた街を歩いて」

「マーの見た空」


「琉球新報」に掲載された「魚群記」が1983年、「新沖縄文学」に掲載された「蜘蛛」が1987年。1960年生まれの目取真の20歳代の作品群である。

いずれも少年・青年期の体験や記憶を手がかりに、想像力を膨らませて描いた小説だ。沖縄戦や米軍基地問題など政治を素材とした作品が目立つ目取真だが、『群蝶の木』がそうであったように、身辺の出来事からはいりながら、その先にある未知の体験への期待と不安を存分に漂わせた心理劇の世界を作り出す。少年の目に焼き付いた美と醜のアンバランスな対比、優しさと過激な暴力が衝突する人間模様。鮮やかな忘れがたい光景と記憶の彼方に押しやりたい光景、美臭が腐臭に転化する瞬間、目配せの途端に反転する世界。沖縄北部の村や那覇で立ち昇る歴史と悲鳴と残響。

「平和通りと名付けられた街を歩いて」は、皇太子夫妻の来沖を控えた那覇の平和通り周辺での出来事をスラップスティック風に描き出す。抑圧する権力、権力を内面化せざるを得ない庶民、だが、内面化に抗して吹き出す民衆の乱舞と哄笑。少年の目を通して、そしてオバーの生き様を通して、天皇制に貫かれた日本と、天皇制に侵されはじめた沖縄の悲劇と喜劇を巧みに提示する。路地のそこかしこに、やんちゃな歴史と記憶がひしめき、ぶつかりあい、くすぐりあっている。後の目取真の沖縄政治文学を予告する記念碑的作品だ。

Thursday, April 19, 2018

<憲法再入門>第5回 飯島滋明「安保法制違憲訴訟の現状」


インタヴュー講座<憲法再入門――立憲主義をとり戻すために>第5回




「安保法制違憲訴訟の現状」

飯島滋明(名古屋学院大学教授)

日時:6月9日(土)開場午後1時30分、開会午後2時~閉会午後5時

会場:IKE Biz 多目的ホール(としま産業振興会館、旧豊島勤労福祉会館)


資料代:500円

インタヴュアー:前田朗


飯島滋明(いいじま・しげあき)さん:名古屋学院大学教授。専門は憲法学、平和学。主な著書に『国会審議から防衛論を読み解く』((三省堂)、『安保法制を語る!――自衛隊員・NGOからの発言』、『これでいいのか!日本の民主主義――失言・名言から読み解く憲法』(以上現代人文社)、『すぐにわかる 集団的自衛権ってなに?』(七つ森書館)など多数。



主催:平和力フォーラム

192-0992 東京都八王子市宇津貫町1556 
東京造形大学・前田研究室

042-637-8872  070-2307-1071(前田)   

E-mail:maeda@zokei.ac.jp


Friday, April 13, 2018

ヘイト・クライム禁止法(145)パラグアイ


パラグアイ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/PRY/4-6. 5 January 2016)によると、2011年に国内人権計画草案が作成された。計画は、司法省のガイダンスに基づいて人権ネットワークが、政府諸官庁、市民社会組織、大学と協力し、国連人権高等弁務官事務所の支援のもとに作成した。計画は一部修正のうえ、2013年に最初の国内人権計画として発効した。同計画の下で、政府は差別概念を「偏見に基づいた、人間の尊厳に反する区別であり、ある集団の構成員を異なる者、劣等な者として扱うこと」とした。もっとも重要な形態では、差別は性質上構造的なものとなり、住民の一部が、複合的な社会文化的慣行ゆえに、社会の他の者と同一の権利を享受することができない。

国家情報規制・基準・調査センターが作成した広告自主規制規範は差別と侮蔑を予防する規則を提示している。刑法233条は差別を禁止して、「人々の調和的な共存を妨げる方法で、他人を、彼/彼女の信仰に基づいて、公然と、集会で又は第14条で言及された出版で、侮辱した者は、3年以下の刑事施設収容又は罰金に処する」としている。刑法14条は出版について文書、オーディオ記録、ヴィデオ記録、その他のメディア記録と定義している。

1981年の法律940号により先住民族問題国家機関が設立され、自立した法人格を持っている。政府との関係は教育文化省のもとにあるが、先住民族問題国家機関は立法機関や司法機関と直接関係を有する。先住民族問題国家機関の任務は、先住民族の権利を実現・擁護することである。そのための政策立案、公的機関や私機関との連携、そのための先住民共同体への科学的法的財政的支援等である。

人種差別撤廃委員会はパラグアイ政府に次のように勧告した(CERD/C/PRY/CO/4-6. 4 October 2016)。パラグアイ法においては条約第1条の差別の定義も、条約4条に掲げられた人種差別行為も明示されていない。一般的勧告7号及び15号に照らし、一般的勧告35号を考慮して、条約4条に掲げられた全ての人種差別行為を犯罪とするよう促す。人種に関連する動機を刑罰加重事由として考慮するよう勧告する。

Friday, April 06, 2018

<憲法再入門>第4回 田中利幸「日本国憲法の光と影」


インタヴュー講座<憲法再入門>第4回 

平和力フォーラム2018




第4回「日本国憲法の光と影――憲法全文・9条と1章『天皇』の根本的矛盾」

田中利幸(歴史家、「8・6ヒロシマ平和へのつどい」代表)



日時:5月20日(日)開場午後13時30分、開会14時~17時閉会

会場:スペースたんぽぽ(4F)

千代田区三崎町2-6-2 ダイナミックビル4F

03-3238-9035



JR水道橋から5分。



資料代:500円



プロフィル

田中利幸(たなかとしゆき):歴史学、戦争犯罪史。著書に『知られざる戦争犯罪――日本軍はオーストラリア人に何をしたか』(大月書店)、『空の戦争史』(講談社現代新書)、『再論東京裁判――何を裁き、何を裁かなかったのか』(共編、大月書店)、『思想の廃墟から』(共著、彩流社)。Japan’s Comfort Women: Sexual Slavery and Prostitution during World War Ⅱand the US Occupation(Routledge, 2002). Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War Ⅱ(Second edition, Rowman & Littlefield, 2017). Bombing Civilians: A Twentieth-Century History (Co-edited, New Press, 2010).



インタヴュアー:前田朗



主催:平和力フォーラム

192-0992 東京都八王子市宇津貫町1556

東京造形大学・前田研究室

042-637-8872

070-2307-1071(前田)

E-mail:maeda@zokei.ac.jp


Friday, March 30, 2018

<憲法再入門>第3回 清水雅彦「安倍政権の改憲論を斬る」


インタヴュー講座<憲法再入門>第3回 

平和力フォーラム2018

http://maeda-akira.blogspot.jp/2018/01/blog-post_66.html



第3回「安倍政権の改憲論を斬る」

日時:5月19日(土)会場13時30分、開会14時~17時閉会

会場:ラパスホール(東京労働会館)

東京都豊島区南大塚2-33-10

http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/gyojimap_rapasuhoru.htm

資料代:500円



清水雅彦(日本体育大学教授)

プロフィル:

清水雅彦(しみず・まさひこ):日本体育大学教授(憲法学)。戦争をさせない1000人委員会事務局長代行、九条の会世話人。主著に『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?――「自民党憲法改正草案」の問題点』(高文研)『緊急事態条項で暮らし・社会はどうなるか――「お試し改憲」を許すな』(現代人文社)『新福祉国家構想5 日米安保と戦争法に代わる選択肢――憲法を実現する平和の構想』(大月書店)『すぐにわかる 戦争法=安保法制ってなに?』(戦争をさせない1000人委員会)『いまこそ知りたい平和への権利48Q&A』(合同出版)『秘密保護法から「戦争する国」へ』(旬報社)『憲法未来予想図』(現代人文社)など多数。



インタヴュアー:前田朗



主催:平和力フォーラム

192-0992 東京都八王子市宇津貫町1556

東京造形大学・前田研究室

042-637-8872

070-2307-1071(前田)

E-mail:maeda@zokei.ac.jp

Tuesday, March 20, 2018

場所の力、美術の力


宮下規久朗『美術の力――表現の原点を辿る』(光文社新書)


20日の国連人権理事会は、議題7の占領下パレスチナにおける人権状況の審議が行われた。占領下パレスチナにおける人権状況という議題は、国連人権委員会以来数十年続いてきたテーマだ。アメリカの支援を受けたイスラエルが開き直り、時々軍事攻撃に出て、壁を作り、住民の人権を丸ごと剥奪している。今回は、トランプのイェルサレム米大使館問題が起きたので、なおのこと各国が厳しい批判をした。数十カ国がイスラエルによる人権侵害を非難し、10数カ国はトランプを名指しした。多数のNGOもアメリカを批判した。一部のNGOが逆に「イスラエルだけを一方的に非難するな」などと言うので、アドリブで「一方的に侵略するな。一方的に殺すな」と述べたNGOもあった。


宮下規久朗は学芸員時代から新書で多数の美術書をだし、我々一般読者に美術の素晴らしさを教えてきた。現在は神戸大学大学院教授だ。専門はカラヴァッジョだったという。新書本は結構読んできた。美術評論家としては、 個人的には宮下誠のファンだったが、同じ宮下の宮下規久朗の本もよく読む。


本書の冒頭はイスラエルへの旅だ。戦争や拷問のイスラエルではなく、ナザレ、テチィベリア、クムラン、ベツレヘム、イェルサレム、つまりキリストの事績の巡礼である。ヴィア・ドロローサ、ゴルゴダ、ベツレヘムのクリプタ。これらを訪れた宮下は、場所の力という。カインド内の美術館制度の下では、美術作品は美術館の展示空間に置かれ、それを見に行く。その場合は、美術作品の単体の力だけが対象となる。これに対して、イェルサレムやベツレヘムへの巡礼では、そこでなければ見ることができず、そこでなければ感じることのない何かに突き動かされることになる。場所の力である。両者が重なるのが理想かもしれないが、そううまくはいかない。


美術の力と場所の力が重なった瞬間として、一つだけあげておこう。2008年だっただろうか。ベルンのパウル・クレー・センターに、クレーの「新しい天使」が展示された。ベンヤミンが「歴史の天使」と名付け、死ぬまで持っていたことで有名なあの「新しい天使」は、イェルサレム美術館に収蔵されている。クレーもベンヤミンもユダヤ系であるが故にナチスに迫害され、クレーはスイスの実家に逃げ帰り、ベンヤミンは亡命しようとして亡くなった。その「新しい天使=歴史の天使」は、皮肉なことに、パレスチナ人民を迫害し、虐殺し、拷問しているイスラエルの所有物となっている。それがベルンに里帰りしたとき、場所の力と美術の力が重なったと言えるだろう。そのままベルンにおいてほしかった。


本文の多くはイタリア美術と日本美術の真価の紹介である。ヴェネツィア、フィレンツェなどイタリア美術、ティツィアーノ、ボッティチェリ、ギルランダイオ、アンチンボルド、カラヴァッジョ、グエルチーノの凄みを紹介した後、日本に飛んで浮世絵や、近代美術(松本喜三郎、東郷青児、河野通勢、山本鼎、小磯良平、藤田嗣治・・・)を見る。その上で、美術館と美術をめぐる考察に入る。新聞連載コラムをまとめた本のため、体系性はなく、話はあちらへ行ったりこちらへ行ったりだが、宮下ならではの学識と、読みやすい文章で読者を引きつける。


HURLEVET, Valais,2016.

Monday, March 19, 2018

部落解放運動の歴史を踏まえ、人権運動の未来へ(2)


谷元 昭信『冬枯れの光景 部落解放運動への黙示的考察(下)』(解放出版社、2017年)





目次

第三部●同対審答申と「特別措置法」時代への考察〔同和行政・人権行政論〕

 第一章…同対審答申にいたるまでの時代背景

 第二章…同和対策審議会答申の基本精神とは何か

 第三章…同対審答申具体化のための取り組み

 第四章…「特別措置法」時代三三年間の同和行政の功罪

 第五章…「特別措置法」失効後の同和行政の混乱とその原因

 第六章…同和・人権行政の基本方向と今日的課題

 第七章…「福祉と人権のまちづくり」の拠点としての隣保館活動

 第八章…同和教育の歴史的経緯と人権教育の今日的課題 

 第九章…「部落差別解消推進法」制定の意義と課題 


 第一章…根源的民主主義論からの部落解放運動の再構築

 第二章…「部落解放を実現する」組織のあり方

 第三章…部落問題認識にかかわる論点整理と問題意識

補遺二稿●

 第一章…戸籍の歴史と家制度の仕組みに関する考察

 第二章…部落差別意識と歴史的な差別思想に関する考察 

おわりに 「全国水平社一〇〇年への思い」


第三部「同対審答申と「特別措置法」時代への考察〔同和行政・人権行政論〕」では、同対審答申が部落差別が現存し、部落問題解決は国の責務であることを認め、部落問題にかかわる偏見を批判し、日本社会の構造的欠陥を分析し、同和行政を日本国憲法に基づく行政に位置づけたことなど積極面を確認する。次いで部落解放基本法制定運動の意義を振り返る。同和行政については、その重要な意義を強調しつつも、「特別措置法」時代に形成された行政依存体質などさまざまの問題を抱えることになったことが、特別措置法失効後の同和行政の混乱につながったことを再検証する。また、最近の部落差別解消推進法の意義と課題も論じている。


第四部「部落解放理論の創造的発展への考察〔部落解放論〕」では、まず「根源的民主主義論からの部落解放運動の再構築」を掲げ、部落解放運動が社会連帯をめざす「外向きの運動」になっていくためには、民主主義の根源的理解を踏まえる必要があるという。民主主義の根本原理を「平等・参加・自治」に求め、部落解放運動においては、第一に「抵抗権」に立脚して、差別実態に対する「糾弾」の社会的正当性を確保すること、第二に、「人権の法制度」(差別撤廃、人権擁護・促進のシステム)を確立すること、第三に「人権のまちづくり」運動の推進、第四に自立・共生の人権文化を創造する人権教育・啓発活動の徹底、第五に「人間を尊敬することによって自ら解放」する人間へと成長するための絶えざる自己変革である。こうした問題意識から、著者は部落解放同盟の二〇一一年綱領が掲げた基本目標一三項目をさらに具体化する必要性を強調する。

著者のいう根源的民主主義とは、民主主義の歴史的な発展についての理解が前提となっている。第一段階は古代ギリシア型民主主義、第二段階は近代西欧型民主主義、第三段階は現代民主主義であり、根源的民主主義である。民主主義の根源的把握の第一の課題はルソーの一般意思に立脚した原則である。第二の課題は古代ギリシアのデーモスにさかのぼる平等概念である。第三の課題は自由と平等という基本概念における位相転換の必要性である。著者は根源的民主主義を、普遍的な民主主義の根本原理によって過去の民主主義の歴史的限界を克服し、民主主義の本来のあり方を具体化していくことと位置づける。未完の民主主義を完成させていく過程をいかに実現していくかが重要となる。

 そのために、「部落解放を実現する」組織のあり方を論じ、その上で部落問題認識にかかわる論点整理と問題意識を披瀝している。


本書は「全国水平社一〇〇年」へ向けた解放理論の再構築の書である。「冬枯れの光景」とあるように、現状の部落解放運動の肯定的側面のみならず、否定的側面面をも見据えて、足場を固めながら、国際人権に至る広い射程で解放と人権の理論を模索している。その意味で、現代人権論の研究と提言でもあり、現代民主主義論の応用編でもある。部落解放運動だけでなく、現代日本における多様な人々、さまざまなマイノリティの人権擁護運動にとっても大いなる参照軸を提示している。


根源的民主主義論については、さらに検討が必要と思われる。民主主義は、統治の形態であり、理念であり、手続過程論であり、同時にいまや政治的経済的社会的な価値実体にもなりつつある。多様な民主主義観が登記されている。その中で著者の根源的民主主義がどのような位置を占めるのか、まだよくわからない点もある。

『脱原発の哲学』の著者である佐藤嘉幸と田口卓臣は、脱原発・脱被曝のためにラディカル・デモクラシーを唱える。その佐藤嘉幸と広瀬純の『三つの革命』は抵抗の論理を、労働者、マイノリティ、動物のそれぞれに定位して構築している。市民が客体化の罠を逃れ主体化する論理でさえも、そこに服従の論理が内在してしまう、複雑な人間社会における存在と自己生成と抵抗のモチーフはいかにして我が物としうるのか。

民主主義が民衆主義ならぬ大衆主義の果てにファシズムに転化しない保障を論理的かつ実践的に配備する手立てはどこに見定められるのだろうか。

目取真俊の世界(6)今も続く戦争と占領に抗して


目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年』(生活人新書・NHK出版、2005年)


第一部 沖縄戦と基地問題を語る

Ⅰ はじめに~「戦後六十年」を考える前提

Ⅱ 私にとっての沖縄戦

Ⅲ 沖縄戦を小説で書くこと

Ⅳ 基地問題

第二部 <癒しの島>幻想とナショナリズム


戦後60年の2005年に沖縄の「戦後」ゼロ年を対置し、戦後日本の平和主義や民主主義が、沖縄の犠牲の上に成り立ちながら、そのことを自覚せずに平和を享受している本土の人々に目取真が突きつけた本だ。

「私の取とっての沖縄戦」では、1960年生まれの目取真が、両親や祖父母の歴史、語り、経験、沈黙を通して、沖縄戦をいかに受け止め、考えるようになったかが明らかにされる。沖縄戦で家族を失い、友人を失った沖縄の人々にはそれぞれの体験と記憶があり、激しい悔恨と痛哭の叫びがあり、語ることのできない物語がある。記憶されず、語られずに消えていった戦争体験がある。目取真は、沖縄で生きる庶民の目線で沖縄戦を語ることの意味を追求し続ける。

「沖縄戦を小説で書くこと」では、小説家として改めて沖縄戦を問い直す作業を経た時点での目取真の方法意識が語られる。戦争の記憶をいかに共有するのか。民衆の体験と記憶をいかに書き留め、再構成するのか。アメリカの情報公開によって次々とみることができるようになった映像についても、そこには一定の事実が撮影されているが、米軍の視点で切り取られた現実に限られることに注意を喚起する。あくまでも「庶民の視点」にこだわる。それだけに沖縄を犠牲にした最高責任者でありながら無責任を貫いた昭和天皇について次のように明言している。

「『国体護持』という自己保身のために戦争を長引かせ、沖縄を「捨て石」にしたこと。さらには『天皇メッセージ』をマッカーサーに送って沖縄をアメリカに売り飛ばしたこと。それらへの反省もなければ、みずからの戦争責任をごまかし続けた小心な男が、恥ずかしげもなく沖縄の地を踏むことが許されるはずはありません。生きたウチナンチュー達が天皇来沖を阻止できないことを知った沖縄戦の死者達が、沖縄の地を踏ませまいと、あの世に早く招いてやった。私にはそう思えてなりませんでした。」

第二部は2003年に行われたインタヴューの記録である。基地を押しつけながら、基地問題を隠蔽するために<癒しの島>幻想が振りまかれることに対する異議申し立てである。沖縄の教育におけるゆがみや、教科書問題に言及した後、「イデオロギーとしての<癒し系>沖縄エンターテインメント」について、当時流行していた中江裕司監督の『ホテル・ハイビスカス』を例に、非政治的なポーズを取る文化産業の政治性をえぐり出す。ただ、癒しの共同体が、沖縄とは関係のない天皇制に巻き込まれるルートがあることも指摘される。


出版から13年後になるが、主要論点に何一つ変化はない。基地押しつけの露骨さはいまや直接暴力となって沖縄に襲いかかっている。沖縄戦の記憶の抹消、米軍基地問題のごまかし、基地被害の繰り返し、沖縄文化の消費――アメリカと日本の<癒し>のために沖縄が消費され、差別され、うち捨てられる。そのことへの怒りを失うまいとする目取真、言葉で小説で表現しようとする目取真。その怒りを誰が読むのか。誰が受け止めるのか。


UPR日本結果文書採択に際して福島からアピール


19日の国連人権理事会は、16日のスケジュールがそのまま移動した。朝の内に人種差別撤廃デー記念のシンポジウムを行った。続いて、普遍的定期審査(UPR)で、ベニン、パキスタン、ザンビア、日本、ウクライナ、スリランカの順。午後2時前後に日本の番だった。

UPR本審査は昨年11月に行われ、その結果、多数の諸国から日本に改善勧告が出された。これを受けて、3月1日に日本政府は、勧告を受け入れるものと、受け入れないものに分けて回答した。多くの国が、受け入れるか拒否するか、を回答する。日本の回答は、前向きに検討するといったタイプで、実際は拒否だ。今回は、日本政府が発表した結果を報告し、これを人権理事会本会議で採択する手続きであり、要するにセレモニーだ。ただ、そのセレモニーの中でも、NGOに発言の機会が与えられるので、どの国の手続きにも、NGOが参加して発言する。発言の内容は、主に、その政府が拒否した勧告についてのコメント、あるいは、昨年11月以後の出来事を取り上げて、改善を求める発言である。

19日午後、まず日本政府代表が挨拶をかねて発言。続いて10カ国ほどが、それぞれ日本政府の努力を歓迎する形式的発言をした。それからNGOである。NGOの発言時間は全体で10分と限られている。一つのNGOが1分か1分30秒しかないので、どのNGOも端的に要求事項を突きつける。また、事前に登録していても、時間が過ぎると終了になるので、発言できないNGOも出る。数年前、私は11番目で、10番までで終了となり涙を呑んだことがあった。

NGO冒頭の発言は、反差別国際運動(IMADR)で、人種差別撤廃NGOネットワークの意見を含めて、人種差別撤廃法を日本政府が拒否していることを指摘し、独立した人権委員会が設置されていないことにも言及、日本政府に人権促進の行動計画を作成するよう求めた。次に国際民主法律家協会(IADL)が福島の被災者・避難者の権利が保障されていないこと、UPRのオーストリア等の勧告を受け入れるべきことを指摘した。オランダのNGOの対日道義請求財団は、戦中のインドネシアにおけるオランダ人被収容者の権利、補償について発言した。アムネスティ・インターナショナルは、死刑など刑事人権について発言した。グリーンピースは、福島の被災者である森松明希子さんが自己紹介をして、被曝の恐怖と健康侵害、子どもたちの健康への不安を訴え、日本政府が生存権を保障していないと述べた。のびやかで大きな声だったので、みんなによく聞いてもらえたと思う。ヒューマンライツ・ナウも福島の被災者の権利を訴えた。フランシスカン・インターナショナルは沖縄の人々の権利を取り上げた。

最後に、日本政府が少し発言し、沖縄人は日本人と同じであり先住民族ではないとか、福島については復興に力を入れているとか、言っていた。日本政府の言う復興に人間的復興が入るかどうかが問題だが。

こうしてUPR日本の結果文書が採択された。次回のUPRは4年後になる。


人権条約機関による日本報告書の審査は、18年8月に人種差別撤廃委員会の4回目の審査が予定されている。それと子どもの権利委員会の審査も18年か19年には回ってくるはずだ。

『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(4)


本庄武・武内謙治編『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社)


本書第3部「国際的動向」には4本の論文が収められている。

大谷彬矩「ドイツにおける処遇の位置づけの動向」

相澤育郎「フランスにおける作業義務の廃止と活動義務の創設」

高橋有紀「イギリスにおける拘禁刑改革――白書『刑務所の安全と改革』を中心に」

寺中 誠「マンデラ・ルールズは刑罰改革の旗印となるか――国際基準としての被拘禁者最低基準規則」


独仏英の紹介があり、米がないのはたまたまだろう。刑事法学、とくに処遇に関しては、この4カ国、及びオランダ、ノルウェー、スウェーデンなどの紹介がなされてきた。理由は、以前からそうだった、だけなのだが。ともあれ、独仏英における改革のあり方、歴史的社会的背景の相違と、改革を巡る議論におけるある種の共通性、日本で議論するために参考になる面と、参考にしてはいけない面などが明らかにされている。

国際人権法としてマンデラ・ルールズが取り上げられている。1957年の被拘禁者処遇最低基準規則SMRが、2010年から改訂作業に入り、2015年に改訂にたどり着くまでの経過を整理し、そこでの重要論点を紹介し、被拘禁者の人権保障とプライバシー保護、医療やヘルスケア・サービス、規律・懲罰規定の厳格化、被拘禁者ファイルと緊急時の対応、独立した監視機関への通報、脆弱なグループに属する被拘禁者たちへの特別の配慮、弁護士へのアクセスについて詳説している。被収容者を権利の主体として位置づける観点はなお弱いという。マンデラ・ルールズについて自分できちんと見ていなかったので、参考になる。


本書はしがきによると、「次代を担う若手研究者に最新の海外の状況を紹介していただいた」とある。えっっ、寺中誠は若手だったのか!!と驚いたが、もちろんここでの若手とは、大谷彬矩、相澤育郎、高橋有紀のことだ。国際人権法も若手研究者がどんどん出てきてくれると良いが。本書全体でも、巻頭論文の村井敏邦は長老中の長老になりつつある。かつて切り込み隊長だった石塚伸一や葛野尋之もいつの間にか重鎮になっている。土井政和にしても赤池一将にしても、論文を見る限り、まだ老成はせず適度に円熟しているようだ(褒めすぎか)。大学院に入って研究を始めてから40年になる私はいまだに素人感覚でお勉強を続けている。永遠の再入門。

部落解放運動の歴史を踏まえ、人権運動の未来へ(1)


谷元 昭信『冬枯れの光景 部落解放運動への黙示的考察(上)』(解放出版社、2017年)


目次

はじめに 〈冬枯れの光景〉によせて

第一部 部落差別の実相と現況への考察(部落差別実態認識論)

 第一章…自己史にみる部落差別の実相

 第二章…部落差別の実態変化と解消過程に関する認識

 第三章…部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察 


第二部●部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕

 第一章 部落解放運動の史的展開とその特徴

 第二章…新たな部落解放運動への転機と模索

 第三章…部落解放運動の光と影―取捨選択への決断 


閑話休題〔忘れえぬ人と出来事〕●

 第一章…連立政権下での「基本法」制定運動と激闘の二年間

 第二章…上杉佐一郎委員長―その思想と行動


著者は、大学時代に部落解放運動に参画し、部落解放研究所、解放出版社を経て、部落解放同盟中央本部に勤務し、部落解放同盟中央本部事務次長、事務局長部落解放同盟中央執行委員を経て、1994年、部落解放同盟中央書記次長に就任した。1996年、上記役職をいったん辞任して、部落解放同盟西成支部副支部長やヒューマンライツ教育財団理事に就任。2000年、部落解放同盟中央執行委員に再就任。、2002年、部落解放同盟中央書記次長に再就任。2012年に部落解放同盟関係役員を退任した。この間、国際的な人権NGOの反対差別国際運動の役員も兼ね、2002年には反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)事務局次長に就任した。現在、大阪市立大学や関西学院大学で非常勤講師をしている。生涯を部落解放運動に捧げてきた活動家である。


タイトルの「冬枯れ」について、はしがきに次のように述べている。

< 「冬枯れ」ということばは、色も臭いもなく寒風にさらされる黄土色以外に何もない寂寥感ただよう風景を連想させる。だが、美しいのである。限りない魅力を秘めた美しさがある。実りの饗宴の時期も過ぎ去り、華やかで鮮やかな色彩も失せ、一切の虚飾が剥ぎ取られた単色の光景が広がる。

 肉眼に映るこの単色の光景は、一見寂漠とした荒涼感が漂うように見えているが、春に向けての再びの輝きの命と息吹のすべてを静かに包み込んでいるのだ。心眼がそれを感じ取るとき、冬枯れの光景はどうしようもなく愛おしいほどに美しい。

 私の常なる心象風景としての「冬枯れの光景」は、生まれ育った故郷への捨て去りがたい郷愁の念と、自らの生涯をかけて没頭した部落解放運動への深い愛着の念に重なり合っていく。

 現在の部落解放運動の状況をみるとき、あたかも「冬枯れの光景」の観を呈しているかのようである。

 水平社時代の苦難に満ちた闘い、戦後の国策樹立を求めた闘い、同対審答申・「特別措置法」時代の破竹の勢いをみせた闘い、多くの歴史的成果を結実させながらも、運動的にも組織的にも困難な状況に立ち至っている今日の闘い。それは「冬枯れの光景」である。

 だが、九〇年余にわたる長い闘いの歴史のなかで、多くの人たちの血と汗と涙によって耕されてきた部落解放運動の土壌は、再生への力強い種子を豊富に内蔵しており、芽吹きの時季を辛抱強く待っている肥沃な土壌である。それが「冬枯れの光景」である。>


第一部「部落差別の実相と現況への考察〔部落差別実態認識論〕」において、著者はまず自らの個人史をたどりながら、人間形成と社会関係の中で、差別することと差別されることの実相がどのように具体化するのかを再検討する。その上で、部落差別の実態変化と解消過程に関する認識を深めるために、近現代の一五〇年における部落差別の実態を四段階で把握する。

第一段階は明治維新から戦前・戦中までで、差別が社会的に容認されていた。水平社の創立と糾弾による差別告発が始まったが、社会が容易に変化するわけではなく、水平社も戦争翼賛体制に巻き込まれていった。第二段階は一九四五年から同対審答申までの二〇年間で、差別は社会的黙認状態であった。第三段階は同対審答申から「特別措置法」失効(二〇〇二年)までの三七年である。部落差別は許されず、社会的に指弾されるようになり、全国的に同和行政・同和教育が展開された。第四段階は二〇〇二年から現在までで、社会的反動と社会的抑止の混沌状態である。「顔が見えない陰湿で巧妙な差別事件」と「露骨な差別事件」が横行する有様で或ある。ヘイト・スピーチが典型的な現象となっている。こうした混乱を克服して、人権の法制度を確立することが現在の課題である。障害者差別解消法、ヘイト・スピーチ解消法、部落差別解消推進法はその一環である。

部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察としては、第一に社会意識の側面に着目し、部落差別は歴史的な差別思想の複合的産物であることを確認する。差別は複合的性格であるから、その克服のためには社会連帯が不可欠である。第二に社会構造の側面として、差別の再生産システムを取り上げる。差別身元調査システム、日本的戸籍制度、差別・選別的教育制度、そして天皇制の問題である。第三に人間存在のあり方の側面として、差別に陥ることの或「印象操作」「補償努力」「他者の価値剥奪」ではなく、「新たな価値創出」がめざされる。


第二部「部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕」では、部落解放運動の史的展開とその特徴を踏まえた上で、「新たな部落解放運動への転機と模索」を再検討する。特に、二〇〇〇年以後の、「部落解放基本法」制定運動の戦術転換という「人権の法制度」確立をめざす運動の意義が確認される。「人権教育・啓発推進法」が実現したので、続いて「人権擁護法案(人権委員会設置法案)」、「人権のまちづくり推進支援法」などが課題となる。二〇〇六年の不祥事を反省し、運動の危機を乗り越えるために、権力構造を内面化した運動と組織の体質を問い直す。行政依存体質を克服して、自主解放精神に立ち戻った再生の道、自助・共助・公助にもとづく活動スタイルの確立である。

Sunday, March 18, 2018

「戦時のクレー」展散歩


パウル・クレー・センターは「戦時のクレー」展と「ダウン症に触れよう」展の2つを開催していた。



クレーの全作品9000点余のうち4000点と、クレーの遺品類を所蔵するクレー・センターには、2つの展示会場、コンサートホール、子ども美術教室などがある。


「ダウン症に触れよう」展は、「5000年前に宇宙からやってきた生命体が地球人に出会い、現在2度目の地球訪問をしている」という設定での人類史的パースペクティヴの中にダウン症を位置づけている。ダウン症の歴史、患者によるアート作品、患者の人生や考えや家族の思いを取り扱った映像上映など、多彩な展示である。映像作品はおもしろかったし、考えさせられるものだったが、10数本ある内の3本しか見ることができなかった。


「戦時のクレー」展は、第一次大戦時のクレーに焦点を当てている。こうした展覧会は初めてだという。クレーがミュンヘンのアバンギャルドに加わり、パリでキュビズムを知り、1914年にチュニジア旅行で光と色彩に目覚め、抽象絵画を極めることになり、多くの友人を戦争で失った。この時期のクレーの変容を時間の流れに従って追いかける。ずっと後にクレーはナチス・ドイツに迫害されて、ドイツからスイスに逃げたが、第二次大戦激化の前になくなったので、戦争自体は第一次大戦の経験である。

初期クレー展でもあるが、作品だけでなく、クレーから妻リリーへの絵はがき、息子への絵はがき、あるいは、フランツ・マルクからリリーへの絵はがきなども展示されていた。マッケ、マルク、カンディンスキーの写真が並べてあった。

クレーが第一次大戦に従軍したことが人生の転機になったことはよく知られるが、今回の展示で目を引いたのは、1つは第一次大戦における毒ガス使用に焦点を当てたことだ。当時の写真だけでなく、対毒ガス用マスクの実物も展示されていた。

もう1つは、空軍での体験に焦点を当てている。まず、飛行訓練だ。人類が空から世界を見るようになった。このことがクレーの視線と世界観に影響を与えている。次に、訓練中の事故の目撃(?)だ。戦闘体験はないが、友軍の事故を目撃したことの衝撃だ。

さらに、スケッチの中にいくつもの空中における戦闘や、撃墜された戦闘機や、逃げる戦闘機が描かれている。戦闘シーンのスケッチの解説で、子どもの遊びを描いたのだと書いてあるのを読んだことがある。とんでもない間違いだ。クレーは現実を描いたのだ。こうした観点で見たことがなかったので、大いに考えさせられた。

作品については、特に、<眼>が描かれるようになったことの意味が強調されていた。方向指示や、アルファベットや、太陽と月とともに、クレーの定番の<眼>だ。それと、クレー作成の指人形30数体の内2体だけが展示されていた。「ドイツの愛国者」と「死神」。

戦闘機から見た世界を描いた最初の画家クレー! 

しっかり考えておかないと、授業で話すときにまとまりがつかなくなる。

『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(3)


本庄武・武内謙治編『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社)


本書第2部「非拘禁措置の改革課題」には次の3本が集録されている。

武内謙治「仮釈放――必要的仮釈放をめぐる議論を中心に」

正木祐史「保護観察――解明すべき理論的課題および処遇の視座」

葛野尋之「猶予制度――刑事司法の基本原則と刑事手続きの基本構造に適合した猶予制度のあり方」


有罪判決において刑事施設収容を命じる自由刑(日本では懲役と禁固が柱)にたいして、自由刑を前提としつつ、非拘禁措置として仮釈放、保護観察、猶予制度が存在する。法務大臣の諮問に始まった法制審議会少年法・刑事法部会において、少年年齢の引き下げ問題を口実に、刑罰制度改革が進められようとしており、仮釈放、保護観察、猶予制度にも議論が及んでいる。3本の論文はそれぞれについて、少年法・刑事法部会の議論を素材に、論点を抽出し、検討を加えている。
自由刑に関する論文と同様に、第1に、従来の刑法改正や監獄法改正を通じて明らかにされていた論点が、現在どのような形で問題となっているか。その後の状況変化を踏まえて、どのように論じ直されるべきか。第2に、憲法や国際人権法が予定している人権保障との関連で、刑事法はいかにあるべきか、どのような基本原則の下に構想されなければならないか。仮釈放、保護観察、猶予制度も、いずれもいかなる刑罰思想と刑罰観に立つのか、いかなる人権思想に立つのかによって制度設計に影響が生じる。このことを、3人の論者が的確に明らかにしている

拷問とえん罪のない社会をつくるための実践講座 「黙秘権行使による不起訴処分」


拷問とえん罪のない社会をつくるための実践講座

「黙秘権行使による不起訴処分」



黙秘権と取調拒否権を知り・実践することがえん罪をなくす第一歩!

 深刻な人権侵害であるえん罪。

 その原因として被疑者の人権を無視した代用監獄制度や過酷な取り調べの問題が指摘されてきました。

 国際自由権規約委員会や拷問等禁止委員会は、国際人権法の観点から日本の取り調べの実態が重大な人権侵害で、その改善を勧告してきました。

 しかし日本の警察は代用監獄の廃止に反対しています。

 被疑者のための拘置所を設置することが財政的に困難、捜査を迅速に進めるために必要というのがその理由です。

 被疑者の人権はなおざりにされ、えん罪が生み出される状況が常態化しているのです。

 この現状を踏まえて今回の講座では、黙秘権と取調拒否権について学びます。

 黙秘権と取調拒否権とは、身に覚えのない事件で逮捕された被疑者の人権を守るための権利。

 権力によっていわれのない罪を被せられることを拒否する権利のことです。

 昨年には、いわれのない強盗殺人事件で逮捕された方が実際にこの権利を行使・実践して不起訴になった事例も!

 この事例や20183月に開催される国連人権理事会の様子もご紹介します。

 悲しいかな共謀罪が施行され、無実の罪で誰でも被疑者になることがありえる今黙秘権と取調拒否権を学ぶことは、あなたや大切な人を守るためにも必要不可欠!

 えん罪のない社会をどう作っていくのか、ともに考えましょう。



7回市民のための実践国際人権法講座「黙秘権行使による不起訴処分」

日 時:415日(日)開場1315 開会1330 閉会1630

講 師:前田朗さん(東京造形大学教授)

場 所:調布市民プラザ あくろすホール1

    調布市国領町2-5-15 コクティー2階・3

    京王線「国領駅」下車 北口徒歩1

    アクセス→https://www.chofu-across.jp/access.html

資料代:500

主 催:沖縄と東アジアの平和をつくる会

    okinawainochitakara@yahoo.co.jp

    070-5669-6463(事務局)



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これまでの講座内容

第一回:「中世」といわれた日本で市民に何ができるか?~国際人権法のしくみ~

第二回:国際法は国内法よりもわかりやすい~世界人権宣言を読む~

第三回:ダーバン宣言とは何だったのか?~脱植民地主義と国際人権法~

第四回:人種差別撤廃条約の日本への勧告

第五回:ヘイト・スピーチを考える基礎~人種差別撤廃条約第四条の射程から~

第六回:拷問等禁止条約を読む~拷問その他の非人道的な取扱い~

Saturday, March 17, 2018

ホドラー展散歩


ジュネーヴ美術歴史博物館で「ホドラー1918-2018」をやっている。


今年はスイスの国民的画家と言われるホドラーの没後100周年なので、あちこちでホドラー展が企画されている。ベルン美術館や秋にはタヴェル館などでも開かれる。

ホドラーの作品はスイス各地の美術館にたくさんあるので、かなり見てきた。2014年には上野の国立西洋美術館でホドラー展があったので、これも見た。

1853年にベルンで生まれたホドラーは幼くして家族を失い、徒弟修行に出たが、やがて絵画を学ぶためにジュネーヴに出てカラーメを模写したという。1874年から画家として認められ始めたので、若くして成功したと言えるかもしれない。国際的にブレイクしたのは、1891年の「夜」が地元では展示拒否に会いながら、パリで評価されてからだ。1918年、ジュネーヴ名誉市民として亡くなった。お墓は市内の墓地にある。2014年夏に友人をジュネーヴで亡くしたときに行った斎場・墓地にホドラーのお墓があるのを見つけた。

ジュネーヴ美術歴史博物館の常設展示を入れ替えるとともに、一番最後の一部屋がホドラーだった。15~16世紀の宗教画に始まり、19世紀の西洋美術とスイス美術の主要作品が並ぶ。デチィデ、カラーメなど、他方で印象派。スイスの美術家も、アルベルト・ジャコメティ、ジョバンニ・ジャコメティ、バロットン、アリス・ベイリーなど。一通り見た上で、ホドラーだ。特にカラーメを模写して画家となったホドラーなので、こうして並べてもらえるとわかりやすい。上野のホドラー展はホドラーしか展示しないので。

ホドラーの作品は40点弱。風景画(レマン湖等)、肖像画、自画像。他方、ジュネーヴ美術歴史博物館の階段・廊下にはもともとホドラーの壁画がど~~んとある。

Friday, March 16, 2018

国連欧州本部で福島原発避難者の現状を


3月16日、国連欧州本部の会議室(人権理事会本会議が行われる大会議室の下の階にある会議室)で、NGOのグリーンピース主催のサイドイベントとして、日本の人権問題が取り上げられた。具体的には福島原発事故からの避難者が日本政府と東電による人権侵害を訴えた。

はじめに、グリーンピースのメンバーが、福島の映像を示しつつ概要を説明した。

メインは、福島から大阪に避難している森松明希子さんの訴えである。森松さんは東日本大震災避難者の会 Thank & Dream(サンドリ)代表、原発賠償関西訴訟原告団代表、原発被害者訴訟原告団全国連絡会共同代表で、今回は、16日に予定されていた国連人権理事会での日本の普遍的定期審査(UPR)結果の採択に際して、被災者の声を国際社会に届けるためにジュネーヴ入りした。普遍的定期審査(UPR)は19日に延期になったので、そこで発言をする準備を進めている。サイドイベントでは、被曝しない権利、知らないうちに被曝させられない権利について、特に、情報も知らされないまま、子どもに被曝させられてしまう恐怖について、泣きながら訴えた。参加者にも泣いている人がいた。

オーストリア政府の外交官が参加してくれた上、一言発言してくれた。オーストリアは昨年11月に開かれたUPR本審査において、日本政府に対して被曝問題に関連して改善勧告を出した。

演壇の両脇には、日本から持参した絵画作品が掲げられていた。ダキシメルオモイプロジェクト、小林憲明さんの「政府が避難を認めなくても、子どもを被曝から守るために避難を続けている親子」の絵である。参加者には同じ絵の絵はがきが配布された。

16日は国連人権理事会がなくなったため、参加者は30~40名程度だった。人権理事会が開かれていれば、100人くらいは参加してくれたのに、と思う。やや残念。でも、19日には国連人権理事会の本会議場で訴える。人権理事会では2012年以来、私たちも何度か被災者の状況を報告し、日本政府による被害救済のサボタージュを取り上げてきたが、避難者本人が国連人権理事会で訴えるのははじめてだろう。

配付資料の中に、英文のパンフレットがあった。

Seeing Safety: Speeches, Letters and Memoirs by Evacuees from the 2011 Fukushima Daiichi Nuclear Disaster, 2015.

琉球/沖縄シンポジウム 第7弾 「日本国憲法制定過程から排除された沖縄 今も続く平和的生存権侵害」 4.22


琉球/沖縄シンポジウム 第7

「日本国憲法制定過程から排除された沖縄 今も続く平和的生存権侵害」



 この間、海兵隊のオスプレイや攻撃ヘリなどが墜落・不時着、機材落下等を繰り返す沖縄。

 そんな現実を放置する安倍政権を追及する国会質問に対し、「それで何人死んだんだ」という野次が飛びました。

 1945326日、沖縄に上陸した米軍は布告第1号(ニミッツ布告)を公布、行政権・司法権を停止して米軍政を敷き、南西諸島をヤマトから分離しました。

 それから73年。ニミッツ布告は廃止され、サンフランシスコ講和-ヤマト「独立回復」と引きかえに米国に差し出された沖縄は「復帰」しました。

 しかし、19464月の総選挙で在日朝鮮人・台湾人とともに選挙権を剥奪され、「平和憲法」たる日本国憲法制定課程から排除された沖縄の人びとは、今、その適用からも排除されているかのようです。

 沖縄の人びとには「戦後」も「平和憲法」もなかったのかも知れません。

 このような沖縄の苦境と“引きかえ”のヤマトの「平和」と「憲法」。

 それが踏みにじられ、破壊されようとしている現実の中で、沖縄とヤマトの「戦後」を問い直すことが迫られています。

 古関彰一さんの講演を基調に、このことを考える集いを企画しました。

 ご参加をお願いいたします。



琉球/沖縄シンポジウム 第7弾「日本国憲法制定過程から排除された沖縄 今も続く平和的生存権侵害」

日 時:422日(日)午後2時~開場午後130

会 場:東京しごとセンター 地下講堂

    JR「飯田橋駅」東口より徒歩7

    アクセス→http://www.tokyoshigoto.jp/traffic.php

講 師:古関彰一さん(獨協大学名誉教授)

演 題:「日本国憲法制定過程から排除された沖縄-その『戦後』と未来」

参加費:無料



講師・古関彰一(こせき・しょういち)さんプロフィール

 獨協大学名誉教授。

 専門:憲法学・憲法史。

 近著に『沖縄 憲法なき戦後』(豊下楢彦氏・共著、みすず書房)、『新憲法の誕生』(中公文庫[第7回吉野作造賞])、『「平和国家」日本の再検討』(岩波現代文庫)、『日本国憲法の誕生』(岩波現代文庫)、『集団的自衛権と安全保障』(共著、岩波新書)、『平和憲法の深層』(ちくま新書)など多数。



★会場発言もあります★

・琉球・沖縄のアイデンティティ(新垣毅さん・琉球新報記者)

・基地引き取り運動-本土で起こす意味(佐々木史世さん・「引き取る会・東京」)

・沖縄ヘイトと闘う(野平晋作さん・ピースボート共同代表)



主 催:琉球/沖縄シンポジウム実行委員会

連絡先:東京造形大学・前田研究室

    TEL 042-637-8872

    E-mailmaeda@zokei.ac.jp

    090-2466-5184(矢野)




「ニュース女子」問題・朝鮮総連銃撃事件を国連人権理事会に報告


3月15日、ジュネーヴで開催中の国連人権理事会37会期の議題5(マイノリティの人権等)において、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田朗)はおおむね次のように述べた。

<マイノリティ問題に関する特別報告者フェルナンド・デ・ヴァレンの報告書(A/HRC/37 /66)、及びマイノリティ・フォーラムの勧告(A/HRC/37/73)を歓迎する。これに関連して、日本におけるヘイト・クライムとヘイト・スピーチの最近の状況を紹介する。

先週3月8日、日本の非政府系のメディア監視機関であるBPOは、TOKYO MXテレビの琉球の人権活動家に関する番組が、重大な放送倫理違反であったと述べた。その番組は、在日朝鮮人の有名な人権活動家である辛淑玉さんに名誉毀損した。琉球の人々を「テロ集団」とレッテル張りをして名誉毀損した。しかも、琉球の人々へのインタヴューを行っていない。BPOによると、番組には誤りや差別情報が含まれていた。番組は、琉球の人々や在日朝鮮人に対する人種差別と暴力を煽動した。

今年2月23日、2人の男性が東京の朝鮮総連本部建物を銃撃した。先週3月9日、教授、ジャーナリスト、人権活動家ら400人が、在日朝鮮人マイノリティの建物に対するテロと銃撃に反対する声明を出した。彼らは、日本政府に断固たる適切な対応を呼びかけた。

2012年及び今年の国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)において、多くの諸国が日本にヘイト・クライム法を制定するよう勧告した。2014年、人種差別撤廃委員会は日本に人種差別禁止法を制定するよう勧告した。

しかし、日本政府はヘイト・スピーチを表現の自由であると称して、ヘイト・クライムやヘイト・スピーチ予防のための措置を講じていない。日本政府は速やかに、マイノリティに対する差別を予防する効果的な措置を講じ、ヘイト・クライムとヘイト・スピーチを禁止する法律を制定するべきである。>


短い中に、第1にヘイト・クライムの悪化状況、第2に市民社会がヘイトに反対して動いていること、第3に日本政府がまともな対策を取らないこと、を入れた。


15日の午前中に回ってくるはずだったが、議事進行が変更になったため、15日の夕方にようやく発言できた。1994年8月の国連人権委員会差別防止少数者保護小委員会で発言して以来、国連人権機関での発言はもう80回を超える。毎年3~5回は発言してきた。去年は4回、今年はすでに3回。もっとも、日本の人権状況は改善するどころか、かえって悪化した面もある。近年は悪質な排外主義とヘイト・スピーチでひどい状況だ。


16日は、国連職員のストライキのため、人権理事会は延期となった。16日午後に、UPR成果文書の採択(日本のUPRも含む)が予定されていたが、19日以後になった。

Wednesday, March 14, 2018

国連人権理事会で平和への権利の発言


3月14日、ジュネーヴで開催中の国連人権理事会37会期の議題4において、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田朗)は次のように発言した。


<人権理事会に新たに平和への権利特別報告者を設置するよう要請する。人権理事会は10年以上、世界中の人権状況に関心を払ってきた。現在、シリア、南スーダン、ブルンジ、イラン等の状況を審議している。シリアにおける子どもの人権侵害状況のハイレベル・パネル討論を行った。この点で、国連平和への権利宣言に注意を喚起したい。2016年12月、国連総会はこの宣言を採択した。

宣言第1条は、「すべての人は、すべての人権が促進及び保障され、並びに、発展が十分に実現されるような平和を享受する権利を有する。」としている。宣言第3条は、各国、国連、及び特別機関に、この宣言を実施するために適切で持続可能な手段を取るよう要請している。

宣言を実施するために適切で持続可能な措置を速やかにとる必要がある。平和への権利のための新しい機関を設置すべき時である。人権理事会に平和への権利特別報告者を作り出し、特別報告者を任命するよう要請する。特別報告者の任務は、平和への権利に関する情報収集のみならず、関連する諸国を訪問し、宣言を実施するため適切な措置を勧告することが含まれる。>


St-Saphorin, Bourg de Plaito, 2015.


 

Tuesday, March 13, 2018

沖縄のアイデンティティを/から問う


 新垣毅『沖縄のアイデンティティ 「うちな~んちゅ」とは何者か』(高文研)



『沖縄の自己決定権』がヴェテラン記者の筆致だったのに対して、本書の文体が硬質なのは、1996年度の修士論文に、現状に合わせて加筆訂正を加えたものだからだろう。若き新垣毅の問題意識と理論がギシギシ緊張しながら、爆発の予兆をスパークさせながら、それでもじっと堪えながら、280頁に詰め込まれている。


(編集者より)

「最近は新基地建設に抗する沖縄県民が偏見や差別、ヘイトの標的になっています。しかし基本的には戦後の沖縄では、米軍基地の集中が生み出す、さまざまな事件・事故や不条理に対する異議申し立てが繰り返されてきました。反復されてきた叫びがアイデンティティーとして結晶化されたとき、平和、自立、共生、民主主義、人権保障など普遍的価値を強く希求する沖縄の人(うちなーんちゅ)の姿があります。その中で培われてきた沖縄人の誇りとともに、「日本国民になること(であること)」がいかなる意味を持つのか、そしてその意味はどのように変容してきたかを、沖縄現代史に即して分析します。」


Ⅰ 「沖縄人」をどう捉えるか

  1、現在の「うちなーんちゅ」意識   

  2、なぜ復帰論議が重要か

  3、差別や排除のメカニズム

  4、戦前における「日本人」と「沖縄人」

  5、アイデンティティーの自覚

  6、「国民」の創出

  7、「危機」や「欠落」の痛み

Ⅱ 「祖国復帰」概念の変容

  1、沖縄戦後史における「復帰」と「沖縄人」

  2、なぜ「復帰」か

  3、「民族主義的復帰」論

  4、「憲法復帰」論

  5、「反戦復帰」論

  6、高まる要求―本章のまとめ

Ⅲ 1970年前後における復帰論と反復帰論の分析

  1、新たな「沖縄人」の誕生

  2、復帰論の構造 

  3、反復帰論の構造

  4、復帰論と反復帰論の共通点

Ⅳ その後の「沖縄人」

  1、「復帰」から「自立」へ

   ◆沖縄特別県政論

   ◆琉球共和社会(国)論

  2、活発化・多様化する自立論

  3、裁判にみる「沖縄の主張」

Ⅴ 沖縄の今と未来

  1、「日本国民」になるということ

  2、「沖縄人」の主体形成を巡って

  3、物理的暴力と不条理

  4、「うちなーんちゅ」とは何者か

  5、沖縄の自己決定権と脱植民地主義

  6、復帰45年、今日の沖縄


本書のどこに着目するかは読者によってかなり違うかもしれない。私にとっては、なんと言っても復帰論と反復帰論の分析が参考になった。私にとって反復帰論は新川明の『反国家の兇区』だが、本書は第二次大戦後の沖縄の歴史の中に復帰論と反復帰論を位置づけ直し、両者の関係の中に時代への手がかりを見いだす手法をとっている。復帰論として、大田昌秀、大城立裕、反復帰論として、新川明、川満信一、岡本恵徳、中曽根勇が取り上げられている。そして、新垣自身の理論枠組みはバリバールの「市民主体―生成」の概念だという。


以前、東京で開催した琉球/沖縄シンポジウムの時に、中野敏男(東京外国語大学名誉教授)に「継続する植民地主義」について話してもらった。そのとき、中野は、議論の出版点で新川明にインタヴューをしたが、新川は当時、反国家に加えて、反植民地主義を考えていたという。なるほど、と思った。復帰が、沖縄の国家への回帰を意味すると同時に、日本植民地主義への回帰(アメリカによる植民地主義から日本植民地主義への移行)を意味してしまう事態をいかに受け止めて、抵抗の理論化をするかが課題だったのだろう。

同じ課題を、いま、新垣は、辺野古基地建設や高江ヘリパッド問題を前に、自分に突きつけ、読者に問いかける。自己決定権、脱植民地主義、先住民族、植民地解消法、ポジショナリティ、ヘイト・スピーチという用語は、かつて復帰論と反復帰論の時代には用いられていなかったが、問題構制に変わりがない。復帰から半世紀を経て、いっそう巧妙に、いっそう執拗に、いっそう荒々しく、米軍基地が押しつけられ、構造的差別が覆い被さる現実を前に、新垣は復帰論と反復帰論の矛盾をはらんだままの総合という企図を敢行する。磨いていないダイヤモンドの原石をどんとテーブルに置いて、「小手先で磨くな。これでどうだ」と言わんばかりに。


Monday, March 12, 2018

ヘイト・クライム禁止法(145)ギリシア


ギリシア政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/GRC/20-22. )によると、1979年の法律927号が差別、憎悪、暴力の扇動を処罰してきたが、2014年9月、これを改正する法律4285号が採択された。改正理由は2008年の人種主義表現と闘うためのEU評議会枠組み決定である。2014年改正法により次の4項が処罰対象とされた。

    口頭、印刷物、インターネットその他の手段で、公共の秩序を危険にし、上記の人々の生命、自由、身体の統合に脅威となる方法で、人種、皮膚の色、宗教、門地(世系)、国民的民族的出身、性的志向、ジェンダー・アイデンティティ、障害の特徴を有する諸個人又はその集団に対して、差別、憎悪、暴力を惹起する行為や活動を、公然と教唆又は煽動すること。

    公共の秩序を危険にする方法で、上記の人々が使用する物への損害を煽動すること。

    上記の行為の実行を組織的に追求する人々の組織又は連合を設立し、参加すること。

    口頭、印刷物、インターネットその他の手段で、国際法廷又はHellenic議会によって認定されたジェノサイド犯罪、戦争犯罪、人道に対する罪、ホロコースト及びナチス犯罪の実行又はその深刻さを、公然と     すること等。

 これらの犯罪の刑罰は、3ヶ月以上3年以下の刑事施設収容、及び5000以上2万以下のユーロである。犯罪が実行に至ったり、犯行者が公務員であった場合、刑罰は加重される。インターネット上で行われた場合も処罰される。

 さらに、改正法は法人の責任を導入した。上記の犯罪行為が法人(国家や国際機関を除く)の利益のために又は法人のために、又は人々の連合のために、又は法人の機関として行われた場合にも刑罰が適用され、1万以上10万以下のユーロの罰金である。また、当該法人は、公益事業、公共サービス、公共契約から1月以上6ヶ月以下の期間、排除される。

 2005年の法律3304号16条は、公共への商品やサービス提供に関して、民族又は人種的出身、宗教又はその他の信仰、年齢、性的志向を理由に差別的取り扱いの禁止に違反した者は、6ヶ月の刑事施設収容及び1000以上5000以下のユーロの罰金とする。

 2012~13年、在住外国人に対する攻撃が起きた。過激主義団体や個人が経済危機の影響を受けて住民の一部に対する怒りや不同意を表明しようとしている。ギリシアがEUへの通路に当たるため、年間10万人に及ぶ非正規の移住者という事態に対する反発である。

 2011年、国家人権委員会は23NGOが参加する「レイシスト暴力記録ネットワーク」を設立し、人種主義事件を記録している。2013年には166件の事件を記録し、そのうち143件が移住者や難民に対するものであった。国家人権委員会は一連の報告と勧告をまとめ、人種主義に対処している。

 2013年、オンブズマンが人種主義暴力現象に焦点を当てた報告書を出した。人種主義的攻撃の申立て281件を調査し、人種主義暴力事件の捜査、被害者保護、人権教育について勧告を出した。

 2013年、「黄金の夜明け」という政党が議会に進出したが、学者やメディアはこの政党をネオナチと呼んでいる。この犯罪組織の構成員が捜査対象となり、指導者など70名が訴追された。裁判は2015年4月20日に始まる。2013年の法律4203号2条に従って、政党の指導者が「犯罪組織」構成員として訴追されたので、この政党への国家助成を停止した。

 2013年の法律4139号66条は、刑法79条3項を導入し、ヘイト動機の犯罪実行を刑罰加重事由とし、執行猶予を付さないことにした。2013年11月、外国人市民の店舗に対する放火事件でこの条項が初適用となった。

 メディアにおけるヘイト・スピーチの禁止も行っている。2010年の大統領命令109号がラジオ・テレヴィに適用されるだけでなく、ニューメディアにも適用される。大統領命令109号は、マイノリティの保護に脅威となる場合やヘイトの煽動の場合、放送の自由に制限を加えている。大統領命令7条2項は、公共放送も民間放送も、人格、名誉、私生活等を尊重するように定めている。ただし、ギリシア法にはインターネット利用者のアクセスを制限する規定はない。

 人種差別撤廃委員会はギリシアに次のように勧告した(CERD/C/GRC/CO/20-22. 3 October 2016)。2014年の法律4285号の積極面に留意するが、人種的優越性の思想の流布を犯罪としていない上、人種主義団体を違法であると宣言し禁止する手続きの定めがないなど、人種差別撤廃条約第4条に完全に合致していないので、条約第4条に完全に合致させるよう勧告する。現代的人種主義に関する特別報告者がすでに勧告したように、黄金の夜明けのように人種差別を助長・煽動する組織を異常であると宣言し、禁止するべきである。黄金の夜明けの登場した2009年以来、メディアやインターネット上で、移住者、ロマ、ユダヤ人、ムスリムに対するヘイト・スピーチが増えている。ヘイト・スピーチとヘイト・クライムを効果的に予防し、これと闘い、処罰するよう促す。条約第4条に定める行為について個人を訴追するために適切な措置を講じ、次回報告書において報告すること。裁判官、警察官、検察官にヘイト・クライムやヘイト・スピーチと闘うための研修を強化すること。メデチィアが非市民や民族的マイノリティにステレオタイプや否定的名攻撃を行わないよう、監督と規制を強化すること。関連諸団体と協力して、人種主義事件の報告がなされるようにすること。ヘイト・クライムの統計のため情報収集制度を促進すること。反レイシズム行動計画を策定し、効果的に実施すること。

『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(2)


本庄武・武内謙治編『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社、2017年)


赤池一将「『懲罰』を語らずに『規律』を語るために」論文は、監獄法以来、「紀律(規律)」維持のために懲罰を用いることが当たり前とされてきた歴史があるが、「施設管理法」から「被収容者処遇法」への展開の中で、施設における規律維持の内容をめぐってなされてきた議論を検証する。平野龍一においては、「収容の確保」「適正な運営管理」とは区別された「共同生活」の規律秩序が検討され、比例原則の意味が初めて本当の意味で浮上した。小野義秀においては、隔離拘禁作用確保のための規律、施設生活保全のための規律、矯正改善促進のための規律が区分けされ、懲罰による威嚇に適さない規律にも意識が及んでいた。赤池は「賞による誘導」と社会内処遇の展開をフランスの例を参照しながら検討し、復権してきた日本型行刑の規律偏重に警鐘を鳴らす。


本庄武「受刑者の法的地位と自由刑の改革」論文は、まず「受刑者の法的地位」論に光を当てる。とっくに過去の議論になっていたはずの「受刑者の法的地位」論を何故取り上げるのか不思議に思ったが、最高裁は特別権力関係論を使っていないが、これを否定したわけではなく、下級審判決には特別権力関係論を使う例も見られ、「受刑者の法的地位」論がいまも理論的に影響している可能性がある。「受刑者の法的地位」論からデュー・プロセス関係論への展開を跡づけて、デュー・プロセス関係論からの矯正処遇論を再確認する必要がある。その上で、本庄は、自由刑の刑罰内容の見直しを法治主義の観点で整理する。処遇内容を刑法で規定するか処遇法で規定するかに大きな違いはないとする見解に対して、法治主義に立つならば、刑法に規定するか処遇法に規定するかは、具体的な解釈の場面で差異を生じる。作業や指導に従わない場合の懲罰の有無に影響するからである。指導を刑罰内容に含めるとすれば、罪刑法定主義の要請を充たさなければならない。矯正処遇においても、義務づけの程度に応じて、求められる実体及び手続きの法定および適正性の程度が変わってくる。


以上の土井政和、石塚伸一、赤池一将、本庄武の論文が「自由刑の改革課題」に関する論文である。法制審少年法・刑事法部会における議論が、少年年齢の引き下げ論を手がかりに、実は刑事施設と処遇に関する大きな改革を試みようとしているため、その検討が行われている。基本は、刑法における懲役規定に「所定の作業」として、労働強制が含まれているのを、どうするかである。少年よりも大きな影響が出るのは、高齢者である。高齢のため出所後に就労する可能性がないのに、社会復帰と称して労働を強制することに意味があるのかが問題となっているからだ。これを解決するために、自由刑の単一化論が再浮上し、作業のない禁固をどう位置づけるか、懲役と禁固の関係、懲役における作業の位置づけなど、刑罰論全体にかかわる問題が芋づる式に引き出されている。柔軟な政策が必要だが、柔軟にすることがデュー・プロセスをないがしろにすることになっては困る。受刑者を処遇の主体とすることと、現場の職員に無用の負担にならないこと、バランスをとりながら刑罰改革をすすめる必要がある。

Sunday, March 11, 2018

アベシンゾー症候群の診断


中野晃一『私物化される国家 支配と服従の日本政治』(角川新書)


あまりのひどさにもう見たくない日本政治だが、他人事ではないので見続けなければならない。変えなければならない。嘘と恫喝と汚職にまみれたというよりも、それ以外に何もないアベ政権の正体は前からわかっていたが、アベ政権にすり寄っておこぼれにあずかる政治家、御用(誤用)学者、御用ジャーナリストがあふれているため、異常な政権が延々と続く現状だ。

本書は、立憲デモクラシーの会などでも活躍する政治学者による日本政治分析だ。細かな点での評価は異なるところもあるが、基本的に頷けることばかりだ。「エア・ナショナリズムが立憲主義を壊す」という宣伝文句がついているように、アベのナショナリズムは「エア・ナショナリズム」と規定しているところも、なるほど。エア・ギターと同じ言葉使いだ。240ページの新書だが、悲劇と喜劇を一緒にした転落劇の日本を徹底的に検証している。

本書出版から1ヶ月で、ついに嘘つき捏造の佐川辞任事態となり、アベ政権は「すでに下降線に入っているということはありえる」という著者の判断の正しさも見えてきた。時機にかなった1冊だ。

最終章「リベラリズムは息を吹き返すか」では、2017年11月選挙後の時点で、リベラルの立ち直りをどう図るのか。著者自身の研究と実践も含めての、そして市民の課題を含めての、記述がなされている。具体的な展望までは示されていないものの、市民とともに、あきらめずに闘う姿勢が再確認されている。

『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(1)


本庄武・武内謙治編『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社、2017年)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7612.html


18歳以上選挙権の実施に伴い、法務大臣から法制審議会少年法・刑事法部会に、少年法における「少年」の年齢見直し等の諮問が出て、部会の審議が始まった。

選挙権年齢と少年法の年齢がどう関係するのか、よくわからない諮問だ。日本の法律では、婚姻年齢、法定強姦年齢、児童福祉法年齢等ばらばらであり、それで何も問題はなかった。選挙権年齢が変更になったからといって、他の年齢を変更する理由にはならない。

ところが、部会の審議は、選挙権年齢の変更など口実に過ぎず、起訴猶予等に伴う再犯防止措置、宣告猶予制度、罰金の執行猶予制度、刑の全部の猶予制度、保護観察試作の充実、社会内処遇の新措置、施設内処遇と社会内処遇の関係等の議論を始めている。選挙権年齢の変更を口実にして、なんと刑罰制度全体の見直しを進めているのだ。法務官僚と御用学者のやり口はいつもこうだ。

この状況に危惧を抱いた少年法・刑事法研究者による研究の成果が本書である。以下、主要論文を簡潔に見ていこう。


村井敏邦「議論すべきは何か」論文は、少年法適用年齢と刑罰改革について考えるために、基本に立ち返る。刑罰改革の論理をいかに構築するか。それには少なくとも戦後の刑罰改革の歴史を検証して、そこから得られた教訓を現在の課題の中に活かすのでなければならない。そこで村井は、戦後の刑法全面改正論議、監獄法改正、名古屋刑務所事件に端を発した行刑改革を振り返り、①宗教理念等による刑罰改革、②政治理念による刑罰改革、③矯正理念による刑罰改革、④犯罪抑止策としての刑罰改革、⑤人権論としての刑罰改革、という5つの型を措定して、過去と現在の議論の特質を整理する。選挙権年齢変更に伴う年齢変更は、どう見ても、③④⑤ではなく、②に該当する。しかも、法制審議会の議論は本来の課題を逸脱して進行している。保護と矯正の関係、保護処分と刑罰の関係について基礎に立ち返った慎重な検討が必要であるという。


土井政和「自由刑の純化と刑務作業」論文は、国際的にも国内的にも論じられてきた自由刑の単一化論の現在的意味を考察しながら、日本における刑務作業のあり方を論じる。もともと、刑務作業には①受刑者の労働力の利用、②刑罰的害悪の補完、③規律維持機能、④改善・矯正・社会復帰、⑤勤労の権利と義務、といった機能から理解されてきた。日本では④が通説的見解とされている。かつての刑法改正作業においてもこの点は重要論点として議論され、拘禁概念が豊富化してきた。現行刑法では、刑罰内容として受刑者の作業義務が設定されている。このため作業の有益性より、作業確保が優先される。土井は、2013年に国連社会建機約委員会から日本政府に対して出された勧告「矯正の手段又は刑としての強制労働の廃止」について、特に懲役刑の実態が矯正や社会復帰に役立っているかの検討を行う。自由刑の純化には、刑罰的介入の縮減(国家的介入の制限)だけではなく、自由刑の弊害の除去、社会的援助の提供(国家的支援の提供)という側面もあるはずで、その具体化こそが課題であるという。


石塚伸一「教育的処遇(矯正処遇)」論文は、教育的処遇に関する刑法改正や監獄法改正の議論を手がかりに、矯正処遇を刑罰内容とすること、及び、処遇を懲罰によって矯正することの問題性を問う。被収容者の人間の尊厳と主体性を確立し、自由刑の思想にもデモクラシーとリベラリズムを導入するには、自由刑の単一化、懲罰によらない処遇が望ましい。自由刑の純化と社会復帰の支援を同時に可能にする理論的枠組みが必要になるが、ドイツ憲法裁判所のレーバッハ判決が、受刑者の社会復帰についての権利を人間の尊厳から導出したことが参考になる。石塚は、矯正処遇の主体と客体の関係性を解きほぐすことで、「意思に反する矯正処遇」の回避を図り、功利主義の施設法から人道主義の処遇法への転換を具体化しようとする。自由刑を拘禁刑(禁固刑)に単一化し、矯正処遇や矯正指導を拒否したことを理由に懲罰を科すべきではないという。


1980年代から90年代にかけて、国際人権法の風が日本に吹き込んだ。代用監獄廃止の提言が典型であったが、その先陣を切ったのがカレン・パーカーであった。日本軍「慰安婦」問題を国際社会に持ち込んだのもパーカーである。当時も今も国際教育開発(IED)というNGOを率いて、国連人権理事会で活躍している。1997年か98年だったか忘れたが、彼女が、当時の国連・差別防止少数者保護小委員会の本会議で、「日本の刑務所では受刑者に強制労働を課している。ILO条約違反だ」と発言したことがあった。さすがの私も、今の日本では実務家はもとより、研究者でもパーカーの議論について行ける人はほとんどいないだろう、と思った。自由刑の純化とは言っていたが、言葉だけであって、本当に純化をめざしていた研究者はいただろうか。あれから20年の歳月がたつ。実務は変わらない。名古屋刑務所事件による改革が少しは改善と思いきや、焼け太りになった面がある。さらに改悪を目指しているのが法務官僚と御用学者だ。しかし、社会権規約委員会の勧告が出た。その意味では、今こそ、国際人権法に立脚した自由刑の単一化論をしっかり展開すべき時だろう。