Monday, July 15, 2019

桐山襲を読む(12)作家はいかにして何と闘うのか


陣野俊史『テロルの伝説 桐山襲烈伝』(河出書房新社、2016年)


文芸評論家の陣野による伝記である。陣野は、じゃがたらや渋さ知らズの本を書くなど、サッカーとロックに詳しいそうだ。『サッカーと人種差別』(文春新書)は読んだが、いい本だった。

本書は桐山の初の伝記だが、引用に次ぐ引用で、450頁のうちざっと半分が桐山の小説やエッセイの引用という異例のスタイルだ。桐山夫人へのインタヴューと、桐山の遺品にあった原稿や記録を活用しているが、それ以外の資料がないようだ。存命中の桐山と接点を持った人々へのインタヴューはあまりない。作家・桐山以外の、公務員・桐山についての取材もない。

その意味でかなり限られた「伝記」だが、引用だらけでも、それなりに読めるのは、桐山の「魅力」なのか、陣野の文章の魅力なのか。たぶん両方だろう。とはいえ、桐山に感心のない読者は、途中で放棄してしまうかもしれない。

本の帯には、いとうせいこう、青来有一、中島京子、星野智幸の推薦の言葉が載っている。

「読後ずっと考えている。この作家を忘却して、時代は何を消去したんだろう?」(中島)

「全身の言葉で世の流れに抗った桐山襲の後に続くことを、ここに宣言する。」(星野)

なるほど、桐山を忘却してきた私たちから失われたものは、いった何だったのか。

なるほど、星野智幸が現代の桐山か、ふむふむ、なるほどと思いつつ、ちょっと違うような。といいつつ、星野の今後にいっそうの期待を。

陣野はあとがきで次のように述べている。

「作家はそれぞれのスタイルで闘っている。そんなことはわかっている。闘い方を一律に決めるつもりはない。だが桐山のような姿勢で闘っている作家は減った。いなくなった、と言ってもいい。そこが惜しい。誰かに、桐山のような小説を書いてほしい。彼が途絶した書法を、2016年の今、更新して欲しい。」

Sunday, July 14, 2019

拉致問題を切り捨てた日本政府



*7月14日、手違いで古いバージョンの原稿を掲載したので、新しいものに差し替えた(7月15日)。



雑誌『マスコミ市民』に連載してきたコラム「拡散する精神/萎縮する表現」が7月号で100回に達した。



折々の言論・表現に関連するテーマを取り上げてきて、一部は単著『メディアと市民』(彩流社)にまとめることができた。



連載100回目は、「拉致問題を切り捨てた日本政府」と題して、昨年11月の国連・強制失踪委員会の出来事を報告した。真相がわかっていないため、今後も調査が必要だ。下記に貼り付ける。



**************************



拡散する精神/委縮する表現(100)

拉致問題を切り捨てた日本政府



前田 朗(東京造形大学教授)



強制失踪委員会



 安倍晋三首相は拉致問題の解決に向けて取り組んできた、ということになっている。本年五月一九日の拉致被害者家族会や「救う会」などが都内で開いた国民大集会に出席し、「拉致問題は安倍政権の最重要課題」と強調したのは周知のことである。

 ところがトランプ・金正恩会談の進展につれて徐々に姿勢を変えてきた。「対話は意味がない。制裁あるのみ」という基本姿勢から「前提条件なしで話し合う」に変化したことはさまざまな推測を呼ぶことになった。

 実は安倍政権は昨年一一月にジュネーヴの国連人権高等弁務官事務所で開催された強制失踪委員会の場で、拉致問題を切り捨てる方針を表明した。「前提条件なしで話し合う」に変化したことと因果関係があるかどうかは不明だが、強制失踪委員会で何があったのか。政権は語らないし、マスコミも報じない。筆者は強制失踪委員会の審議を傍聴していないので、限られた資料と、本年三月にジュネーヴに滞在した際の関係者からの聞き取りに基づいて判明した範囲で事の次第を報告したい。

 二〇〇六年一二月、国連総会において強制失踪条約が採択された。国の機関等が人の自由をはく奪する行為であって、失踪者の所在等の事実を隠蔽することを伴い、かつ、法の保護の外に置くことを「強制失踪」と定義し、「強制失踪」の犯罪化及び処罰を確保するための法的枠組み等について定めている。条約第二六条に基づいて強制失踪委員会が設置された。条約当事国は条約第二九条に基づいて報告書を提出し、委員会で審議の結果、勧告が出される。日本政府は今回初めて報告書を提出し、昨年一一月五~六日、委員会審査に臨んだ。

 日本政府は冒頭から朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致問題を取り上げ、詳しく報告した。事前にメディアや関係者にも繰り返しレクチャーし、拉致問題に力を入れているとアピールした。委員会が拉致問題について勧告を出すと期待を膨らませた。

 ところが思いがけない事態になった。強制失踪委員会は拉致問題を取り上げなかったのだ。委員会が質問したのはなんと日本軍「慰安婦」問題であった。



苦渋の選択?



 一日目(一一月五日)の審査直後、日本代表団はパニック状態だったらしい。大使の目はうつろになっていたという。二日目(翌六日)の審査までに、日本政府は対応を決しなければならない。というのも、日本政府は「慰安婦問題は条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げるべきではない」と繰り返してきた。この主張によれば、拉致問題も条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げてはならないことになる。

 拉致問題が取り上げられると宣伝してきた日本政府は窮地に追い込まれた。「慰安婦」問題か、拉致問題か、予想外の二者択一を迫られた。

 大使レベルで判断できる問題ではない。一日目夜から翌日未明にかけて、日本代表団は必死の思いで東京に連絡を取ったことだろう。ことは外務大臣でも即断できない。当然のことながら官邸の判断だ。時間は限られている。筆者はこの間の事情を詳らかにしていない。推測するのみだが、安倍首相の判断で、「慰安婦」問題を優先したのだろう。

 委員会で、日本政府は改めて「条約締結以前の問題を委員会は取り上げるべきでない」と主張した。拉致問題を取り上げるな、という驚愕のメッセージだ。大使の手はわなわな震えていたという。

 一一月一九日、委員会から「慰安婦」問題の解決を求める勧告が出された。これに対して一一月三〇日、日本政府は「条約は本条約が発効する以前に生じた問題に対して遡って適用されないため、慰安婦問題を本条約の実施状況に係る審査において取り上げることは不適切です」「国連に求められる不偏性を欠き、誠実に条約を実施し審査に臨んでいる締約国に対し非常に不公平なやり方といわざるを得ません」と、猛烈な抗議の手紙を委員会に送った。

 ここまで来ると後戻りはできない。安倍政権は拉致問題を切り捨ててでも、「慰安婦」問題の責任回避を優先した。一一月六日、官邸で何があったのか。その判断経過をもっと知りたいものである。

歌う平和憲法(3)


11 初音ミク「日本国憲法」

歌で覚えるチャンネル。




初音ミク






12 結月ゆかり「日本国憲法前文」



結月ゆかり


 



13 クニ河内と羅生門「日本国憲法」

 1971年に発売されたクニ・河内と羅生門のアルバム。第1条、第9条、第11条など条文に曲をつけたもの。もっともはやい時期のチャレンジングなアルバムである。私はこのアルバムの存在はかなり以前から聞いていたが、持っていない。いまはYoutubeにアップされているので便利。

Youtube

日本国憲法(OUR CONSTITUTIONAL RIGHTS)



クニ河内


羅生門




14 藤本隆章「9条」

最近、Youtubeで見つけたばかり。



藤本隆章



オスプレイよ来るな


たたかう仲間たちよ









Friday, July 12, 2019

大崎事件第三次再審請求審最高裁決定に抗議し、再審制度の抜本的改革を求める刑事法学者の声明


大崎事件第三次再審請求審最高裁決定に抗議し、再審制度の抜本的改革を求める刑事法学者の声明





2019年7月12日        刑事法学者有志声明            

                

大崎事件第三次再審請求にかかる検察官からの特別抗告に対して、最高裁判 所第1小法廷は再審開始を認めた福岡高裁宮崎支部による原決定及び鹿児島地 裁による原々決定を2019年6月25日付で取り消し、本件の再審請求を棄 却する決定を言い渡した。  

本決定の判断とその手続きには、刑事司法制度の基本理念を揺るがしかねない重大な瑕疵が存在する。私たち刑事法学者有志は、本決定を強く批判し、再 審にかかる運用を改め、ひいては再審制度を抜本的に改革する必要があることを訴える。                        

本決定は、新たな法医学鑑定について「一つの仮説的見解を示すものとして尊重すべきである」としつつも、その手法の限界を指摘して、「死因又は死亡 時期に関する認定に決定的な証明力を有するとまではいえない」とした。もと より証拠の明白性判断においては、新証拠に「決定的な証明力」が必要とされるわけではない。だが、本決定は、これに続いて他の証拠を含めた総合評価を行うとしながら、被害者の死体の発見状況から請求人を含む親族の者以外の犯 行は想定し難いとの前提に立った上で、共犯とされた人々の各自白や親族の目 撃供述は、相互に支え合っているだけでなく、このような「客観的状況等からの推認」によっても支えられていることを理由として、新たな法医学鑑定によって「合理的な疑い」は生じないと結論づけたのである。               

しかし、密室的状況もないのに、被害者の死体の発見状況から犯人を絞り込む(「客観的状況等からの推認」)のは、その論理に飛躍がある。これは、請求人にアナザー・ストーリーの証明を課すに等しいという意味で、「疑わしいと きは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反する。                                 

また、共犯者とされた人々の自白や親族の目撃供述については、これまで各次の再審請求審において、その信用性に問題があることが指摘されてきた。各裁判所が主導した証拠開示の成果によって、共犯とされた人々の知的能力の乏しさも明らかになった。知的障がい者の供述が誘導されやすくその信用性に類 型的な弱点があることは、近年ではもはや司法はもとより捜査実務の現場にでさえ共有されつつある科学的知見である。それにもかかわらず、本決定は、原々決定や原決定が正面から向き合ったこれらの事情を省ることなく、新たな法 医学鑑定の明白性を否定したのである。つまり、これら自白や目撃供述について全面的再評価・総合評価が実質的になされていない点で、再審請求審においても「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとした白鳥決定(最決昭和50年5月20刑集29巻5号177頁)・財田川決定(最決昭和51年10月12日刑集30巻9号1673頁)を無視するものであり、刑事訴訟の基本原則を没却するものと言わざるを得ない。   

さらに、本決定は、原々決定が明白性を認めた心理学鑑定についても、その手法に一定の限界があることを理由に「直ちに(供述の)信用性を減殺する証 拠ではない」としている。しかし、手法の限界に関する指摘は抽象的なものにとどまっており、素朴な経験則を用いたほうが供述の変遷等の意味に関する評 価が正しく行える旨の論証はなく、実際、共犯者らの供述の変遷等の意味に関する最高裁の評価を具体的に示した箇所は一か所もない。これでは心理学鑑定の証拠価値を限定的なものにとどめ、素朴な経験則によったほうが正しい評価 ができることを論証していないに等しく、原決定(本件の場合には原々決定)を 破棄したり取り消したりする際には当該判断が不合理であることを示さなければならないとしてきたこれまでの最高裁のアプローチにも反する。                    

本決定はその手続きにも大きな問題がある。特別抗告の理由は、憲法違反または判例違反がある場合に限られているが(刑訴法433条1項・405条)、 本件の原決定ならびに原々決定がこれに当たらないことは明白であった。本決定は、特別抗告について刑訴法411条1号を準用し、原決定ならびに原々決定の判断には刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり、これを取り消さなければ「著しく正義に反する」として、職権により原決定ならびに原々決定を取り消した。 しかし、不利益再審を禁止する現行法において、再審制度は誤判と人権侵害を救済するための制度である。このことからすれば、再審開始決定を覆すための職権発動は行うべきでない。 ましてや、1年以上にわたって事件を係属させておきながら何ら事実の取調べを行うことなく、そして、原審に差し戻すことすらなく、自判して再審請求 を棄却したことは、再審制度の存在意義を根本から歪めるものであり、到底許容されない。「著しく正義に反している」のはどちらであろうか。                        

日本の再審のハードルはその運用において極めて高く設定されてきた歴史があり、「開かずの扉」とさえ呼ばれてきた。その中にあって大崎事件は、3度の再審請求を通じ、異なる3つの裁判体が再審の開始を認めた希有な事案である。それにもかかわらず、再審が開始されず、高齢の請求人が残された時間と闘っているという現状は、異常な事態と言わざるをえない。 再審を誤判と人権侵害を救済するための制度として正しく機能させるために、ドイツなど諸外国を参考にして、再審開始決定に対する検察官の抗告を禁 じることを含む抜本的な制度改革を早急に検討すべきである。本決定は、再審制度の改革が日本の刑事司法制度における緊急の課題であることを白日の下に 晒している。     

以上       

            

刑事法学者有志    92名



呼びかけ人(五十音順) 指宿信(成城大学教授) 笹倉香奈(甲南大学教授) 豊崎七絵(九州大学教授) 中川孝博(國學院大学教授) 中島宏(鹿児島大学教授) 水谷規男(大阪大学教授)

歌う平和憲法(2)


06 沢田研二「我が窮状」

2008年、沢田研二が60歳の時につくった9条の歌。アイドル時代は政治的なことを発言できなかったが、「60歳になったから、ちょっと自分の主張を歌ってもいいかな」というようなことを言っていた。作詞:沢田研二、作曲:大野克夫。「英霊」が登場するので、学生には要説明。私が授業で使っているのは次のCD

沢田研二『Rock’n Roll March

Youtube






07 山崎まさよし「#9 story

2013年、「セロリ」の山崎まさよしがつくった9条の歌。アルバムは3.11以後の状況に向き合ったもの。何かのインタビューで「英語で逃げてます(笑)」と言っていたように、歌詞は英語。作詞・作曲:山崎まさよし。私が授業で使っているのは次のCD

山崎まさよし『Flowers

これにはボブ・マーリーの「Redemption Song」のカバーも収録されている。

#9 story」はオンラインでは見つからない。山崎まさよしのインタビューがある。

山崎まさよし ニューアルバム「flowers」への思いを語る!




08 あきもとゆみこ「第九で9条」

2003年のイラク戦争後、大阪のイラストレータのあきもとゆみこが発案して、ベートーベンの交響曲第九の「歓喜の歌」のメロディに9条の歌詞を載せて、歌った。仲間たちと一緒に御堂筋をパレード。あきもとは『マンガ無防備マンが行く!』(同時代社)を出版。あきもとについて、前田朗「第九で第九条パレード、あきもとゆみこ」『マスコミ市民』2007年12月号。私が授業で使っているのは次のCD

『第九で9条』(旋律「歓喜の歌」、詞:9条、作:あきもとゆみこ)

Youtube




秋元裕美子


なお、あきもとの発案をまねて、第九で9条を歌っているグループがほかにもあり、CDも出していたが、このグループは自分たちのオリジナルであるかのごとく主張していた。あきもとの「第九で9条」に著作権はないかもしれないが、あきもとの創意工夫を尊重するべきだろう。



09 「ラップ憲法」

1996年に、早稲田司法試験セミナーの企画として「ラップ憲法」がつくられた。前文から第103条までラップにしている。中心はジャズミュージシャンの北陽一郎。発案は素晴らしいが、ラップの出来が良いとは言えない。むしろ「朗読・憲法」と言ったほうが良い。私が授業で使っているのは次のCD

『ラップ憲法』(早稲田経営出版)



10 Co.慶応「日本国憲法ラップ」

Co.慶応というラッパーの作品。

【日本国憲法ラップ】前文の重要事項の覚え方を歌で解説!/ Co.慶応が穴埋め形式のラップで授業!?





Wednesday, July 10, 2019

歌う平和憲法(1)


    私の「日本国憲法」の授業では、長年、毎回、憲法の歌を流してきた。日本国憲法前文や9条の歌である。他の授業では、平和の歌や反戦歌もよく使うが、憲法の授業では憲法の歌を使っている。

    友人知人に聞いてみると、授業で憲法の歌を使っている例はあまり多くないようだ。学生に聞くと、ごく一部に「高校の授業できたがわてつの憲法前文の歌を聞いた記憶がある」というので、学校教育で使っている例もあるようだ。社会科の授業か音楽の授業かはわからないが。

   日本弁護士連合会が近年、日本国憲法の歌を募集する企画をやっていたと記憶するが、みんなでどんどん平和憲法の歌を歌えるといいな、と思う。

   以下では、私が授業で使っている曲を順不同で紹介していく。



01 いなむら一志「Kempo.No.9

02 上田文雄「第9ロック」

03 笠木透「あの日の授業ーー新しい憲法のはなし」

04 きたがわてつ「日本国憲法前文」「九条」

05 アジアン・カンフー・ジェネレーション「No.9」(以上今回)


06 沢田研二「我が窮状」

07 山崎まさよし「#9 story

08 あきもとゆみこ「第九で9条」

09 「ラップ憲法」

10 Co.慶応「日本国憲法ラップ」

11 初音ミク「日本国憲法」

12 結月ゆかり「日本国憲法前文」

13 クニ河内と羅生門「日本国憲法」




 1996年に、札幌の上田文雄(弁護士・次項参照)の発案で、憲法に曲をつけて歌う企画があった。作曲を担当したのが、北海道で活躍していたミュージシャンのいなむら一志(稲村一志)である。いなむらは、後に自分のアルバムに「Kempo. No. 9」として収録している。憲法9条の歌はたくさんあるが、私の一番の推薦はこれだ。

CD:いなむら一志『他事騒論』

CD:いなむら一志&大『Imagine

CDImagine』には、「Kempo.No.9」のほか、ジョン・レノンの「イマジン」の日本語版も収録されている。2007年にこれを私は100枚購入して普及したが、その後、いなむらが他界したため、現在の入手方法は不明。オンラインでは見つからない。他の曲をYoutubeで聞くことが出来る。

いなむらは1970年代、フォークロックバンド「第一巻第百章」でデビューしたが、解散後は北海道で活躍した。いなむらについては、前田朗「イマジンを子どもたちと――いなむら一志」『マスコミ市民』2007年1月号参照。


ウィキペディア


Youtube





2 上田文雄「第9ロック」

札幌の上田文雄(弁護士)発案により「Japanese KENPO」企画としてCDが作成された。そこに収められたのが、「第9ロック」(歌・上田文雄)と「日本国憲法前文」(歌・舛田雅彦・弁護士)である。作曲はいずれも稲村一志。現在、Youtubeにアップされている。


第9ロック


憲法前文



上田文雄




03 笠木透「あの日の授業――新しい憲法のはなし」

文部省が日本国憲法普及のためにつくった「新しい憲法のはなし」をもとにした笠木透作曲の「あの日の授業」。音源は多数あるが、私が授業で使っているCDは下記。

笠木透と雑花塾他『ピース・ナイン』(音楽センター)(歌は増田康記)

Youtubeには多数ある。





笠木透




04 きたがわてつ「日本国憲法前文」「九条」

1983年、きたがわてつが作曲して日本国憲法前文を歌った。音源は多数あるが、私が授業で使っているCDは下記。「九条」も収録されている。

きたがわてつ『日本国憲法前文』(音楽センター)

Youtubeでは





きたがわてつ




05 アジアン・カンフー・ジェネレーション「No.9

ロックバンドのアジカンが2008年に憲法9条を歌った。「No.9」というタイトルで、これが9条であることは後藤正文自身があちこちで語っていた。イラク戦争をはじめとするアメリカの戦争を念頭に置いていると聴こえる。学生には一番人気の曲だ。私が授業で使っているCDは下記。これには日米安保を批判する歌「惑星」も収録されている。

アジアン・カンフー・ジェネレーション『World World World(Ki/oon Records)

DVDも出ている。

アジアン・カンフー・ジェネレーション『映像作品集5巻』(Ki/oon Records)

Youtube




アジカン



Tuesday, July 02, 2019

日本植民地主義の現在―先住民族遺骨問題を手がかりに


【東アジア近現代史連続セミナー】



52 720日(土)

「日本植民地主義の現在先住民族遺骨問題を手がかりに」(前田朗/東京造形大学教授)

日時 720日(土)13:3016:30

会場 ココネリ3階ホール(西武池袋線 練馬駅 北口隣接)

参加費 700円(高校生以下無料)

予約の必要はありません。ぜひご参加ください。



一般に「差別はいけないこと」と学校では教えられ、社会でもそう認識されているはずです。ところが実際には日本人(大和民族)は米軍基地に反対する沖縄の市民を「土人」と罵り、在日朝鮮人に対しては執拗にヘイトスピーチを繰り返し、朝鮮学校のみを授業料無償化対象から外したままにしています。なぜこうしたことが起きるのでしょうか。この点に関して前田朗東京造形大学教授は、近代日本の民族差別の起源をアイヌモシリ、沖縄、朝鮮へと拡大していった日本植民地主義の歴史に求めています。近年北海道と沖縄で提起された先住民族遺骨返還問題を手がかりに日本の植民地主義とヘイトスピーチ・民族差別の起源について前田教授にお話を伺います。ぜひご参加ください。



東アジア近現代史連続セミナー実行委員会



今後の予定

53 831日(土)「辺野古新基地建設問題と日米地位協定」(稲正樹さん/元国際基督教大学教授)

54 914日(土)「日本の戦時経済」(原朗さん/東京大学名誉教授)



東アジア近現代史連続セミナーFacebookページ:





Saturday, June 29, 2019

桐山襲を読む(11)人はどのようにしてあの世に旅立つか


桐山襲『未葬の時』(作品社、1994年)


『文藝』1992年夏号に掲載され、1994年に単行本として出版された。著者は1992年3月に永眠している。


親族たちに一礼をする火葬係の思いを描写することから本書は始まる。「死んだ人間と生きている人間たちとは隔てられたのだ」。

ホールの大理石の床。

坊主の読経。

釜の中の炎。

夫を亡くした喪主である女。

焼けるまでの小一時間の火葬係の記憶の反芻。

待合室の女と弟。

親戚達。

秋の匂い、金色の枯葉、舞い上がる金色の滝。

煙突からふっと押し出されて風に乗った男のたま。

まだ生きている者と風に乗って流される者の、未葬の時。

Wednesday, June 26, 2019

『福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から』(読書人)


前田朗・黒澤知弘・小出裕章・崎山比早子・村田弘・佐藤嘉幸

『福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から』(読書人、2019年)

本体:1000円+税

https://www.amazon.co.jp/dp/4924671401

https://honto.jp/netstore/pd-book_29699090.html

https://books.rakuten.co.jp/rb/15932921/



脱原発を実現するために全国で闘っている仲間たちへ

万感の思いを込めてお届けするメッセージの花束!



まえがき/前田朗

判決の法的問題点/黒澤知弘

巨大な危険を内包した原発、それを安全だと言った嘘/小出裕章

しきい値なし直線(LNT)モデルを社会通念に!/崎山比早子

原発訴訟をめぐって――民衆法廷を/村田弘

なぜ原発裁判で否認が続くのか/佐藤嘉幸

質疑応答

あとがき/佐藤嘉幸






まえがき



 3・11から八年の歳月が流れました。乳幼児が小学校に通う年代になり、幼いと思っていた子どもたちが大人びてくるのに十分な歳月です。

 あの日、大震災の驚愕と放射線被曝の恐怖にうち震えながら自宅を離れ、故郷を奪われ、家族がバラバラにされ、仕事も学校も友達も地域社会も奪われた被災者、避難者は、どのような思いでこの年月を過ごしたことでしょう。

 事実を否定し、責任逃れを続ける電力会社の傲慢な姿勢や、避難者を切り捨てる日本政府の冷酷な棄民政策に直面するたびに、避難者はいかに心を切り刻まれたことでしょう。

 それでも思いを新たにして、心をつなぎ合わせて立ち上がる避難者が全国に多数います。ともに生きる社会をつくり、人間らしい暮しを取り戻すために、汗を流し、涙を流しながら、事態を打開しようと懸命に闘う人々がいます。

 二〇一九年二月二〇日、横浜地方裁判所の「勝訴判決」を獲得した福島原発かながわ訴訟原告団、弁護団、支援する会は、人間の尊厳を賭け、命と暮らしを守り、この国に民主主義を復活させるために、次の一歩を踏み出すことになりました。その取り組みとして、横浜地裁判決を読み解き、次の闘いを構築するためのシンポジウムを開催しました。

    *

「福島原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から」

日時:二〇一九年四月二〇日

会場:スペース・オルタ(新横浜)

主催:福島原発かながわ訴訟原告団、福島原発かながわ訴訟を支援する会(ふくかな)、平和力フォーラム、脱原発市民会議かながわ

協賛:一般社団法人市民セクター政策機構、スペース・オルタ

    *

本書はこのシンポジウムの記録です。

最初に、かながわ訴訟弁護団事務局長の黒澤知弘弁護士から「判決の法的問題点」を解説してもらいました。

続いて、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんから「巨大な危険を内包した原発、それを安全だと言った嘘」として、原発問題の基本を論じてもらいました。

医学博士、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子さんからは「しきい値なし直線(LNT)モデルを社会通念に!」として、原発訴訟を勝利に導くための提言をしてもらいました。

そして、福島原発かながわ訴訟原告団団長の村田弘さんから「原発訴訟をめぐって――民衆法廷を」として、国家の権力法廷の限界をいかに超えるかを語ってもらいました。

最後に、『脱原発の哲学』の著者である佐藤嘉幸さんから「なぜ原発裁判で否認が続くのか」として、避難者切り捨てのメカニズムを解析してもらいました。

小さなブックレットですが、執筆者一同、脱原発を実現するために全国で闘っている仲間たちに万感の思いを込めてお届けするメッセージの花束です。各地で活用していただけることを願います。



                     執筆者を代表して 

                         前田 朗


Thursday, June 20, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(137)解消法施行3年


『月刊イオ』277号(2019年7月)


特集 ヘイトスピーチ、明確な“禁止”を――解消法施行から3年

編集部「つづく差別デモ、体張るカウンター」

上村和子「地方から国を変える――差別禁止条例の意義」

明戸隆浩「実効性促す発信、続けてこそ」

李相英「止まぬ『上からの差別扇動』」

阿久澤麻理子「ネット上の差別規制を考えるために」

「解消法を活かし、差別禁止法へ!――師岡康子さんに聞く」


Thursday, June 13, 2019

鹿砦社・松岡利康さんへのお詫び


松岡利康さん



鹿砦社発行の『NO NUKES Voice』第20号を拝見しました。「総力特集・フクシマ原発訴訟 新たな闘いへ」の冒頭記事は、本年4月20日に私たちが新横浜のスペースオルタで開催した「フクシマ原発集団訴訟の判決を巡って――民衆の視座から」の記録です。かながわ訴訟弁護団事務局長の黒澤知弘さん、小出裕章さん、崎山比早子さん、かながわ訴訟原告団団長の村田弘さんの発言要旨を掲載していただきました。素晴らしい雑誌企画に感謝申し上げます。



さて、今回は謝罪のお手紙となります。



先に「鹿砦社・松岡利康さんへの返信(3)」(6月9日)において私は次のように書きました。



「鹿砦社と松岡さんの愛用する手法にアポなし突撃取材があるように思います。権力相手には有効な手法と言えます。しかし、これを個人相手に多用するのはいかがなものかと思いませんか。最初は被害者救済の立場だったのが、代弁者となり、さらには完全に当事者になって突撃取材結果を出版し続ける方法は、一種の炎上商法ですよね。それも一つの手法ですから、とやかく申し上げることではないかもしれませんが。」



「炎上商法」という言葉を出版人に投げつけることは適切とは言い難いため、6月11日にこの表現を撤回させていただきました。その際、簡潔な理由を示しましたが、十分な説明とはなっておりません。



また、上記の一節を書いている途中で、公開のメーリングリストであるCMLでの意見交換の中で、同様に「炎上商法」という言葉を用いました。CMLの公開掲示板に掲載されています。

[CML 056005] Re: 鹿砦社・松岡利康さんへの返信(2)


これは下記の投稿への返信です。

Re: [CML 055942] 鹿砦社・松岡利康さんへの返信(2)




以上の2つの発言について、改めて事実確認をするとともに、お詫びいたします。



第1に、炎上商法という言葉は、5冊の本を念頭に置いて書いた言葉ですが、これは事実に反するため不適切でした。



5冊の本は、孤立した被害者を救済するとともに、本件の問題を社会に訴えるためのものであり、強い志をもって出版された著書です。このことを無視する表現は不適切でした。



第2に、「一種の炎上商法ですよね。」という表現は軽いジョークのつもりでした。ところが、これはジョークになっていません。



この表現のすぐ前に私は、『パロディのパロディ 井上ひさし再入門』を紹介して、パロディ、ギャグ、コメディ、風刺、漫談、諧謔に触れています。そのノリで軽いジョークのつもりで書いたわけですが、今回の松岡さんとの往復書簡の趣旨からいって、ジョークと受け止めていただける表現となっていません。文脈から見ても、パロディやジョークとは言えません。「パロディ作家としてはまだまだ未熟ですが」と書きましたが、まさに未熟ゆえに、この誤りを犯したものです。



また、CMLの投稿は、そうした流れとは無関係ですので、いっそう不適切な表現でした。いずれも不当な言いがかりです。大変失礼いたしました。



第3に、読み手にしてみれば、鹿砦社と松岡さんの出版活動全体に対する揶揄として受け止める可能性があります。当該5冊についての言葉とはいえ、十分に限定されていないこと(しかも内容が事実に反することは上述のとおり)から、「そんなつもりはなかった」と言っても弁解とはなりえません。



先に『テロリズムとメディアの危機』を例示した通り、鹿砦社と松岡さんの言論活動を、その一部とはいえ、それなりに承知していたのですから、炎上商法といった言葉を用いるべきではありませんでした。冒頭に触れた『NO NUKES Voice』にも、これまで大いに学ばせていただいておりました。脱原発運動を牽引する雑誌にいちゃもんをつける形になったことを反省しております。



権力による弾圧に抗して闘ってこられた鹿砦社と松岡さんの言論活動に対して、敬意を表すべきところ、余計かつ不適切な一言で不愉快な思いをさせたことは大きな失敗でした。



また、鹿砦社の皆さん、執筆者その他関係者の皆さんにも不愉快な思いをさせてしまいました。関係者の皆さんにも深くお詫びいたします。



第4に、このような表現を用いた背景には、この間の松岡さんとのやり取りの中でいささか「反発」を覚えていたために、「一言言っておいてやろう」というような思いがあったのかもしれません。邪念と軽率が災いして、不適切な言葉となってしまった訳です。



以上のことから、鹿砦社と松岡さんに謝罪するとともに、改めて撤回させていただきます。申し訳ありませんでした。



このような型通りのお詫びだけでは不十分かもしれませんが、今回はとにかくお詫びの気持ちをお伝えすることにしました。



なお、別件では、すでに私から申し述べたいことは前便で書き終えております。今回のことで松岡さんには大変ご迷惑をおかけしましたので、いまや発言する資格もなくなったと思います。



従いまして、松岡さんへの返信もこれで終了とさせていただきます。しばらく頭を冷やしてから出直したいと思います。これまでご教示、ご指摘ありがとうございました。



後味の悪い結末になりましたこと、ひとえに私の責任ですので、重ね重ねお詫びいたします。



ありがとうございました。



松岡さんと鹿砦社のますますのご発展、ご活躍を祈ります。

Sunday, June 09, 2019

鹿砦社・松岡利康さんへの返信(3)


松岡利康さん



お返事ありがとうございました。



【カウンター大学院生リンチ事件】「唾棄すべき低劣」な人間がリーダーの運動はやがて社会的に「唾棄」される! 前田朗教授からの再「返信」について再反論とご質問 鹿砦社代表 松岡利康




6月7日は大阪でヘイト・スピーチ講演(ヒゲ戸田パギやん共謀企画 6/7"ヘイト&組合弾圧"と闘うための大学習会」)、8日は豊中で日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題の講演でした。いずれも、内容の充実した会になりました。



さて、まず、本件の事実関係に関する私の誤解を匡していただきましてありがとうございます。



次に、反差別と反ヘイトの運動に直接のご協力はいただけないとのご趣旨、残念です。とはいえ、差別に反対する姿勢は共にされておられるので、いつか、また、どこかで同じ課題に取り組む機会に恵まれることがあるかもしれません。



また、松岡さんのご体験を披露いただきました。ちょうどいま手元にある『テロリズムとメディアの危機』以来のご活躍のごく一部を、私も拝見しておりました。文字通り、時代の最先端を駆け、危機に立ち向かい、警鐘を乱打されてきた貴重な闘いに改めて敬意を表します。



その余の記載は、ほとんど同じことの繰り返しのため、申し訳ありませんが、私も同じ趣旨のお返事を差し上げることしかできません。



第1に、「私の『救援』記事の骨子にはいまのところ訂正の必要を認めません。」「『救援』記事で友人たちに忠告をしておきました。私にとってはそれで十分です。」――これが今回の主題ですから、本来ならこれ以上お返事を差し上げる必要もないのです。



第2に、「せっかくこれほど力を尽くして本件に向き合ってこられたのですから、もう一歩前進するために、細部に目を配るだけでなく、目の前の最重要事実を直視されてはいかがでしょうか。」――私としてはこれで十分です。松岡さんがどうしても事実を直視するのは怖い、直視したくてもできない、ということであれば、これ以上申し上げることはありません。



にもかかわらず、松岡さんはいつまでも、あれはどうだ、これはどうだ、と蒸し返し、掘り返し、執拗に自説を唱えています。松岡さんとしては「何度でも繰り返す。しつこいと言われようと、延々と言われようと、正義が実現されるまで、必ず、絶対、いつまでも繰り返す」とお考えのことと存じます。それも松岡さんの自由ですが、他人がこれにおつきあいする理由がありません。



また、松岡さんの文章には、次から次と「あいつはこうだ、こいつはこうだ」と、意味不明の記述が続いています。松岡さんは言葉の上では否定されていますが、実際には骨の髄まで「敵/味方」思考に貫かれているため、「敵の友達は敵だ。その友達も敵だ。そのまた友達も敵だ・・・」と芋蔓式に次から次と「敵」を発見して、撃破、撃破の連続です。ネットゲームならおもしろいかもしれませんが、現実世界では共感の対象と成りがたい所作ではあります。正義だ、正義だ、正義だと言わんばかりのその作法は、同時に正義を削り落としていくのではないかと疑念を持たざるを得ません。



せっかくお返事を頂いたので、以下、若干のコメントをさせていただきます。



1 法的救済と人道的救済

2 多面体と一次元的人間

3 権力への視線

4 おわりに



1 法的救済と人道的救済



法的救済を求めて提訴したのですから、裁判所の判決が確定した以上、通常の法的手続きは終了です。例外的な場合もあるでしょうが。判決が確定した後に「判決など関係ない」と唱え、しかもさらに「法的救済を求める」というのは、了解不能の事態です。松岡さんは「法的、人道的救済を求めていきたい」とのことですが、議論を整理していただいた方がよろしいかと思います。法的救済と人道的救済をどのようにご理解でしょうか。



私が申し上げていることは単純明快です。次の2点です。

A 法的救済を求めたのですから、結論としての判決に従いましょう。

B 判決に納得できないのであれば、法的救済とは別に、人道的救済を求めるのはご自由です。



ところが、松岡さんは、ABを区別することを拒否しています。あえて混乱させて議論を閉塞状況にしてしまっているのではありませんか。



判決確定後も、松岡さんなりのご判断で人道的救済を追求されるのはご自由です。しかし、それを他者に求める理由はありません。人々は法的決着がついた問題にいつまでも引きずり回される理由がないからです。まして、松岡さんに従わない人々を激しく非難する理由にはならないのではありませんか。



2 多面体と一次元的人間



人間人格は多面的であり、決して一次元的ではありません。井上ひさしは、夏目漱石について「多面体」という言葉を使っています。私は井上ひさしについて「多面体」と称してきました。

前田朗『パロディのパロディ 井上ひさし再入門―非国民がやってきた!Part3〉』(耕文社、2016年)


第1話 井上ひさしの遺言

第2話 泣くのは嫌だ、笑っちゃおう

第3話 ガタゴト列車は、人生に乗って

第4話 東京裁判トライアングル

第5話 ユートピアを探して

第6話 笑うブンガク玉手箱

第7話 井上ひさしの平和憲法論

本書は全編、井上ひさしのパロディです。パロディ、ギャグ、コメディ、風刺、漫談、諧謔の井上ひさしをパロディにした文章を、あるミニ・メディアに連載したところ、井上ユリさんに笑っていただけたので、1冊にまとめました。私の代表作です。パロディ作家としてはまだまだ未熟ですが、さらに精進を重ねようと思います。



「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なうものである」という評価と、「裁判所に『複合差別』を認定させました。このことの積極的意義を私たちは認め、闘いに敬意を表すべきではないでしょうか」という評価について、松岡さんは「まったく人物評価が異なっています」とし、「どうしてこのように「豹変」したのでしょうか?」と仰っています。



どうしてこのような「質問」が出てくるのでしょう。意味不明です。推測するに、松岡さんの人間観が、常識離れした一次元的な人間観になっているためではありませんか。一人の人間の人格評価は、つねに一時点の、一視点だけからの評価でなければならず、絶対に一次元的に理解するべきであって、多面的な人間など断固認めないという松岡さんの強烈な意志があって初めて可能な言説です。ここではマルクーゼの用法に従っているわけではありませんが、一次元的人間は、他人も一次元的人間であるはずだと確信しているのだろうなと、思わざるを得ません。



世の中には、社会的には立派な医者や弁護士と思われていても、自宅ではDVに励んでいる夫がいるのではありませんか。道徳教育の重要性について熱弁を振るっている政治家が、セクハラ常習犯というのは良くある話です。世の中には、マイノリティ女性に激しい憎悪むき出しでストーカー状態になっている人物が、孤立した被害者救済のために立ち上がった義侠心溢れる好漢ということもあるかもしれません。



私たちは矛盾の塊でもあるのです。普通の人間は矛盾を冒しながら、矛盾とつきあいながら生きているのです。一面を取り上げて鬼の首を取ったように決めつけ、全否定する論法は時として誤りにつながることもあるのではありませんか。人は多面的であり、しかも可変的でもあるのです。一時点での人物評価が異なる時点には変化したところで、それは自然で当たり前のことです。それを理解できない人がいるとすれば、驚異的に浅薄な人間観の持ち主と言うしかないでしょう。



松岡さんも多面体であり、松岡さんなりに矛盾を抱えていらっしゃるのではないのでしょうか。



3 権力への視線



真実を明らかにし、不正義を匡し、議論を呼び起こすために鹿砦社と松岡さんが果たしてこられた役割は大きなものがあります。長年のお仕事に改めて敬意を表します。



とりわけ私が感銘を受けてきたのは、やはり、国家権力の不正義を追及してこられた闘いです。



しかし、権力に向けるべき刃を、マイノリティ女性に向け続ける所作には違和感が残ります。なるほど、誰であっても過ちは改めなければなりません。しかし、いつまでも追及を続け、どこまでも猛烈に非難し続け、地の果てまで追跡し続け、叩いて叩いて叩きまくる作法には、やはり共感することが困難と言わざるを得ません。そのうち宇宙の果てまで、と相成るのでしょうか。



鹿砦社と松岡さんの愛用する手法にアポなし突撃取材があるように思います。権力相手には有効な手法と言えます。しかし、これを個人相手に多用するのはいかがなものかと思いませんか。最初は被害者救済の立場だったのが、代弁者となり、さらには完全に当事者になって突撃取材結果を出版し続ける方法は、一種の炎上商法ですよね。それも一つの手法ですから、とやかく申し上げることではないかもしれませんが。


*上記の「炎上商法」という表現を撤回します。理由はこの頁の末尾に記します。



4 おわりに



最後に、香山リカ『オジサンはなぜ勘違いするのか』を紹介させてください。鹿砦社と松岡さんがひたすらまとわりついてきた、あの香山リカさんです。

香山リカ『オジサンはなぜ勘違いするのか』(廣済堂出版、2019年)



<「長年マジメに一生懸命やってきて、いまも変わらないつもりなのに、最近なぜか周囲の目が冷たい」

―― 若者や女性とのコミュニケーションにうっすらとした不安を覚える、昭和半ば生まれのオジサンたち。

ズレの根源は、オジサンたちが無意識のうちに引きずっている「昭和」な価値観にあります。

昭和の常識は令和の非常識なのです。

 たとえば「『お前のためを思って』とシビアに指導」「休日にLINEで女性部下を励ます」「ふつうの生活を守るために連日残業」「『いつまでもヤンチャ』にあこがれる」「『次のおすすめ』に従って動画を見続ける」

――これらがなぜNGなのか、わからないオジサンはズレています。

もし本書の解説に「イラッ」ときたら、それはもう赤信号!>


先日、香山リカさんから送られてきたので、大阪へ向かう新幹線の中で読みました。ひょっとして私のことか? などと不安に思い、かつ愉しみながら。

香山さんは、「昭和半ばごろまでに生まれた男性」を「オジサン」と呼んで、パワハラオジサン、キレるオジサン、情弱オジサン、セクハラオジサン、文科系説教オジサン、上昇志向オジサン、子ども部屋オジサンの6類型を提示しています。
最後に「オジサンが「おとな」になるために」という言葉が出てきます。「オジサン」は「おとな」になりきれていないからです。これが香山さんから「オジサンたちへの心からのアドバイス」です。

香山さんは、「愛のムチはもう通用しない」と、愛情ゆえの厳しい指導はいまやパワハラと訴えられる可能性があると指摘しています。

上司と部下、先輩と後輩等の関係の下で、上から徹底的に指導する方法は時代遅れです。

「オジサン世代もたぶん、その間違った価値観の被害者なのだと思いますが、いまのおじさんたちはそれを終わらせ、その価値観が支配する社会を変えることができます。」

さすが香山さんと思わされるのは「もちろん、私も自分が“おとなでステキなオバサン”になれているとは思っていません」と冷静な認識を披露しているからです。

それはともあれ、香山さんの指南を参考に、一度立ち止まって、私たちオジサンの思考様式を点検してみませんか。勘違いオジサンは顰蹙を買うだけですし。



ありがとうございました。



松岡さんと鹿砦社のますますのご発展、ご活躍を祈ります。




*追補

「炎上商法」という言葉について、友人から「出版人に対してこの言葉を使うのはもう少し慎重であるべきではないか」という趣旨の忠告を受けました。


第1に、十分な説明抜きに使うと、読み手が「言葉のもっとも悪い意味で使っている」という印象を受ける恐れがある。

第2に、対象の範囲を明示していないと、相手の出版活動全体に対して非難しているように読まれる恐れがある。

第3に、いきなり用いると、対話を妨げ、相手に対する非難だけが突出する。不必要な表現である。


以上のことから、上記表現は不適切であると考え、これを撤回します。



鹿砦社及び松岡利康さんに不愉快な思いをさせたかもしれません。もしご要望があれば、その折りに改めてお詫びいたします。











桐山襲を読む(10)難波大助の父親の人生


桐山襲『神殿レプリカ』(河出書房新社、1991年)

帯の惹句「夜の涯からひびく 幽かな生命のざわめき 変幻への予兆にみちた 静謐なタペストリー」とあるとおりの短編集である。


J氏の眼球

十四階の孤独

S区夢幻抄

リトル・ペク

そのとき

神殿レプリカ


J氏の眼球」では定年間近の古代哲学者の人生と、病院で隣のベッドだった学生運動の闘士らしき人物の交錯。「十四階の孤独」では82歳の元釣堀屋主人の晩年の感慨。「そのとき」では3人の老女の人生の悲しみ。いずれも老境に達した主人公の物語だ。「神殿レプリカ」でも難波大助の父親・難波作之進の最後を描いている。
本書出版が1991年8月で、桐山は1992年3月に亡くなっている。1949年生まれの桐山だから、早すぎる他界であるが、その最後の時期に、人の終着点に関心を絞り込んでいたようだ。


「リトゥル・ペク」は異色の作品だ。身長144センチほどの小さなペクは、トラック運転手になりたかったが、大型トラックの運転は無理なため、タクシー運転手になった。親戚の好意で29歳の女性とお見合いをして、次回の約束をしたことから有頂天になったが、2人が住む街からほど近い都市が軍隊に制圧され、若者たちの闘いが始まる。軍による虐殺が起きたその都市に、女性も、ペクも、別々に突入していく。錦南路、忠北路、開峰路。道庁へ、道庁へ。光州事件を想起させる舞台が選ばれている。


天皇お召列車爆破未遂事件の『パルチザン伝説』でデビューした桐山が、「神殿レプリカ」では、摂政狙撃事件の難波大助の父親の人生を素材に、歴史と伝奇に挑む。黒い風が吹くその村の本物の神殿と、そのレプリカに過ぎない天皇家の大嘗祭。作品は、難波作之進の死去の「それから3年後の1928年、裕仁は新たなる神殿を拵え、大嘗祭に臨んだ。」と終わる。

国家の万華鏡とは何か


阿部浩己『国際法を物語るⅡ 国家の万華鏡』(朝陽会)



近代国家という構築物の上にさらに積み重ねるように構築されてきた国際法を、国際関係や国家の論理だけでなく、人権の論理も導入しながら、読み解き、読み替える作業が続く。国家の管轄権や、国家の責任や、個人の責任といった各レベルの問題を通じて、現代国際法の変容を明らかにしている。

平和の碑(少女像)について、在外公館の不可侵とは何かを冷静に検討している。日韓の対立をいきなり論じるのではなく、在外公館をめぐる過去の国際法の思考をたどり、その中に位置づける試みである。

人権論を基軸とした国際法の方法論の意義がよく理解できる1冊である。


1 国家と主権「イスラム国」の残響 

2 領域主権と国境管理 

3 自己決定権と沖縄 

4 エストニアと強制失踪 

5 外国国家を裁けるか国家免除という桎梏 

6 国家管轄権の魔法陣

7 国家管轄権の魔法陣② ―権能から義務へ 

8 在外公館の不可侵「平和の少女像」

9 国家責任のとり方「慰安婦」問題 

10 国際裁判の展開

11 国際法を守らせる仕組み

12 国際法と災害 

13 核兵器禁止条約と国際法


Thursday, June 06, 2019

国際法のダイナミズムを学べる読み物


阿部浩己『国際法を物語るⅠ国際法なくば立たず』(朝陽会、2018年)



国際人権法の第一人者の最新刊である。

『国際法の人権化』『国際人権を生きる』『国際法の暴力を超えて』『テキストブック国際人権法』等多数の著作を出してきたが、本書は「物語る」とあるように、概説書や研究書というよりも、一般向けの読み物風に工夫を凝らした入門書である。『時の法令』に連載しただけあって、入門書と言っても、読み応えのある、読者に考えさせる著作となっている。

阿部の国際法学は、何よりも、人権論から国際法を編み直す問題意識と方法論に特徴がある。国際政治の力学、権力関係に付き従うのではなく、人間の尊厳、人権の論理を注ぎ込んできた。

本書でも、マイノリティ、ジェンダー、第三世界などの視点も織り込んでいる。国際法とは何か、そして国家とは何か、を主題としながらも、支配する側の視点だけではなく、多面的多角的に検討を加えている。どの章でも一度は、読みながらニヤッと微笑んでしまう、そうした国際法の本に初めて出会った。


1   国際法と出会う

2   国際法の歴史を物語る

3   国際法と日本

4   国際法の描き方

5   国際法は「法」なのか

6   国際法の存在形態

7   国家について考える領域とは何か

8   国家について考える永住的住民

9   国家について考える政府と独立

10  国家について考える国家承認の法と政治

11  台湾は国家なのか

12  謎の独立国家ソマリランド

13  不思議の国バチカン

14  国家の消滅沈みゆく環礁国


Tuesday, June 04, 2019

沖縄(ウチナー)のことは沖縄人(ウチナーンチュ)が決める!!


琉球の自己決定権BOOKLET

『日米の植民地主義に沖縄人はどう立ち向かうのか』(命どぅ宝!琉球の自己決定権の会、2018年)300円


「憲法番外地・沖縄――沖縄を取り巻く法・政治と植民地主義」高良沙哉

「日米に衝かれた沖縄近現代の弱点」伊佐眞一

「私たちは何者なのか――植民地主義、先住民族の議論から」親川志奈子


沖縄大学人文学部で憲法学や軍事性暴力を研究する高良には、『「慰安婦」問題と戦時性暴力』(法律文化社、2015年)という重要著作がある。木村朗・前田朗編『ヘイト・クライムと植民地主義』(三一書房、2018年)に「琉球/沖縄における植民地主義と法制度」という論文を寄稿してもらった。シンポジウムの記録である本ブックレットでも、「憲法番外地」という言葉で沖縄が置かれた状況を点検している。植民地主義が日本憲法学においてどのように論じられてきたか、論じられてこなかったか。「植民地主義に基づく差別のために憲法が沖縄に適用されにくいという状況を理解しない限り、問題性には気付きにくいのではないかと考えます」。説得的な議論だ。

私見では、憲法学のみならず、日本国憲法こそが植民地主義の根拠である。「憲法が植民地主義に基づく差別を内包・容認しているために、沖縄差別が正当化されてしまう」。

高良はそこまでは明言していないが、同じことを考えているのではないだろうか。


命どぅ宝!琉球の自己決定権の会

Saturday, June 01, 2019

桐山襲を読む(9)1972年の最後の脱出者に


『都市叙景断章』(河出書房新社、1989年)


本書も初めて読んだ。装幀は高麗隆彦で、私のかつての同僚だ。

<それはこの時代の奇跡の始まりなのか>

<夜明けの都市に失われた記憶をたどる哀切なレクイエム>

装画として、ピラネージ『牢獄』が使われている。砂の都市・東京。紫色の夜明け。公園ベンチの失業者。首都中心部にある空洞としての西洋式公園。北側の封建時代の城。北方の山岳地帯へ続く16本のホーム。記憶を失った語り手が高層ビルの窓硝子を拭く大都会の「牢獄」イメージが積み重ねられる。

かろうじて蘇ってきた4つ記憶の断片。

1つは、1968年10月21日、「国際反戦デー」と呼ばれた日の、国会前デモ。螺旋階段を降りた喫茶店で流れるアルバート・アイラーのChange has com

2つは、1969年9月5日、H野外音楽堂における全国全共闘連合結成集会。

3つは、1970年代初頭、雪の山岳ベース建設に協力した語り手たちが一瞬垣間見た悲劇への端緒。

4つは、1972年2月の新聞記事。

こうして語り手は、連合赤軍事件と呼ばれた事件への滑走路を自分もたしかに横切ったことを思い起こす。

そして、真昼子、MAHIRUKO

語り手の姉であり、かつての恋人であり、あるいは単なるクラスメートだったかもしれない女性の美しい顔の記憶。

時代を共有し、事件にともに立ち会い、その場にいたはずの彼女が、南島でひっそり生きる在日朝鮮人の老婆の付き添いボランティアとして生きている、かもしれない。

連合赤軍事件の12人の犠牲者リストには加えられなかったその名前。

1972年の最後の脱出者ともいうべき者。

1980年代の最後の年に、記憶を失った語り手がTVに一瞬だけ確認した真昼子の顔。


『パルチザン伝説』以来、激動の時代の学生の<叛乱>を題材としながら、歴史と神話と伝記の謎に挑んできた桐山だが、その作風は常に「叙情的」と批評されてきた。積極面としても消極面としても使われた「叙情的」。これに反論するかのごとく、桐山は「都市叙景断章」を提示した。

だが、<哀切なレクイエム>。誰のためのレクイエムだっただろうか。