Wednesday, February 27, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(135)比較憲法学会


特集「ヘイトスピーチ規制――その比較法的検討」『比較憲法学研究』29号(2017年)

比較憲法学会の機関誌の特集号である。日本とカナダについて小谷順子、アメリカについて大日方信春、イギリスについて奈須祐治、フランスについて曽我部真裕、ドイツについて上村都が、それぞれ執筆している。100頁を越える特集であり、読み応えがある。

これらの諸国については、すでに多数の研究論文が公表されてきたため、二番煎じの面もないではないが、それぞれ本格的な論述を行い、意義のある研究となっている。5本の論文によって欧米におけるヘイト・スピーチ規制の法的議論状況がよくわかる。


もっとも、現在の私はこうした比較法研究にはあまり興味がない。私も各国の状況を紹介してきたが、問題意識が全く異なる。アメリカやドイツといった個別国家の法状況が参考になることは確かだが。

私がやっているのは、ヘイト・スピーチ刑事規制が国際法の要請であるというテーマだ。世界人権宣言、国際自由権規約、人種差別撤廃条約に基づいてヘイト規制の基本が定まり、ラバト宣言やCERDの一般的勧告35によってガイドラインが示された。欧州人権機関における議論も進んできた。そして、「国際人権法の実行例」として世界の圧倒的多数の諸国がヘイト規制を進めている。「ヘイト規制の慣習国際法への道」が始まっているというのが私の問題意識だ。だから、百数十カ国の状況を紹介している。

ヘイト・スピーチ研究文献(134)LGBTヘイト規制


光信一宏「フランスにおける同性愛嫌悪表現の法規制について」『日本法学』82巻3号(2016年)

光信は愛媛大学教授で、これまでフランスにおけるヘイト・スピーチ規制について非常に詳細な研究を行うとともに、スペインの状況も紹介してきた。フランスにおけるヘイト・スピーチ規制については、主に人種・民族差別について光信の研究があり、主に宗教憎悪について曽我部真裕の研究がある。本論文はLGBT憎悪を取り上げている。これらによりフランスの法状況の全体像が見えてくる。

LGBTヘイト規制は、人種・民族差別や宗教憎悪とは異なる系譜で扱われてきた。ナチス時代のLGBT差別の歴史はあるが、そこから規制が始まったと言うよりは、1990年代後半から、当事者の運動によって議論が始まったという。刑事規制については賛否両論が出たが、結局、2004年に差別防止機構設置法に結実し、「ベルギー、デンマーク、スペイン、オランダおよびスウェーデン等に続く同性愛嫌悪表現の処罰国になった」。

光信は、差別防止機構設置法の制定過程及びその内容を紹介した上で、適用事例としてヴァネスト事件を略述する。ヴァネスト事件の破毀院判決は「差別禁止の原則と表現の自由の保障という対立する要請の間に適切な均衡を図ったものとして評価できる」とまとめる。


光信の研究については、前田『原論』247頁以下で言及した。フランス及びスペインの状況を丁寧に紹介しつつ、ヘイト規制のあるべき姿を探る重要な研究である。

なお、「差別禁止の原則と表現の自由の保障という対立する要請」というのは特殊な日本的理解である。日本の憲法学者は大半がこのような特異な固定観念を持っている。

しかし、差別禁止の原則と表現の自由の保障は対立しない。日本国憲法が明示する表現の自由と責任を守るためにヘイト・スピーチ刑事規制が必要である。国連人権理事会での議論や、人種差別撤廃委員会での議論に学んで、このように考えるべきだろう。

Saturday, February 23, 2019

なんちゃって景気


報道によると、「戦後最長の好景気の名称が決まっていない」という。「戦後最長の好景気」というのは単なる嘘だが。

かつては朝鮮特需の神武景気、岩戸景気、いざなぎ景気などの名称があった。バブル景気の後は、「失われた10年」「失われた20年」と呼ばれてきた。安倍政権としてはアベノミクスの成果を主張して、「アベノミクス景気」としたかったのだろう。だが、消費者の生活実感が伴わないため、「好景気」に疑問が示されてきた。

おまけに「統計偽装問題」が噴出した。好景気どころか、マイナスだった疑いすら指摘されている。「アベコべノミクス景気」だ。マッド・アマノのパロディでは「安倍のみクズ」というのだそうだ。

かつて経済競争力は世界2位といわれたが、いまや25位に転落している。人口が減り始め、少子高齢化どころか「無子高齢化」という著書が出版される現状だ。政治は腐敗の極地、官僚は無能で、安倍に忖度し、国家の私物化を推進している。日本経済を支えてきた東芝、三菱、神戸製鋼をはじめ偽装の連続。

「戦後最長の好景気の名称が決まっていない」などという記事を書くニセ・ジャーナリストが徘徊する偽装国家の行方が心配だ。

ヘイト・スピーチ研究文献(133)差別されない権利


金子匡良「『差別されない権利』の権利性――「全国部落調査」事件をめぐって」『法学セミナー768号(2019年)


「全国部落調査」復刻版出版事件とは、2016年、「示現舎」が1936年の「全国部落調査」の出版を企画し、さらにインターネットに公開したことに始まる。このような情報が公開されると、就職差別や結婚差別に悪用される恐れが高いことから、被差別部落とされてきた地域の住民らが、出版差止めとウエブサイト頁削除を求めて提訴した。その仮処分決定をもとに論じた論文である。

原告は保護されるべき権利として、名誉権と並んで「差別されない権利」を掲げる。裁判所は差別されない権利には言及していないが、「不合理な差別を受けないという人格的利益が認められるというべきである」と述べた。

「『差別されない権利』という名称を付するか否かはともかく、人格権もしくは人格的利益の一つとして保障されるべき」という決定も出た。

金子は次のように述べる。

「ヘイトスピーチなど差別的言動が先鋭化している現況に鑑みれば、差別されない権利利益を明示的に保護すべき必要性は増しているといえる。法的な権利利益を新たに確立するためには、下級審判決の蓄積が大きな意味を持つが、この点において、係属中の本訴の判決がどのような判断を示すかが注視されるところである。」(9頁)

「差別されない権利について付言すれば、現在、憲法14条1項の平等条項の解釈は、過渡期を迎えているといえるのではないだろうか。これまで通説・判例は、憲法14条1項は不合理な別異取扱いを禁止したものであり、それは嫌悪感や偏見に基づく排除や攻撃とは別の概念であるとしてきた。それゆえ、上述の各決定も、部落差別を法的な意味における差別の問題としてではなく、人格権侵害の問題として組み立てようとしたのであろう。従来の判例理論との整合性を考えれば、それ自体は至極当然の解釈といえる。」(9~10頁)

しかし、金子はこうした解釈は限界にきていると見る。

「ヘイトスピーチ等に代表される差別的言動や、障害者差別の中で顕在化した合理的配慮の問題、あるいは間接差別や関連差別といった新たな差別事象に対応していくためには、これまでの差別概念を拡張し、不合理な別異取扱いのみならず、合理的配慮の不提供や、偏見や差別意識に基づく不当な言動およびそれを助長する行為を広く『差別』と捉え、それらの排除や予防を求める権利を『差別されない権利』として新たに構成する必要がある。」(10頁)


金子説に賛成である。


私は「ヘイト・スピーチを受けない権利」を唱えてきた。雑誌『部落解放』に3年以上連載しているのが「ヘイト・スピーチを受けない権利」であり、最近出版した前田朗『ヘイト・スピーチ法研究原論――ヘイト・スピーチを受けない権利』(三一書房)につながった。これは金子の「差別されない権利」に含まれるだろう。

私のアイデアは、パナマ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書において「ヘイト・スピーチを受けない権利」としていたことに由来する。人種差別撤廃条約第1条、2条、4条、5条、6条の総合的解釈として提示できる。

また、日本国憲法前文、第13条、14条及び12条の解釈として、「アジアの人民が日本でヘイト・スピーチを受けない権利」を想定してきた。もちろん、誰であれヘイト・スピーチを受けない権利を有していると言えるだろう。

今後は金子説も参照しながら検討していきたい。

フェイクにNO! ヘイトにNO!


『ヘイト・スピーチ法研究原論』出版記念会

 フェイクにNO! ヘイトにNO!(NO FAKE!  NO HATE!



 フェイクとヘイトが花盛りの世界と日本。記憶を抹殺し、真実を捻じ曲げ、自由を抑圧し、連帯を阻む腐敗政治が横行する現代。

わたしたちはどのようにして事実を確かめ、平等をめざし、差別を克服することができるでしょうか。前田朗『ヘイト・スピーチ法研究原論』(三一書房、2019年)出版を記念して、フェイクとヘイトを打ち破るための対話の場を用意しました。奮ってご参加ください。



 日時:4月6日(土)午後6~9時(開場5時30分)

 会場:東京しごとセンター講堂(飯田橋)

       東京都 千代田区飯田橋3丁目10-3

       JR中央・総武線「飯田橋駅東口」より徒歩7分、都営地下鉄大江戸線・東京メトロ有楽町線・南北線「A2出口」より徒歩7分、東京メトロ東西線「A5出口」より徒歩3



参加費(資料代含む):500円



第1部  パネル・ディスカッション

 植村隆さん(ジャーナリスト、韓国カトリック大学客員教授、週刊金曜日発行人)

 香山リカさん(精神科医、立教大学教授)

 師岡康子さん(弁護士)

 渡辺美奈さん(司会、wamアクティブミュージアム女たちの戦争と平和資料館館長)

第2部 一言トークコーナー



主催:『ヘイト・スピーチ法研究原論』出版記念会実行委員会

連絡先:東京都千代田区神田神保町3-1-6 三一書房

03-6268-9714info31shobo.com

Thursday, February 21, 2019

声明  死者をも冒涜する日本政府の言動に抗議する!!


声明  死者をも冒涜する日本政府の言動に抗議する!!



128日、人権運動家・金福童さんが亡くなった。5日間に亘る葬儀には文在寅大統領をはじめ6000人が弔問し、日本大使館前の告別式に向かう行列には1000人が連なり粛々と行進した。

金福童さんの死を悼む声は世界各国から上がった。

「第二次大戦中に日本軍の性奴隷とされ、粘り強い闘いを繰り広げて、自身と同様の経験をした何千人もの女性の苦しみに国際的関心を向けさせることに貢献した金福童さんが亡くなった。92歳だった。……金さんと他のサバイバーたちは、(日韓)合意は日本の公式賠償と法的責任の認定が不足していると主張した。金さんは入院後に(和解・癒し)財団の前で車椅子に乗って一人デモを行った。金さんは2016年、ラジオのインタビューで『今まで私たちが闘って来たのはお金のためではない』とし、『私たちが望むのは、私たちの名誉を回復する、日本の心からの謝罪と法的な賠償だ』と述べた。……」(130日付『ニューヨークタイムズ』)。

この記事に、日本政府が噛みついた。「正義を訴えた戦時性奴隷、金福童さん(92歳)死去」(130日付)への返答と題して編集者宛に外務省報道官が送った手紙は、「日本政府は第二次世界大戦中の慰安婦問題は、多くの女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題だということを認めている。日本は、様々な機会を通じて元慰安婦に心からのお詫びと反省の気持ちを伝えてきた。日本と韓国の間の財産及び請求権に関する全ての問題は、慰安婦問題を含めて法的には解決済みだが、日本は全ての元慰安婦の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒す取り組みを行って来た」とし、その例としてアジア女性基金と2015年日韓合意について述べ、「生存者47名中34名が(和解・癒し)財団からの支援金を受け取り、取り組みを歓迎した。これは否定できない事実である」と締め括っている。(27日付同紙)。

 この投稿には、かつて日本軍の「慰安婦」とされた金福童さんに対する加害国政府としてのお詫びや反省の言葉はおろか、悔やみの言葉すらない。金福童さんの死後に日本政府が述べた言葉としては、ソウルの日本大使館前で行われた告別式について、西村康稔官房副長官が「在韓国大使館の安寧を妨害、または威厳を侵害するものであれば、外交関係に関するウィーン条約の規定に照らして問題がある」と述べたものしか伝えられていない。

 「心からのお詫びと反省の気持ち」を持っているならば、まずは金福童さんの死を悼む言葉を述べるべきなのではないか。「お詫びと反省」「名誉と尊厳を回復し心の傷を癒す取り組み」がいかに空虚なものか、日本政府は再び露呈させた。まさに、金福童さんが最期まで、日本政府の謝罪を心からのものと認めず、日韓合意に反対し続けた理由がここにある。

 そして、日本軍「慰安婦」問題が未だ解決されていない原因も、日本政府のこのような姿勢にあるのだ。「心からのお詫びと反省の気持ち」は、その言葉を述べれば被害者に伝わるものではない。この言葉を述べた同じ口で「強制連行はなかった」「性奴隷ではない」「法的には解決済み」と主張することによって、その言葉は口先だけのものと被害者らに受け止められてきた。そして今回また、哀悼の言葉も述べずに「他の人たちは歓迎した」と、死者に鞭打つお門違いな反論を展開することで、日本政府はその本音と本質を余すところなくさらけ出した。

 私たち日本の市民は、このような政府の言動を心から恥ずかしく思う。日本政府が国際世論対策だと勘違いしている言動は、むしろ国際的に恥をさらすことにしかなっていない。日本政府はこれ以上、死者の名誉と尊厳を冒涜する言動を止め、口先だけではない、被害者に信じてもらえる謝罪を態度で示し、加害国政府としての責任を即刻、果たすよう強く求める。



2019220

日本軍「慰安婦」問題解決全国行動

Tuesday, February 19, 2019

ヘイト・クライム禁止法(153)モーリタニア


モーリタニアが人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/MRT/8-14. 20 February 2017

奴隷制と奴隷類似慣行を犯罪化した。奴隷制の現代的諸形態を根絶するロードマップと行動計画を作成した。その履行のため司法へのアクセスに関する発展を法制化した。セネガルへのモーリタニア難民の帰還に関する協定を履行している。パリ原則に従った国内人権委員会を運営している。公的サービスと雇用における差別を禁止した。

二○○九年、紛争予防と社会統合の国内計画を履行し、特にセネガルから帰還したモーリタニア人のための政策を実施している。

モーリタニア法は人種差別行為の全ての煽動を禁止している。人種的優越性や憎悪に基づく観念の流布、人種差別の煽動の処罰が含まれる。

モーリタニアが批准した国際人権諸条約のもとで、公的機関は差別を禁止し、差別と闘う義務がある。

個人に対する犯罪に関する刑法第二部は差別を扱っている。刑法第二部第一章は人種主義慣行をその重大性に合致して処罰するため、刑事制裁の幅を広くしている。

人種差別撤廃委員会がモーリタニア政府に出した勧告(CERD/C/MRT/CO/8-14. 30 May 2018

差別を犯罪化する新法を修正して、条約及び人権理事会の特別報告者の勧告に従うこと。法律上の人種差別の定義に、条約第一条に示された全ての要素を取り入れ、人種差別からの保護を十分なものとすること。

Sunday, February 17, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(132)ヒトラー『わが闘争』出版の可否


鈴木秀美「ドイツの民衆煽動罪と表現の自由」『日本法学』82巻3号(2016年)


ドイツの民衆煽動罪については、刑法学者の楠本孝、金尚均、櫻庭総による詳細な研究がある。

本論文の主要部分は同じことの繰り返しだが、二○一五年末にヒトラーの著『わが闘争』の著作権が消滅し、ドイツでその出版が許されるかを巡って論争が起きた経緯を紹介している。それまでは、『わが闘争』の著作権及び版権はバイエルン州が保有し、かつバイエルン州は出版を禁止してきた。しかし、著作権が消滅したので、ある出版社がこれを出版する計画を立て、バイエルン州が出版差止訴訟を提起するなど、論争が起きた。

別の極右系出版社が出版予告をしたところ、民衆煽動罪の嫌疑で捜査が始まるなど、論争は本格化することになった。

鈴木は、「弊誌は殺人者だ」決定、ヴンジーデル決定を詳しく紹介し、さらに有罪判決を覆した連邦憲法裁判所決定を紹介する。また、民衆煽動罪の最近の適用状況も紹介している。

「ドイツでは、一方で、立法者が、刑法130条による表現規制を絶えず見直し、ヘイトスピーチ規制に取り組んでおり、他方で、連邦憲法裁判所は、その規制による表現の自由の過剰な制約を回避するための歯止めとしての役割を果たしている。連邦憲法裁判所の存在を抜きにして、民衆煽動罪による表現規制の効果を理解することはできないということを指摘して、本稿を閉じることにしたい。」(424頁)


Thursday, February 14, 2019

思い残し切符を、あなたに


久しぶりのこまつ座。

井上ひさし『イーハトーボの劇列車』は、じんわり、やんわりと、静かな感銘を与えてくれた。


宮沢賢治の生涯を描いた作品だが、井上ひさしらしく、ごくごく限られた一時期、一場面の積み重ねで、賢治の生涯を提示する。

場面は、おおくが花巻から上野に向かう列車の車両である。上京する賢治と、他の客達の出会い、ふれあいをとおして、そこに賢治の作品をかなり強引に織り込んでいく。注文の多い料理店、修羅、又三郎、山男、グスコーブドリ。

賢治が主人公だが、さえないし、かっこわるいし、父親に怒鳴られるし、最後まで悩める賢治である。

父親は怒鳴るだけではない。話術、詭弁、正論、すりかえ、なんでもありの奸計をめぐらせて賢治を理論的に追い詰める。山西惇の演技が冴え渡る。

賢治役の松田龍平の好演も見逃せない。映画『蟹工船』などで見た松田龍平はイマイチだった。若くてかっこいいが、それだけ、と決めつけては申し訳ないが。あの松田龍平がこんないい役者になるとは予想していなかった。身体動作の演技が必ずしも多くない、颯爽としていないし、熱弁もわずか、そして東北弁――その賢治役を見事に演じきっていた。ゆったりとした進行、間の取り方が巧みだ。

最後、12人の登場人物から集めた思い残し切符を、車掌が客席に投げる。その瞬間、照明が落ちる。

さまざまな人生を閉じていった人々の思い残し切符。誰から誰に渡されるのか、決まりもなく、行方もわからない。でも、やるせなさ、かなしみ、たのしさ、やさしさ、はかなさをそっと漂わせる思い残し切符を、宮沢賢治から井上ひさしへ、そして、あなたへ。

前から2列目だったので、終演後、床から拾った思い残し切符を持って帰った。単なる1枚の紙切れで、何も書いていないが。

ヘイト・スピーチ研究文献(131)公人によるヘイト・スピーチ規制


守谷賢輔「人種差別撤廃条約における『人種差別』と人種差別的発言の不法行為の該当性」『福岡大学法学論叢』60巻1号(2015年)

2009~10年の在特会による京都朝鮮初級学校襲撃事件に関する民事訴訟の大阪高裁判決の判例評釈である。

一審の京都地裁判決が人種差別撤廃条約を適用して在特会による「人種差別」を論じ、1200万円という損害賠償を命じて大きな話題になったのを受けて、二審の大阪高裁は結論を維持しつつも、理由の部分については地裁判決を変更し、独自の判断を示した。

守谷は、一審判決、二審判決を、従来の日本の裁判所における人種差別撤廃条約の適用事例を比較・検討し、二審判決の特徴を描き出す。論点は、人種差別撤廃条約の「適用」方法、私人間の差別問題の扱い、人種差別撤廃条約と損害賠償額の算定、無形財産の金銭評価である。勉強になった。


守谷は論文末尾で次のように書いている。

「在特会の活動をめぐる一連の判決は、ヘイト・スピーチ規制の是非だけでなく、ヘイト・クライム規制を行うべきかを検討する重要な契機ともなりえよう。/ いずれにせよ、かりに法規制を行うのであれば、私人に対するものよりも、公人に対する規制が最初に行われなければならない。」(143頁)

これは遠藤比呂通論文が「公人による『慰安婦』に対するヘイト・スピーチを禁止することを緊急にやらなければならない」としたのを受けている。同時に、人種差別撤廃条約第4条(c)を日本政府が留保していないことに着目したものだ。

同感である。ただ、具体的にどのような方策を考えているのだろうか。それは書かれていない。守谷論文の主題からやや離れ、論文で検討していない論点だからだ。

1に、「公人によるヘイト・スピーチ」という身分犯規定の新設であろうか。公務員犯罪には、公務員職権乱用罪や特別公務員暴行罪などがあるが、特別公務員ヘイト・スピーチ罪といった刑法規定とするのか。それとも、公務員法その他の特別刑法か。

2に、これとつながる問題だが、対象、実行行為をどのように設定するか。西欧諸国はそもそもヘイト・スピーチを犯罪としているので、「公人」に限定していない。誰がやってもヘイト・スピーチはヘイト・スピーチだ。「公人による差別犯罪」や「公人によるヘイト・スピーチの重罰規定」は見た記憶があるが、「公人によるヘイト・スピーチ」という独立規定はあまりないのではないだろうか。もう少し調べてみたい。

第3に、「慰安婦」に対するヘイト・スピーチという対象の限定である。欧州諸国はもとより、世界の多くのヘイト・スピーチ規定は、人種や言語や宗教に動機を有するヘイト・スピーチの規制という一般的な記述になっている。特定の「慰安婦」のような限定をした立法例はあまりないのではないか。

この点で参考になるのは、「アウシュヴィツの嘘」犯罪の処罰規定である。『ヘイト・スピーチ法研究序説』及び『ヘイト・スピーチ法研究原論』で10数カ国の立法例を紹介したが、最近、「救援」論文でその続きを紹介している。世界に「アウシュヴィツの嘘」「ホロコーストと否定」「歴史修正主義」の犯罪規定は20数カ国に存在する。私自身、「アウシュヴィツの嘘」型の処罰規定の新設(慰安婦の嘘犯罪、南京大虐殺の嘘犯罪)を提案してきた。とはいえ、条文化はなかなか難しいのも事実だ。引き続き検討課題だ。

Tuesday, February 12, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(130)政府はヘイト団体の「共犯」になるべきなのか


中村英樹「ヘイトスピーチ集会に対する公の施設の利用制限」『北九州市立大学法政論集』46巻1・2号(2018年)


目次

1.はじめに

2.ヘイトスピーチ対策における地方公共団体の位置づけ

3.公の施設の利用制限

4.各ガイドラインの概要

5.集会の自由及び「公の施設」利用権との関係の検討


山形県生涯学習センター、門真市民会館をはじめとするヘイト集会利用問題は、その後、大阪市条例、東京弁護士会意見書、川崎市報告書とガイドライン、京都府ガイドライン、京都市ガイドライン、東京都条例、国立市条例などの進展を示している。中村論文は東京都条例以前の段階のものであり、そこまでの各地の状況をていねいに整理している。憲法、行政法・地方自治法、国際人権法の各分野に視線を配り、バランスをとりながら論じていることもよくわかる。

中村は次のように述べる。

「表現の自由あるいは集会の自由に対する『観点に基づく規制』ともいえるヘイトスピーチ規制を、ガイドラインという形式で策定するのは望ましいことであろうか。各GLを検討すると、利用制限の要件とは別に、『考え方』や『参考』などが散在し、また相互の関係が判然としないものもあって、住民に予見可能性を与え、行政の恣意的運用を適切に排除しうる明快な基準とはいい難いところがある。」(92頁)

「また、利用制限という直接的な法的効力を発生させる要件となるにもかかわらず、理念法である解消法における『不当な差別的言動』の定義をそのまま採用していることは、やはり問題である。」(92頁)

「解消法の制定による民主的正当性を擬制しうるのは、差別的言動の『法的な直接の禁止ではなく、各種施策による取り組みを通じた解消を目指す』ことまでであり、給付の拒否を含め、規制的手法を採用する場合は、地域住民による更なる民主的正当性の擬制=条例化が、本来は必要であると考える。ガイドラインという形式に拠ることは、不当な差別的原言論による問題が極めて深刻な地方公共団体における緊急的措置としてのみ、許容されるであろう。」(92~93頁)


公共施設利用問題について正面から取り上げた論文だが、私とは根本的に立場が異なる。私はこれまでにこの問題について何度も論じてきた。中村論文でも私の『部落解放』17年論文が引用されている。その後、数本の論文をまとめ直して、『ヘイトスピーチ法研究原論』第5章「地方自治体とヘイト・スピーチ」とした。

私の立論は単純である。

近代民主主義国家・法治国家の原理から言って、そして日本国憲法の精神から言って、及び国際人権法の要請に基づいて、国家(中央政府も地方政府も含む)は差別をしてはならない。差別に加担・協力してはならない。差別行為に資金援助したり、便宜供与してはならない。それゆえ、政府は、ヘイト団体のヘイト目的活動のために公共施設を利用させてはならない。利用させると、政府がヘイトの「共犯」となる。

中村はこれを全否定する。

中村は、地方自治体はヘイト団体のいかなる活動をも含んで、まず無差別に利用させるべきであるという前提に立つ。その上で、特段の理由があれば利用を拒否できるという。法的根拠、条例の根拠、明確で恣意的にならない基準が不可欠である。ヘイト団体によるヘイト目的集会であっても、ガイドラインによって拒否することはできず、条例化が必要である、という。資金援助については言及していないが、中村の論理からすれば、地方自治体がヘイト団体に資金援助しても何も問題ないことになるのではないだろうか。ヘイトの「共犯」になって何が悪い、と言うことかもしれない。

ヘイト・スピーチ研究文献(129)複合差別としてのヘイト・スピーチ


元百合子「在日朝鮮人女性に対する複合差別としてのヘイト・スピーチ」『アジア太平洋研究センター年報2016-2017』(大阪経済法科大学)


在特会・桜井誠及び保守速報による李信恵さんに対するヘイト・スピーチ・名誉毀損訴訟において、研究者による「意見書」が大阪地裁に提出された。私も一つ書いたが、元百合子は国際人権法の見地から複合差別としてのヘイト・スピーチについて「意見書」をまとめた。

2016年9月に大阪地裁判決が出て、李信恵さんが勝訴した。判決は人種差別を認めたが、複合差別については認定しなかった、本論文はその段階で書かれた。元意見書の概要をもとに、一審判決へのコメントを加えている。なお、その後、二審判決が複合差別論に応答した。日本の裁判所に複合差別を認めさせる元の先進的な理論的闘いである。

国際人権法として、元は「女性に対する暴力」を重視する。この点も元論文の積極面である。1993年の女性に対する暴力撤廃宣言、1994年以後の国連人権委員会及び国連人権理事会における「女性に対する暴力」において、例えばセクシュアル・ハラスメントは明確に暴力と定義されていた。日本ではセクハラの暴力性を認めさせるのに時間がかかった(というか、まだ認めようとしない政治家がうじゃうじゃいる)。

何しろ、「女性に対する暴力」は四半世紀に及ぶ国連人権機関の重要テーマである。ところが、日本では、ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」に対する誹謗中傷が飛び交う。日本ではまともな議論がなされていない。

元は、国際人権法の基本を確認し、「被告らが街宣やインターネットを媒体として行った不法行為は、公的空間でおこなわれた心理的・精神的暴力」と適格に認定する。ヘイト・スピーチの暴力性を認識できるか否か、ここが一つのポイントである。その上で、人種差別と女性差別が交錯する複合差別について、国際人権機関における議論の経過を追跡し、元は複合差別の主要形態と事例を整理し、その基準に照らして、李信恵さんの被害が複合差別の被害であることをていねいに明らかにする。


国際人権法におけるマイノリティ差別の研究者として、同時に女性の権利の研究者として、元は複合差別の研究を続けてきたが、本論文ではその成果を縦横に駆使して、明晰な論理を展開している。私のヘイト・スピーチ論では足りない部分であるので、今後も元に学ばなければならない。

Thursday, February 07, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(128)京都事件一審判決評釈


中村英樹「人種差別的示威活動と人種差別撤廃条約」『北九州市立大学法政論集』42巻1号(2014年)


京都朝鮮学校襲撃事件に関する民事訴訟京都地裁判決の評釈である。

「…本判決は、条約のみを民法規定の解釈基準として取り上げ、憲法に関する言及がない点に特徴がある。…確かに、名誉毀損的表現と人格権との調整は、いわゆる『定義づけ衡量』によって解決済みであると考えることはできる。しかし、『人種差別』的表現をめぐっては、条約(及び憲法)のどのような『趣旨』あるいは『価値』が読み込まれ『意味充填』されて、対抗する諸利益が衡量されたのか(あるいは衡量されなかったのか)、必ずしも明確ではない。」(89頁)

「条約6条を裁判所に対して直接義務を負わせる規定と解しながらも、裁判所に課された条約上の責務は、民法709条に基づいて損害賠償を命じることができる場合にのみ生じるとしている点で、本判決の手法も、条約の『間接』適用と言えよう。しかし、そこでの条約は、国内法の単なる解釈指針といった扱いにとどまらず、また、私人間での利益衡量の対象でもない。」(91頁)

「本判決は、裁判所が人種差別撤廃条約上の直接の義務主体として、人種差別に対する実効的な保護・救済を積極的に行っていく姿勢を示した点に、大きな特徴があると言える。その論理構成が上述のようなものであるとすれば、本判決の射程は、刑事訴訟の量刑判断にも及びうる。こうした姿勢は、条約上の義務主体である『全体としての日本という国家』が人権条約に対してこれまで取ってきた『法形式主義とミニマリスト的対応』と比較すると、争闘にアグレッシヴであるように思われる。その姿勢が果たしてどこまで共有されるのか、控訴審での判断が注目される。」(92頁)


本判決について私は『序説』35~63頁で論じた。


中村が言う通り「相当にアグレッシヴ」な個所については、控訴審で修正されたため、今後、他の裁判所において、本件一審判決の条約論が採用されることはないだろう。

一〇〇〇万円を超える損害賠償額は非常に高いものとして、マスコミでも大きく取り上げられた。多くの判例評釈でも損害賠償額が高くなったのはなぜかという言及が目立つ。一方、刑事訴訟の量刑はかなり軽い。中村は末尾の註でこの点を紹介している。「本判決も取り上げているように、日本政府によればレイシズムの事件においては既に人種差別動機が量刑に反映されていることになっている。もっとも、本件刑事訴訟における量刑に対しては、軽すぎるという批判もある」とし、冨増四季と師岡康子の見解が引用されている。

ヘイト・スピーチ研究文献(127)解消法の概要


川西晶大「日本におけるヘイトスピーチ規制――ヘイトスピーチ解消法をめぐって」『レファレンス』807号(2018)


国立国会図書館調査及び立法考査局行政法務課長による論文である。冒頭に、「調査及び立法考査局内において審査を経たものです」とあるが、同時に「筆者の個人的見解であることをお断り」という、奇妙な言い訳が書かれている。公的立場だけに、苦労も多いようだ。


はじめに

Ⅰ 国際人権条約の枠組み

Ⅱ ヘイトスピーチ解消法以前の法的対応

Ⅲ ヘイトスピーチ解消法の制定

Ⅳ ヘイトスピーチ解消法制定後の動向

おわりに


自由権規約や人種差別撤廃条約について整理し、京都朝鮮学校事件や徳島県教組事件の判決を踏まえ、人種差別撤廃推進法案にも現況っしている。制定後については、川崎市事件や国の施策、地方公共団体の対応をフォローしている。

「本稿では、国際人権条約の枠組みには刑罰によるヘイトスピーチの禁止などより踏み込んだヘイトスピーチ対策を求めるものがあることを見た上で、条約の趣旨を踏まえた司法判断がヘイトスピーチ解消法前からあったこと、地方公共団体において先行してヘイトスピーチへの取り組みが模索されていたことを確認した。ヘイトスピーチ解消法は、このような状況の下で、基本理念を掲げ、国及び地方公共団体に施策の実施を求める内容として制定された。ヘイトスピーチ解消法の制定及び施行は、国の施策、地方公共団体の対応や司法判断に一定の影響を与えていると考えられる。

 しかし、今なおヘイトスピーチを伴うデモの開催などヘイトスピーチは続いており、国際人権機関においても日本に対し包括的な差別禁止法の制定などより踏み込んだ対策の実施を求める声がある。他方で、表現の自由その他の基本的権利を保護する観点から、ヘイトスピーチ対策が過剰な言論規制にならないよう慎重に考えるべきとの意見も強く、法学者の間でもより適切な対策について議論があるところである。」(73頁)

最後は世界人権宣言第1条を引用して終わっている。

解消法とその周辺状況のレビューとして、よくできている。多くの憲法学者とは違って、国際人権法にもきちんと視線を向けている。既知事項ばかりで新味がないのと、学説のフォローはかなりいい加減なので、大学院修士論文としても合格には達しないと思うが。個人的見解を強く打ち出せないのでやむを得ないかも。

Wednesday, February 06, 2019

ヘイト・クライム禁止法(152)キルギスタン


キルギスタン政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/KGZ/8-10. 20 January 2017

憲法第一六条、刑事訴訟法第一六条、行政責任法第五五〇条が条約第四条の要請に対応している。法執行機関は民族、人種、宗教、地域間の敵対現象に対する措置を講じている。内務省の情報によると、過去五年間の刑法第二九九条(民族、人種、宗教、地域間の敵対)に関する事件は三四五件である。二〇一一年七〇件、一二年六七件、一三年七五件、一四年七五件、一五年五八件。

検事局の情報によると、刑法第二九九条の事件処理状況は次のとおりである。二〇一一年、一三件のうち、国家安全委員会が四件、検察四件、内務省五件。一二年、九件のうち、国家安全委員会が五件、検察二件、内務省二件。一三年、六件のうち、国家安全委員会が四件、検察一件、内務省一件。一四年、一二件のうち、国家安全委員会が六件、検察一件、内務省五件。一五年、三件すべて国家安全委員会。

イスラム国(IS)が重大な脅威となってきた。キルギスタン市民がリクルートされ、シリアやイラクなど紛争地に送られたのは一六七件である。この期間に、紛争地に向けてキルギスタンから出発した人は八〇三人である。内務省は関係各局とともに、テロリスト予防に努力を続けている。

裁判所の情報によると、最高裁が扱った事案は次の通りである。二〇一一年、刑法第二九九条(民族、人種、宗教、地域間の敵対)で九二件、九六人(うち女性が七人)、有罪判決は八一件、無罪は〇、手続終了四人、差戻し一一人。刑法第二九九条一項(民族、人種、宗教、地域間敵対の煽動目的の活動をした組織)、事件なし。

一二年、刑法第二九九条で九一件、九三人(女性八人)、有罪は七七件、無罪は〇、手続終了二人、差戻し一四人。刑法第二九九条一項、事件六件、六人(女性〇)、判決五件、無罪〇、差戻し一人。

 一三年、刑法第二九九条で七三件、七三人(女性六人)、有罪は六〇件、無罪は一件、手続終了一人、医療的強制措置二人。刑法第二九九条一項、事件八件、八人(女性六人)、判決六人、無罪〇、差戻し二件。

 一四年、刑法第二九九条で九一件、九一人(女性五人)、有罪七〇件、無罪は一件、手続終了二人、差戻し一八人。刑法第二九九条一項、事件九件、一四人(女性三人)、有罪一四人、無罪〇。

 一五年、刑法第二九九条で一三〇件、一三〇人(女性が一七人)、有罪九八件、無罪は一件、差戻し三一人。刑法第二九九条一項、事件四件、五人(女性〇)、有罪五人、無罪〇。



人種差別撤廃委員会のキルギスタンへの勧告(CERD/C/KGZ/CO/8-10. 30 May 2018

条約第一条に従って、直接間接の人種差別を定義し、条約第四条に従って、処罰される犯罪として人種差別現象を定義すること。平等機会を促進し、構造的差別に対処する特別措置を講じる可能性を検討すること。一般的勧告第一号、第七号、第一五号に合致した法律を制定するため、国連人権高等弁務官事務所に協力を求めること。近年、人種民族差別に関する申立て事例がないので、提供される救済の欠如、司法的救済の不十分さ、報復の恐れがないか検討すること。マイノリティの司法へのアクセスに必要な措置を取ること。反差別法を制定し、広く普及すること。人種差別事案の統計、及びその捜査、訴追、判決、被害者の特徴について情報を提供すること。

どこまで壊れていくのか、この国は


斎藤貴男『日本が壊れていく――幼稚な政治、ウソまみれの国』(ちくま新書)


監視社会、消費税、改憲問題を初め、この国と社会の表層と深層を取材し、批判してきた著者の最新刊の一つだ。

第1章「このままでは国が壊れる」では、古賀誠、小沢一郎、亀井静香へのインタヴューをもとに、アベ政治の嘘と傲慢を追及する。息を吐くように嘘をつくシンゾーが、この国の歴史も知性も倫理も破壊してきた。保守政治家の3人でさえも、もはや許せない地点に来てしまったことが確認できる。

第2章「無知と不寛容な安倍政治」では、ヤンキー化しながら大国化への野望をむき出しにした政治と、批判的精神を失ったマスコミへの注文が続く。

第3章「強権政治と監視社会に抗う」では、ケータイ人間と化した軽薄短慮なこの国のトップを見習い続ける人々への警鐘が鳴らされる。

第4章「打ち捨てられる個人」では、「戦争道路」、消費税、暴力団排除という3つの話題を通じて、個人の尊重も良識も、尊厳も連帯も失われている現状を解明する。

第3章では、俳人・金子兜太と漫画家・ちばてつやの闘いも紹介される。金子兜太の戦争体験と、「平和の俳句」の歩み。ちばてつやの「満州」体験と漫画人生。

著者は、かつて梶原一騎の伝記『夕やけを見ていた男――評伝梶原一騎』を書いた(これはいまは朝日文庫で『「あしたのジョー」と梶原一騎の奇跡』)。私は『旅する平和学』で、斎藤のこの文章を引用したことがある。今回は、ちばプロ出身の川三番地の『あしたのジョーに憧れて』があることを教わった。

Tuesday, February 05, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(126)都市公園利用権


橋本基弘「都市公園利用権と集会規制」『都市問題』107巻12号(2016年)


『表現の自由 理論と解釈』(中央大学出版部)の著者による論文である。同書は表現の自由に関する内容規制・内容中立的規制の問題を扱っており、おおいに参考になる(この論点を私はこれまで論じていないが、今年は書く予定だ)。

橋本は、ヘイト・スピーチに関する川崎市事件や、松原市の民主商工会事件を念頭に、都市公園管理権と利用権の関係を整理し、公園管理権と集会規制について、判例、都市公園法を検討する。都市公園占有不許可処分における適法性判断をめぐって、「第1に、公園の種類や規模、構造、設備等が集会の規模と不釣り合いな場合は、占有申請を拒むこともできよう」、「第2に、占有申請が競合した場合には、単純に抽選とすることも許される」、「第3に、その公園の場所と結びつくことで特定のメッセージを送ることができるような集会は、そのメッセージを理由として占有を拒むことはできない」とする。

「少なくとも地方公共団体が設置する公園においては、地方自治法244条を手がかりにして、管理権に制約を課す方法がとられてきたことには合理性があると言うべきである。そして、上尾市福祉会館事件最高裁判決が説示するように、自治法244条は集会の自由を具体化したものと解釈すべきである。」(96頁)

地方公務員向けの概説論文で、わかりやすく整理されていて、便利である。ヘイト・スピーチに関する川崎事件については「これらの点から考えると、冒頭で紹介した川崎市の事例では、はたして全面的な不許可処分が相当であったか。」

(96頁)と疑問を提起しているが、これ以上の記載がないため、具体的に何を主張しようとしているのかまではわからない。




ヘイト・スピーチ研究文献(125)政府言論問題2


桧垣伸次「ヘイト・スピーチ解消法と政府言論――非規制的施策の可能性」『福岡大学法学論集』63巻2号(2018年)


前稿「政府言論とヘイト・スピーチ」に続いて、アメリカにおける政府言論に関する理論を紹介・検討し、その観点から日本のヘイト・スピーチ解消法を評価する試みである。解消法については強い批判もあり、評価が必ずしも定まっていないが、「筆者は、同法は、政府が、ヘイト・スピーチについて、その立場を明確にした点で意義があると考える。政府が『ヘイト・スピーチは許されない』というメッセージを発することにより、ヘイト・スピーチを抑制する効果が期待できる。しかし、それは同時に、特定の立場の表現を委縮させうる点で問題となる」という。

桧垣は、解消法の内容を確認し、これに対する研究者の評価をいくつか確認する。そのうえで、アメリカにおける政府原論の法理として、主にCharlotte H. Taylor論文をもとに議論を展開する。Taylorは、政府言論の例として、政府の職員又は機関による助言的・奨励的意見、②記念する表現、③公教育、④指摘言論への政府の助成及び非パブリック・フォーラムにおける表現の選択的コントロール、⑤勧告・調査声明を挙げて、検討している。

例えば、Taylorの検討の中で、「純粋に奨励的な政府原論について、誰の表現の(も?)規制されていないことから、重要な修正1条の問題は生じないと主張する」という。②の記念する表現は、記念碑の設立や祝日の制定、硬貨に刻まれたモットー、切手などの例があり、これらは「市民的価値を形作る」ためになされるもので、「ヘイト・スピーチを抑止するために用いることができると主張する」。

桧垣はTaylor論文を紹介、検討したうえで、政府言論の有用性と同時に、特定の表現を委縮させる点で、政府言論には限界があるという見解もあることを紹介する。桧垣が注目するのは、「政府は、教化(indoctrination)となるような手法を用いてはならない」ということである。

「政府言論による委縮効果を防ぐために、政府言論について、観点差別禁止原則以外の憲法上の制約原理を検討することが重要となる。とはいえ、そのため、国民が特定の思想をもつように教化・強制する場合のような、極端な場合でない限りは、憲法上問題とならないと考えるべきである。何が『教化』にあたるのか、判断は難しい。上記で検討したように、政府言論の類型は多様であり、規制との距離についても濃淡がある。そのため、政府言論の類型に応じて、その類型、効果等を検討して、どのような制約があるのかを探ることが重要である。」

最後に、桧垣は「本稿では、非規制的手法という『第3の道』の可能性を指摘したに過ぎない。具体的な手法およびその限界については、別稿で検討したい」という。


桧垣の2論文のおかげで、政府言論を取り上げる意味、その内容がかなり理解できた。解消法の路線と政府言論の法理を重ねることで一つの筋道が引けることもわかった。具体的な手法については今後の期待である。


私に理解できないのは、なぜヘイト・スピーチの問題を政府言論の問題として位置づけなければならないのか、である。

第1に、政府が差別に加担してはならないことは憲法13条、14条の当然の帰結である。政府が差別やヘイトを非難するべきことは、差別やヘイトをなくす努力をするべきことは人種差別撤廃条約2条の要請であり、日本政府の義務である。桧垣の著書はヘイト・スピーチをもたらす差別問題に着目し、反差別の法理論を構築しようとしていた。なぜ、2論文ではその姿勢が打ち出されないのだろうか。

第2に、政府言論とヘイト・スピーチを修正1条の適用レベルで考えているが、日本国憲法21条の議論になっていない。桧垣は、他の多くの憲法学者と同様に、修正1条と憲法21条が同じ内容、同じ原理で成立し、同じ解釈をするべきという虚構の前提から出発しているように見える。修正1条の条文形式から言えば、政府言論を論じる余地があるのかもしれないが、憲法21条は違うだろう。憲法第3章は「国民の権利及び義務」の章であり、憲法21条は表現の自由を定めている。これは諸個人の自由としての表現の自由の保障規定であって、政府言論とは関係ない。政府言論を律するのは民主主義であり、人間の尊厳であって、個人の表現の自由の法理ではないのではないだろうか。

ヘイト・クライム禁止法(151)スロヴァキア


スロヴァキア政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/SVK/11-12. 11 August 2016

人種主義や人種的不寛容に対処する刑法規定は、ジェノサイド(第四一八条)、基本権と自由の抑圧を目的とする集団の支持・助長(第四二一条、四二二条)、過激文書の製作・配布・所持(第四二二条a~c)、ホロコースト及び政治体制犯罪の否認と是認(第四二二条d)、国民、人種、信仰の中傷(第四二三条)、国民、人種、民族憎悪の煽動(第四二四条)、人種、国民、国籍、皮膚の色、民族集団又は出身を理由とする人の煽動、中傷、脅迫(第四二四条a)、非人間化(第四二五条)がある。

刑法第一四〇条はいわゆる「特別の動機」を定める。特別の動機は次の場合に犯罪実行とみなされる。人種、国民、国籍、皮膚の色、民族性、出身、ジェンダー、宗教のゆえの暴力又は憎悪の公然煽動の故意があった場合で、同様の理由による脅迫の文脈でなされた場合。特別の動機はもろもろの犯罪において刑罰加重事由となる。

二〇〇九年、一定の形態の人種主義・排外主義と闘うEU枠組み決定の導入によって過激主義犯罪が刑法に組み入れられた。

二〇一四年、過激主義に関連する九一件の違法行為が記録された。これには過激主義犯罪だけでなく、過激主義と関連する犯罪が含まれる。

人種差別撤廃委員会のスロヴァキアへの勧告(CERD/C/SVK/CO/11-12. 12 January 2018

反差別法を完全に履行し、人種差別の申立てがあれば実効的に捜査すること。人種差別被害者すべてに法的救済と補償へのアクセスを保障すること。公務員、裁判官、法執行官に人種差別撤廃条約や人種差別規制法の適用に習熟するよう訓練すること。刑事立法を条約第四条に完全に合致させること。人種差別を煽動・助長する組織とその活動に対する手続きを容易にし、参加や財政支援が訴追されるようにすること。言葉によるものも身体によるものも、人種的動機による犯罪すべてが捜査され、実行者が訴追、処罰され、人種的動機が刑罰加重事由となるように確保すること。

一般的勧告第三五号に従って、ヘイト・スピーチの予防とこれとの闘いのため実効的な措置を講じ、メディア関連法を国際基準に従わせ、メディア、特にインターネットにおける人種主義を予防、制裁、抑止すること。すべてのヘイト・スピーチが捜査、訴追され、実行者が処罰されるようにし、ヘイト・スピーチの統計情報を提供すること。「人種主義・排外主義・反ユダヤ主義その他の形態の不寛容の予防・撤廃のための行動計画」を実効的に履行すること。多様性を尊重し、人種差別を撤廃するため公衆に意識啓発キャンペーンを行うこと。


Monday, February 04, 2019

ヘイト・クライム禁止法(150)セルビア


セルビア政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/SRB/2-5. 23 August 2016

刑法は次の差別行為を犯罪としている。平等侵害(第一二八条)、ある言語や文字を使用する権利侵害(第一二九条)、国民・民族的所属の表現の権利侵害(第一三〇条)、宗教の自由や宗教的サービス利用の侵害(第一三一条)、人種、宗教、民族その他の所属の評判の侵害(第一七四条)。刑法は次のヘイト・クライムを犯罪としている。国民、人種、宗教的憎悪と偏見の勧誘(第三一七条)、人種その他の差別(第三八七条)。犯罪実行者の偏見や憎悪に関連して、墓荒らし、特定の社会集団のための建造物や重要な場所に侮辱メッセージ、落書きを書くことは犯罪である。

二〇一〇年~一四年、及び二〇一五年一月~七月、差別に関連する犯罪は二〇一件、二五六人に対する告発がなされた。うち二四六人は国民、人種、宗教的憎悪と偏見の勧誘である。国民、人種、宗教的憎悪と偏見の勧誘(第三一七条)は一八八件であり、人種、宗教、民族その他の所属の評判の侵害(第一七四条)は六件である。人種その他の差別(第三八七条)は一件である。刑事訴追は、刑法第一三五条の強要と刑法第三一七条の国民、人種、宗教的憎悪と偏見の勧誘が、二九件(二〇一〇年)、四九件(二〇一一年)、三四件(二〇一二年)、二三件(二〇一三年)、三二件(二〇一四年)、二一件(二〇一五年一~七月)である。全体で二四六人のうち一八〇人がセルビア人、二一人がムスリム、一三人がハンガリー人、五人がアルバニア人、四人がクロアチア人である。

同じ期間に、三六件の国民を理由とする身体攻撃があった。うち三二件は公表された。攻撃されたのはロマ人一九人、ハンガリー人五人、セルビア人五人、ムスリム三人、クロアチア人三人である。

二〇一一年と二〇一三年にはセルビア人とムスリムの喧嘩、二〇一〇年にはロマ人とセルビア人の喧嘩があり、セルビア人五人とムスリム一人が訴追された。言葉による敵対行為は四八件のうち四四件が解決したが、三件は実行者が不明であった。刑事訴追された宗教施設損壊は三件で、一件は二〇一三年のスボティカのユダヤ人墓地であった(三人の子どもが三九の墓を壊した)。落書きは六八件で、被害はハンガリー人一三人、ロマ人一二人、セルビア人八人、クロアチア人とアルバニア人各六人であった。ナチスのシンボルを書いたのが六件、ナチスのスローガンが三件である。

公共情報とメディア法第五九条は、一定の条件の下で情報の流布を禁止することを検察官が裁判所に請求できるとしている。同法第七五条はヘイト・スピーチ及び差別の煽動を禁止している。

二〇一二年二月二九日、ベルグラード高等裁判所は、「ゲイ・プライドに反対する五〇万のセルビア人」というフェイスブック利用者がヘイト・スピーチを拡散し、LGBT住民を脅やかしたとして、三月の刑事施設収容及び二年の執行猶予を言い渡した。インターネットによる事案はセルビアでは本件が初めてであった。

ヘイト・スピーチ研究文献(124)政府言論問題


桧垣伸次「政府言論とヘイト・スピーチ」『福岡大学法学論集』61巻4号(2017年)


『ヘイト・スピーチ規制の憲法学的考察――表現の自由のジレンマ』(法律文化社)の著者による研究である。政府は、表現を規制する主体となるだけでなく、自身が表現の主体となることがあり、これを「政府言論」と呼んでいる。「政府がヘイト・スピーチを批判する声明を出す場合などは、見解差別禁止原則は適用されない」。「しかし、他方では、政府が差別的なメッセージを発することもありうる。また、私人が政府の言論を通じて差別的なメッセージを発することもありうる」という問題の考察である。

私人によるヘイト・スピーチと政府言論について、テキサス州で、車のナンバープレートに南軍の旗を強調したプレートを申請したところ、州の自動車管理局の委員会がこれを認めなかったため、提訴されたWalker事件判決が紹介・分析される。これが政府言論にあたるのか否か、パブリック・フォーラムに当たるのか否かが問われた。桧垣は次のように述べる。

「問題となる言論が政府言論であれば、政府は、私人がそれを利用して差別的なメッセージを発することを拒否できる。このことは、従来の政府言論の法理から当然の結論である。本件では、ナンバープレートが政府言論に当たるか否か、つまり政府言論の射程が問題となった本件は、政府が、差別的なメッセージが拡散することを防止できる範囲が問題となった事例といえる。その意味で、政府言論の範囲を画定するための基準の検討は重要である。政府言論と私人の言論が混在する領域において、両者をどのように区別するのかについては、今後も問題となるだろう」。

次に政府によるヘイト・スピーチと平等保護条項について、「表現の自由条項は、政府言論に適用されない。しかし、どのような政府言論でも無制限に許されるわけではない。政府言論の法理の射程には制限があると考えられている」。政府の表現が、修正1条以外の憲法の条項、特に平等保護条項に違反している場合が論じられる。NortonFormanの見解の紹介である。桧垣は次のように述べる。

「平等保護条項は、政府が人種差別的なメッセージを発することを禁止していると解することができる。それゆえ、平等保護条項は、政教分離条項とともに、政府言論の射程を限定する規範であると考えることができる。もちろんその射程は問題となるが、Formanが指摘するように、政府によるヘイト・スピーチの場合には、平等保護と表現の自由の緊張関係は存在しない点で、私人によるヘイト・スピーチとは異なる。その意味で、私人によるヘイト・スピーチよりは広い範囲で制限できるであろう。」

最後に桧垣は、2016年のヘイト・スピーチ解消法は、「政府自身がそのような内容のメッセージを発さないことはもちろん、解消に向けた啓発活動など、積極的な行為を要求している。私人がかかわる言論が政府言論とみなされる場合には、そのような言論を拒絶することができる。このように、ヘイト・スピーチ解消法は、規制か否かではなく、第3の道である政府言論として意義があるといえる」という。


政府言論については、これまでにいくつもの論文が書かれているが、私にはその意義がはかりかねた。

政府が差別表現やヘイト・スピーチをしてはならないことは、憲法13条、憲法14条から言って当然のことである。人種差別撤廃条約第2条からも当然のことである。自ら差別発言をしないことだけではなく、差別行為に加担・関与しないこと、差別行為をやめさせることはもとより条約上の義務である。以上のことを抜きに、政府言論を表現の自由の問題として位置づけること自体、疑問である。表現の自由はもともと個人の自由であって、国家の自由ではない。政府言論を表現の自由の問題とするのはそもそも無理がある。問題設定が間違っていないか。

桧垣は、後段の平等保護条項の記述で、政府言論には一定の制限があることを提示する。結論には賛成だが、私としては、もともと「言論」と位置付け、表現の自由として議論することに疑問がある。

もっとも、ナンバープレートのような私人がからむ事例は、単純には解決できない点も残されているようだ。今後の検討課題である。


Saturday, February 02, 2019

ヘイト・クライム禁止法(149)ヨルダン


ヨルダン政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/JOR/18-20. 18 July 2016

人種、皮膚の色、世系、民族的人種的出身を理由とする、人々又は集団に対する暴力及び煽動はすべて犯罪である。刑法第一五〇条は「異なる信仰集団その他の国民構成員の間に信仰又は人種的対立を掻き立て、又は紛争を作り出す意図又は効果をもって、書いたり、話したり、行動すると、六月以上三年以下の刑事施設収容及び五〇ヨルダン・ディナール以下の罰金が科される」とする。刑法第一三〇条は「戦時又は戦争が予期される時期に、国民感情を弱体化させ、又は人種又は信仰の対立を掻き立てるために宣伝を行った者は一定期間の重労働を科せられる」とする。

人種主義活動を支援することについては、刑法八〇条は、煽動者の定義、煽動者の責任、幇助等の従犯などを定める。

人種差別を助長及び煽動する組織及び宣伝活動は犯罪として禁止される。刑法第一五一条は、同条に掲げられた目的で設立された集団に属する者には六月以上三年以下の刑事施設収容及び五〇ヨルダン・ディナール以下の罰金が科されるとする。犯行者が当該集団の公的地位にあれば、一年以下の刑事施設収容及び一〇ヨルダン・ディナール以下の罰金である。いずれの場合も、当該集団は解散される。広告及びメディア活動を規制する二〇〇九年の法律第七六号六条によると、「以下の行為は本規定の侵害に当たる。国民感情、宗教感情、公共道徳を攻撃する公然化又は文書による広告、又は公共の秩序の維持に対する加害。人種的優越性又は人種憎悪の思想の宣伝、並びに人々又は集団に対する人種差別の煽動は、処罰される犯罪である。」

二〇〇二年の法律第七一号のオーディオビジュアル・メディア法第二〇条は、認可要件として、人間の尊厳、個人のプライバシー、他人の自由と権利の尊重に加えて、公共の品位、憎悪の煽動、テロリズム、暴力を流布しないことを掲げる。

二〇〇七年の法律第二七号の印刷出版法第七条は、ジャーナリストの職業倫理を定める。思想、意見、表現、情報の自由が掲げられるが、同時に、市民の間に憎悪を掻き立て、紛争を助長しそうな文書の出版を禁止する。

人種差別撤廃委員会のヨルダンへの勧告(CERD/C/JOR/CO/18-20.26 December 2017

刑法の規定が条約第四条に合致していない。ヘイト・スピーチを禁止するための履行に関する包括的な情報がない。一般的勧告第七号、第八号、第一五号及び第三五号を想起し、刑法が条約第四条に完全に合致するようにすること。ヘイト・スピーチに関する国内法の履行に関して裁判判決を含む詳細な情報を提供すること。