Monday, October 26, 2020

ヘイト・クライム禁止法(186)コロンビア

コロンビアがCERDに提出した報告書(CERD/C/COL/17-19. 14 November 2018

二〇一一年の法律一四八二号の目的きは、人種、民族、宗教、国籍、政治イデオロギー、哲学イデオロギー、性別、性的志向又は障害に基づいて差別した者を刑事処罰することである。障害については二〇一五年改正で挿入された。人種主義と差別の定義は、人種、国籍、性別又は性的志向に基づいて人の権利の完全な行使を予防、妨害、制限することである。人に心身の害悪を引き起こすことを目的とするハラスメントや差別行為について刑罰を科す。公然と、マスメディアにおいて、公務員によるハラスメントや差別には刑罰が加重される。

 検察庁が扱った事案は三六八件であり、人種主義や差別が二に七件、ハラスメントが一四一件である。そのうち五件が裁判に付され、一件が有罪判決となっている。

 二〇一四年の憲法裁判所判決は、障害者が法改正以前に差別の被害者となる危険があったと認定した。

 二〇一五年の憲法裁判所判決は、民族的アイデンティティゆえに懲戒権を行使できなかった事案で、平等権の保護を言い渡した。

 二〇一七年の憲法裁判所判決は、表現の自由権と法律一四八二号によるヘイト・スピーチの禁止について検討した。

 二〇一二年の決定によって、内務大臣の諮問機関として差別・人種主義監督官が置かれている。人種差別と人種主義について啓発する教育計画を策定し、地方自治体に包括的施策を助言し、事件処理方法を確立し、人種差別を防止する公共政策を勧告する。被害者支援サービスも行う。二〇一四~一八年、一〇四件の人種差別申立てを受理した。男性が四九件、女性が三四件、子どもが一一件、集団が八件である。そのうち四二件は検察庁に送付された。

CERDがコロンビアに出した勧告(CERD/C/COL/CO/17-19. 22 January 2020

一般的勧告第一五号及び第三五号に照らして、ヘイト・スピーチ、人種差別の煽動、人種主義表現を予防するため実効的な措置を講じること。排外主義、ヘイト・スピーチ、人種差別の煽動、人種的動機による暴力を捜査し、責任者を訴追し処罰すること。多様性を尊重し、人種差別を撤廃する啓発活動を実施すること。人種憎悪を正当化し助長する思想の流布を犯罪とし、人種差別を煽動する団体を禁止すること。

Sunday, October 25, 2020

ヘイト・クライム禁止法(185)ポーランド

 ポーランド政府がCERDに提出した報告書(CERD/C/POL/22-24. 22 August 2018

今回の報告書は、スポーツにおけるレイシズム、インターネット上のヘイト・スピーチ、ヘイト助長団体の3つを報告している。

スポーツにおけるレイシズムでは、二〇一二~一七年、大半のスポーツ領域では事件が起きていないが、サッカーの試合で起きている。ポーランド・サッカー協会の報告によると、協会は規律規則を作成し、攻撃的横断幕の展示を禁止している。違反事件には最低五〇〇〇PLN(約一一八〇ユーロ)の罰金としている。六年間に四四件の事案が報告された。

検察庁が担当した事案はごく少なく、減少している。しかし、協会はレイシズム事件予防に取り組んでいる。五二のクラブチームのためにレイシズム予防の訓練のできる講師を要請している。攻撃的スローガンの旗や横断幕の監視をしている。サポーターに反差別メッセージ付きのTシャツを提供している。ソーシャルメディアやウエブサイトでも反差別をアピールしている。

検事総長はインターネット上のヘイト・スピーチと闘うための活動を続けている。二〇一二年一〇月二九日、検事総長は私訴事件への検察官関与のためのガイドラインを出した。差別のための誹謗中傷犯罪であって、検察官専権ではなく私訴による刑事事件への検察官関与に言及している。これらの犯罪への検察官関与が正当化されるのは、電話やインターネットによる犯罪の場合、被害者が実行犯の特定が困難だからである。

 二〇一四年一〇月二七日、検事総長はインターネットによるヘイト・クライムについてのガイドラインを出した。これには証拠確保、記録、他の政府機関やNGOとの協力、非刑罰的措置も含まれる。

 二〇一六年一二月一日、警察庁サイバー犯罪と闘う部局が設置された。通常業務として、ソーシャルメディア、ウエブフォーラム、ウエブサイトの関連内容の監視を行う。刑法違反のヘイト・スピーチ犯罪を発見した場合、インターネット・ユーザーの個人情報特定を行う。個人情報は警察の担当部局に送付される。認知局には二四時間運用サービス課が設置されている。

 二〇一七年八月三一日、警察庁サイバー犯罪と闘う部局に、サーバースペースにおけるヘイト・クライムと闘う調整官が置かれた。同年九月二八日、首都警察のサイバー犯罪と闘うユニットも置かれた。

刑法第一一九条や一九〇条など人種憎悪助長犯罪の書き込みのあるウエブサイトを特定した場合、ドメイン所有者の特定がなされる。当該情報は訴追判断や更なる手続きのための決定判断に利用される。訴追に当たっての困難の一つは当該サーバーや書き込みが外国領で行われていることである。当該国家との協力が要請される。

条約第四条(c)に関する人種差別を助長・煽動する政党・組織について、憲法第一三条では、全体主義やナチス、ファシズム、共産主義モデルに基づく政党や組織、人種又は国民憎悪を行う政党や組織は禁止される。政党法は、政党活動に関する合憲性の評価の権限をワルシャワ地裁に与えている。結社法によると、裁判所や検察庁に、一定の重大な法律違反を行う結社の解散権限がある。

 二〇一六年、ヘイト・クライムの訴追が増えている。二〇一二~一五年には一五・四%~一八・六%だったが、一六年には二〇%である。犯罪の訴追実務がより実効的になっている。

 二〇〇九年以来、ヘイト・クライム訴追関係者への研修が行われている。裁判官や検察官の研修は、国立司法・検察研修所が担当している。二〇一二年六月一三日、検察庁は「ヘイト・クライム被害者」という会議を開催し、「犯罪被害者のための検察官」を出版した。

 二〇一四年六月、政府平等処遇庁は「ヘイト・スピーチに反対――グローバルに考え、ローカルに行動する」会議を組織し、平等処遇スタンダード・プロジェクトを進めている。

CERDがポーランドに出した勧告(CERD/C/POL/CO/22-24 . 24September 2019

一般的勧告第一五号と第三五号を想起し、刑法におけるヘイト・スピーチの定義を条約第四条に合致させ、条約第一条及び欧州評議会大臣委員会勧告に従うこと。インターネット上のヘイト・スピーチや暴力煽動としっかり闘うため必要な措置を講じ、政治家など公人による人種主義ヘイト・スピーチを非難すること。国民的マイノリティ、移住者、難民、難民認定申請者に対するヘイト・スピーチ、ヘイト・クライムと闘う公衆キャンペーンを強化すること。ジャーナリストや放送関係者に、ヘイト・スピーチやステレオタイプを避ける責任があるという強いメッセージを送ること。刑法第五三条二項を改正して、人種主義的動機を刑罰加重事由とすること。

 国民運動、国民ラディカル・キャンプ、全ポーランド青年運動、ファランガ、国民社会会議、自律的国民主義者、血と名誉などの団体のような、人種差別を助長・煽動する政党や組織を違法と宣言する法を執行すること。刑法を改正して、これらの団体への参加を犯罪とすること。

 ヘイト・スピーチとヘイト・クライムについて、被害者が国家の司法制度に有している不信を解消すること。事件の報告を確保し、法律扶助、法的救済についての公衆の意識を啓発し、事件を記録、捜査、訴追し、適切な刑罰を科すこと。憎悪動機犯罪について年次評価を実施すること。マイノリティに属する者を警察、司法、検察に採用し、適切な研修を行うこと。ヘイト・スピーチとヘイト・クライムの捜査、訴追、判決についての情報を提供すること。

Saturday, October 24, 2020

東京富士美術館散歩

 

秋晴れの一日、八王子郊外の東京富士美術館に行ってきた。

https://www.fujibi.or.jp/

JR八王子駅からバスで10分ほど、創価大学正門前だ。展示は2つ。

1つは、「This is Japan in Tokyo永遠の日本美術」で、若冲、蕭白、北斎、広重。

若冲の<象図>は笑えて楽しかった。

8代将軍徳川吉宗の時に象が日本にもたらされ、長崎から江戸まで歩いて移動したという。若冲は京都で実際に見たようだ。

普通なら横から描くところ、象を画面いっぱいに真正面から描いている。真ん中に象の顔があり、長い鼻が下にのびる。意表を突く大胆な構図で、象の背景となる部分を全て墨で塗りつぶしている。水墨抽象画だ。

もう1つは、ダ・ヴィンチ没後500年「夢の実現」展だ。

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/01/500.html

今年初めに代官山ヒルサイドフォーラムで開催された展示の巡回が始まった。代官山では施設の都合でよく見ることのできなかった目玉展示の<最後の晩餐>復元映像が、完璧だった。<最後の晩餐>空間体験ゾーンもユニークだ。

展示のガイドブックも出版された。

東京造形大学ダ・ヴィンチ・プロジェクト編『よみがえるレオナルド・ダ・ヴィンチ』(東京美術)

https://www.tokyo-bijutsu.co.jp/np/isbn/9784808711962/

<未完や欠損状態の絵画、巨大建築の設計図、機械や彫刻のデッサンなど、万能人ダ・ヴィンチが生前やり残したさまざまな「夢」を、500年後の今、現代のテクノロジーを用い完全な形で再現を試みた画期的プロジェクト。さらに、ダ・ヴィンチにまつわる長年の謎や議論について、そのあらましと興味深い最新知見を紹介。他分野の識者による考察も多くの示唆に富み、コンパクトながら類のないダ・ヴィンチ入門書。>

常設展「西洋絵画 ルネサンスから20世紀まで」では、ウオーホルの「ブラスナー氏の肖像」もおもしろい。

Saturday, October 17, 2020

国際人権から見たヘイト・スピーチ

申惠丰『国際人権入門――現場から考える』(岩波新書)

<第二次大戦後、人権に関するさまざまな国際ルールがめざましい発展を遂げ、日本もそれを守ることとされている。日本社会で現実に起きているさまざまな人権問題も、これらの国際人権基準に照らして考えることで、新たな光を当てられ、解決の方法を見出すことができる場合が少なくない。日本の現場から国際人権法の「活かし方」を考える。>

はしがき

序 章 国際人権基準とそのシステム

第1章 「不法滞在の外国人」には人権はないのか――入管収容施設の外国人

第2章 人種差別・ヘイトスピーチ――差別を「禁止」する法の役割

第3章 女性差別の撤廃と性暴力

第4章 学ぶ権利実現のため措置を取る国の義務――社会権規約の観点から

著書はこれまで、『人権条約上の国家の義務』、『人権条約の現代的展開』という本格的研究、『国際人権法――国際基準のダイナミズムと国内法との協調』という教科書、『友だちを助けるための国際人権法入門』という入門書を送り出してきた。本書は2冊目の入門書である。

序章では、国際的な人権保障の出発点は国連憲章とし、世界人権宣言、国際人権規約、その他の人権条約や、「国連憲章に基づく手続」と「人権条約に基づく手続」などを解説している。

第1章から第4章では、入管、ヘイトスピーチ、女性差別、学ぶ権利の4つを取り上げて、国際人権の観点から日本の現状を考究している。

「第2章 人種差別・ヘイトスピーチ――差別を「禁止」する法の役割」では、「社会生活における人種差別を禁止する法律がない日本」として、憲法には差別の禁止規定があるが、差別禁止法のない日本の現状を確認している。日本は、人種差別撤廃条約を批准したにもかかわらず、既存の法律で対応でき法律の整備は不要として、立法措置をとらなかった。このため、民法の「不法行為」の規定をあてはめて解釈する迂遠な方法が採用されている。

「法律に明文規定がないということは、どのような行為をしたら違法な人種差別になるのかが社会で共有されないということ」である。

条約は、人種差別を扇動するヘイトスピーチ根絶のための国の義務を明示しているが、日本は条約加入の際に留保を表明した。これがヘイト・スピーチの放置につながった。しかし、「留保」は条約第四条(a(b)の留保であり、第四条柱書や(c)にはかかっていないが、実際には柱書や(c)を遵守する姿勢が見られないことを指摘する。

諸外国の立法の例を見ると、スイス、カナダ、フランスなど立法による対策が一般的である。日本では法律による禁止がなされず、不法行為訴訟の形式をとらざるを得ない。「不法行為という民法の一般規定の解釈にとどまることはやはり根本的な限界だ」という。

二〇一六年のヘイト・スピーチ解消法は、条約の定義を踏まえず、ヘイト・スピーチを禁止していない。罰則がない。つまり、「人種差別撤廃条約で求められている対策を履行したものとはいいがたいものだ」。

ネット上のヘイト・スピーチに対する取り組みを見ても、EUをはじめ国際的には進展がみられ、二〇一九年にはニュージーランドのテロ事件を契機に「クライストチャーチ・コール」が採択され、日本も署名した。

 著者は、「日本も、人種差別撤廃条約に合致した形で、公的生活における人種差別禁止に関する法律を制定するとともに、ネット上のものを含むヘイトスピーチについても法律で明確に禁止規定を置き、それに基づいて、EUで行われているように、IT企業の取り組みを求める仕組みを整えていくべきだ」という。

 もっともであり、全面的に賛成である。

Tuesday, September 22, 2020

ヘイト・クライム禁止法(184)モンゴル

モンゴルがCERDに提出した報告書(CERD/C/MNG/23-24. 12 November 2018

2015年の刑法は2017年7月1日に発効した。司法大臣命令A/58に従って、CERD勧告に従って刑法改正を行う作業部会を設置した。2017年5月11日に刑法改正法が制定された。改正刑法は次の内容である。第14章「個人的政治的権利・自由に対する犯罪」に、14.1条「差別」、14.2条「情報を求め受け取る権利のご妨害」、14.3条「表現と報道の自由の権利侵害」、14.4条「良心と宗教の自由の権利妨害」。

14.1条は、その国籍、民族、言語、人種、年齢、ジェンダー、社会的背景・地位、富、職業、職位、宗教、意見、教育、性的志向、健康状態に基づいて諸個人の権利と自由に対して差別し、制限すると、450以上5400以下の単位の罰金、又は240以上720時間以下の社会奉仕、又は1月以上1年以下の旅行禁止で処罰される。

刑法19.9条の「国民統合の妨害」は犯罪である。人々の間に国民、民族、言語、人種又は宗教的敵意及び憎悪を掻き立てるプロパガンダ、及び分離主義、差別、虐待、権利の制限、又は特権の設定を助長し、唱道する活動を組織することは、5年以上12年以下の刑事施設収容である。

人種主義ヘイト・スピーチと闘うため、人種主義表現の犯罪化はもっとも重大な事件に限られ、重大でない事案には刑法以外の手段で対処する。

司法大臣命令A/243に従って2017年9月25日に設置された作業部会は、改正刑法、刑事訴訟法、訴追法、判決執行法等の実効的な実施を確保する任務を有している。

前回審査の結果としてCERDはモンゴルに裁判情報の報告を勧告したが、人種的動機に基づく犯罪事案は報告されていない。国民統合の妨害犯罪も報告事案はない。民族集団間の紛争が若干あるが、民族紛争の至る重要問題は生じていない。ナショナリズムを主張する民間団体が18団体、警察に登録されている。そのうち8団体、ダヤール・モンゴル、ツガーン・カス、タイラン・ツヴル・チョノ、カス・モンゴル、ノグーン・カス、クーク・モンゴル、ボソー・クーク・モンゴル、モンゴル世界緑連名が活動しており、200名余りの支持者がいる。

民間団体がNGO法第6条に従って登録している場合、裁判所は、目的に合致しない活動をしたり、法律違反を繰り返したときに、NGOを解散できる。

刑法第9条は法人の責任を定める。裁判所は一定の場合、権利停止、解散、財産没収を科すことができる。

当局は、話題となっているダヤール・モンゴルを解散させていない。

2017年10月12日の司法大臣命令A/257に従て設置された作業部会は、NGO法改正を任務としている。NGOの登録と監視を見直している。

CERDがモンゴルに出した勧告(CERD/C/MNG/CO/23-24 .17September 2019

条約第4条に従って人種主義ヘイト・スピーチを禁止する規定を現行法に含めるよう改正すること。国民統合を妨害する事に関する刑法規定を、民族的マイノリティや条約によって保護された集団がマイノリティに認められた権利を主張することを妨げるような解釈や適用をしないようにすること。人種差別を助長又は煽動する団体を禁止し、解散させる規定に関してNGO法改正規定を条約第4条に合致させること。人種憎悪や人種的優越性を助長する団体を違法都市、禁止する法律を効果的に適用すること。

Sunday, September 20, 2020

ヘイト・クライム禁止法(183)メキシコ

メキシコがCERDに提出した報告書(CERD/C/MEX/18-21. 25 August 2017

政府の差別防止委員会は、50以上の国際条約で設定された義務を果たし、差別の防止と予防のためのモデル法に基づいて、地方の反差別法を発展させている。

2014年、EUの「ノー・ヘイト・スピーチ運動」に学ぶことを決定し、インターネット上その他のヘイト・スピーチと闘う社会行動を促進するキャンペーンを開始した。13~18歳の若者向けのキャンペーンだが、2015年に24歳まで引き上げた。どの年齢であれ、若者に平等のための闘いに参加し、情報、意見、画像、映像を動的に交換してヘイト・スピーチと闘うものである。フェイスブックでは「私の服装は粗悪ではない。文化の豊かさを反映しているのだ」という投稿が26912人の若者、ツイッターでは106万の若者のアクセスがあった。

司法分野では、刑事手続きで、被告人の人種・民族的出身を刑罰加重事由とする法規定はない。被害者が人種・民族ゆえに被害を受けやすい集団に属している場合、裁判官は刑事訴訟法第410条を適用して、犯罪が人種的に動機づけられていれば刑罰加重事由とすることができる。

2012~16年、人種主義・人種差別事案が8件訴追された。うち2件は憲法の関連規定の下で公判が開かれ、判決が出された。他の6件は、訴えが棄却された。

司法手続きの費用や複雑さを解消するため、差別被害者には公設弁護人事務所により法的助言が与えられる。

先住民族に関する権利保護のために、技術的法的援助を地方議会に提供し、25州が先住民族の権利を承認し、24州が先住民族に関する法律を制定している。

CERDがメキシコに出した勧告(CERD/C/MEX/CO/18-21.19September 2019

条約第4条が列挙する行為を犯罪とする法律がなく、人種動機を刑罰加重事由としていない。2019年1月30日の最高裁決定が命じているように、人種差別行為及び条約第4条が列挙する行為を犯罪とすること。人種動機を刑罰加重事由とすること。

縦横無尽に交わす琉球独立論

前川喜平・松島泰勝編著

『談論風発 琉球独立を考える――歴史・教育・法・アイデンティティ』

(明石書店)

https://www.akashi.co.jp/book/b528725.html

<日本政府は、琉球に米軍基地を押しつけ、民意を無視して辺野古新基地建設を強行している。それは植民地政策ではないのか。かつて「居酒屋独立論」と呼ばれたこともある琉球独立論を、改めて歴史・教育・法・アイデンティティの視点からとらえ直す4つの対談・鼎談。>

Ⅰ 琉球独立論にいたる道――沖縄・日本・教育[前川喜平×松島泰勝]

Ⅱ 歴史・法・植民地責任――ニューカレドニアから琉球を見る[佐藤幸男×前川喜平×松島泰勝]

Ⅲ 近代の学問が生んだ差別――アイヌ・琉球の遺骨問題と国際法[上村英明×前川喜平×松島泰勝]

独立琉球共和国の憲法問題――国籍・公用語をめぐって[遠藤正敬×前川喜平×松島泰勝]

松島はこの10年、琉球独立論を主導してきた。次から次と琉球独立論の著作を出版し、「居酒屋独立論」から、学問としての独立論、そして政治・市民レベルの運動としての独立論を定着させてきた。

松島の行くところ、随所で激論が飛び交い、歴史が蠢動し、記憶が撹拌され、新しい光景が見えてくる。

松島ワールドは、遠い歴史の彼方にも、この地球の裏側にも及び、多くの研究者、市民、ジャーナリストを巻き込み、次時の時代を描き出すプロジェクトを立ち上げる。

琉球独立論は、政治、社会、経済、文化――あらゆる分野で展開されなければならない。松島はあらゆる観点で琉球独立論を論じつくしてきたが、本書では教育、学問、国籍、憲法と言った数々の論点を取り出して、立体的に構築していく。

松島が、元・文部科学事務次官の前川喜平、富山大学名誉教授で平和研究の佐藤幸男、恵泉女学園大学教授で先住民族の権利研究の上村英明、早稲田大学台湾研究所研究員で戸籍と国籍の専門家の遠藤正敬と、縦横無尽に交わす琉球独立論は、琉球のみならず、日本の独立の必要性、不可避性をも明るみに出す。

琉球独立論が装備する論理は、決して単純ではない。特にナショナリズムへの回収の危険性を予め想定して、国民国家の罠にはまることなく、いかにして抵抗の論理を編み出し、未来をデザインしていくのか。松島の闘いは続く。

 

 

Thursday, September 17, 2020

満天の星々をギュッと結晶に

 

清末愛砂『ペンとミシンとヴァイオリン』(寿郎社)

https://books.rakuten.co.jp/rb/16430688/

https://7net.omni7.jp/detail/1107123854

アフガニスタンの夜空を見たのはほんの数回だ。

カーブルで、ジャララバードで、マザリシャリフで、仰ぎ見た青黒いカーペットには数えきれない星屑が散乱していた。東京で見る星空とは異質のきらめきだ。

あの夜空をいつも見ている人々は、どんな暮らしの中で、どんな思いで、どんな夢を描きながら、カーペットの彼方に目を向けているのだろうか。

RAWA(アフガニスタン女性革命協会)との連帯活動はすでに10数年の歴史を数えた。ほんのささやかな、小さき者たちの活動の中で、なぜ私たちはRAWAに学び、RAWAと連帯するのか。RAWAとは私たちにとって何なのか。このことを問い直し続けてきたと言って良いだろう。

戦乱の続くアフガニスタンで女性の権利を掲げることは、それ自体が「革命」である。

イスラム原理主義が支配するアフガニスタンで女性の権利を求めて立ち上がることは、命の危険を招く。それでも立ち上がる女性たちがいる。

RAWA創設者のミーナーは、女性の権利を唱えたために、暗殺されてしまったが、ミーナーの娘たちが歴史を紡いできた。

戦争、内戦、爆弾テロ、誘拐の吹き荒れるアフガニスタンで、女性が一人の人間として生きることは何を意味するのか。

遥かなアフガニスタンに思いを馳せながら、日本を生きる私たちがRAWAに学ぶとは何を意味するのか。

清末愛砂『ペンとミシンとヴァイオリン――アフガン難民の抵抗と民主化への道』(寿郎社)

清末愛砂という一人の憲法学者がアフガニスタンに通い続けているのは、夢を夢見る能力に促迫されての必然である。

ペンとは識字教育を意味する。イスラム原理主義者による妨害のため、少女たちは学校に通うことさえ困難である。難民状態ならなおのことだ。RAWAは、女性には権利があることを知るためにも教育が不可欠と考え、識字教室、孤児院、学校を作ってきた。

ミシンとは職業訓練を意味する。教育を受けられず、手に職のない女性たちが生きていくために、ミシンや絨毯づくりが一つの道を開く。RAWAは女性たちにミシンの使い方を学んでもらい、衣類を売ることで家計の足しにする努力を続けてきた。

ヴァイオリンとは芸術教育、情操教育である。文化の力で、女性たちが生きる意味を考え、世の中に目を向け、社会の在り方を変えていくために、歌とダンスとヴァイオリンを導入してきた。

RAWAと連帯する会共同代表の清末愛砂は、昨年、『平和とジェンダー正義を求めて――アフガニスタンに希望の灯を』(共著、耕文社)を、今年、『<世界>がここを忘れても――アフガン女性・ファルザーナの物語』(寿郎社)を世に送り出した。これらに続く本書『ペンとミシンとヴァイオリン』は、清末自身がアフガニスタン訪問の際に撮影した多数の写真を収録している。

意を決してのカーブルへの道、粉塵にまみれたカーブルの雑踏、RAWAの教室の子どもたち、ミシンを操作する女性たち、弦楽器シタールやヴァイオリンを演奏する子どもたち、悲哀と絶望と勇気と困惑を抱えながらのカーブルからの道――清末の視線は、そっと優しく、すべてを慈しむように。

ハイバル峠とヒンドゥークシと沙漠の乾いた大地を生きる女たち、子どもたち、男たちの希望が打ち砕かれるたびに微かに悲鳴を上げるラピスラズリ。そのひそやかな輝きのように、満天の星々を集めてギュッと握りしめた結晶にして、清末は差し出す。

夢を夢見ることは、その先で、現実を変えることである。

Monday, September 14, 2020

星野智幸を読む(9)心中時代を生き延びること

星野智幸『ロンリー・ハーツ・キラー』(中央公論新社、2004年)

オカミが君臨し、時代を区画する島国の物語。オカミ亡き後、新しいオカミを迎えた社会を、人は如何に生きるのか。果たして、人は生きているのか、生かされているのか。死んでいないだけか、死ぬこともできないのか。自分を生きることは何を意味するのか。

自分とは何か。自分を生きることなど、できるのか。考え始め、悩み始めると、誰もが答えのない中空にさまようことになる。実は誰かの真似をしているだけではないのか、と。お互いにお互いをまねし、向き合うことで合わせ鏡を生きているのではないか。増殖する不安が、諦念を生み、殺意を生み、「本物の、死者たちの世界」への渇仰に見舞われる。

オカミの交代を機に、本物の、死者たちの世界を目指す者たちが現れる。合わせ鏡の仲間を道連れに。無理心中が連鎖する心中時代の始まりだ。他者を道連れにする心中の流行は、ネット空間を支配し、社会に不安と危険を蔓延させる。殺してしまうかもしれない自分と、殺されるかもしれない自分。心中に引き込む恐怖と、心中に引き込まれる恐怖。

心中時代をいかに生き延びるか。いかに終わらせるか。この社会は生きるに値する社会になり得るか。

今年は「星野智幸を読む」ことをテーマにしてきたが、新型コロナ禍のため仕事の状況も大きく変化し、思うように動けないこともあり、かなりスローペースになった。

『ロンリー・ハーツ・キラー』はネット空間と現実空間の交差の中で不安と恐怖に締め付けられた人々の意識と行動がどこへいくのかを描いている。新型コロナとは違うが、通じるところがあるかもしれない。

星野智幸を読む(1)現実と妄想がスパークする

星野智幸『最後の吐息』(河出書房新社、1998年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/01/blog-post_22.html

星野智幸を読む(8)人生の折り返しで再スタートするために

星野智幸『虹とクロエの物語』(河出書房新社、2006年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/06/blog-post.html

 

Monday, September 07, 2020

ヘイト・クライム禁止法(182)アイスランド

アイスランドがCERDに提出した報告書(CERD/C/ISL/21-23. 29 August 2019

CERDは前回、在留外国人が増加している中、オンライン「アイスランドにおけるポーランド人に反対する協会」に登録する若者が増えていることを指摘した。

ウエブサイト上のヘイト・スピーチが増加傾向にある。なかでも排外主義、性差別主義、女性嫌悪、特にフェミニストに対する嫌悪、ムスリムに対する偏見が見られる。アイスランドは欧州評議会の「ノー・ヘイト運動」に参加し、オンラインにおける若者の人権キャンペーンを行っている。

刑法第233条(a)は、国籍、皮膚の色、人種、宗教、性的志向、ジェンダー・アイデンティティに基づいて、公然と嘲笑、中傷、侮辱、脅迫又はその他の方法で、人又は人の集団を攻撃した者は、罰金又は2年以下の刑事施設収容とする。2017年12月、最高裁は、刑法第233条(a)に従って、学校におけるLGBT教育を論じる際に公然と品位を貶める言葉を用いた2人の男性をヘイト・スピーチで有罪とした。

教育省は「アイスランド安全なインターネット協会」と若者と協力するプロジェクトの契約を締結した。プロジェクトの目標は、意識啓発を行い、オンライン・ヘイト・スピーチを許容することを減らし、若者が人権のために行動できるようにすることである。ヘイト・スピーチとは何か、国際法文書はどうなっているかを確認するための資料を出版している。2008年の義務教育法第24条は、平等機械のための共通教育課程を指示している。2011年、予備教育、義務教育、高等教育のための教育課程ガイドにおいて、教育目標として、リテラシー、持続可能性、健康、民主主義、人権、平等、創造性を掲げている。

アイスランドにはマイノリティの権利のために活動するNGOがある。クイア団体、多文化民族ネットワークの女性団体、女性の権利運動の団体が多数ある。ヘイト・スピーチと闘うために社会参加をしている。アイスランドではヘイト文化は深く根付いているわけではなく、過激主義団体の活動は見られない。

2011年のメディア法第27条は、メディアによる犯罪を禁止している。人種、性別、性的志向、宗教信念、国籍、文化、意見、社会状況を理由とする憎悪の直接煽動を禁止している。ヘイト・スピーチの禁止は、独立の規制機関であるメディア委員会が監視する。メディアが違反した場合、メディア委員会の検討を経て警察が捜査を行い、罰金または6月以下の刑事施設収容に服すことになる。

CERDがアイスランドに出した勧告(CERD/C/ISL/CO/21-23. 18September 2019

刑法に人種主義動機による犯罪について刑罰加重事由とすること。一般的勧告第35号を想起して、政治家や公的人物によるヘイト・スピーチを非難すること。特にメディア、インターネット、ソーシャル・ネットワークを監視して、ヘイト・スピーチを行う人物や団体を特定し、捜査し、訴追すること。刑罰を科すのは、重大で、反復した場合とする規定を廃止して、すべてのヘイト・スピーチ事件を効果的に訴追し、処罰すること。ヘイト・スピーチと闘うためにマイノリティ、移民、難民、地方住民の間の理解と寛容を促進すること。

すべての人種主義ヘイト・クライムが報告され、捜査、訴追、適切な場合には処罰されるようにし、被害者に補償を提供すること。人種主義的ヘイト・クライムを記録し、統計を報告し、捜査と処罰の帰結を報告すること。ヘイト・クライムに関する教育を通じて意識啓発を行い、被害者に救済を提供できるようにすること。

Sunday, September 06, 2020

ヘイト・クライム禁止法(181)エルサルバドル

エルサルバドルがCERDに提出した報告書(CERD/C/SLV/18-19. 14 September 2018

刑法第292条と第246条は人種又は出身に基づく差別事件に刑罰を設定している。2015年、立法議会は刑法に2つの修正を加えた。刑法第129条は、人種、民族、宗教又は政治的憎悪に動機を持つ殺人、又はジェンダー、ジェンダー・アイデンティティ・表現、又は性的志向に基づいて行われた殺人は加重殺人であり、30年以上60年以下の刑事施設収容とする。刑法第155条は、人種、民族、宗教又は政治的憎悪に動機を持つ加重脅迫に、ジェンダー、ジェンダー・アイデンティティ・表現、又は性的志向を加えた。

憲法第3条は、平等と非差別の権利を掲げ、いかなる形態の差別も禁止する。人種差別を助長・煽動する組織やプロパガンダ活動は認められない。それらは刑法第292条の対象である。憲法第63条の改正により平等と非差別の権利を一層尊重している。2016年8月、立法議会は文化法を制定した。文化法第30条は、先住民族にその自由、平等、尊厳、差別を受けない権利を保障し、文化法第11条は、先住民族の権利、第12条は文化の平等を定める。

CERDがエルサルバドルに出した勧告(CERD/C/SLV/CO/18-19.13 September 2019

憲法第3条と文化法第30条があるが、条約第1条の人種差別の定義に合致していないので、改正すること。一般的勧告第15号と第35号を考慮して、人種差別と闘う特別法が有益である。人種主義ステレオタイプ、人種主義ヘイト・スピーチ、人種差別と闘うため、人種差別に関する意識啓発と、文化間対話を促進すること。文化法第30条及び刑法第292条の規定を、条約第4条の規定に合致させること。

Saturday, September 05, 2020

ヘイト・クライム禁止法(180)チェコ

チェコがCERDに提出した報告書(CERD/C/CZE/12-13. 31 August 2018

前回報告書で詳しく報告したように、レイシスト・プロパガンダは刑法で処罰可能である。2014年の法改正で、人道に対する罪及び戦争犯罪を否定、疑問視、称賛及び正当化する犯罪の訴追する規定に、ジェノサイドを否定、疑問視、称賛及び正当化する犯罪の訴追が加わった。

すべての検察官は、人種的、国民的その他の憎悪に基づく犯罪を訴追する権限を有する。過激主義犯罪に関する国内および国際協力は、専門家チームが担っている。過激主義に関する年次報告書によって過激主義との闘いの基本姿勢が示されている。戦略目標は次の5つである。ヘイト・クライムとその予防、反過激主義研修、社会的紛争と憎悪の予防、警察及び司法当局の専門性の改善、犯罪被害者支援。人種的動機による犯罪は「犯罪予防戦略2016-2020」の主要対象である。

2015年に憲法裁判所が、人種憎悪現象についての政治家や公務員の訴追について一つの判断を下した。事案はロマの集団による結婚カップルに対する襲撃である。ある国会議員がフェイスブックで意見表明を行った。人々の集団に対する憎悪又は権利制約の煽動の罪で議員が訴追された。議員は憲法で保護された議員特権を主張した。憲法裁判所は免責の形式を3つの条件を設定することによって制限した。保護される言説は口頭、文書、画像その他の手段の情報または表現の伝達でなければならない。議会又はその機関において行われたものでなければならない。議会会期中に他の議員に対して向けられたものでなければならない。当該議員は第2と第3の条件を満たしていないので、当該議員には免責は認められない。

教育大臣はヘイト・スピーチや言葉による攻撃に公式に抗議した。首相は、サッカー・ファンの集団によるアフリカ出身男性に対する攻撃を非難した。当該サッカーチームも非難に加わった。2017年、人権大臣が人種主義的攻撃を批判する声明を出し、2つの影響力ある政党議長も同じ立場を表明した。

CERDがチェコに出した勧告(CERD/C/CZE/CO/12-13. 19 September 2019

一般的勧告第35号、第7号を想起し、マイノリティ集団に対するヘイト・スピーチ及び排外主義言説をしっかり非難し、政治家や公務員による人種主義ヘイト・スピーチから距離を置き、捜査と訴追をすること。学校における公衆の意識啓発活動を強化し、マイノリティ集団の状況を理解できるようにし、偏見や烙印押しを減らすこと。ヘイト・スピーチを行ったメディアやジャーナリストの責任を問い、ヘイト・スピーチを禁止する法律について研修すること。移住について調査するジャーナリストを保護し、報復される恐怖を持たずに仕事ができるようにすること。

人種的動機による犯罪の被害者が直面する障壁を除去し、救済と無償の法律扶助を提供すること。人種的動機による犯罪が適切に捜査され、責任者が訴追・処罰されるようにすること。マイノリティ集団に属する者を警察や司法当局の職員に採用すること。警察官、検察官、裁判官その他の法執行官に人種的動機による犯罪ついて研修すること。人種的動機による犯罪について、被害者の性別、犯罪別、民族別の統計を報告すること。

 

Friday, August 28, 2020

ヘイト・クライム禁止法(179)ジンバブエ

ジンバブエがCERDに提出した報告書(CERD/C/ZMB/17-19. 4 June 2018

ジンバブエ報告書は「差別されない権利」を掲げる。憲法第11条は、人種、出身地、政治的意見、皮膚の色、種族、性別又は婚姻歴にかかわらず自由と権利を保障されるとする。

非国家行為者による事実上の人種差別について、移民・送還法第5条は、外国人や難民の権利や、排外主義の抑制を定める。

憲法第23条は差別について、人種、種族、性別、出身地、婚姻歴、政治的意見、皮膚の色等による異なる処遇により人の権利を制限したり、特権を与えることと定義する。

刑法第70条は、人種差別の煽動を犯罪とする。

「全体として又は主として、人種、種族、出身地又は皮膚の色ゆえに、人又は人の集団に憎悪、嘲笑、又は軽蔑を表明し、描き出す言葉や出版を行った者は、犯罪に責任があり、人詠歌の有罪責任を負う。」

組織による人種差別への参加、助長又は煽動もこの法律の規制の下にある。

報告書の機関に、人種差別の裁判所への提訴事例はない。前回二〇〇七年報告以来、一人のムスリムに対する人種差別事案が国内人権委員会に申し立てられた。現在調査中である。

同じ時期に、そのほかの事案として、労働社会安全省に申し立てられた事案としては企業における言語使用の差別に関する事件がサザンサン・ホテル事件、ムンダワンガ植物園事件、カンサンシ炭鉱事件など6件あり、企業による差別が認定された。

CERDがジンバブエに出した勧告(CERD/C/ZMB/CO/17-19. 3 June 2019

刑法におけるヘイト・スピーチの定義を条約第4条に完全に合致させ、条約第一条に記載されたすべての差別理由を含めること。人種差別を助長し扇動する組織を明確に禁止し、そうした組織への参加を犯罪とすること。刑法上のすべての犯罪について人種主義動機を刑罰加重事由とすること。すべてのヘイト・クライム/スピーチ事件を捜査、訴追し、実行者を処罰すること。

Monday, August 17, 2020

ヘイト・クライム禁止法(178)リトアニア

 

リトアニアがCERDに提出した報告書(CERD/C/LTU/9-10. 23 May 2018

憲法第29条は、彼又は彼女の性別、人種、国籍、言語、出身、社会的地位、宗教、信仰又は意見に基づいて、権利をいかなる方法でも制限し、特権を付与してはならないとする。2011~19年の非差別促進行動プランを作成した。

ヘイト・スピーチと憎悪煽動は刑法第170条2項、同条3項で犯罪とされている。刑法第170条2項は、年齢、性別、性的志向、障害、人種、国籍、言語、世系、社会的地位、宗教、信仰又は見解に基づき、人の集団又は集団に属する個人に対して、公然と嘲笑、侮辱、憎悪を助長、又は差別を煽動した者の刑事責任を定める。刑法第170条3項は、年齢、性別、性的志向、障害、人種、国籍、言語、世系、社会的地位、宗教、信仰又は見解に基づき、人の集団又は集団に属する個人に対して公然と暴力又は物理的な暴力的取り扱いを煽動した者、若しくはこれらの活動を財政支援その他の支援をした者の刑事責任を定める。刑法第170条の1は、年齢、性別、性的志向、障害、人種、国籍、言語、世系、社会的地位、宗教、信仰又は見解に基づき、当該集団を創設した者、又はそれを扇動し、若しくはその集団又は組織に参加した者、財政その他の支援をした者の刑事責任を定める。

検察庁情報システムには上記刑法規定に関する予審捜査に関する十分な統計データがない。2014年1月1日から2017年9月30日までの間、刑法第170条2項について194件の予審捜査、刑法第170条3項について94件の予審捜査、その両条項について35件の予審捜査が行われた。予審捜査は1件の中に複数の事案が含まれる。

刑法第170条2項、同条3項に基づいて行われた43件の予審捜査の結果、97事案が犯罪の要素がないため終結、2事案が証拠不十分で終結、23事案が被疑者保釈、76事案が継続中である。有罪判決を受けた人員は70名である。

憎悪煽動と闘う長期戦略として、FacebookGoogleYoutubeMicrosoft

Twitter等の企業と協議し、オンライン憎悪煽動と闘う行動綱領を作成し、憎悪煽動を報告し、当該書き込みを削除する効果的で迅速な制度づくりを進めている。

2017年5月23日、司法省はオンライン・メディア、Facebook及びGoogle、市民社会と協力して討論会を開催した。

2014年、ジャーナリスト倫理綱領事務局が、公的情報における憎悪表現と闘うため、NGOによる研修に積極的に参加した。2014年、リトアニア・ジャーナリスト連盟は、「ジャーナリストの倫理とメディア法」という研修を組織した。

刑法第169条は、国籍、人種、性別、出身、宗教、その他の手段への所属に基づく差別を犯罪とする。2009年6月16日の刑法改正により、外国人嫌悪、人種差別を刑罰加重事由とした。

裁判所の統計では、2014年1月1日から2017年第一四半期までの間、の終結事件は、刑法第169条が1件(14年)、1件(15年)、0件(16年)、0件(17年)、刑法170条が37件(14年)、22件(15年)、17件(16年)、5件(17年)、刑法第170条の1が0件(14~17年)である。このうち刑法第170条の5件が判決言渡しとなり、3件が有罪、1件が無罪、1件が刑事和解成立である。全事件のうち25件が国籍に基づく煽動事案である。

憲法は表現の自由、集会・結社の自由を保障している。しかし、国際自由権規約に従って、集会の自由は民主社会における必要に応じて制約しうる。集会法第5条は、公開集会における禁止事項を定める。憲法や法令に違反する行為の教唆や、ナチス・ドイツの旗、エンブレム、制服、その他のシンボルの使用、及びソ連社会主義の旗、エンブレム、制服、その他のシンボルの使用は禁止される。

CERDがリトアニアに出した勧告(CERD/C/LTU/CO/9-10.7 June 2019

ヘイト・スピーチ、憎悪煽動及びヘイト・クライムと闘うキャンペーンを強化し、マイノリティ、移住者に対する偏見と否定的感情に対処し、寛容と相互理解を促進すること。ジャーナリストの研修を強化し、ヘイト・スピーチやステレオタイプを回避するようにすること。ヘイト・クライム/スピーチを報告できるように、法律扶助や法的補償へのアクセスについて公衆の理解を深め、犯行者が適切に訴追、処罰されるよう確保すること。法執行官、検察官、裁判官に、ヘイト・クライム/スピーチの捜査と訴追、及び統計情報収集する能力を教化すること。政治家やインターネット等のヘイト・クライムや憎悪煽動事件の捜査に関する統計を収集すること。差別、ヘイト・クライム/スピーチ事件の動機ごとの統計を取ること。

Sunday, August 16, 2020

国際人権法への誘い

阿部浩己『国際法を物語るIII 人権の時代へ』(朝陽会)

http://www.choyokai.co.jp/publication/index.html

1 国際法における人権

2 国際人権規範の相貌

3 国際人権保障システムを概観する

4 国連人権保障システムの至宝~特別報告者

5 国内裁判を通じた国際法の実現

6 希望の砦~個人通報手続

7 死刑の現在

8 人権 NGO

9 極度の不平等、NIEO、テロリズム

10 徴用工問題の法的深層

シリーズの3冊目である。ⅠⅡは2018年、は本年6月の出版である。

https://maeda-akira.blogspot.com/2019/06/blog-post_6.html

「人権の時代へ」とあるように、『テキストブック国際人権法』『国際法の人権化』『国際人権を生きる』の著者であり、国際人権法学会理事長、日本平和学会会長などを歴任し、アジア国際法学会理事でもある著者による国際人権法の入門編である。

国際法が、国家間の外交・防衛等々の法だけでなく、人権を重要な柱にしてきた過程を示すとともに、国内法が国際法、国際人権法を踏まえて一定の変容を示してきた過程も示す。両方の意味で、国際人権法が発展し、それを通じて、各国の憲法体制における人権尊重も進展していく。その総体を120頁の小著で分かりやすく解説しているのは、さすがである。

私は国際人権法の研究者ではなかった。もともとの専攻は刑法であり、日本刑法の批判的検討、<権力犯罪と人権>をテーマとしていた。ところが、1988年の世界人権宣言40周年を契機に、仲間とともに「在日朝鮮人・人権セミナー」という小さなグループを立ち上げた。1990年代に日本軍性奴隷制問題に遭遇したのも、「人権セミナー」の活動を通じて、日本軍「慰安婦」問題について最初の国会質問を清水澄子さんにお願いに行ったのが最初であった。1991年6月、労働省職業安定局長の回答は「日本軍は関与していない」だったが、そこから火が付いた。1994年8月、朝鮮人差別と「慰安婦」問題を訴えるために国連人権小委員会に行ったのが、国際人権法との具体的な出会いであったと言えよう。正直言って、およそ無知だったが、久保田洋、戸塚悦朗、阿部浩己の論考を読んで勉強した。『テキストブック国際人権法』は当時、座右の書だった。

つまり、私の国際人権活動は著者の本を読んで始まったともいえる。何しろ、私は国際人権法の体系的学習をしたことがない。国際人権法学会に入ったこともない。この四半世紀、第1に、著者や申恵丰(青山学院大学教授)の著書に学んだ。第2に、国連人権委員会(現在は国連人権理事会)、国際自由権規約、拷問禁止委員会、人種差別撤廃委員会に参加して、現場で学んできた。第3に、私に国際人権法を教えてくれたのは、国連人権機関の特別報告者たちや、人権NGOのメンバーだった。日本の国際人権法学者とはほとんど交流もない。日本の多くの国際人権法学者に、国連人権理事会で会ったことがない。人種差別撤廃委員会で会ったことがない。以上は余談。

さて、本書である。

国際人権法の、とりわけこの半世紀の飛躍的な発展を踏まえて、本書は国際人権法の過去と現在を、コンパクト、かつわかりやすく解説する。「人権を基軸に据えて変容を続ける国際法の動態的な姿を描き出します」(はしがき)とあるように、国際法の発展の中に人権法を位置づける。

それゆえ、国際法における法の主体として、国家のみならず、国際機関の活動を概説すると同時に、個人や、NGOといった主体に焦点を当てる。国際人権規範が整備され、そこに創出された国際人権保障システムがどのような成果を上げてきたのか。どのような限界を有しているのか。国際法が国内裁判を通じてどのように実現されてきたのか。多様な主体と、多様な手続きに視線を送りながら、その全体像が見えるように工夫している。

国際人権法の教科書や入門書はいまでは珍しくないが、本書は、コンパクトでありながら、動態的把握を試みている。国際人権法の到達点を示しながら、その限界も指摘する。人権NGOの活躍を高く評価しながら、その硬直化にも用心の必要があることを指摘する。その意味では論争的でさえあると言うのが本書の特徴だ。

Saturday, August 15, 2020

ヘイト・クライム禁止法(177)ハンガリー

 

ハンガリーがCERDに提出した報告書(CERD/C/HUN/18-25. 12 November 2018

2012年に、1978年刑法第4章を改正し、ヘイト・クライム規制を厳格化し、2013年7月1日に発効した。いかなる社会的属性または人的属性に基づいて住民に集団に対して行われたヘイト・クライムの規制である。

刑法216条(コミュニティ構成員に対する暴力)

刑法332条(コミュニティに対する煽動)

刑法333条(ナチス及び共産主義政権が行った犯罪の公然否定)

刑法335条(全体主義のシンボルの使用)

このうち刑法216条と332条は、国民、民族、人種又は宗教集団を列挙するだけではなく、性的志向、ジェンダー・アイデンティティ又は障害のような保護された属性の保護を提供する。しかし、列挙は網羅的ではない。

刑法332条の改正の背景は、表現及び意見の自由に関するハンガリー基本法第4修正である。欧州評議会から、ハンガリー法が2008年欧州評議会枠組み決定を履行していないと指摘があったためである。基本法第9章は次のように改正された。

(4)表現及び意見の自由は、他者の人間の尊厳を侵害することを目的としえない。

(5)表現及び意見の自由の行使は、ハンガリー国民の尊厳、又はいかなる国民、民族、人種又は集団の尊厳を侵害することを目的としえない。これらの集団構成員は、自己の人間の尊厳を侵害する言説を裁判所に提訴する資格を認められる。

刑法216条のコミュニティ構成員に対する暴力については、人に対する現実的身体的攻撃以前の事案にも射程を及ぼす。現実的身体的攻撃については刑法216条2項が暴行脅迫を罰するとしている。

コミュニティ構成員に対する暴力の実行は、銃器・武器の使用、実体的法益侵害、重大な苦痛、集団的行為、犯罪共謀の場合は、刑罰が加重される。

刑法333条(ナチス及び共産主義政権が行った犯罪の公然否定)は新しい実行行為の定義を取り入れたので、ナチス及び共産主義政権が行ったジェノサイド又は人道に対する罪を正当化しようとすることも処罰対象である。この改正理由もハンガリー基本法第4修正、及び2013年の憲法裁判所決定である。憲法裁判所によると、全体主義体制の被害者及び家族の人間の尊厳を保護するので、処罰規定は合憲である。憲法裁判所は、基本法第4修正が表現及び意見の自由の濫用を禁止することに留意した。憲法裁判所は、ナチス及び共産主義政権が行った犯罪を否定することは、表現及び意見の自由の濫用であるとする。

刑法332条(コミュニティに対する煽動)、刑法333条(ナチス及び共産主義政権が行った犯罪の公然否定)、刑法335条(全体主義のシンボルの使用)は、いずれも犯行が公衆の前で行われたことを必要とする。刑法は公衆の前でという要件に付き定義をしていない。考慮すべき事項として、比較的多数の人々の現在すること、犯行時に公衆がいなかったが、公衆が現在する現実的可能性があったことが示されている。人々が現実にその言説を認知したことは要件とされていない。

人種主義行動への支援について、コミュニティ構成員に対する暴力犯罪の準備行為や財政支援は、処罰されうる。教唆・幇助も可罰的である。

「公共の安全に対する不法組織」犯罪が規定されている。刑法351条は結社の権利の濫用について、指導者としての参加、公共の平穏を侵害する方法での参加を可罰的とする。当該組織は裁判所命令により解散できる。

公の当局や公務員による人種差別扇動について、刑法は特別の処罰規定を用意していないが、2012年議会法改正により、議員が、国民、民族、人種又は宗教コミュニティの人々の個人または集団を甚だしく攻撃する言説を規制している。

ハンガリー政府は表現及び意見の自由を促進し、ヘイト・スピーチを根絶する政策枠組みを採用している。ハンガリーの立法者も行政も、反ユダヤ主義、反ロマ、その他の偏見と人種主義の諸形態に反対し、制裁を科す。

人種主義又は偏見同期に基づく犯罪は刑罰加重事由となる。犯行者が当該刑罰規定に明示された人種主義同期を持たない場合であっても、刑法上の刑罰加重事由に該当すれば刑罰が加重される。人種動機や偏見同期は合理的な疑いを超えて証明される必要がある。

最高裁判所は、判決言い渡しに際しておおむね次の姿勢を表明してきた。ナチス及び共産主義政権が行った犯罪の公然否定犯罪について、保護観察付又は罰金。コミュニティ構成員に対する暴力犯罪について、罰金または社会奉仕命令。これらの犯罪型の犯罪と結びついている場合に、刑事施設収容であるが、執行猶予が付くこともある。

CERDがハンガリーに出した勧告(CERD/C/HUN/CO/18-25. 6 June 2019

人種主義ヘイト・クライムと効果的に闘うため、ヘイト・クライム予防の迅速な措置を講じ、被害を受けやすい集団を保護すること。そのための法適用に関する詳細な情報、特に告発、捜査、有罪判決、制裁に関する情報を提供すること。警察官、検察官、弁護士、裁判所にヘイト・クライム対処のための研修を行うこと。ヘイト・クライムを記録、捜査、訴追し、適切な刑罰を科すこと。

一般的勧告35号を想起し、人種主義ヘイト・スピーチ及び暴力の扇動を止めるため迅速な措置を取り、メディアやインターネットにおける政治家などのヘイト・スピーチを非難し、被害を受けやすい集団を保護すること。人種主義ヘイト・スピーチを予防し、関連法規を強化すること。人種主義ヘイト・スピーチを確認、記録、捜査、訴追し、政治家やメディア関係者など責任者に制裁を科し、次回報告書において詳細な情報を提供すること。

条約第4条に従って、人種憎悪を助長し扇動する組織を違法であり禁止されたものと宣言しすること。当該禁止法を完全に履行すること。

Friday, August 14, 2020

ジャーナリズムが崩壊した理由

 望月衣塑子・佐高信『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』(講談社+α新書)

「ジャーナリズムの危機」は何十年と語られてきた。ジャーナリズムはつねに危機を抱え、改善することなく、腐敗と腐朽の途を歩んできた。御用ジャーナリズム論者は別として、誰もがジャーナリズムの危機を唱え、是正策、改善策を提示してきた。しかし、ジャーナリズムの再生が語られたことはない。転落の一途であり、自壊の一途であった。

『新聞記者』の望月と、辛口評論家の佐高は、「ジャーナリズムの危機」ではなく「崩壊したジャーナリズム」を語る。なぜ崩壊したのか。

大石泰彦編著『ジャーナリズムなき国の、ジャーナリズム論』(彩流社)は、ジャーナリズム研究者による精緻なジャーナリズム批判だが、そこでは「日本のジャーナリズムの危機」を語ることは誤りであり、もともとジャーナリズムではないのだから、その変質を語ることもできない、と喝破していた。私は本書を『マスコミ市民』で紹介した。

同様に、望月と佐高は、もともと日本のジャーナリズムには多大の限界があったが、それでもいちおうジャーナリズムではあった。それがなぜ崩壊したのか、と問う。

安倍や菅を批判してきた望月と、歴代政権批判・メディア批判を徹底してきた佐高であるから、矛先は何よりも安倍と菅に向けられ、続いて御用マスコミに向けられる。

「アベノマスク狂想曲」「安倍政権こそ緊急事態」「命の選別、国民蔑視」に始まり、「人間を休業するという残酷さ」「ヘイト国家の先にある闇」、そして「記者が権力の番犬になってしまった」。

次々と紹介されるエピソードは、2人の著者の本を何冊か読んだ読者には既知のことだが、2人のやり取りの中で提示されているので、単なる繰り返しではなく、あらためて、なるほど、と受け止めることができる。「権力の番犬」と化した記者クラブの腐敗ぶりは想像を絶する。

本書はジャーナリズムの死亡宣告だが、実は2人はジャーナリズムを諦めていない。

「文化は権力と対峙して磨かれる」「パージされても新たな出会いがある」「変えようとしなければジャーナリズムじゃない」。

固有名詞では、松坂桃李、岸井成格、前川喜平、佐橋滋、赤木雅子、吉田ルイ子が。そして、望月は最後に「ジャーナリズムの危機と光明と」と語る。ただ、解決策はほとんどない。ジャーナリストの自覚の必要性が唱えられるにとどまる。自覚して闘ってきた望月が言うから説得力があるように見えるが、記者クラブの記者たちが同じように自覚して闘うとは思えない。この点では、何十年と同じ事が指摘されてきたが、改善したためしがない。

ヘイト・スピーチ法研究文献(152)

 

前田朗「ヘイト・スピーチと地方自治体――共犯にならないために」『解放新聞東京版』986号(2020年)

前田朗「人種差別撤廃条約第四条の解釈(一)」『人権と生活』50号(2020年)

前田朗「多民族国家ニッポンの病像(一)~(三)」『部落解放』789・790号(2020年)

前田朗「複合差別との闘いの記録」『部落解放』791号(2020年)

前田朗「マイノリティの教育と言語」『部落解放』792号(2020年)

前田朗「メビウスの輪から抜け出すために」『友和』724号(2020年)

前田朗「時空を歪める政治力学――日本軍「慰安婦」問題の混迷を読む」『日本と朝鮮』922号(2020年)

前田朗「時代と格闘する精神 鵜飼哲という万華鏡」『救援』615号(2020年)

前田朗「『法と記憶』をめぐる国際研究の紹介(1)」『INTERJURIST』202号(2020年)

Wednesday, August 12, 2020

ヘイト・クライム禁止法(176)グアテマラ

 

グアテマラがCERDに提出した報告書(CERD/C/GTM/16-17. 6 February 2018

国家警察アカデミーは職能訓練課程に文化的多様性、人種差別と闘い、ジェンダー視点を導入し、警察職員に先住民族の権利に関する法律適用を促進している。2013~16年に13803人に訓練を行った。移住担当局は職員に人身売買被害者、保護者のいない子ども、LGBT、先住民族に属するマイノリティに焦点を当てた人権教育を行いている。公衆衛生社会保険省及び文化スポーツ省もそれぞれ多文化主義や先住民族の言語に関連して訓練を施している。

検察庁は、先住民族に関する業務を体系化し研究するために先住民族部門を設置し、70人の通訳者に文化や言語に関する訓練を行い、女性と男性の平等のための戦略計画を採択した。

2002年に刑法改正を行い、民族や人種を含む諸要因に基づく差別を犯罪化した。直接差別と間接差別に関する定義規定はない。

検察庁は、2014年に差別関連犯罪の告発受理に関する一般指令を発した。2014年の検察協定によって差別犯罪班を設置した。2015年、検察庁と先住民族に対する差別と人種主義に関する大統領委員会の間で、差別犯罪の取り扱いについて協議した。

CERDがグアテマラに出した勧告(CERD/C/GTM/CO/16-17. 27May 2019

先住民族とアフリカ系住民が公務員による差別発言や差別行為の対象とされているとの報告がある。条約第4条の下での義務を完全に履行するため、人種差別の煽動と、人種動機の暴力行為を犯罪として定義し、その重大性に見合った刑罰を持って制裁を科すこと。メディアにおける人種差別の煽動及び人種主義現象を予防し闘うためっ効果的な措置を講じること。犯行者の地位にかかわらず、捜査し処罰すること。多様性の尊重と人種差別の撤廃に関する啓発キャンペーンを行うこと。

Wednesday, August 05, 2020

ヘイト・クライム禁止法(175)アンドラ

アンドラがCERDに提出した報告書(CERD/C/AND/1-6. 30 May 2018

アンドラの初の報告書である。

差別行為は、刑法第5章に規定されている。2005年刑法338条は、2014年に改正され、処罰範囲を拡張した。338条1項は、以下の違法な差別行為について3月以上3年以下の刑事施設収容とする。人又は人の集団に対する暴力、憎悪又は差別の扇動。人又は人の集団を標的とした公然の虐待、中傷又は脅迫。いかなる手段であれ、人の集団の融雪性の主張、侮辱、中傷するイデオロギー又は思想の公然表明。そうした表現を含んだ物の流布又は配布、同様の行為の表明。

差別イデオロギーの公然表明が処罰されるのは、一般公衆に対してなされた場合のみならず、私的集会やインターネット・フォーラムで行われた場合も含まれる。

338条に掲げられた行為について、そうした表現を含んだ物を所有又は製作するなどの準備行為も可罰的である。

集団侮辱に関する339条は、故意にかつ公然と、宗教、も区民、民族又は政治集団、労働組合の構成員に対して行われた集団侮辱を犯罪とする。

2014年刑法改正により、359条と360条は、差別目的のために形成された結社を違法と宣言し、その結社に財政その他の援助をした者にも刑事責任があるとした。

刑法338条2項は、公的職務において上記の差別行為を行った公の当局者は、刑罰が4年以下の公職停止である。

刑法338条4項は、公的職務において差別目的をもって、公共サービスの提供を拒否した者に1年以下の刑事施設収容及び3年以下の公職停止とする。

刑法30条6項は、刑法上のすべての犯罪について、差別的動機のあった場合に刑罰加重事由とする。差別的動機は、人の出生、出身、国民、民族、皮膚の色、性別、哲学又は政治的意見、労働組合に関する意見、心身の能力、生活方法、慣習、言語、年齢、性的アイデンティティ又は性的志向である。この定義は人種に言及していないが、人の出身、国民、民族、皮膚の色に人種が含まれる。

CERDがアンドラに出した勧告(CERD/C/AND/CO/1-6. 22 May 2109

2000年の放送法が平等と非差別原則を明示していることに留意する。ジャーナリストに人種主義と人種差別に関する研修がなされている。しかし、メディアにおける人種差別発言に関する申し立てを受け付ける独立機関がない。一般的勧告第35号に照らして、すべてのメディアに対する申し立てを受理し検討し、人種的動機によるヘイト・スピーチや、人種差別や暴力を扇動するメディアを監視する独立機関を設置すること。


ヘイト・クライム禁止法(174)韓国

韓国がCERDに提出した報告書(CERD/C/KOR/17-19. 17 November 2017

前回審査の結果、CERDは韓国に包括的な人種差別禁止法を制定して、条約第4条に沿って人種差別を禁止するよう勧告した。2007年に差別禁止法が国会に提出されたが、成立しなかった。法務省は2013年に差別禁止法制定委員会を設置し、検討中である。

CERDは条約第2条と第4条が義務的であると強調し、人種差別を犯罪とし、刑罰加重事由とし、被害者救済をするように勧告した。韓国には人種差別に基づく犯罪を処罰する包括的立法はないが、現行の個別法規によって処罰可能である。最近、外国人に対するヘイト・クライムに関心が集まっているが、排外主義的ヘイト・クライムは現行の個別法規によって処罰できる。

CERDは次回報告書で人種差別事件についての統計情報を報告するよう勧告した。現在、韓国の犯罪統計は訴追された犯罪ごとに分類している。被害者が外国人の犯罪すべてが人種差別動機によるものではない。人種的動機による犯罪に関する格別の統計を保有していない。

CERDが韓国に出した勧告(CERD/C/KOR/CO/17-19. 10 January 2019

ヘイト・スピーチとしっかり闘う措置を講じ、次のような戦略を策定すること。移住者や難民、特にムスリム難民についての偏見や誤解に対処する。難民の権利について人々に注意を喚起する。難民と地域住民の間の理解と寛容を促進する。メディア、インターネット、ソーシャルネットワークを監視し、人種的優越性に基づく思想を流布し、外国人に対する人種憎悪を煽動する個人や集団を特定し、これらの行為を訴追し、有罪の場合には適切な刑罰を科すこと。放送擁護のためのガイドラインを効果的に履行すること。公文書で「不法移民」という用語を用いるのをやめること。


Wednesday, July 29, 2020

不遇と失敗から「万能人」へ

池上英洋『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(ちくまプリマ―新書、2020年)

今年1月、代官山ヒルサイドテラスで開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500 年記念「夢の実現」展」の責任者の一般向け新書である。

池上は同じ出版元から本格的な研究書『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』(筑摩書房、2019年)を出している。

その上で、一般向けに執筆したのが本書だが、研究書を圧縮した訳ではない。池上はこれまでに本格的な専門研究書を出す一方で、数多くの新書本も出してきた。新書執筆のツボを心得ているので、その都度、読者を引き込むネタを用意している。

<名画をのこし、近代の夢を描いたその転載はコンプレックスまみれの青年だった>

<「未完成作」ばかりの芸術家>

500年の年月を経て、世界のだれもが認めるルネサンスの転載が、「未完成だらけ、計画倒ればかりの芸術家」であったこと。

「波乱に富んだ一生をおくった、重層的で複雑で、不運と失敗だらけの『偉大なる普通の人』」

「時には自信なさげに悩み、かと思えばわざと大きな事を言って虚勢を張ってみたりします。収入が少ないと不満を言い、部下が働かないとぼやき、わからず屋が多いと嘆きます。生い立ちからしてハンデをかかえていたので、それを跳ね返そうともがいています。母親に愛された記憶がわずかなためでしょう、一生母性への憧れを持ち続け、それを画面の上に吐露してきます。おまけに幼い頃に十分な教育を受けていないためにコンプレックスを抱えていたし、学問の探求を始めてからは実際にそのせいで苦労もします。」

そんなレオナルドが、なぜ、どのようにして、あの傑作群を残す天才芸術家として生きたのか。

その謎を本書は一つひとつ解き明かす。読者は池上の手のひらの上で、そうだったのか、と呟きながら頁をめくることになる。

レオナルドはコーヒーも紅茶も呑んだことがない。トマトを食べたことがない。こういう一口知識も、レオナルドの収入、買い物リストから判明する。

もちろんエピソードだけではない。レオナルドの科学的精神がいかなる成果を生み出したのか。いかなる技法で作品制作に挑んだのか。読者の意欲をそそる新書本である。


Sunday, July 26, 2020

ヘイト・クライム禁止法(173)カタール


カタール政府がCERDに提出した報告書(CERD/C/QAT/17-21. 22 November 2017
人種主義や差別的慣行の燃料となる抜け道に対処するために法律を制定している。1979年の印刷出版法47条は社会に不和をもたらし、新興、人種、宗教的争いを誘発するような出版を禁止し、6か月以下の掲示し悦収容又は3000QR以下の罰金としている。1992年の情報文化大臣決定は、文書、音声放送、映像放送が人種・民族集団の尊厳を損なう方法で表現したものの回覧、放送、展示又は出版を精査するよう命じている。
2004年の刑法256条(2010年改正)は、宗教を侮辱すること、神や預言者を中傷すること、宗教行事に用いられる建物を損壊することを犯罪とし、7年以下の刑事施設収容としている。
刑法263条は、イスラム教又はシャリア法の下で保護された宗教を侮辱する製品、商品、印刷物、又は、図像、スローガン、言葉、シンボル、サインその他を府君が物を、販売、回覧、取得、所有又は宣伝することを1年以下の刑事施設収容及び/又は1000QRの罰金とする。コンピュータを利用し、プログラム等を配布した者も同じ刑罰である。
カタール法はイスラム教とシャリア法の下で保護された宗教、すなわちキリスト教徒ユダヤ教徒の間で差別をしていない。
2014年のサイバー犯罪法8条は、社会原則と価値を侵害した者、個人の私生活や家族生活の不可侵を侵害するニュース、図像、音声、ビデオを出版した者、又は他人を中傷又は侮辱するためにインターネットその他の情報技術を利用した者に、3年以下の刑事施設収容及び/又は1万QR以下の罰金とする。
CERDがカタール政府に出した勧告(CERD/C/QAT/CO/17-21.2January 2019
人種差別事件が国内裁判所でどのように処理されたか、告発の数と累計、訴追と判決の情報、被害者の年齢、ジェンダー、国民的出身、被害者に与えられた補償について報告すること。一般的勧告35を想起し、刑法の諸規定を条約第4条に完全に合致させること。次回報告書において、条約4条に従ってヘイト・クライム/スピーチ法の適用について詳細な情報を提供すること。

Saturday, July 25, 2020

ヘイト・クライム禁止法(172)ノルウェー


ノルウェー政府がCERDに提出した報告書(CERD/C/NOR/23-24. 2 November 2017
2005年1月に改正刑法が施行された。刑法185条は憎悪表現に対する禁止としてのヘイト・スピーチ規定であるが、禁止の範囲を、私的領域や準公共圏に拡張した。表現が公然となされたことを要件としない。故意または重大な不注意(重過失、gross negligence)が基準である。
ヘイト・スピーチ規制において、重大な不注意(gross negligence)を基準にする例は初めて見た。より詳細な調査が必要だ。
反民族差別法は民族、国民的出身、世系、皮膚の色、言語、宗教又は信念に基づく差別を禁止する。2017年の反民族差別法は包括的な法律で、2018年1月施行である。
法律に人種を明記するか否か検討したが、人種概念を採用しない結論になった。人種主義と闘うために重要なことは、人々が人種概念に込めている観念から距離を置くことである。法律に人種概念を明記すると、人種概念に根拠を与えてしまいかねない。人々が人種について有する意見や観念に基づく差別はいずれも民族差別に当たるので、規制に空白はない。
2015年、政府はヘイト・スピーチに反対する政治宣言を出し、2016年11月「ヘイト・スピーチと闘う戦略」を策定した。対話と意識喚起のための23の措置を定める。CERD勧告に従って、政府は不寛容や憎悪煽動に反対する声明を出した。民主社会ではメディアのもっとも重要な責任は、当局から独立し、批判的に検証することである。政府からのプレスの独立を守ることは、カギとなる政策目標である。メディアの責任倫理について幅広い政治的コンセンサスがある。政府はメディアの独立を犯さないようにしている。
ヘイト・クライム/スピーチは警察管区の優先事項である。ヘイト・クライム事件は全国的にも地域的にも優先事項である。ヘイト・クライムは「ヘイト・スピーチと闘う戦略」に従って全国統一基準にのっとって記録、捜査、訴追する。性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、ジェンダー表明に関する差別も扱っている。
2015年、刑法185条について、警察が記録したヘイト・スピーチ事案は86件である。2016年は189件。2017年以後は訴追事案の統計をとる。
「ヘイト・スピーチと闘う戦略」は、知識、司法、メディア、子ども、青年、集会、職場について23の措置を定める。インターネットやソーシャルメディア上野ヘイト・クライム/スピーチにも対処する。2014年以来、政府は「ストップ・オンラインのヘイト・スピーチ」キャンペーンを行っている。これはEUの「ノー・ヘイト・スピーチ運動」による。幅広い諸団体の協力を得ている。「ヘイト・スピーチと闘う青年ネットワーク」を準備している。
メディアの法的責任について、開かれた健全な対話を促進する方向で考えており、メディア責任評議会が調査を続けている。文化省はメディア責任委員会報告書を受けて、刑法269条について検討している。
2016年2月、オスロ大学に「過激主義(極右、ヘイト・クライム、政治暴力)調査センター」を設立し、極右とヘイト・クライムの原因と結果について研究を始めた。警察、自治体、市民社会、ジャーナリスト、教育機関と情報交換を進める。
2016年、「ホロコーストと宗教的マイノリティ研究センター」は、インターネットやソーシャルメディアを含むメディアにおける反ユダヤ主義について調査した。
警察大学は、ヘイト・クライムを予防し捜査する教育研究プログラムを作成した。ヘイト・クライム/スピーチと闘うための手段となる。
刑罰加重事由を定める刑法77条のうち、同条(i)によると、宗教、人生観、皮膚の色、国民的又は民族的出身、同性愛志向に基づいて犯罪が行われた場合、刑罰を加重する。
ヘイト・クラムは刑法185条により、行為又は重大な不注意で公然と差別表現又は憎悪表現を行った場合を含むが、これには人に対する脅迫又は中傷、迫害を含む。
ヘイト・クライムは2014年には223件だったが、2015年は347件と増加した。増加原因は、オスロ地区警察がヘイト・クライムに焦点を当てた警察活動に力を入れたことが挙げられる。警察庁はヘイト・クライムに関する年次報告書を作成している。22017年から訴追事件も統計に取る。警察庁は警察がヘイト・クライムを記録するためのガイドを準備する。ヘイト・クライムの定義・記録手続きは全国一律とする。
CERDがノルウェーに出した勧告(CERD/C/NOR/CO/23-24.2January 2019
人権法に条約を組み入れること。平等・反差別法の定義を条約第一条に合致させること。ヘイト・クライムについて、予防措置を取り、被害者に救済を提供すること。ヘイト・クライム増加原因を調査し、移住者のヘイト・クライム増加の不安に対処すること。オスロだけでなく全国でヘイト・クライム対策班を設置すること。検察官、裁判官、法執行官にヘイト・クライムの特定、記録、訴追の知識を共有するため研修を行うこと。さまざまなコミュニティの間でヘイト・クライム予防のためステレオ対応に対処するキャンペーンを行うこと。
ヘイト・スピーチについて、政治家など公的人物によるオンラインを含む人種主義的ヘイト・スピーチを非難し、距離を置き、関連する法律を完全に適用し、被害を受けやすい集団を保護する措置をとること。「ヘイト・スピーチと闘う戦略」のすべての措置を履行し、全警察がヘイト・クライム/スピーチ捜査を優先事項とし、警察、検察、裁判所の連携をとること。人種主義ヘイト・スピーチやヘイト・クライムを特定、記録、捜査し、政治家やメディアの責任者を訴追し、制裁を科すこと。ヘイト・クライム/スピーチの統計の収集・記録を標準化すること。ソーシャルメディア上のヘイト・スピーチについて政治家のためのガイドラインを策定すること。
人種主義団体やネオナチ団体がソーシャルメディアやデモに登場していることに留意する。条約第4条(b)に従って、人種憎悪を助長・煽動する団体を違法とし、禁止すると宣言していないことに留意する。一般的勧告35に従って、条約第4条と表現の自由が合致することを強調する。法律を改正して、人種憎悪を助長・煽動する団体を禁止すること。

Thursday, July 23, 2020

黒川賭け麻雀問題・検察審査会審査申立書公開


周知のように、7月10日、東京地検は、賭け麻雀の黒川弘義・元検事長を不起訴処分にしました。処分決定通知書には「不起訴」と書いてあるだけで、その理由すら示されていません。
7月21日、私たち121人は東京検察審査会に、不起訴処分を不服として審査請求を行いました。
朝日新聞、産経新聞、赤旗はもとより、共同通信の配信により全国の各紙にも報道された通りです。
検察刷新とやらの御用会議がつくられていますが、検察の焼け太りになる恐れがあります。
黒川と検察と安倍政権の破廉恥な犯罪を、市民の手で追及していきましょう。
審査申立書本文を下記に紹介します。

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  別紙
                審  査  申  立  の  理  由
 被疑者黒川弘務に対する今次不起訴処分は、公訴提起について検察官に付託された裁量権の公正な行使を甚だしく誤り、これを濫用した違法の処分であり、到底認められてはならないものである。以下に、これについて述べる。

1 今次処分について、告発人に対しては単に「不起訴」と通知されたのみであって、理由の内容は全く秘匿されている。ましてや、不起訴に際して地方検察庁庁内に於いて作成されているはずの「不起訴裁定書」ないしその内容は全く秘匿されている。
  このため、告発人としては、不起訴の理由については、東京地方検察庁が新聞記者に対して広報したとされる内容を、新聞等によって窺うほかない。これは、告発人の立場を甚だしく軽視したものであって、極めて遺憾である。
    告訴・告発、また検察審査会の制度の趣旨に鑑みれば、告訴・告発人が不起訴の理由を正確に知り、検察の重要な事務運営に対して主権者としての意見を述べることが出来るようにすべきである。
  したがって、不起訴裁定の内容が正確に告知さるべきである。

2 上記のとおりであるのであるが、不適切な検察行政・事務運営の結果、告発人らは報道によってしか不起訴の理由を知り得ないので、やむをえずこれに基づいて、本件審査申立の理由を述べる。
  今次不起訴処分(起訴猶予)の内容は、以下のとおりとされている。
 ① 被疑者の行為に常習性は認められない。
 ② 掛金も、少額であって、世間で一般的に行われている程度で、違法性がない。
 ③ すでに社会的制裁も受けている。

  しかしこれらは、全く失当であり誤りである。
   以下、これを論ずる。

  「常習性がない」との評価について
  ア 常習性とは、確立した判例・刑法学の通説によれば、「当該犯罪が偶発的・機会的に行われたのではなく、当該非違行為に対する人格の一定の親和性が存在しており、継続的反復への主観的性向の存在が認められ、その発露として犯行が行われたと評価される場合」とされている。
 それゆえ、「多数回反復された場合はもちろんであるが、ただ一回であっても、そのような親和性・主観的性向の存在が認められる場合には、常習性が認められる」とされている。
 そして、「多数回の継続・反復」は、それ自体客観的に「常習」というべきであり、かつ主観的にもそこに強い親和性・主観的性向の存在が推認されると解されている。
 そのような事態は、当該犯行が偶発的・機会的に行われたなどと評価出来ないことが明白である。

   イ 本件の場合、この10年間以上に亘って被疑者が、赤坂・新橋などに所在する麻雀屋で、賭け麻雀に興じてきたことが明らかにされているところ最近では、本件産経新聞記者宅に於いて、頻回に行われて来たことが明らかになっている。

ウ 最近の、被疑者・新聞記者らとの麻雀に於いては、現金が賭けられたことが本人によっても自認されている。
  しかして、現金が賭けられたのは最近の勝負にであって、過去には賭けられていなかったなどと考える事は出来ない。そのようなことはありえない。最近になって特に現金が賭けられ始めたなどという事情は存在していないし、そのようなことは格別に考えられないから、過去に於いても現金が賭けられていたことが明らかである。
  更に被疑者は毎回、産経新聞記者の手配するクシーで帰宅するという便宜を受けていたのであるが(これも違法である)、このタクシーの運転手が過去に、「今日は10万円負けた」などと被疑者がぼやいているのを聞いたという事実もある。
   エ 常習犯の成立には、上記のとおり、多数回・継続・反復という要素は必ずしも必要ないとされているのであるが、本件の場合、これらの要件も充足されていることが明らかである。このような客観的事実に反映され露呈された主観性、被疑者の人格の性向は自ずと明らかであろう。

   オ また、本件犯行は1ヶ月ほどの間に、本件告発に於いて具体的に取上げた行為だけでも、4回にも及んでいるのであって、このような被疑者の姿は、賭け麻雀の継続的実施に向けた強い意欲の存在していたことが明白である。

カ  とりわけ、本件犯行期間は、新型コロナウィルス罹患症の大規模な流行の事態が発生し、政府が「緊急事態宣言」を発し、国民に対して「密閉・密集・密接」のいわゆる「三密」の回避が呼掛けられ、そのために、相当数の事業・業務が自粛要請され、経営者や労働者など関係国民が塗炭の苦しみに喘いでいるという状況であった(すでに、この自粛政策によって、倒産企業は3万件以上に達している、またこれに伴って失業の問題も深刻化している)。
  被疑者は、検察のNO.2という高級国家公務員として、国民に対してそのような自粛を要請している政府行政機関の、重要な一翼にある者であったから、率先垂範して三密回避についてしかるべき行動をとるべき責務があったことは、論ずるまでもなく明らかであった者である。
 しかるに、それにもかかわらず、高級国家公務員としての任務に違背しても、まさに行政府が強調する<不要不急>の典型であり、<三密>そのものである賭博麻雀を行わずにはいられなかったというその心性は、もはや依存症の域にも達していたとさえいうべきである。そこには、賭博麻雀行為に対する強い心的親和性・傾向性の存在が明白である。

   キ 以上、長年の習癖、極く短期間に於ける、職業的・地位からする責務にも敢えて違背した継続的反復という客観面、および、賭博麻雀に向けた依存症的・中毒的心性という主観面、両々相俟って、本件に於ける常習性の存在は、明白である。
 ② 「違法性が低い」との評価について
     今回の処分の理由として、掛け金がさして大きくなかったことが理由とされている。しかし、これは大きな誤りである。
  イ そもそも、一定の賭けが行われた場合にも、それがその場での「一時的な娯楽に供する」ものであった場合には、賭博罪には当たらないと解されているが、しかし、「現金を賭けた場合には、それ自体で『一時的娯楽』などとは解されない」とされており、賭博罪を成立させるものと解釈運用されていることが、決して看過されてはならない。
  ウ また、今回「掛け率がさして高いものではなかった」ことが、違法性判断に於ける重要要素とされている。
 しかし、これも誤りである。仮に、箇々の勝負の掛け率が低かったとしても(これについての被疑者の供述は、全く信用できないが)、この勝負が多数回反復されれば、全体として動く金額は巨大なものになることは当然である。動いた掛け金については、1回の勝負についてのみ孤立的に評価すべきではない。当該勝負の全体が行われた一座において、やりとりされた金額の総額で評価さるべきである。なぜなら、同一人が連続的に行っている一箇の行為であるからである。
 (なお、被疑者が「今日は10万円負けた」とぼやいていた旨がタクシー運転手によって聞かれた事実も、軽視されるべきではない。たしかに、この時の賭博行為の年月日は特定できず、告発対象ではないのであるが、しかし、本件告発にかかる行為は、このような一連の行為の中の一定の行為であることが、決して看過さるべきではない。)
   エ なお、改めて言うまでもないことであるが、最終的な得喪金額の多寡等は一切無関係である。行為者間に大きな技𠈓の差がなければ、結果は自ずと平準化してゆくことになるかもしれないが、しかしだからといって、常習賭博行為の違法性が軽減されるものでないことは当然である。大きな金額が動いた事実は、参加者個人の最終的損得の結果如何には、全く関係がないからである。動く金額それ自体に着目し、その全体によって違法性は判断されなければならない。
     ところで本件被疑者は、折から安倍内閣がごり押ししようとしていた検察官定年延長問題のまさに当事者そのものであったから、本件は世の非常な注目を集めた。
 しかるに、早々となされた本件不起訴処分によって、早くも
    「テンパーであれば賭博罪にならないんだ」
    「この程度の掛金であれば、いくら金を賭けても麻雀賭博はいいんだ」
    「検察庁がそう言っているのだから」
等々の一般的認識が、社会的に醸成され拡大しつつるという現実が存する。
 当然であろう。日本中が注目している、検察官高官の犯罪について、検察庁が不起訴処分にしたのであるから、検察庁自身が一定の規範・基準を世の中に明示したものと、社会は受取ったのである。
 検察官の起訴運用にはいわゆる一般予防的な政策的見地から、しばしば「一罰百戒」ということがなされる。検察の行動は、社会に一定の規範・規準を示すという効果が存在しているのである。本件にあってもしかりである。
 しかしが、本件はまさに「一罰百戒」とは全く逆であって、「一免百許」ともいうべき処分であったのである。このために、賭博・常習賭博について、これを非規範化・非犯罪化するという社会的効果を生んでいるのである。
 本件の違法性評価には、このような事実をも直視すべきである。
 検察庁は、これでよいのであろうか。

  「すでに社会的制裁を受けている」との評価について
   ア 被疑者のような高い地位・権限・責任を負っていた高級国家公務員が、その責務に違背していたのであるから、強い社会的非難を浴びるのは当然のことである。
    しかしこれは、その地位に伴う、一箇の自動的・反射的当然の効果というべきであって、被疑者が個人として具体的に制裁を社会的に受けたというものではない。ここが決して混同されてはならない。
イ そもそも、「国家公務員が賭け麻雀を行った場合、その金額如何にかかわらず懲戒処分相当」というのが、人事院から示されている規範である。
 (東京高等検察庁は、非違行為等防止対策地域委員会を組織し、綱紀の厳正に努めているとなされている。この委員会は「品位と誇りを胸に」との冊子を作成し、検事・全職員に配布し、その実を挙げようとしている。
 三訂版29頁には、「第6 懲戒処分」が記載されている。それによると、
   国民全体の奉仕者たるにふさわしくない飛行のあった場合
には、懲戒処分がなされる旨明記されており、そのうえで、人事院から示されている「懲戒処分の指針」が掲載されている(30頁以下)。
 これによれば、「3 公務外非行」の欄に該当する本件にあっては、常習賭博の場合は、「イ 停職」相当であり、「ア 賭博」に該当する場合は「減給ないし戒告」
とされている。現に、「告発状」(18頁)にも記載したとおり、つい最近である
2017年に、自衛官9名が停職処分を受けている・・・掛金レートは本件に同じ
「点ピン」であった。)
ウ この人事院の指針・過去の運用事例からするならば、当然本件は悪質なケースとして、「停職」が相当であった。本件に於いても考慮されるべき「社会的制裁」ということがあるとするならば、まさにこのことであるのである。
 しかるに、安倍政府は例によって「任命責任を痛感」などと通り一遍の見解を述べつつ、他方で法務省に手を回し、懲戒処分ではない単なる検察内部限りでの「訓告」処分をなさしめて、更に本人に辞職させ、懲戒処分を封じてしまった。むしろ、社会的制裁を封じてしまったのである。
 そして5000万円近い退職金も、間髪を容れず支払われてしまった。
エ こうして、本件では、これ以上のお咎めがなければ、弁護士資格にも影響はないから、いずれほとぼりが醒めた時点での、弁護士登録、開業もありうるとされている。
オ これらのどこが一体、「大きな社会的制裁も受けている」であろうか。
  全くふざけた話である。

 ④ 本件不起訴処分の強い政治性
   ア 以上、東京地検が挙げたとされている「理由」には、全く合理性がない。 本件については、完全に常習賭博罪が成立することは明白である。
    起訴され、厳しく刑事責任が追及さるべき事案であることが明白である。
  イ すなわち、検察は、社会の成員に対しては、厳しく規範遵守を求めて、規範からの逸脱者に対しては、「秋霜烈日」などと標榜しながら、刑事処分を発動し、場合によってはその社会的生命を絶つほどの強い権力を行使してきた。
        賭博罪・常習賭博罪自体も、まさにそのように運用され適用されてきた。
  ウ 東京高等検察庁検事長とは、そのような日本の検察組織にあって、検事総長に次ぐ地位にある最高権力者である。このような存在である被疑者には、強い職業倫理・規範意識を自ら固持しこれを実践すべきことが要求されるものであることは、改めて言うまでもなく当然である。
     ところで、本被疑者は検察官在任中は、何かと政府関係者の犯罪のもみ消しに功があったとみなされていたのであり、「政権の守護神」などとも評されいた。
 上記「ウ」の如き地位にあった検事である被疑者が、前記のとおりの公務員が強い綱紀意識をもって行動しなければならない時期・状況にあって、これに反する事が明らかな、かかる破廉恥犯罪を犯していた(本件処分は、「起訴猶予」であるから、犯罪行為であったことそれ自体は東京地方検察庁も認めているのである)などというのは、全く許しがたい事態である。
 オ  しかるに東京地方検察庁は、早々と本件を不起訴にしてしまった。その理由の不合理性は前記のとおりである。
        なお若干繰返すが、このことの社会的受止め(賭博・常習賭博の違法性に関する合法観)について、指摘した。
    カ   ところで、この規範・規準問題について、本件によって、検察庁として、「賭博罪・常習賭博罪についての解釈運用に関し、従前のそれを改め、非犯罪化の方向に転じたのか」というならば、「そのようなことは全くない」となされることは、間違いがないであろう。
 であれば、そのようにも解され、また世人はそのように解そうとしている状況に於いてなお、東京地方検察庁は、なにゆえに敢えて、早々と不起訴処分にしたのか。
  それは明らかである。本件被疑者の政府(特に安倍内閣)との密着した関係、及びこれに由来する不明朗な検察官・法務官僚としての行動は、国民の間に強い不信感を巻き起こした。しかし政府は、本件被疑者の処遇をも配慮したうえでの、検察庁法改定まで強行しようとした。このため国民の検察不信も沸騰した。これを憂慮した有力な検察OBから声明が出されるに至ったことは周知のところである。
 このような経過を経て、検察庁では、検事総長が交代し、林真琴検事総長態勢に移行した。
 新検事総長は「検察の公正」「国民の信頼の回復」を強調している。
 今回の処分は、そのような検察態勢の再編と、時期を同じくして行われた。
 その意図は明らかである。すなわち、黒川問題を早く決着させることにより、これを旧体制に発した不祥事であり、過去のものとしてしまい、検察の一種の禊ぎとして、行われたものである。検察の新体制は、黒川問題が刑事事件として公開法廷で、その実態が明らかにされることを忌避しようとしたのである。そのための不起訴であった。明らかな政治的不起訴である。
    ク  しかし、そのような隠蔽策によって、検察への信頼感が回復されるものでないことは、多言を要しない。
     国民の信頼感の真の回復は、かつての身内の検事であろうと(過去の身分となってなってしまったことは、安易に退職を認めてしまった、法務省の大きな過誤である)、<罪は罪として厳正に真実を究明し、それに相応しい処罰を裁判所に求める>こと、それによってこそ、初めて達成されるのであることは改めて言うまでもない。
 このように、本人に甘い処遇をなしつつ(5000万円近い退職金など、国民は絶対に納得出来るものではない)、真実の隠蔽に隠蔽を重ねて、検察の自己保身が図られている現状は、「検察の威信と信頼の回復」など到底不可能とするものである。
 検察への国民の信頼の回復は、まず、本件について厳正に検察の責務が果たされること、それが、まず第一の最初の出発点である。
ケ  麻生大臣は、「日本人の民度の高さ」を強調しているようであるが、しかし、「民度」が民主主義社会としての成熟の度合いを言うのであるならば、本件被疑者のような高官を戴き、更に、当該高官の刑事犯罪に対して曖昧至極の処分が急行され、検察自身によって本件処分の如き寛恕がなされて真実に蓋がされ、主権者たる国民には全てが隠蔽されてしまうような社会の「民度」が高いなどとは到底言えないことは多言を要しない。

3 結 語 
     以上、本件不起訴処分は、刑法の標準的解釈・裁判所の判例・国家公務員の綱紀に関する実務等々、あらゆる面からして甚だしい誤謬である。
 本件被疑者の検察官としてのあり方は、政府の守護神などと評されたところの、政治的検察そのものであったが、しかし今又、東京地方検察庁は本件の如き違法の処分を行って、現政府に忖度し、その防波堤となろうとしているというほかなく、主権者として怒りに堪えない。
厳正な処分のなされることを強く求める。

                                            以