Wednesday, December 11, 2019

遺志を継ぐ? 何を言ってるのか


尊敬する中村哲さんが亡くなった。無念の事件だが、生涯をかけた地での覚悟の事件だったかもしれない。



遠くで、一方的に尊敬しているだけの私は黙っていようと思ったが、マスコミの論調に違和感があるので、一言だけ表明しておく。



「中村哲さんの遺志を継ぐ」などと、スタジオで脳天気にコメントしているアナウンサーや評論家がいるが、冗談じゃない。



それがどんなに大変なことか、本当にわかっているのか? まじめにコメントしているのか?



私は10数年、アフガニスタンにかかわって平和運動に加わってきた。RAWA(アフガニスタン女性革命協会)との連帯活動にも及ばずながら加わってきた。カブールにもジャララバードにもクンドズにもマザリシャリフにも行った。



だから、明言できる。中村さんの真似なんてとてもできないし、遺志を継いで頑張るなんて、とても言えない。



何も出来ない己を恥じながら、せめて、できることはないか、探していきたい。

Thursday, November 21, 2019

東アジア共同体・沖縄琉球研究会・第1回公開研究会


東アジア共同体・沖縄琉球研究会・第1回公開研究会



日朝・日韓関係の現状と展望――2020年に向けて



 日時:2019年12月20日(金) 18時~20時40分(開場17時30分)

 会場:東京しごとセンター・セミナー室(5階)

 東京都千代田区飯田橋3丁目103

 JR中央・総武線「東口」より徒歩7

 都営地下鉄大江戸線・東京メトロ有楽町線・南北線「A2出口」より徒歩7

 東京メトロ東西線「A5出口」より徒歩3



 参加費(資料代含む):500円



 報告(1) 「変動する朝鮮半島情勢と日本の位置」

 文泰勝(朝鮮大学校准教授)

 報告(2) 「改めて徴用工問題を考える」

 矢野秀喜(無防備地域宣言運動全国ネットワーク)



 主催:東アジア共同体・沖縄琉球研究会

 連絡先:070-2307-1071(前田)、maeda@zokei.ac.jp


Saturday, November 09, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(140)選挙ヘイト対策


瀧大知「差別団体による『選挙ヘイト』――その実態と市民の抵抗」『IMADR通信』

200号(2019年)



2019年4月の統一地方選挙における「選挙ヘイト」について、川崎市と相模原市の状況を中心に紹介し、これに対する市民のカウンターについても報告する。選挙の場合、公職選挙法による「選挙妨害罪」という壁があるためカウンター側も頭を悩ませてきたが、今回は地元市民やカウンターが集まり、身体を張ってヘイトデモを止めた。瀧は、市民による抗議でヘイトを止めた意義を強調しつつも、「そもそもとして差別を煽動するような人物が選挙に出られること、そのものが問題ではないか」として、差別禁止法の必要性に言及する。



選挙妨害罪の壁はたしかに気になった。だが、国際人権法でも、諸外国の法制でも、重大なヘイト・スピーチは犯罪だから、選挙であろうと何であろうと許されない。瀧が言うとおり、身体を張ってヘイトデモを止めたのは正当だし、やはり包括的な差別禁止法が必要だ。


Thursday, November 07, 2019

ヘイト・スピーチを許さない――東京科学シンポジウム分科会


ヘイト・スピーチを許さない

――地方自治体に何ができるか

20 回東京科学シンポジウム第5分科会



マイノリティに対する差別と排外主義が強まり、ヘイト・スピーチが社会問題として注目を集めた。2016年にはヘイト・スピーチ解消法が制定され、「ヘイト・スピーチを許さない」と明記されたが、「理念法」であって具体的な施策は示されず、地方自治体に委ねられた。国立市、京都府、京都市、神戸市、川崎市など各地の自治体では、人権条例、ヘイト・スピーチ条例、適用のためのガイドライン策定等が進められている。そこで差別とヘイトを許さないために自治体には何ができるのか、何をすべきなのか検討する。<分科会責任者:前田 朗>



12月1日(日)13時15分~16時

中央大学多摩キャンパス



「地方におけるヘイトスピーチの現状」

         明戸隆浩(東京大学大学院特任助教)

「川崎市反差別条例(素案)の到達点」

師岡康子(弁護士)

「公の施設ガイドラインを巡って」

前田 朗(東京造形大学教授)



*東京科学シンポジウム会場及び参加費など詳細は「日本科学者会議東京支部」ウエブサイトをご覧ください。             

http://jsa-tokyo.jp/

*本分科会についてのお問い合せは

070-2307-1071(前田)、E-mail:maeda@zokei.ac.jp



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20 回東京科学シンポジウム

テーマ: 理性と希望の平和な時代を拓く

実現しよう! 個人の尊厳と生活の安心

開催日時:2019 11 30 日(土)~12 1 日(日)

開催場所:中央大学多摩キャンパス

主 催:日本科学者会議東京支部

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Wednesday, October 30, 2019

「記憶の暗殺者」との闘い(五)


『救援』19年5月



刑法と表現の自由



ボローニャ大学のフロンツァは、歴史否定主義の刑事犯罪と表現の自由という基本権の間の緊張に焦点を当てる。その明確な例がドイツとスペインの憲法裁判所の判決である。合法な思想と非合法な思想の間に境界線を引くと、刑法の基本原則である合法性原則、侵害原則、最終手段原則を危うくする恐れがあるからである。

一九九四年四月、ドイツ連邦憲法裁判所は、ホロコースト否定を処罰する必要性と表現の自由の保護の間の矛盾を解決しようとした。同年一〇月、ドイツ連邦議会はホロコースト否定犯罪を新設する法改正を可決した。ホロコースト否定犯罪はドイツでは「アウシュヴィツの嘘」と呼ばれ、一九七三年に導入されたが、一九九四年に刑法一三〇条改正がなされ、人種憎悪の煽動が犯罪化された。二〇〇五年には集会法と刑法が改正され、刑法第一三〇条四項が追加された。ドイツ統合以来、排外主義プロパガンダが激しくなり、デッケルト事件が起きたことが主たる要因である。デッケルト事件とは、ドイツ国民民主党が著名な歴史否定主義者のロイヒターを招待して集会で否定主義発言をさせたため、デッケルト党首が共犯として起訴されたが、裁判所が無罪を言い渡した事件である。

刑法一三〇条は、歴史否定主義について広範な定義を採用し、公然と行われた、公共の平穏を害するような方法での、ホロコーストの否定、矮小化、称賛を犯罪とした。刑罰は五年以下の刑事施設収容である。

フランス法と異なり、ドイツ法では国際刑法典第六条に定められたナチス支配下の犯罪の否定のみが犯罪とされる。フランス法その他の事例では、ナチス時代に限定していないものが目立つ。他方、ドイツ法はナチス支配下の事案であっても、障害者の強制不妊手術の事実の否定を犯罪としていない。

フロンツァは、ドイツ憲法裁判所が刑法一三〇条の解釈に当たって「事実」と「意見」の区分、及び「事実の真実性」について検討したことを確認する。「事実」と「意見」の区分自体が相対的な評価にさらされなければならないし、この区分だけでは表現の自由の過剰な制限という危惧に応答できない。「真実性」を基準に取り込めば歴史的真実と司法的真実の区分が不可欠となる。司法的真実と異なり、歴史的真実は可変的であり常に新たな知見によって挑戦を受ける。ドイツはこの難題に向き合い試行錯誤を続けている(ドイツ法について、櫻庭総『ドイツにおける民衆煽動罪と過去の克服』福村出版参照)。



事実と価値



 元ナチス親衛隊幹部のレオン・デグレレがユダヤ人迫害を公然と正当化し、ガス室の存在を疑う発言をしたため、アウシュヴィツ生存者であるヴィオレータ・フリードマンが人間の尊厳と名誉を侵害されたと訴えた。しかしデグレレはフリードマンの名前を口にしていないという理由によって訴えは退けられた。スペインには適切な法律がないと判明し、刑法改正が求められ、激しい論争の末、一九九五年のスペイン刑法に歴史否定主義犯罪が導入された(スペイン刑法につき、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究序説』三一書房、六一七頁及び六七五頁)。

 二〇〇七年、スペイン憲法裁判所は刑法六〇七条二項について一部違憲との判断を下した。憲法裁判所の判断基準は否定と正当化の間の差異に着目するものであった。

 有名書店リブレリア・ヨーロッパの店主ペドロ・ヴァレラがユダヤ人コミュニティを中傷する反ユダヤ主義の書籍を販売した。一九九八年一一月、バルセロナ刑事裁判所はヴァレラにジェノサイドの否定の罪(刑法六〇七条二項)及び差別と憎悪の煽動の罪(刑法五一〇条)につき有罪を言い渡した。ホロコーストの否定はユダヤ人に対する敵意の雰囲気を醸成するので、単に歴史的事実の否定にとどまらないとした。ヴァレラは憲法二〇条一項の表現の自由を理由に上訴した。

 二〇〇七年一一月七日、憲法裁判所は上訴を一部支持し、刑法六〇七条二項はジェノサイドの「否定」を犯罪化している点で違憲であると判断した。憲法裁判所は表現の自由は民主的法システムに不可欠の重要な権利であるとし、ジェノサイドの実行を否定や正当化する意見の流布が憲法上の表現の自由に含まれるか否かを検討した。憲法による人間の尊厳の認知が憲法上の権利の行使の枠組みに影響を与える。ジェノサイドの実行を称賛し、正当化する行為は被害者の人間性にかかわるので憲法的保護を受けない。憲法裁判所は欧州人権条約一〇条に関する欧州人権裁判所判決を引用する。ここで憲法裁判所は「否定」と「正当化」の区別を強調する。否定は表現の自由の適用範囲にあるが、正当化は刑罰の適用対象となりうる。正当化は当該ジェノサイドの存在の否定ではなく、ジェノサイド実行者を明確に特定しながら合法だと主張するものである。ジェノサイドの正当化の処罰は、被害者集団に対する暴力実行の間接煽動に当たる。それゆえジェノサイドの単なる否定はヘイト・スピーチには当たらない。事実に関する発言は表現の自由に照らしても歴史研究の自由に照らしても合法的であるという。

 他方、憲法裁判所によれば、ジェノサイドの正当化は犯罪についての価値判断の表明であるため、異なる結論が導かれる。ジェノサイドを正当化する思想の流布をヘイト・スピーチとして犯罪化することは憲法にも国際人権法にも合致する。憲法裁判所はEU枠組み決定を引用する。ジェノサイドを正当化する発言を公然とすることはジェノサイド実行の間接煽動に当たる。憲法裁判所は「事実」と「価値」を区別した。

 ヴァレラ事件判決は、歴史否定主義の犯罪化に際して否定と正当化を区別した。ドイツやフランスをはじめ欧州各国ではこの区別は一般的とは言えないように思われる。事実と価値を明確に区別することが可能なのか問題は残る。ドイツの場合、「単純なアウシュヴィツの嘘」と「重大なアウシュヴィツの嘘」という類型化が前提となっているため、スペインのような議論にはならないのかもしれない。「記憶の暗殺者」に対抗するために欧州では刑法を「記憶の監視人」として活用することに共通理解が形成されてきた。

 歴史修正主義が国家権力を掌握し、社会的にも常態化している日本では歴史否定発言が横行している。露骨で過激なヘイト・スピーチを規制することにさえ、憲法学やジャーナリズムから強烈な反論が出るヘイト国家・日本では、人種主義の克服ははるかに遠い課題である。

Monday, October 28, 2019

「記憶の暗殺者」との闘い(四)


『救援』19年4月



刑法と記憶



ボローニャ大学ロースクール上級研究員のフロンツァの著書『記憶と処罰』(スプリンガー出版)は、欧州におけるジェノサイドやその他の大虐殺の否定の処罰事例を詳細に検討している。フロンツァは、歴史否定主義の犯罪化の問題を、第一に「刑法と記憶」の葛藤、第二に「刑法と表現の自由」の葛藤という二つの局面で検討する。

「刑法と記憶」の葛藤について、フロンツァは、歴史否定主義の刑事犯罪と歴史の間の葛藤に焦点を当てると三つの問題点が浮上するという。第一に歴史再構成による改竄の危険性、第二に一部の歴史的真実のみを確証する危険性、第三に歴史的記憶にヒエラルキーを導入してしまう危険性である。これらの問題を検討する素材は、まず歴史否定主義を処罰してきたフランス司法に多くの例がある。フランスの経験は歴史否定主義の犯罪化から生じる問題のパラダイムをよく示す。次に欧州人権裁判所判決である。歴史否定主義の「原型」とも言えるガロディ事件判決、及びその後のペリンチェク事件判決が重要である。

フロンツァによると、歴史否定主義の犯罪化に際して、立法においても判決においても、何が真実かをめぐる複雑な問題が生じる。もともと過去の出来事に関する裁判所の管轄権は、公判における立証を通じて裁判所が評価を行い、裁判所の最終判決に至る。裁判所の判決により真実の証明がなされたのであるから、これに異議を唱えることはできない。これが司法的真実であるが、それは歴史研究において真実と理解されているものとは異なる。歴史と法は、それぞれの課題に従って異なる方法で過去の事実を再構成する。だが歴史が裁判の俎上に載せられると、司法的真実と歴史的真実が相互に影響し合い、交錯し、葛藤を生じることになる。司法的真実の方が強力なため歴史的真実を支配してしまうこともある。

フランス司法はこの問題に長期間向き合ってきた。一九九○年のゲソ法ではホロコーストの否定が問題とされた。文字通りの「アウシュヴィツの嘘」犯罪である。その時代から「刑法と記憶」をめぐる論戦が続いてきた。二○○一年以来、フランス議会ではアルメニア・ジェノサイドを確認する作業が続いた。二○○六年にはアルメニアア・ジェノサイドの否認を犯罪化する提案がなされたが、立法化には至らなかった。二○一二年、議会はボイアー法を可決した。これにより、ホロコーストだけでなく、すべてのジェノサイドや人道に対する罪の存在を問題視したり、矮小化することが犯罪化された。フランス法については、光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制」『愛媛法学会雑誌』四〇巻一・二号~四三巻一・二号が詳しい。

フランスでホロコースト否定本を出版したロジェ・ガロディは、人種憎悪の罪で有罪とされたが、これを不服として欧州人権裁判所に提訴した。二〇〇三年六月二四日、欧州人権裁判所判決は、ホロコーストのような明確に確認された歴史的事実と、歴史家の間で議論が進行中の事実とを区別した。第二次大戦時の歴史的事実については論争を制限する正当性を認めた。ガロディ事件について、光信一宏「ホロコースト否定論の主張の禁止と表現の自由」『愛媛法学会雑誌』三五巻一・二・三・四号参照。



ペリンチェク事件



二○○五年、トルコ労働者党党首のドグ・ペリンチェクは、スイスで開催された会議に出席して、トルコによるアルメニア・ジェノサイドは「嘘である」という発言を繰り返し、戦時における犠牲はあったが、ジェノサイドの意図はなかったと主張した。二○○七年三月九日、ローザンヌ地裁はペリンチェクに有罪を言渡し、一二月一二日、スイス連邦裁判所は控訴を棄却した。

そこでペリンチェクは欧州人権裁判所に提訴した。二○一三年一二月一七日、欧州人権裁判所は、スイスが欧州人権条約第一○条に違反したと結論づけた。スイス政府が控訴したが、欧州人権裁判所大法廷はこれを棄却した。

フロンツァによると、本件では、ペリンチェクの発言内容をどう見るか、スイス刑法第二六一条四項(ヘイト・スピーチ)の成立要件をどう見るか、国際刑法におけるジェノサイドの成立要件をどう見るか等複雑な論点が介在しているため、本判決をどう読むかは研究者の間で現在も論争が続いている。例えば、アルメニア・ジェノサイドを公式に認めた国は世界一九○カ国のうち二○カ国にとどまるといった情報を取り上げたり、ジェノサイドの特別の意図の立証をめぐる論争がなされた。

欧州人権裁判所判決は、ホロコーストの否定とアルメニア・ジェノサイドの否定の社会的意味が異なると判断した。フロンツァはここに「記憶のヒエラルキー」が生じているという。ホロコーストを他のジェノサイドや人道に対する罪と区別するために、国連憲章や戦後各国の憲法などに提示された価値の比較をすることになる。果たしてそれは可能なのか。

フロンツァによると、歴史否定主義の犯罪化によって「記憶の法廷」が余儀なくされるが、国内レベルか国際レベルか、記憶の多様性、当事者と世界の間の葛藤といった問題が生じる。いずれにせよ刑事裁判を通じて、過去の出来事が「立証」され、公式の「真実」が提示されることになる。戦争犯罪法廷(国際的法廷、個別国家の刑事法廷、国際刑事裁判所)のどの事例でも同じことが問われてきた。国際的に承認された重大人権侵害の裁きにおいては常に起きる問題である。とはいえ歴史的再構成と司法的再構成とでは方法も理論も目的も異なるが、刑事法廷の帰結は歴史に多大の影響を及ぼし、集合的歴史記憶の基礎となる。刑事裁判の目的は過去を「支配」することではないが、支配する効果を持つ。

フロンツァは、歴史否定主義の犯罪化の重要性と困難性を確認しつつ、「記憶を大切にする」ことと「記憶をつくる」ことに言及する。

刑法と記憶をめぐる論争は法的論争、歴史的論争、社会心理学的論争に及び、これらを巻き込んで進展する。ここで少なくとも言えることは、単一の視点ではなく多様な視点が登記され、「事実」に多面的な光を当てることの重要性と、同時に被害当事者の人間の尊厳を置き去りにしないことである。フロンツァはその間で思考を積み重ねている。日本の議論との決定的な違いである。教科書検定訴訟、一九九○年代からの戦後補償訴訟(在留資格、BC級戦犯、恩給、被爆者、「慰安婦」、強制労働等々)、南京事件訴訟、さらには沖縄戦岩波訴訟など数々の民事訴訟の蓄積にも拘わらず、歴史と記憶に関する最近の議論はあまりに粗雑である。

Friday, October 25, 2019

「記憶の暗殺者」との闘い(三)


『救援』19年3月



刑罰法規の例



 フロンツァの著書『記憶と処罰――歴史否定主義、自由な言論、刑法の限界』の紹介を続ける。日本ではドイツだけが紹介され、あたかも例外であるかのように言われてきたが、欧州には「アウシュヴィツの嘘」のような歴史否定発言を処罰する立法例が多数ある。前回はオーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、チェコ共和国、フランス、ドイツ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、ルクセンブルクを紹介した。

 マルタ:刑法第八二条b項(二〇〇九年一一月三日)。処罰される行為は否定、矮小化、称賛。対象は人種、皮膚の色、宗教又は民族的国民的出身に基づいて人々の集団に行われたジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪。追加要件は言説の公然性、暴力及び憎悪の煽動であること、公共の秩序を乱す方法で行われたこと。制裁は八月以上二年以下の刑事施設収容。

 ポーランド:ポーランド国民に対する犯罪に関する国民的記憶施設及び訴追委員会法第五五条(一九九八年一二月一八日)。処罰される行為は否定。対象は一九三九年九月一日から一九八九年一二月三一日の間にポーランド市民その他の国籍者に行われたナチス犯罪、共産主義犯罪、その他の戦争犯罪、人道に対する罪、平和に対する罪等。追加要件は言説の公然性。制裁は三年以下の刑事施設収容。

 ポルトガル:刑法第二四〇条(一九九八年九月二日、二〇〇七年九月四日改正)。処罰される行為は否定。対象は戦争犯罪、平和に対する罪、人道に対する罪。追加要件は言説の公然性、憎悪及び差別を煽動・助長するような方法で行われたこと。制裁は六月以上五年以下の刑事施設収容。

 ルーマニア:二〇一五年七月二二日の法律第六条(二〇〇二年三月一四日の緊急命令によって導入)。処罰される行為は否定、論争、称賛、正当化及び矮小化。対象はジェノサイド及び人道に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は六月以上六年以下の刑事施設収容。

 スロヴァキア:刑法第四二四a条(二〇〇五年五月二〇日)。処罰される行為は否定及び矮小化。対象は、国際刑事裁判所規程に定められたジェノサイド、戦争犯罪及び人道に対する罪。ニュルンベルク裁判所憲章に定められた戦争犯罪、平和に対する罪、人道に対する罪。追加要件は言説の公然性、人種、宗教、民族、国民を理由に行われたこと。制裁は一年以上三年以下の刑事施設収容。

 スロヴェニア:刑法第二九七条(二〇一一年一一月二日)。処罰される行為は否定、正当化、是認、愚弄、弁護。対象はジェノサイド、ホロコースト、戦争犯罪、人道に対する罪及び侵略の罪。追加要件は言説の公然性、人種、宗教、民族、国民を理由に行われたこと。制裁は二年以下の刑事施設収容。

 スペイン:刑法第五一〇条一項c、一九九五年一一月二三日の基本法。処罰される行為は否定、賛美、矮小化。対象はジェノサイド、人道に対する罪及び戦争犯罪。追加要件は言説の公然性、ジェノサイド実行を間接的に煽動する方法で行われたこと。制裁は一年以上二年以下の刑事施設収容。

 フロンツァは以上の二一カ国の具体例を示す。他にもデンマーク、エストニア、フィンランド、オランダ、スウェーデン、イギリスの名前を挙げているが、具体的記述はない。またロシアその他にも同様の法律がある。欧州では戦争犯罪や人道に対する罪の事実を否定する歴史否定発言を犯罪とするのが常識である。



否定犯罪規制の潮流



 フロンツァは、歴史否定主義を犯罪とする傾向が欧州各国の国内法に始まり、やがて国際的潮流となり、ついにはEU枠組み決定に取り入れられ、刑事規制がEU加盟国の義務となった過程を追跡する。EU枠組み決定はホロコースト否定だけではなく、その他の国際犯罪の否定にも及んでいる。同時に言論の自由を保障するための制約も導入されている。

 フロンツァは、国際レベル、EUレベル、EU枠組み決定、欧州人権条約の四段階を考察する。

 国際レベルでは、もともと表現の自由を保障する規定と差別を禁止する規定、特に人種主義宣伝を禁止する規定が存在していた。歴史否定発言の規制に向けた動きは一九四八年の世界人権宣言に始まる。宣言第一九条は意見・表現の自由を保障するが、同時に「すべて人は、自己の権利及び自由を行使するに当っては、他人の権利及び自由の正当な承認及び尊重を保障すること並びに民主的社会における道徳、公の秩序及び一般の福祉の正当な要求を満たすことをもっぱら目的として法律によって定められた制限にのみ服する」とした(第二九条)。

一九六六年の市民的政治的権利に関する国際規約(国際自由権規約)第一九条一項も表現の自由を掲げるが、同時に「権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。(a) 他の者の権利又は信用の尊重、(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」とする(第一九条三項)。さらに同規約第二〇条一項は戦争宣伝を禁止し、同条二項は「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と定める。

さらに一九六五年の人種差別撤廃条約は人種差別の禁止と撤廃のための措置を列挙したうえで、条約第四条は人種的優越性や憎悪の煽動を規制し、ヘイト目的団体参加や財政支援も犯罪とすることを明示した。人種差別撤廃委員会の一般的勧告第三五号が続いた。

国際自由権委員会はこのテーマに関するガイダンスを提供してきたが、特に歴史否定発言についてはフォリソン対フランス事件に関する通報について、一九九三年一月二日、国際犯罪の事実を否定する公開発言は、暴力及び人種憎悪を煽動する場合にのみ刑事訴追に服すべきであると判断した。

リヨン大学の文学教授フォリソンは著名なホロコースト否定論者であった。フォリソンは一九七八年以後、ナチス・ドイツのガス室はなかったと主張した。これを擁護するノーム・チョムスキー、批判するピエール・ヴィダル・ナケらの間で論争となった。これが一因となって一九九〇年、フランスに否定発言犯罪が導入された。フォリソンは自説を唱え続けたため一九九一年に有罪判決を受け、一九九二年に確定した。そこでフォリソンは国際自由権委員会に提訴していた。フロンツァは、フォリソン事件決定が国際レベルの水準を示すと見る。