Sunday, November 19, 2017

つぶやき、立ち止まり、働くことについて考える

巳年キリン『働く、働かない、働けば』(三一書房)
働くって、よいことだと思うのだけど…
仕事してる時間は、 自分の人生じゃないような気がする…
お金もらえても、一度きりの人生を浪費されてる感じがして…

生きること、はたらくことについて考える、すべてのひとに贈る
「プレカリアート・コミック」!
労働をめぐる思いを綴った漫画はこれまでにもあったが、理論や理想を追求する側面もあり、大上段に振りかぶっている、などという受け止め方をされてきた。その評価が当たっているとは思わないが、そういう印象で受け止められることがあるのは理解できる。
他方、本書は、間違ってもそういう印象を与えない。切なく、はかなく、優しく、そして/しかし、自分を見つめ、人に倣い、もう一度自分を見つめ、小さな小さなつぶやきを繰り返す。どんぐりさんがつぶやく。せろりさん、アーモンドさん、きゅーりさん、じゃがいもさん、ながねぎさん、たまねぎさんが行き交い、語りあう。
つぶやきの積み重ねが山となるわけではない。つぶやきはつぶやきのまま、ささやきはささやきのまま、悩みは悩みのまま、しかし/しかも、たじろぎながら歩み、歩みながら立ちつくし、立ちつくしながら、回れ右して逃げ出したい自分に向き合い、逃げ出した自分を責めるのではなく、逃げたい心のままに、もう一度たじろぎながら歩み出す。
労働とは何か。社会とは何か。人生とは何か――人は何とどのようにつながって生きてゆくのか。人が人として認められることとはどのようなことなのか。
貧困と格差と収奪と腐敗とハラスメントの現代の労働現場から、せめて四角い青空を見て一息ついて見よう。




Saturday, November 11, 2017

シンポジウム「ラッセル法廷」50周年

シンポジウム「ラッセル法廷」50周年
——戦犯裁判・戦犯民衆法廷の歴史的文脈とその遺産——
      
本年2017年は「ラッセル法廷」50周年にあたる。 ヴェトナム戦争が激化していた1967年にイギリスの哲学者バートランド・ラッセルの提唱で2度にわたってスウェーデンとデンマークで開催された「ラッセル法廷」は、ニュルンベルク裁判や東京裁判を批判的に検討してヴェトナムでの米国の戦争行為が民族の生存そのものの抹殺を図る「ジェノサイド」的様相を帯びているとの理解を提示し、しかも日本軍性奴隷制やアフガニスタン・イラクでの米国の戦争犯罪を裁く目的で今世紀に入って開催されてきた国際的な戦犯民衆法廷の先駆けをなすものとして歴史的意義を持つ。本シンポジウムでは、「ラッセル法廷」開催から50周年を迎える機会に、「ラッセル法廷」の歴史的意義とともに、ニュルンベルク裁判や東京裁判ならびに国際的な戦犯民衆法廷の歴史的文脈とその遺産を改めて問い直し、戦争責任問題の歴史的・今日的位相に関して再検討することを試みる。

日時:2017122日 土曜日 14時〜1730
場所:一橋講堂(学術総合センター2F)中会議室
101-8439 東京都千代田区一ツ橋2-1-2
(地下鉄神保町駅下車徒歩3分・竹橋駅下車徒歩3分)


予約不要/参加無料
<<プログラム>>
報告
藤本 博 (南山大学外国語学部):
「ラッセル法廷」が問いかけたこと
   ーヴェトナムでの米国の戦争犯罪に対する国際的批判と日本における戦犯調査活動の貢献ー
戸谷由麻(ハワイ大学歴史学部):
東京裁判における通例の戦争犯罪の追及:法廷における争点とその意義
前田朗(東京造形大学):
民衆法廷を継承する精神アフガニスタン及びイラク国際戦犯民衆法廷の経験
ディスカッション
司会 油井大三郎(東京大学名誉教授・一橋大学名誉教授)
コメンテーター 芝健介(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター)

主催:科学研究費助成事業 基盤研究(A

「アジア・太平洋戦争史」の比較と総合:国際的研究教育プログラムの開発(研究代表 中野聡) 


お問い合わせ先:apwarproject2015@gmail.com

Friday, November 03, 2017

ヘイト・スピーチ研究文献(111)マイノリティ女性に対する暴力

「特集:マイノリティ女性に対する暴力」『IMADR通信』192号(2017年)
「ヘイト・スピーチと闘った在日コリアン女性」元百合子
「ネパールのダリット女性と暴力」藤倉康子
「レイシズムと複合差別」小森恵
「サルツブルクのロマ」金子マーティン
「ヨーロッパ政府とヘイトスピーチ対策」宮下萌