Tuesday, August 09, 2022

ヘイト・スピーチ研究文献(204)古典で読む表現の自由04

見平典「第14章 表現の自由」曽我部真裕・見平典編『古典で読む憲法』(有斐閣、2016年)

見平の議論にもう少し学ぶことにしたい。

1.      思想の自由市場論

2.      自己統治

3.      表現の自由の脆さ

4.      対抗言論

5.      民主的討議への寄与

6.      代替策

7.      差別思想の隠蔽

8.      ヘイト・クライム

 

1.思想の自由市場論

思想の自由市場論が不適切であることは私の論文及び著書で何度も指摘してきた。このブログでは、例えば下記参照。

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/06/blog-post_14.html

上記に書いた通り、思想の自由市場論は、社会科学でも何でもない、単なるたとえ話に過ぎない。日本国憲法と無縁である。理論の射程もいいかげんで、あいまいであり、議論に使えない。論外だ。

見平は「ホームズ反対意見のもう一つの重要な特徴は、市場のメタファーである。『思想の自由市場』論は、国家による介入を排した完全に自由な市場における競争こそが、国家や社会に最大の利益をもたらすとの当時の経済の自由市場論を、市場に見立てた言論空間に類推している。」(233頁)と述べる。

明確に「メタファー」「類推」と認めている。理論をわかりやすく説明するためにメタファーを利用することはありうる。しかし、理論を根拠づけるためにメタファーを利用するのは失格だろう。

経済市場には需給関係が成立するが、思想の自由市場には成立しない。経済市場には貨幣があるが、思想の自由市場には貨幣に相当するものが存在しない。被害を生む欠陥商品は経済市場から法的に排除されるように、被害を生む表現を市場から排除することも選択肢の一つだ。

2.自己統治

見平は、「民主政が打ち立てられた諸国においては、真理への到達という点とは別に、民主政の維持という点から、表現の自由を擁護する声も挙がるようになった。」(234頁)、「このような見方に従えば、民主政は表現の自由があってこそ成立しうるものであり、その意味で、表現の自由は特別な意義を有するといえる。」(235)

しかし、民主政は法の下の平等と差別の禁止なしに成立するだろうか。社会の構成員の一部を排除するヘイト・スピーチを放置して、「見平の民主政」は成立するのだろうか。

見平は「民主政は表現の自由があってこそ成立しうるものであり、その意味で、表現の自由は特別な意義を有するといえる」というが、「民主政は法の下の平等があってこそ成立しうるものであり、その意味で、法の下の平等は特別な意義を有するといえる」。表現の自由と法の下の平等の両方とも重要であり、もし両者が衝突することがあるとすれば、バランスをとる必要があるはずだ。

3.表現の自由の脆さ

見平は、「表現の自由がきわめて脆いものである」とし、表現の自由が手厚く保障されるべきなのは「歴史的経験をふまえ、表現の自由がこわれやすいものであるという認識がある。」という(238)

不思議な議論だ。何を言っているのか、理解できない。

歴史的経験をふまえ、法の下の平等はきわめて脆いものではないのか。人間の尊厳はきわめて脆いものではないのか。民主主義はきわめて脆いものではないのか。学問の自由は極めて脆いものではないのか。思想・良心の自由は極めて脆いものではないのか。

4.対抗言論

見平は「実際に、ヘイト・スピーチ規制を支持する声が少数者集団・多数者集団に跨る形で存在しており、規制導入の是非が議論されていることは、対抗言論や思想の自由市場、民主的討議が機能していることを例証している、とされる。」(242頁)と述べる。

果たしてそうだろうか。

1に、「実際に、ヘイト・スピーチ規制を支持する声が少数者集団・多数者集団に跨る形で存在」しているというのは、いつ、どこでなのだろう。

①京都朝鮮学校襲撃事件では、ヘイトが行われた時、どこに対抗言論があっただろう。被害が生じて、何日も後に対抗言論がなされたとして、それが何の例証になるのだろうか。

②川崎ヘイトデモで被害者が対抗言論に立ち上がらざるを得なかった。そこに多数者集団による対抗言論も加わった。それが何の例証になるのか。現に生じた被害を無視した議論だ。

2に、「規制導入の是非が議論されていることは、対抗言論や思想の自由市場、民主的討議が機能していることを例証している」とはいったいどのような事態なのだろうか。

「規制導入の是非が議論されている」が、規制は導入されず、しかも論者は規制に消極的であり、規制に反対しているのだ。差別とヘイトが続いているのに、「規制導入の是非が議論されている」ことが何の例証になるのか。ヘイトを擁護する論者が多数派であることの例証でしかないだろう。

被害者に対して、「規制導入の是非が議論されているから良かったね。規制は導入されないけど、未来永劫、議論だけで我慢してね。被害を受け続けてね」と言うのだろうか。

5.民主的討議への寄与

見平は「ヘイト・スピーチは社会の中に差別思想が存在していること、差別主義者が活動していることを明らかにするが、これは、差別の原因やとるべき政策を議論することを促すという点で、民主的討議に(消極的に)寄与しているとみることも可能である。」(242頁)と述べる。

差別があれば、差別をなくそうと議論するのが普通だ。差別をなくそうと議論しても、差別をなくさないという意見が強いため、規制ができず、差別が温存され続けることは社会的不正義だ。

ところが、見平の議論は違う。①ヘイト・スピーチがあるから、②差別思想があるとわかり、③政策の議論を促すから、④民主的討議に(消極的に)寄与している、という。

この議論では、①ヘイト・スピーチがなければ、②差別思想があるとわからず、③政策の議論を促さないから、④民主的討議に(消極的に)寄与しない、となる。ヘイト・スピーチがあることは良いことだとなってしまう。

「民主的討議に(消極的に)寄与」とはいったい何なのだろう。積極的に差別をなくすことには意味を見出さず、差別の原因や政策を議論することだけを評価する議論とはいったい何なのだろう。

先にも指摘したが、見平の民主政は法の下の平等や差別の禁止とは距離を置いて、表現の自由だけを唱える。社会から一定の集団を排除し、その主張を容認し、つまり迫害を容認して、見平の民主政が成立する。

もちろん、見平は差別に反対しており、法の下の平等を守ろうと考えているだろう。だが、見平論文は、法の下の平等や差別の禁止の意義よりも、表現の自由の保障を重視する立場を鮮明にしている。差別とヘイトの被害があっても表現の自由の名でヘイトを規制しないことを優先しようとしていると読める。見平論文は差別をなくすことについては一切語らない。

見平が編集した本書には「第11章 平等」という章が設けられているが、そこでは女性の権利を論じている。本書全体としてヘイト・スピーチの容認という結論が明確に打ち出されている。

6.代替策

見平は、「差別の克服や平等の実現のためにとりうる手段は、ヘイト・スピーチ規制以外にも存在していることが指摘される」(242頁)という。一般論として、他に取りうる手段があるのに刑事規制という手段を安易に用いるべきでないのは確かだ。

しかし、他に取りうる効果的な手段の提唱はなされていない。具体策を提示せずに、このような主張をするべきではないだろう。

また、二者択一には根拠がない。他に取りうる手段というが、ヘイト・スピーチ規制論者は、あれかこれかの二者択一を主張していない。国際自由権規約も人種差別撤廃条約も、刑事規制と他に取りうる手段の両方を推奨している。人種差別撤廃条約は、差別の禁止、差別法の撤廃、アパルトヘイトの禁止、ヘイト・スピーチの刑事規制、被害者救済、反差別教育、反差別の情報・メディアをすべて必要だとしている。当然だ。そのすべてを総動員しても、西欧や北欧ではヘイトがなくならないのだ。差別とヘイトをなくすために必要なすべての手段を取るべきである。

見平は、刑事規制を採用せずに、他の取りうる手段で、具体的にどのようにして差別やヘイトをなくせるのか、明確に提唱するべきではないだろうか。

7.差別思想の隠蔽

見平は「特に、差別の克服という観点からみれば、ヘイト・スピーチ規制によって社会に存在する差別思想が隠蔽されてしまうことの方が問題であるとされる」(242)と述べる。

実に奇怪な主張である。

反差別の思想や運動にかかわってきた者なら、ヘイト被害をなくすために刑事規制をと唱える。規制によって、まず何よりも深刻なヘイト被害をなくす必要がある。そのうえで、なお残る差別をなくすためにさらに措置が必要なことは当然である。

ところが、見平によると、①ヘイトを抑止すると、②「社会に存在する差別思想が隠蔽されてしまう」、③その方が問題であるという考え方が成立するという。

つまり、①ヘイトを容認し、温存しておけば、②「社会に存在する差別思想」が明らかになるから、③差別の克服という観点からは、その方が良い、④だからヘイトがあり、深刻なヘイト被害が続くことが良いことだ、ということになるだろう。見平はこうは述べていないが、他にどのような解釈が可能なのだろうか。

補足しておくと、見平の議論は、時制が不明確である。

思想の自由市場論もそうだが、時制を不明確にしておけば、なんでもありの暴論の世界に陥る。「より良い思想が生き残る」という妄想が可能になるのは、1か月後のことを言っているのか、1年後なのか、10年後なのか、100年後なのか、それとも1万年後なのか、一切特定しないからだ。

いつ、どこで、どのようなヘイトがなされ、どのような被害が起きているのかを明確にして、そのヘイトをなくす議論をしなければならない。いつまでになくすのかを吟味・検討しなければならない。ところが、見平は時制を特定しない。

8.ヘイト・クライム

最後に見平論文では言及されていないことを一つだけ取り上げておこう。通常、その論文で取り上げていないことをあれこれ論評することは筋違いになりかねない。

しかし、ヘイト・スピーチとヘイト・クライムは切っても切れない関係にある。このことは、この10年以上ずっと主張してきた。私の2010年の本は『ヘイト・クライム』であり、そこではヘイト・クライムとヘイト・スピーチを取り上げている。ヘイト・スピーチはスピーチに重点があるとはいえ、暴力的であり、差別と暴力の煽動である。

見平はヘイト・クライムに言及しない。多くの憲法学者の議論は、ヘイト・クライムに言及しない。多くの憲法学者が京都朝鮮学校襲撃事件をヘイト・スピーチという。だが、京都朝鮮学校襲撃事件は威力業務妨害罪や器物損壊罪で有罪になった事件である。ウトロ等放火事件はヘイト・クライムだが、同時に差別思想の宣伝であってヘイト・スピーチでもある。相模原やまゆり園事件もヘイト・クライムだが、優生思想を宣伝したヘイト・スピーチでもある。

現実に目を閉ざして、「表現としてのヘイト・スピーチ」だけに限定した議論をすることで、具体的な問題解決を困難にする論法だ。

安倍晋三元首相国葬差止等請求事件訴状

89日、安倍国葬に反対する私たち231名の市民は、元首相安倍晋三国葬差止等を請求して、東京地裁民事部に提訴した。東京地裁・高裁ビルの司法記者クラブにおいて記者会見をした。

以下に訴状を紹介する。

*裁判所に提出した訴状に、若干の誤字等を私が訂正したものである。

 

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                      訴               状

                                                        2022年8月9日

元首相安倍晋三国葬差止等請求事件

 

                                        原告訴訟代理人

                                                 弁護士  大  口  昭  彦

 

                                                 弁護士  一  瀬  敬 一 郎

 

                                                 弁護士  長 谷 川    

 

 

                    請   求   の   趣   旨

 

   1 被告は、元首相故安倍晋三の国葬を行ってはならない。

   2 被告は、2022年9月27日に行おうとしている元首相故安倍晋三の国葬について、約2億円と見積もられているその費用を、予備費から出捐してはならない。

  3(予備的)

    被告は原告に対して、各金100円及びこれに対する2022年7月22日

   から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

 との裁判を求める。

 

                    請   求   の   原   因

 

第1 当事者

 1 原告ら

     原告らは日本国憲法に於いて主権者と位置づけられている日本国民である。 今般被告が内閣閣議決定を以て決定した、故安倍晋三元総理大臣の国葬を行うとの方針に、原告らは多大の人格権侵害を被っており、もし予定どおりに挙行されたばあいには、更に回復不能の損害を被ることが明らかであるので、被告に対して、請求の趣旨記載のとおりの請求をなす。

 2  被告

       被告は、2022年7月22日開催の内閣閣議に於いて、7月8日に横死した元総理大臣故安倍晋三の国葬を、費用見積額金2億円を出捐して、本年9月27日に行うとの方針を決定した者である。

 

第2 原告の請求権

 

  1 事実の経過

     安倍晋三元首相は、2022年7月8日、参議院議員選挙(7月10日施行)の選挙運動に関して、奈良市内に於いて自民党候補の応援演説中銃撃され死亡した。

  ⑵ 岸田内閣は7月22日、元首相故安倍晋三の国葬を9月27日に行う事を閣議決定した。

  ⑶ この決定に対しては、国民各層から様々な反対・疑問視・不審視等の声が挙がっている。特に、事件と宗教団体世界平和家庭連合(旧「世界基督教統一神霊協会」いわゆる「統一教会」・・・以下「統一教会」という)との、岸信介元首相や安倍元首相を含めた自民党関係者の深い関係が次々と明るみに出るに至って、そのような傾向はますます拡大し、大きな社会的うねりとなるに至っている(反対・消極的を合すると、2022年7月末日現在で、50%を越えている。)

  ⑷  しかし、被告は「国民全体の意識」を強弁して(例えば、茂木敏充内閣官房長官)、この開催を強行しようとしている。

  ⑸ なお費用は全額被告国の拠出であり、その金額は約2億円もの巨額が見積もられている。

 

    政策的合理性の不存在

  ⑴ 政府のこのような政策決定に対しては、根拠法令の不存在性の指摘の他に更に、そもそものその合理性に対する強い批判が湧き起こっている。

 

  ①  まず国葬をなすという、その理由である。

    政府によると、国葬妥当性の根拠として、以下が言われている。

     ア 最長期の首相留任

     イ 国の内外からの哀悼の態度表明

     ウ  民主主義を断固として守り抜く決意を示す必要がある。

     しかし、これらはその性質上本来、格別国葬の根拠となるものではないことが明らかである。

    なお「ウ」については、後述するが、故人はいわゆる「モリ・カケ・サクラ」(「森友学園国有地格安払下げ」問題・「加計学園特別認可」問題・「桜を見る会政治資金法違反」問題)等の疑惑を始めとする、甚だしい政治の私物化問題を惹起し、これらについて、民主主義の最高の府である国会での誠実な議論を回避し、説明拒否・詭弁・野次将軍・噛合ったまともな議論を尽くさないままに形式主義的に多数決で押しきる強権的政治手法等々、その国会無視軽視の姿勢に対しては批判が強かった。

    (以上は国内問題であるが、国際的にも、五輪招致に際しての「福島原発汚染水アンダーコントロール」発言など、政治家にはあってはならない虚言がつきまとっていた。・・・なお、その後政府は、地元との固い約束を平然と破り、汚染水の海洋放出を決定し、東京電力は工事を開始した)

    その意味では安倍元首相は、むしろ、政治の民主主義的運営を破壊し空洞化させてきた最大の責任者であった。

        その安倍元首相が、凶弾に斃れた(これも、安倍氏が癒着していた統一教会の被害者の思い余った行動によるものであり、一箇の大きな矛盾の露呈であったと言うべきである)。ところがそのことを理由に、その死を国家的儀式を以て葬し、民主主義のための一箇の殉教者的として神格化せんとすることが、果たして真の意味で「民主主義を守る」ことであるのか・・・、大きな疑問である。各界から批判・疑問視・不審視の声が上がっており、その声は統一教会との深い癒着問題の露呈とも相俟って、いよいよ強くなってきている。

  むしろこの決定は、「安倍首相の遺志である憲法改正実現に向けて進んでゆこう」との言葉に端的に顕されたように、それ自体大きな政治性を帯有していることが明白であり、かつ、政府自民党内の派閥的力学を顧慮した岸田首相の強い政治的な決定推進行為によると報じられている。

   すなわち、本件決定には、「故人を悼む」という、本来の人間的感情からは最も遠いところの、政治的思考・判断がまつわりついているのである。これは、国葬という大規模・格式ある「葬儀」形式の政治的利用そのものであり、その私物化政策であると言わねばならない。

   ここには、本来必要であるはずの政策の合理性は全く存在していない。

     他方、2億円という国費投入はとてつもないものである(あくまでも現時点での概算にすぎず、このような見込額が最終的には甚だしくオーバーするものであることは、つい最近五輪大会開催で経験したばかりである)。

    長引くデフレ不況・実質賃金の低下等の経済の不振情況(いわゆる先進7カ国に於いて日本は最下位にある)に於いて、福祉予算は減縮され、更に新型コロナ問題に直撃された国民の多くは生活苦に激しく喘いでいる。このような情況にあって、2億円もの巨額の国費が投入されることの意味が、真剣に考慮されるべきである(なお、式典の挙行については、五輪大会でも介在中間業者としてその名が上がっていた「電通」の名が取り沙汰されている事実もある)。

      以上を見るだけでも、本件国葬には政策的合理性は存在していない。

 

    国葬強行の違憲・違法性(その1)

 

      このように政策的合理性が存しない上、しかも他方でそもそも、本件国葬の強行は甚だしく違法である。以下に列記する。

  ⑴  憲法73条1号違反

    「国葬」施行には、何の法令上の根拠も存在していない。

  ① 日本国憲法は三権分立主義に立脚しているが、そのうちでも、国民主権主義の根本規範からして、立法権が最も主要なものとして位置づけられている(憲法前文第1段・41条)。

    そして、議院内閣制(憲法67条)のもとにあって内閣は、国民が直接に選出する議員による立法府に、その成立・権限の根拠を有するものとされている。したがって、内閣に委ねられた行政も、憲法上、いわゆる法律による行政が原則とされているのである(憲法73条)。財政・国際条約の締結等の重要な行政行為等についても、全て国会の関与・承認が義務づけられている(憲法73・61・83・84・85・86・87条等)。

    内閣についての基本法である内閣法も、その第1条に於いて、このことを宣明している。

  ② したがって、内閣は全ての行政行為について専権を有しているものなどでは全くない。その行う行政行為は全て、法令に根拠を有しているものでなければならない。

  ③ しかるに、今般内閣が行おうとしている「元総理大臣の国葬」については、

何らその根拠となる法令が存在していない(「国葬令」について、以下④のとおり)。

 したがって、今般岸田内閣が、安倍元首相について「国葬」施行を決定したことは、法令に全く根拠の無い行政行為を強行しようとしているものであって、これは憲法73条に違反する。

     「国葬令」の廃止について

     なおかつて、天皇が唯一の主権者とされていた明治憲法下にあっては、国葬については「国葬令」(大正15年制定)が存在しており、「国家に偉功ある者」について「特旨(「功臣」に対する、天皇の特別の思し召し)により賜ふ」とされていた。これに基づき、大正天皇や東郷平八郎・山本五十六等5人が国葬とされた。

  イ  しかし、明治憲法下の大日本帝国は、明治憲法体制に於て、強い国家主義に立脚した結果、悲惨な戦争の惨禍を招来し、民主主義の無視・国民福祉の破壊等の事態に至ったのであったが、「国葬」はそのような国権主義によって最大限政治的に活用された。

    (例えば、1943年の山本五十六の国葬に際しては、

       東條英機首相は「一億国民の進むべき道はただ一つ。・・・・山本精神を継承して、米英撃滅に邁進せよ。」と強調した。

            或いは、当時完全に政府の翼賛広報機関と化していた大新聞は、例えば、次のように書き立てた(朝日新聞の例)。

               「死してなほ、我らと共にある太平洋の守護神」

        「葬列の沿道に湧いた嗚咽は、英魂の誠忠にこたへ続く一念の表現」 このようにして、国葬は、日本国民をアジア太平洋戦争へと更に動員していく、その大きな一助として活用されたのであった。)

      戦後日本は、この大きな負の歴史について、これを深く反省し、出発した。そして国際平和主義・国民主権重視の立場に立って、諸国民との善隣友好に努めることを根本的方針として宣明する(憲法前文)と共に、国の制度・運営の全面的な民主主義化を追求した。

エ そこで、1947年に日本国憲法の施行と共に、「日本国憲法施行の際、現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(法律第72号)が制定され、平和主義・民主主義・国民主権の理念等、憲法の上記根本規範に適合しないと評価された勅令等は、その第1条により廃止された。

  「国葬令」もその一であった。

 そしてその後、格別の立法措置はとられておらず、現在に至っている。

 そこには、かつての国葬令に対する一定の否定的評価が存しているというべきである。

 したがって、現在、内閣が依拠すべき法的根拠は存在していないのである。

⑤ なお、政府は「内閣府設置法」4条3項33号に「国の儀式」が所掌事務とされていることを以て根拠の一として挙げている。

  しかし、この法律は、憲法・法律によって内閣の行うべきとされた国の事務について、その円滑な遂行をなすことを目的として、組織・事務等について定めたものであって、そもそもの権限義務についての根拠規定となしうるものではない。

  すなわち、「国の儀式」とは、憲法7条10号と皇室典範(法律)25条で、すでに国会によって国家の意思が決められ内閣に授権されている大喪の礼(天皇の国葬)などについての規定なのである。

  したがって、今回の国葬についての根拠法規となすことは誤りである。

⑥ よって、岸田内閣の今次「国葬」決定は、何ら準拠すべき法的根拠を欠落した違憲の行政行為である。

      なお、この点については、憲法73条の文言に於いて、「他の一般行政事務

の外、左の事務を行ふ」とされてあり、「1 法律を誠実に執行し・・・」と

規定されてあることから、国葬はこの「法律」とは別の「他の一般行政事務」に含まれると解釈する考え方が、ありえないではない。

 しかし、これは謬論である。

 即ち、歴史沿革的に立法権・司法権が国家の枢要な機構として確立されてきた結果、行政権とはそれらに含まれない国家権能を言うとの、いわゆる消極主義的規定が行われるに至ったが、しかし憲法73条は、行政権に属する雑多な権能のうちから、特に重要なものを規定技術上独立させて具体的に摘示したものと解されている。そうだとすると、特に類型的に重要な機能・権限と明示的になされた1号以下の行政権能の外に、重要な行政権能というものが存在しているというのではない。

 国葬の決定は、国政上極めて重要な行政行為である。したがって、国葬が、

「他の一般行政事務」に含まれるということはないのである。

        ちなみに、被告自身も前記のとおり、内閣府設置法を云々しており、憲法

   73条は論拠として挙げてはいないから、そのように解していると考えられる。

 

   国葬強行の違憲・違法性(その2)

   なお、仮に百歩を譲って、上記「2」が容れられず、国葬について、内閣が「他の一般的行政事務」として行いうる権限があるとしても、ないしは被告が主張する如く内閣府設置法によって国葬を決し行うことが出来ると仮定したとしても、以下のとおり、本件国葬実施は違憲・違法である。

  ⑴ 内閣の行う当該行政事務が、格別の政策的合理性を有していないばかりか、むしろ憲法の規定・趣旨に違背している場合に、そのような違憲の行政事務が行われてはならないことは当然の事である。

   ⑵ 国葬の決定・実施は、憲法41条に違反する

  ① 前記のとおり、国葬について定めた法令は存在していない。では、規定が存在していないからとして、内閣は自身の好む自由な要件で恣意的に国葬を行ってよいのかというならば、そのようなことはありえない。

    議院内閣制という制度に於いて初めて、内閣の権限・職務は存在しているのであるからである。

  ② したがって、仮に国葬についての一般的準拠法規が存在していない法的現状に於いて、政府がなお一定の理由から国葬を行おうとするときは、内閣は、憲法上国権の最高機関である国会(憲法41条)の意思を尊重し、これに誠実に従う義務があるというべきである。

  ③ したがって内閣は、国会に対して、「国葬」についての意義・要件・必要性についての考え方を明らかにし、故安倍首相がその要件に該当することについて、誠意を以て提案し説明して、国会での議論を経て、その承認を得るようにすべきである。

  ④ しかるに今次の国葬方針の決定に際しては、何ら全くそのような手続は履まれていない。全てが性急に、内閣の一存で行われた。そして8月3日に召集された臨時国会についても何らの議論は行われず、3日間という短期間で閉会されてしまった。

  ⑤ これは、内閣が、国権の最高機関である国会を無視し、その権限行使に際して必要な手続要件を、一切省略して恣意的にこれを運用したものであって、憲法41条に違反したものである。

  ⑶  国葬決定・実施は憲法19条に違反する

  ① そもそも、一定の人物の歴史的評価には、歴史観・世界観・宗教その他からする価値観が複雑微妙に絡んでいる。したがって、社会全体には、成員の立場や人生等に基づく、多様な考え方・意見が存在するから、それに基づく多様な評価がありうる。

  ② したがって、軽々に評価を下すことは本来的に困難であり、長い歴史的時間を経て、初めて可能となる場合も稀ではない。

  ③ それゆえ、ましてや、時の政治権力がこれを行う事は、特定の政治性・イデオロギーが反映することを避けられない。

    とりわけ、その登場の際に欧米からは「極右政治家」として警戒され、「戦後レジームからの脱却」「美しい日本を取り戻す」等を掲げて、戦争責任問題・軍事政策・教育問題を始め、多くの面に於いて戦後憲法秩序の打破改編に、強権的政治手法をも駆使しつつ突き進んだ安倍元首相のあり方については、賛否・毀誉褒貶が非常に激しかった。

    しかるに、今回の不慮の死を理由とする国葬の強行は、政府として、そのような安倍首相の政治実績を、一面的に肯定し、評価を固定化しようとする政策を実行するものであって、これら問題に於ける故人の功罪の冷静な検証を、著しく困難にする事が明らかである。

     したがって、今次国葬は、国家の正式の公的追悼行事として実施し、特定の人物について、上記の様な評価を公的に、行政権の担い手が主導することにより、当該死者の生前のあり方や、またその死亡について、国民の間に存在しうる、また現に確実に存在しているところの、様々な考え方・心情等について、国家の現実的行為として一括的にこれをまとめて、統括してゆこうとするものである。

  ⑤ ゆえに、歴史的評価の定まっていない特定の政治家について、国葬を性急に決定し実施することは、考え方・心情の一定の価値観の方向への動員として、国民に影響力を持って作用することが不可避である。また、そのようなものとして受取られる可能性が大であって、これは憲法19条の明記する国民の思想信条の自由を侵害する懼れが大きい。

     なお、明治憲法下にあっては、「国葬令」が存在し、一定の軍人等が国葬の

対象とされたが、なにゆえにこの国葬令が廃止されることになったのか・・・。

        前記のとおり、これは、国葬制度の有する、この危険性が反省されたがゆえに他ならない。

 

     国葬決定・実施は、憲法20条に違反する

  ① 国葬については、仮に行われた場合には、特定の宗教に一般的に固有の形式ではなく、いわゆる無宗教的形式で行われることが予想される。政府もそのように言っている。しかしでは、政教分離・信教の自由という憲法上の原則の問題は存在しないのかというならば、今回の場合、決してそうではないことが、看過されてはならない。

    これは、後記するが、故安倍晋三首相と特定の宗教団体であるいわゆる「統一教会」との間に存した、深く密接な関係の問題に関連するものである。

     すなわち、今回の安倍元首相の暗殺が、統一教会に深い憎悪を有している被疑者から、故人がその憎悪の対象とされ、それを一定解消する目的のもとに敢行されたということは、まことに象徴的意味を有している。

    教団(現在は「世界平和統一家庭連合」を名乗っている。但し本書面では、周知の名称である「統一教会」を使用することとする・・・なお、この改名の許可にも、安倍派の自民党幹部が深く関わっている)・自民党関係者の隠蔽的行動にも禍いされて、未だ十分に明らかにされたとは言い難いが、しかし、これまでに明らかにされたところだけであっても、岸信介元首相以来安倍晋三に至る三代に亘っての、統一教会との公私の関係には、ただならぬものが存在している。教団ないしその関連団体との密接な関係や、公的行事への安倍氏の参加の事実等は、今や日本国民の間では、周知の事実となってきているのである。

③ このような情況に於いて、被告が敢えて「国家的顕彰・追悼」の対象として安倍首相を遇するならば、それはいかなる効果を発揮するであろうか。

  それは、たとえその葬儀形式に於いて無宗教のものであったとしても、しかし、客観的には、日本政府が特定の宗教団体であるところの統一教会に肩入れし、その活動を殊更に容認し、助長しているかのような意味を有し、また国民全般にそのように受取られるということである。

④ それは、宗教者・非宗教者を問わず、憲法20条によって宣明されている、日本国民の享有する権利として尊重されなければならない信教の自由、及び 政教分離の原則、また津市地鎮祭事件を始めとするこれまでの最高裁の諸判例の示している規範にも明確に違反するものである。

       (なお、憲法89条との関係については、次項に論ずる。)

 

   ⑸ 国葬決定・全額国庫負担による実施は、憲法85・89条に違反する。

     国費の支出は、国会の議決に基づく必要がある(憲法85条)。

    今回の国葬には、2億円もの巨費が見込まれている(これで収まるという保証は全くない。オリンピックの場合にも、当初予算を遙かに超える国費等の投入が不可避であった)。このような巨額の国費の支出について、国会に何の相談も無く、政府の一存で行うということは、財政に於ける民主主義を根本的に

無視破壊するものであって、許されない。

② また、別途論ずるとおり、故安倍晋三は統一教会との深い関係が取り沙汰されており、それは未だ十分に解明し尽くされたとは到底言えない情況にある。

  このような人物について、被告が国葬を行うならば、それは、そのような関係を有する宗教団体を、政府自身が、一定の公的権威を以て容認したと同然の効果を生じ、そしてそれは特定の宗教団体について、これを権威付ける効果を生むことになる。それは当該宗教組織の活動を助長することにもなる。

③ それゆえ、こうした効果を不可避的に生ずる行事について、被告国が巨額の国費を投じるということは、事実上宗教団体の活動への公費の出費を禁じた憲法89条にも違背する。

  ④ ところで、本件国葬については、仮に行われた場合には、特定の宗教に一般的に固有の形式ではなく、いわゆる無宗教的形式で行われることが予想される。政府もそのように言っている。

    しかしでは、そうであれは、政教分離・信教の自由という憲法上の原則の問題は存在しないのかというならば、今回の場合何らそうではないことが、決して看過されてはならない。

    これは、後記するが、故安倍晋三首相と、特定の宗教団体であるいわゆる統一教会との間に存した、深く密接な関係の問題に関連するものである。

     すなわち、今回の故人の殺害が、統一教会に深い怒りと憎悪を有している被疑者によって、故人もその憎悪の対象とされ、この強い心情を解消する目的のもとに敢行されたということは、まことに象徴的意味を有している。

    教団(現在は「世界平和統一家庭連合」を名乗っている。但し本書面では、周知の名称である「統一教会」を使用することとする・・・なお、この改名の許可にも、安倍派自民党幹部が深く関わっている)と自民党関係者の隠蔽的行動にも禍いされて、未だ十分に明らかにされたとは言い難いが、しかし、これまでに明らかにされたところだけであっても、元首相岸信介以来、今次の安倍晋三に至る三代に亘っての統一教会との公私の関係には、ただならぬものが存在している。教団ないしその関連団体との密接な関係や、公的行事への安倍氏の参加の事実等は、今や日本国民の間では、周知の事実となってきている。

⑥ このような情況に於いて、被告が敢えて「国家的追悼」の対象として安倍元首相を遇するならば、それはいかなる効果を発揮するであろうか。

  それは、安倍元首相を国家的に慰霊追悼することによって、安倍元首相が強く癒着していたところの統一教会と、政権政党・政治家との関係について(安倍個人もさることながら、最大派閥安倍派の主要議員は、統一教会に様々な形で関与していた事実が明らかになってきている。逆に言えば、統一教会は政界に隠然たる橋頭堡を築いていたのである。・・・例えば、「夫婦別姓問題」などに於いては、その政策的主張と、教義の類似性なども指摘されている)、政府としてこれを公認するという効果を有するに至るものである。

  したがって、たとえその葬儀の形式に於いては無宗教のものであったとしても、しかし客観的には、日本政府が特定の宗教団体であるところの統一教会に肩入れし、その活動を殊更に容認し、助長しているとの意味を有し、また、宗教者・非宗教者を問わず、国民全般にそのように受取られるという事態が進行するのでである。

⑦ これは、前記のとおり、憲法20条が宣明しているところの、信教の自由を侵害するものである。また、特定の宗教団体と公権力の関わりを禁じた政教分離原則に違背する。

⑧ 更にはまた、宗教団体や宗教性を帯有した催し等への公費投下を禁じた憲法

 89条にも違反する。

  なお、今次の国葬とそれに伴う国費支出措置は、直接に統一教会に対して公費が支弁されるものではないが、しかし生前、統一教会と密接な関係を形成していた(それは、個々の国政選挙への応援依頼と、その差配にまで及んでいたことが明るみに出つつある)ところの故人について、「日本の国政に功績のあった者」(旧「国葬令」風の用語に従えば「国家に偉功・偉勲あった者」)として、国葬の礼を以て報いるということは、実質的には、そのような特定の宗教団体との癒着関係そのものを政府が公的に認容するに等しいものであって、これが憲法89条に趣旨に反する事が明白である。

 

   ⑸ 憲法83・85条違反

  ①  本件国葬の違憲違法性については、以上に述べてきたとおりである。

    ところでここには、更になお大きな問題が存している。それは、そもそも「国家的葬儀」の行事が公的に行われる結果、莫大な国費を必要とすることである。今次の国葬については、全額が国家によって担われることがすでに明らかにされている。その金額は2億円にも達する巨額が見込まれている。しかし、この金額に収まるという保証は全くない。招待された各国要人の警備に要する費用など、どの程度計算に入れられているのか、全く不明である。

  ② ところで、国費使用に関する憲法の規定は、あくまでも国会の承認が条件とされている(予備費を含めて)。

 そもそも国家作用は、膨大な公費投入の裏付けが無ければ存在しえない。したがって、財政のあり方・運用は一件経済技術的なようにも見えるが、しかしその内容如何によって、国家のあり方・機能までが必然的に大きく影響されることは当然である。したがって、そのあり方・運用が誤られれば、憲法上の原則や、国家の統治機構・人権保障までが損なわれてしまうこととなる。

③ そこで、憲法は財政民主主義の原則を採用し、主権者の意思が民主主義的機構によって、財政に及びこれをコントロールするような機構が備えられれている。憲法83乃至88条は全て、この理念から設けられているものである。

④ ところで、このことは一方に於いて、憲法15・16条等とも併せて考えられるべき問題である。すなわち、国会議員・首相等をも含めて公務員は、主権者である国民のパブリック・サーバントなのであるから(憲法15条)、主権者からの納税等によって確保された国家の財源に関して、その使途について主権者のコントロールが及ぶべきことは、当然のことと言わねばならない。政府が、財源を手にしているからといって、これを恣意的に使用することは、決して許されないのである。

  国民と政府の関係は、民法上の委任関係と言うことはできないが、しかし、パブリック・サーバント規定のその根本の趣旨にあっては、あくまでも、国民が費用を負担して国務を委ねているという関係が存在しているものと言える。

 したがって、反憲法的な国費の使用・濫費に対しては、主権者たる国民はこれに対して意見を言い、制度的にこれを拘制する権能を潜在的に有していると言うべきである。

⑤ この趣旨から、地方自治体については、具体的な制度として、住民監査請求権・住民訴訟制度が、具体的に設けられて機能している。地方自治体の財政にあっては、憲法を始めとする諸立法の趣旨・精神に違背する公費の使用に対しては、当該自治体の住民の上記拘制の手立てが現実に設けられているのである。

⑥ 本来、国政についても類似の制度が設けられるべきである。「更に国についても、類似の制度が設けられるべきである」との提言は繰返し為されてきているが、会計検査院の制度は存在しているが、国民自身が主体・当事者となってコントロールをなしうる具体的制度としては未だ実現されていないことは、極めて遺憾である。

⑦ しかし、具体的法制度に於いて存在していないからと言って、「だから主権者には、一切そのような権利権能が無い」とすることは、上記からして明らかに誤りである。

⑧ かつて、一定の行政処分に対する抗告訴訟の規定としては、行政事件訴訟法上は無効確認・取消請求訴訟のみが存在していた。しかし、国民主権重視の立場からするならば、この二類型のみを以て、行政処分の適正を実現することは出来ないとの反省から、無名抗告訴訟の概念が生み出され、多くの訴訟が闘われた結果、制度の設計が行われ、遂にそれは、<行政処分についての義務づけ・差止め訴訟類型>として顕名化され、制度として設けられるに至った。

 国民主権・財政民主主義重視の立場・考え方からするならば当然、事実行為・財政会計行為についても、同様の制度が考えられなければならない。すなわち、地方自治法上の住民訴訟のような訴訟制度が、具体的な法律制度としては存在していない現状に於いても、「だから国民は一切、政府の事実行為・違法支出に対して何らの口出しできない」などと考えることには何の合理性もないことが、決して看過されてはならない。

⑨ すなわち、国民は、たとえ地方自治法のような手続を政府に対して直ちに行う事は出来ないとしても、主権者として自身の権利法益が違憲違法に害されるような場合には、自身の人格権を根拠として、事実行為・財政会計を伴う政府の行為に対して一定の訴訟的拘制権能を発揮できると言うべきである。宗教的人格権や平和的生存権を人格権の内容とする訴訟がすでに何件も争われてきている。

⑩ 財政についても、いわゆる納税者訴訟とされる範疇の訴訟は、まさに、納税者 = 主権者 = 国政付託者 たることを究極の請求根拠として、違憲違法な

国費投下に対して、その拘制が試みられているものである。

⑪ 以上よりして、本件原告らは、納税者 = 主権者 = 国政付託者 人格権を

固有している。

 しかして、本件国葬は、政府が国会を無視して一方的に不合理な決定を行い、

そしてそのために少なくとも2億円という巨額の国費が違法に費やされようといているのであるから、原告らは憲法83・85条の関係に於いても、自身の人格権侵害を理由として、個別に、本件国葬の実施・国費投下に対して拘制を訴求出来ると言うべきである。

 

   国葬強行の違憲・違法性(その3 甚だしい裁量権逸脱)・・・予備的主張

      以上、本件国葬の違憲違法性について論述してきた。

   今仮に、これらが容れられず、政府の裁量が許されるものであるとされると仮定したとしても、しかしなお、本件国葬は違法であり差止められるべきである。

   以下に、これについて述べる。

 

 ⑴ 政府の裁量権の範囲

 

  原告らは、そもそも国葬という公的行事が行われることは、必然的に、国民各自の「内心の自由」に牴触することになる等の理由から、肯定的になりえない者であるが、しかしそれは今措くとして、仮に、上記してきたところが容れられず、一定の人物について国葬を決定し実施することについて、内閣に一定の裁量が許されると仮定したとしても、そこには国葬ということの性質上、一定の要件が存在し、内閣はこれに羈束されると言うべきである。

  すなわち、まず一般的に、(ア)その基準について国会に於いて充分な審議がなされて、国民の大多数によって承認される必要がある。

    まかり間違っても、政府が自身の一定の政治的思惑や意図から、性急拙速的にこれを実施し、死者の葬儀について、その存在性を国家的に意味づけ、称讃顕彰することに利用されるようなものであってはならない。

③ そのうえで政府は、() 当該死者についてこれを国会に提案し、十分な審議を経て賛同を得て、<国民の大多数が納得>し、<総意を以て見送りがなされる>というものでなければならない。

  しかし今回は、そのいずれもが欠落しており、岸田首相ら政権幹部のみによる専行によって事が運ばれているのである。すでにそのことのみによっても本件

は内閣の裁量権の範囲から逸脱しており、違法である。

④ ところで、では、その一般的基準はどのようなものであるのか、念のために考察を試みるならば、次のように考えられる。

  例えば日本の近現代に於いて、一定の具体的人物を以て、それを例示することは、非常に困難であると言わざるをえないが、少なくとも一般論としては、憲法の精神・趣旨のうえからも、国民の大多数が尊敬愛慕し、歴史的にもその存在を誇りに思うような人物であるということが、考えられるであろう。

    国葬の決定・実施について政府が仮に、一定の裁量権限を有しているとしても、この基準に羈束されるものと言うべきである。

 もしこれについて、基準に該当しない提案を政府が行い、国会でも了解を得られないならば、そのような国葬は行われるべきではない。

 

  ⑵ 今次国葬決定に於ける、内閣の裁量逸脱

    では、故安倍晋三元首相がそのように、「憲法の精神・趣旨の上からも、国民の大多数が尊敬愛慕し、歴史的にもその存在を誇りに思うような人物」であると言えるであろうか・・・。

 8年8ヶ月間余りの長期政権に於ける、その実情・実績、また、とりわけ今次の事件が図らずも露呈してきているところの、統一教会勢力との醜悪な政治的癒着等々に鑑みるならば、「憲法の精神・趣旨の上からも、国民の大多数が尊敬愛慕し、歴史的にもその存在を誇りに思うような人物である」とは、到底言えないのが冷厳な事実である。

② (なお、このように言うことが何か「死者に鞭打つ不敬の行為である」かのような議論がないわけではないが、全く筋違い・的外れの議論と言うほかない。 けだし、故人を「尊敬愛慕し、・・・・誇りに思う」人達が一定数存在している事実は、原告も別に否定はしない。本来、葬儀はそのような人達によって、真率に行われるべきであり、それでよいのである。

   それについては何ら全く、否定するものではない。しかし、今行われようとしている国葬には、原告自身憲法上深刻な疑問を感じ、強い精神的苦痛を感じている。また、種々のアンケート調査によっても、半数以上の国民が反対し、少なからぬ識者・団体から「反対」の声が挙げられているような状況に於いて、国葬が強行されようとしている事について、異を唱えているのである。

   これは何ら「死者に鞭打つもの」でもなんでもない。むしろ、死者に対する端的な悼みの感情に乗じて、だからとして性急に国葬の対象として政府の決定がなされて、「日本国に大きな功績があった方」として評価が固定化され、安倍元首相の政治の手法・実績についての、冷厳な歴史的評価の作業が封じられようとしていることに、それは「死者を悼む」という人間らしい行為ではなく、むしろ敢えて言うならば、それは「人の死の利用」になってしまうと言っているのである。)

    原告は、憲法上の疑義や以上の立場から、本件差止請求訴訟・(予備的に)国家賠償請求訴訟を提起し、これを証明するものとして、原告の陳述書の他に、国葬問題に関するこの間の報道記事・諸論攷等を甲号証として提出する。

 本来、これらの具体的詳細に基づいて、被告の裁量権逸脱の違法を論ずるべきであるが、非常に点数が多数であるの、ここにこれらの全てを援引用する事にする。

       そしてその骨子を、以下に項を改めて記述する。

         (なお、これらを便宜上「裁量逸脱」の項に記述するが、もちろんこれらは裁量逸脱論に限定されるものではなく、前記してきたところの、そもそもの無権限論・憲法違反論をも証明しているものである事を注記する。)

 

 5 ⑶ 本件国葬決定における問題点の骨子

     本件訴状に援引用された、ないし依拠した書証の内容の骨子は、以下のとおりである。(番号は甲号証の番号)

 

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A 安倍首相の死亡と、国葬問題関係

 

  1 「 安 倍 晋 三 銃 撃 事 件 」(ウィキペディア記事 22727

    ① 故安倍晋三元首相に対する銃撃と、その死亡の事実 

      問題の概要 銃撃の動機等も記述されてあり、統一教会との関係が明らかにされている。

 

  2 「 安 倍 元 首 相 秋 に 国 葬 岸 田 首 相 表 明 」(715 朝日新聞)

    ① 岸田首相は一週間後性急に「国葬」方針を表明した。

 

 3 「安倍氏国葬 9月27日と決定 全額国費負担」(722  東京新聞)

         政府が国葬を決定したこと、全額国庫負担を以て9月27日に実施しようとしている。

  

B 国葬について

 

  4 「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」

         国葬令が無効とされた法律

 

  5 「朝日 天声人語 国葬について」(22721

         第二次大戦中、山本五十六連合艦隊司令官の国葬が、国威発揚・国民     の戦意昂揚策と共になされていた。

 

  6 「国葬に規準必要」(東京2282

        政府が国葬を行う裁量があるとしても、それは全くの自由裁量ではなく、

     法律に定められた要件に羈束されるべきと論じられている。

 

  7 「安倍氏『国葬』首相が主導」(毎日22723

         今次決定には、岸田首相自身が積極的に牽引した事実がある。

    ② これについて、「・・・安倍氏を支えた保守支持層を引き寄せる好機と

なる」と観測し、判断がなされたとの指摘もなされている。

 

  8 「異例国葬 党内に配慮」(毎日22715

    ① 「首相は「安倍氏に近い自民党議員からの要望も強く、その声にも配慮したと見られる」との指摘や、「国論の分裂」を指摘する憲法学者の指摘や、「・・・これまでに明らかにされていない事実の功罪が検証されるよりも前に『志半ばにして非業の死を遂げた偉大な政治家』という一方的な評価を確立させようとする思惑を感じる」と日本政治思想史専攻の宮間純一中央大学教授が警告している。

 

  9 「安倍氏国葬 全額国費に賛否」(中日22715) 

         性急な国葬・費用の全額国庫負担決定は、その可否・当否について、広範な議論を巻き起こしつつある。

 

10 「自民『野党は国民とずれ』 安倍氏国葬批判を牽制」(時事通信22719

         政府の見解は、このように全く一方的なものであった。

    ② ただし、「統一教会との甚だしい癒着問題」が次々と明るみに出されうるに至って、このような一方的姿勢の押しつけは困難となってきた。

      ただし、それでもなお「何が問題かわからない」などという、能天気な

発言が、自民党三役の一人(福田達夫総務会長)から出される始末であり、今回の国葬がいかに政治主義的に決められ、進められようとしているのか明白である。

 

11 「ずれているのは茂木氏では?」(東京22721

        「10」発言について、「背景には、第二次安倍政権以降、自民中心政権が続き『緩みやおごりがある』とも考える。『・・・プロセスを飛ばしている』と疑問を示した」と政治ジャーナリストの見解が示されている。

 

12 「『国葬』閣議決定の問題点」(東京22723

         今回の決定について総括的にまとめられている。そして、8月召集の臨時国会での質疑を徹底的に行うことが提議されている。

13 「国葬と臨時国会 会期延ばし議論尽くせ」(東京2284

         岸田首相は、「国民の理解を得られるように努力する」などと言っていた。その意味では、この臨時国会はうってつけの機会であった。しかし、政府自民党は会期延長を拒否した。そしてこの国会はわずか3日間で閉会され、国葬問題は一切審議されなかった。明らかに、岸田首相は「理解が得られるように努力する」と言いながらも、その努力は全く行っていないのである。

    ② これは、統一教会と癒着した自民党・安倍元首相に対する批判が強いために、追及を回避するための方策であるとの非難が不可避である。

 

14 「国葬は日本の戦後民主主義とはなじまない儀式」  宮  間  純  一

          筆者は中央大学教授で、日本近代史の研究者である。とりわけ「国葬令」及び「国葬」研究の  専門家として知られている。

    ② 制度及び実際に行われた国葬について、該博な知見が示されている。

      1943年の山本五十六の国葬に際しては、東條英機首相が「一億国民の進むべき途はただ一つであります。元帥の崇高壮烈なる精神を精神とし、闘志を闘志として」「ひたすらに米英撃滅の一路に邁進し以て宸襟(天皇の心)を安んじ奉らねばならない。」と談話し、戦意昂揚に努めた。

 このように、国葬は「国家統合」の機能を備えていることが指摘されている。まさに「国葬」はその意味で「大日本帝国の遺物」とみなされるべきものであって、「戦後民主主義にはなじまない儀式」と言うべきである。しかるに今般、「何の議論も無く簡単に国葬をよみがえらせようとする政府に恐ろしさを感ずる」と述べられている。

 

15 「撃たれて死んだことは理由にならない」(PRESIDENT Online 22719

    ① 上記「14」に同旨。

    ② なお、安倍元首相の死によって、最大派閥である安倍派に於ける跡目争いが不可避であるところ、今次「国葬」は、そのような安倍派への岸田首相の介入策であるのであって、それは「安倍派に手を突っ込む」との下世話でしかし端的な言い方で自民党内の派閥力学が分析されている。

      今次国葬にあっては、このような低次元のリアルポリティクスが働いていることを、国民は十分に認識しているべきである。

 

16 「安倍氏『国葬』を岸田・麻生が決めた『真の目的』

     ・・安倍派壊滅の『カウントダウン』」 (現代ビジネス2282

         上記「15」がより詳細に分析されている。

    ② 結局岸田首相は、7月22日以降国民に対しては真正面から何も説明しようとしてきていない。しかしその一方で、権力維持のために、2億円以上を投下して国葬を強行すべく、このような政治的術策を凝らしているのである。

 

  安倍元首相による甚だしい、国会の無視軽視・国会の空洞化

 

17 「予算委で『日教組』やじ」「首相はネトウヨと同じ?」(東京15221

         2015年2月の通常国会衆院予算委員会に於いて、民主党委員が、

TPP問題に関して、西川農相が製糖業界から金100万円の献金を受けていた事を追及していたとき、安倍首相は「日教組、日教組」などと声高に連続的に野次を飛ばし、質疑を妨害し、委員長からもたしなめられたほどであった。

② このような一国の首相とも思えない、品位を欠き、挑戦的・揶揄的野次は、このときに限ったものでは全く無く、首相が臨席する会議に於いて、しばしば現出する事態であった。本来、西川農相の問題が提議されているのであるから、農相本人あるいは安倍首相は、この問題について誠意を以て答え、説明すべきである事は当然である。

 しかるに脇から、全く関係の無い問題について大声で野次をとばして、全く関係の無い問題の野次を浴びせ、ノーマルな審議の妨害をなすなど、絶対に許されないところである。今更このようなことが問題になること自体、恥ずかしいことであり、ばかばかしいことである。

         政治アナリスト伊藤惇夫氏は、「内閣支持率が高ければ、軽率な行動も許容してしまうマスコミの甘さが、今回のやじにつながっているのではないか。一国の首相が安易にけんか腰になってはいけない。首相の態度は軽い。」と表している。

 或いはジャーナリストの安田浩一氏は「議論の文脈を無視して『日教組『左翼』『売国奴』となじって反論を封殺するのは、ネトウヨの常套手段。首相の野次は、ネトウヨに媚びているのではなく、本人がネトウヨ的な感性の持ち主であることを示している」と述べている。

 そして更に「ネトウヨのような罵詈雑言が、ネット上や一部の右翼の街頭行動にとどまらず、国会の議論にも浸透してきている。首相までネトウヨ化する状況は、民主主義の危機だ」と警鐘を鳴らしている。

④ このような所為が民主主義だなどとは到底言えないことは、改めて言うまでも無いことである。端的に言って、「民主主義の妨害者」であり、その地位の重さを考えるならば、「民主主義の破壊者」であるとさえ言うべきである。

         今次の国葬にについて、岸田首相は「民主主義を守る断乎たる決意を示す」ことを理由の一に挙げている。しかし、当の故人が、このように国会審議を妨害し、民主主義の実現を障碍していた事実について、どのように説明するのか。国葬を行って、故人を神格化することが「民主主義を守る」ことではない。当然の事である。むしろ、議論を尽くすこと、このことこそが「民主主義を守る」ことであるのである。このようなことは改めて言うまでもないことである。

⑥ しかしながら、「国民の理解を得る努力」を語っていたはずの当の岸田首相自身が、臨時国会を延長して本件国葬問題について徹底的に審議する

ことについて反対し、野党を押しきってしまったのである。

 本件国葬が「民主主義を守る」こととは関係がない、否むしろ逆である事が遺憾なく示されている。

 

 

18 「首相ヤジ答弁 異例の訂正 与党からも批判」(朝日 15224

        上記「17」の安倍首相のヤジは、安田氏が指摘しているように、正確に議論を噛み合わせるというものでは全くなく、『日教組』を連呼することによって、相手の議論を頭から封殺してしまうことを目的とするものである。したがって、これも指摘されているように、当該議論の流れに即応したものである必要は全くなく、要はそのように連呼して相手を封殺してしまうこと自体が目的なのであるから、正確なものである必要はもともとないのである。

    ② しかしこのように無責任なヤジに対しては、野党からの抗議がなされ、

安倍首相は訂正に追い込まれたのであった。

 

19 「安倍首相の妄言集」(週刊金曜日 15710

         「ウソと詭弁、無知のオンパレード」として、当時問題にされていた

集団的自衛権、軍事問題に関連する、安倍首相の無責任な発言がまとめられている。

         編集者は「これほどデタラメな首相が、かつていただろうか。自分が下した閣議決定について外国では日本での弁明とは違うことを言い、自分が国会に提出した法案内容と違う答弁を平気でする。」として、整理がなされている。

 

20 「目につく野党攻撃、ずれた答弁 『安倍語』の5年目」(毎日2017411

         「切り返しより誠実さを」と望まれている。

            「・・・・。安倍首相にあの(大平正芳)誠実さはあるのか。言葉の切り返しは素早いが、長期政権になってすっかり高慢になってしまった。」

と評されている。

 

21 「安倍政権の傲慢さ、噴出 

     この国の倫理 転落の危機」(毎日 17722    柳  田  邦  男

 

         安倍政権下に於て特徴的な、文書・答弁のスタイルがまとめられている。

    ② いずれも、主権者である国民に疑義・質問・議論の手掛かりを与えないことを旨とするような、不親切な説明拒否のスタイルである。

    ③ そもそもの安倍首相の国会答弁のスタイルがそのようなものであり、更に、強化された内閣官房の人事局が、安倍首相のいわゆる「オトモダチ」

を高級官僚に据えて睨みをきかすようになった結果、そのような傾向が全省庁に瀰漫するに至ったのであった。

         ここで指摘されているのは、

      ア 「記憶に無い」「記録が無い」「廃棄した」などとして、追及をかわす。或いは、

           イ 厳しい批判や暴露的文書に対しては、攻撃的なきめつけの言葉を浴び  せて「印象操作」をする。

           ウ 批判的質問に対しては、事実関係についてまともに答えず、一般論を述べてはぐらかす。 

           エ 批判する相手を人格攻撃することで社会から排除し、批判を封じようとする。

        (代理人注: 首相補佐官に警察官僚を配し、あらゆる情報がストックされており、必要に応じて活用された。)

         こうして、「この国のあり方が、権力者の傲慢さによって揺さぶられ、倫理的に転落の危機に直面している・・・という現実だ。この国をこれからどうするのか、国民一人一人が真剣に考えることが求められている、」と警告がなされている。

 

22「質問・批判をかわす『安倍話法』には4パターンある、

    その研究」            Newsweek 19712) 望 月 衣 塑 子

         政府に鋭く切込む質問で有名となった新聞記者が、実際の取材の経験からまとめた「安倍晋三大研究」に記載されているものである。

    ② それはア いわゆる「御飯論法」による論点のすりかえ・ずらし

         イ 「一・1」で強調して否定(根拠の無い事を特に強調)

                  ウ YES・NOで答えない(結論を言わず、殊更に長く話す)

         エ 印象操作(痛い質問をする相手に、端的に問題点には答えない一方で、「印象操作だ」と決めつけて、相手が悪意で貶めているかのように印象操作する。)

     の4であるとされている。

         こうして、貴重な審議時間が無意味に空転させられ、結果的に説明拒否が達成されていったのである。

      ここでは、その実例に則して議論が為されている。

      

23「やまぬ安倍首相のヤジ

    今年だけで不規則発言20回超 『民主主義の危機』」(毎日 19117

 

         安倍首相は、不必要に挑戦的であり、下品であるとの批判がなされている。それゆえ「子どもには見せたくない。」とまで思ってしまうのである。

      議事録に残っているものだけでも26回に達するという。

    ② 政治評論家森田実も「品格がなさすぎる。戦後、こんな首相がいたでしょうか。」「何よりも、政府の代表である首相が、国民の代表者である国会議員に対してヤジをとばす、というのは『三権分立と民主主義』の原則に反します。戦後、多くの首相を見てきましたが、これほど品格に欠け、民主主義を揺るがすような発言が相次いだことはなかったと言っていい。」

とも言っている。

③ まさにそのとおりである。

    このような人物が果たして、「国葬」されるに値するのか・・・・。

 

24 「質問者を攻撃 首相荒い答弁」(朝日 20213

         安倍首相は、いわゆる「桜を見る会」問題でも、「意味ない質問」「罵詈雑言」「非生産的」などとの、無内容・品の無い答弁を繰返した。

    ② 結局、このような、それこそ「意味ない答弁」「罵詈雑言」「非生産的な答弁」を繰り返すことによって、審議は核心に入ることなく無為に時間が経過し、結局、安倍首相は答弁拒否を貫徹したのである。これも手法の一であると指摘されている。

 

25 「首相ヤジ問題 予算委流会」

     「荒れる答弁 浮かぶ国会軽視」

   「『言論の府』壊す首相と与党」   (朝日 20214

         まさに、キャプションどおりの国会運営である。全くの国会の無視軽視である。

          このような首相の下品狡猾な対応のために、貴重な予算委員会の議事まで流れてしまった。

 

26「首相 続く野党挑発 与党幹部も困惑」(読売20216

         読売新聞は、安倍政府支持で知られているが(加計学園問題で、安倍首相の気に入らない発言をした文科省前川事務次官を不当に人格攻撃する記事を読売にリークされた。また、憲法論議に関して安倍首相は、国会での審議を拒絶し、「読売新聞を読まれたい」などと答弁した)、その読売新聞ですら、このような記事を掲載せざるをえなかった。

 

27 「桜を見る会問題」 (ウィキペディア2288

         安倍首相は毎年春、「オトモダチ」を招待して、前夜祭・桜を見る会を

     行って来ていたが、これは極めて巧妙な買収工作であった。

    ② この問題を総括的にまとめた文献である。

    ③ 安倍首相はこの問題によって追い詰められ、答弁・説明に窮していた。

     そのような窮状こそが、衆院調査局の調査によれば118回という驚くべき回数の虚偽答弁と(ちなみに例の森友学園問題では、虚偽答弁は139回に及んだと報告されている)、居丈高な不誠実な挑戦的攻撃的な答弁による、半ば意図的な審議の空転、そのための説明拒否として結果したと言えるのである。

 

28「『桜』答弁118回相違の可能性 安倍首相分、衆院調べ」(朝日201222) 

          衆議院調査室という、公的機関の調査によって、首相の虚偽答弁が

     118回にも及んでいたことが正式に報告された。

      このような嘘つき首相はかつて存在しなかったであろう。

 

29「浮かぶ首相の不誠実さ」

   「また論点ずらし『野党への挑発的詭弁』」(東京20325

    ① 薄笑いを浮かべながら、野党の質問者に対して、得意の朝御飯論法や、人格否認的な攻撃的フレーズをまず言うという挑発的な論法などで、まともな審議を破壊している、安倍首相の手法が顕著である。

    ② 「国会中継はとても子どもには見せられないと言う人が多くいた。」と怒る野党議員の言葉が紹介されている。

         このような非民主主義的な人物を国葬することが、いかなる意味で「民主主義を守るという決意を断固として示す」ことになるのか・・・、(安倍派にいかに手を突っ込むか)ということに腐心しているという)岸田首相はまず国民に対して、説得的に説明をなす義務があるであろう。

 

30「『意味の無い質問だよ』ヤジ計112回」(朝日21414

         安倍首相の挑発的ヤジが、議事録に残っているだけでも、112回と

     報告されている。

 

31「言葉の空虚化 抜け出す政治を」(朝日 21825

              結局、長期間の安倍首相政府体制の下で進行したのは、首相のこのような議論からの当否・拒絶、無意味な言葉の濫発等による「言葉の空虚化」の事態であった。もとより、そのような事態は、言論の府である国会の甚だしい空洞化の事態であった。

② 一旦失われてしまった、この事態をいかに克服し、国会を本来の言論の府として再建してゆくのか・・・・、日本の政治に課せられた課題は非常に大きい。

  そのための第一歩の作業は、政治的思惑に駆動された無意味で国民の人権を無視した国葬の強行ではなく、まず、安倍首相によって如何に国会が貶められたのかについて、厳正な点検を行い、本来の機能を回復させるためには如何にすべきかを考察する事でなければならない事が明白である。

         しかしこの間の岸田首相の相変わらずの説明拒否・審議拒絶の姿勢からすると、それも今後多難と言わざるをえないであろう。

 

32 「『桜』前夜祭 今国会で説明欠かせぬ」(朝日2263

    ① 安倍首相の買収的イベントに、サントリーホールディングスも一役買っていたという事実が判明した。

    ② しかし結局、安倍元首相は、一切の説明責任を果たさなかった。 

 

33 「『安倍不起訴』は検察の目こぼし」(FACTA 212

         「桜を見る会」は、安倍首相の居直り的審議妨害・説明拒否にもかかわらず、公職選挙法違反・政治資金法違反の嫌疑が濃厚であった。

    ② それゆえ、弁護士グループから為された告発については、そのような安倍首相の刑事責任を、検事総長にオトモダチを据えて、自身への刑事訴追を逃れようとしたところの検事総長人事問題への安倍首相の介入工作であった黒川検事長問題をクリアした検察庁が、いかに処断するのか・・・、大きく注目された。

    ③ しかし結局、林検事総長体制の検察庁は秩序維持を最優先し、安倍首相についての刑事責任を否定するに至った。

         だが一面に於いて、検察権のそのような政治的運用こそが、長期の安倍政治の政治私物化・利権誘導型政治による、日本の民主主義モラルを腐らせてきたのであって、断じて認められないものである。

 

34「安倍政治の弊害 民主主義ゆがめた深い罪」(毎日20830

        「対立をあおり国民を分断」と論ぜられている。

        「首相は、選挙で勝ったのだから全ての政策が信任された・・・と言わんばかりに突き進んだ」

      「国民を分断するのではなく、可能な限り一致点を見い出してゆくのが指導者の務めのはずだ。異論や批判に耳を傾けず、相手を激しく攻撃して対立をあおる。こんな『分断手法』が続いてきたのは、安倍政治の大きな弊害と言っていい。」

 「この姿勢が、憲法で『国権の最高機関』と位置づけている国会の著しい軽視につながった。国会をまるで内閣の下請けのようにしてしまった罪は深い。」

 「権力の私物化が指摘された『森友・加計』問題や『桜を見る会』の問題を追及する野党に対し、首相は誠実に取り合おうとはせず、同じ答弁を繰り返した。」「国民に対する説明責任を果たさなかったというほかない。」

 「官僚が首相におもねる『忖度政治』がはびこっただけではなく、安倍内閣は検事総長人事にまで介入しようとした。」

         等々、代議政治を空洞化させた罪が、指摘されている。

      まさにそのとおりである。

 

35 「『非正規の高齢者』にヤバすぎる影響

     安倍元首相が遺した『アベノミクス』は

     日本社会に何をもたらしたか」      (現代ビジネス2285

         以上には、主として政治手法に於ける安倍政治の大きな負の相を見てきた。しかし、実は安倍政治の破綻は、経済・外交等あらゆる面に亘っている。とても「国葬」を以て遇するに相応しいう人物などではない。

    ② これらについての資料も多数存在しているのであるが、ここではアベノミクスの失敗による大きなマイナス面についてのみ、証拠提出しておく。

    ③ アベノミクスは要するに、新自由主義の究極のものであって、「異次元の金融緩和」「働き方改革」なるものを推進することによって、デフレからの脱却を企図したものであった。

 しかしそれはむしろ、多数労働者の非正規化を招来することとなり、社会の不安定化を推進した。このために結婚・出産率は更なる低下を示すに至っている。希望を失った国民が、いわゆる「拡大自殺」を試みるという事件が連続的に発生している。この20年間に於いて実質賃金の低下したのは、いわゆる先進7カ国に於いては日本だけであって、その経済的地位は最低に甘んじている。

 一方、安倍経済政策の遺産と言うべき、日本のみが継続しているゼロ金利政策は、円の国際的評価を大きく下げ続けており、円安による輸入品目の高騰化が国民の生活を直撃しているのである。

            結局アベノミクスによって富んだのは、各企業の内部留保の増大と、株高による株式投資家のみという、極めて歪つで不健全な状況に落込んでしまっているというのが現実である。

      本証は、そのような構造に於いて、非正規の高齢者がまさに生活・生存の破綻の危機に直面している現実について論じられている。

    ④ 以上を要するに、安倍元首相は、経済政策に於いても大きく失敗をして来ているのであって、喧伝されているような「偉大な政治家」などでは全くないことが決して看過されてはならない。

         その他、ここで附論しておくこととするが、外交についても成果は殆ど全く無い。

       27回も会って「ウラジーミル! 君と僕は同じ未来を見ているよね」などと言っていたプーチンには、結局手玉にとられ、ウクライナ侵攻問題について有効な役割を果たせなかったばかりか、サハリンによる開発については、投下資産を食い逃げされてしまうという失態を犯した。

            また、喧伝されていた拉致被害者の救出問題についても、何らの成果も前進も無い。

      更に、韓国との間では、戦後最悪の関係という事態にある。

      そもそも徴用工問題(本来、戦後80年も経過して、なお未払賃金問題が残っているなどという事態は、日本としても恥ずかしい話である)については、日本製鐵などの企業は「政治と経済は別」との、実業家らしい考え方に従って、株主総会などでも「裁判に負けたときは、支払を行う」との方針が会社から示されていた。

 ところが、実際に裁判に負けるや、安倍首相と菅官房長官は企業幹部を官邸に呼出して、「日韓条約で解決済み」「支払わない」との強硬方針を企業に押しつけた。このため企業は解決の機会を失った。

            そして更に報復的に、高品質フッ化水素等の輸出制限などを断行した。

このため韓国では、反日の機運が急激に燃え上がり、不買運動や対抗的ブロック化の動きとなり、両国の関係は最悪のものとなっていったのである。

⑥  以上の如き実績を見るならば、このような人物がなぜ「国葬」を以て

国家的に葬儀が行われなければならないのか・・・、誰も肯定することは出来ないであろう。

 

  旧統一教会(世界基督教統一心霊協会)問題

 

36 「 霊 感 商 法 」(ウィキペディア2288

        今般、安倍元首相を銃撃した被疑者が、「統一教会による家族崩壊について、激しい怒りと憎悪を抱いており、教会と親密な関係を有している安倍元首相に対して、その怒りから銃撃した」と供述していることが伝えられ、強く注目されている。

② 統一教会と自民党・安倍元首相の間の極めて親密な関係は、知る人ぞ知るというものであったが、今般の銃撃事件によって、大きく注目されるに至った。

③ 統一教会はかつて、70年代から90年代、いわゆる「霊感商法」による多額の集金によって注目され、社会的に強い非難を浴びた。霊感商法は統一教会に限られるものではないが、その規模・金額は統一教会によるものが桁外れであり、また、「反共」を軸にしたその国際性に於いても、他の宗教団体とは全く別異のものである。

        本証によって、ごく基礎的なその概要を立証する。

      その教義についての簡単な解説は、2頁に記載されている。

           教祖文鮮明は、韓国に於いて有力な長老派キリスト教から信仰を開始したとされているが、後に独自の啓示を受けて、統一協会活動を開始したとされている。

    長年被害者の救済に当たってきた弁護士グループの一人によれば、教義は極簡単に言うならば、キリスト教と韓国人としての民族主義が習合した内容となっており、「日本が戦前に韓国に攻め入った。それが日本人の罪である。」「罪を清算するためには、日本人は韓国に貢献しなければならない。」という構造に於いて、日本に於ける霊感商法(先祖霊の罪等によるマインドコントロールにより、壺・多宝塔・印鑑・絵画などを法外な値段で売りつける)や、信者への献金強制によって集金し、多額の金額を韓国に集中し、韓国に於ける豪壮な施設の建設や、文鮮明の家族の資産形成、国際的反共運動の政治活動等に使用されてきていると考えられている。(諸行事への参加も有料であるが、日本人については、飛び抜けて高額に設定されている。)

      なお、信者のマインドコントロール及び献金の実情等については、他の甲号証に於ける、本件事件の被疑者の母親の場合や、山崎浩子・飯干景子など著名人の告白によって知ることが出来る。  

         この霊感商法が、多大の非難を浴びるに至ったので、教団は、街頭での勧誘・商品の売りつけ等のスタイルから、信者の献金を奨励要求するようになったとされている。

      その実情は、本件被疑者の供述として伝えられているところや、或いは親族が語ったところよりすると、献金は驚くべく多額の金額に上っている。

 

37「徹底追及・旧統一教会の正体を暴く」(赤旗 22724) 

        教義の簡単な紹介と、組織・活動が概観されている。

 

38「安倍氏は三代にわたって付き合いがあった

   マスコミが書かない・・・自民党をつなぐ点と線」   鈴  木  エ イ ト

        統一教会の概要、および自民党との深い関係

 

39「統一協会 殺人事件も起きた日本人妻の悲劇

    従軍慰安婦の過去があるから、どんな韓国人と

    結婚させられても感謝しなければならない。」 (デイリー新潮2281

        上記「36」のが裏付けられている。

 

40「旧統一協会の『献金』内部資料を独自入手

       毎年200億円以上が韓国へ・・・<報道特集>」  TBS news dig

        TBSの報道番組「報道特集」記者の調査・入手内部資料によれば、

    「1999年から2008年まで、献金額は年間概ね600億円で推移している。2009年のコンプライアンス宣言のあとも相変わらず600億円近くの献金を集めていたことが分かる。」

「2009年以降3年間で、200億円以上が毎年、送金されている。更に別の内部資料には、・・・・。2013年度には約132億9996万円が送金されていた。」 

 

41「カードで借金してでも献金しなさい・・・           多 田  文 明

   元信者の証言「旧統一協会の本性」と

   「安倍一族との近すぎる関係」   (PRESIDENNT Online 22725

 

        自身、学生時代から統一協会の信者であったという筆者が、経験談を交えながら、教団の内情・信者の心情等について語っている。

      真面目な信者ほど、献金を言われると必死になるという心理が紹介されている。

    筆者自身は、多額の献金をしたということはなかったが、自分が勧誘した信者からできるだけ多額の献金をして貰うように必死であったと回想されている。そして、勧誘に持ち込んだ人からは必ず預金額を聞きだすようにしていたと回想されている。

        なお、安倍晋三元首相との関係は別に扱うが、岸信介・安倍晋太郎二代

は、関係が非常に深いことを知っていたと回想されている。

 

42 「山上徹也『母』洗脳 家族破壊の履歴書」(週刊文春22728

        人は如何にしてカルト集団に入信してゆく事になるのか・・・、非常にリアルな経過が理解される。 

    自分の子がこのような事件を惹起することになっても、なお教会の方を心配し、申訳なく思っているという心理状態は、人を恐怖させる。

              また、被疑者の心情の意味がよく理解される。

 

43 「『山上徹也』母が吐露した思いに

    『教団』への言及は・・・」  (週刊新潮22728

        完全にマインドコントロールされているやに思われる母親には、やはり

現在の状況を客観的に理解するということは出来ないようである。

② 全てを自身の信心の程度に還元する思考によって、いよいよ深みにはまってゆく心理状態がよく理解出来る。

 

44「文鮮明・韓鶴子『強欲夫婦』の本性」(週刊文春22811

        このように切実な心境の信者から多額の献金をさせ、それによって教団はどのように運営されているか・・・・、その実情には非常に興味深いものがある。

 

45 「『霊感商法』カルトの広告塔

    『桜田淳子』の罪深き合同結婚式」(週刊新潮22728

 

46 「合同結婚式『性とカネ』」(週刊文春22 84

        当時非常に社会的関心を呼んだ合同結婚式とその後の結婚生活は、まことに異常なものというべきであるが、しかし、マインドコントロール下に

あっては、それを異常と考えると言うことはなく、むしろ、不都合な事態については、信心の足りなさと考えて、ないしは、悪に負かされているからと考えて、いよいよのめり込んでゆくという心理状態がよく理解される。

 

E 安倍首相と統一教会の、甚だしい癒着関係

 

47 「『岸信介』が米大統領に送った『統一協会首領』

    釈放嘆願の親書」        (週刊新潮22726

              これは驚くべき事実である。

      安倍首相が、ことある毎に(昭和の妖怪と言われた)祖父岸信介を非常に尊敬している気持を披瀝していた事は、よく知られているところである。

        両者は徹底した反共主義という点で一致していたものと思われるが、それにしても、アメリカで巨額の脱税の罪で下獄していた文鮮明について、

    「不当に拘禁されている」としてレーガン大統領に釈放嘆願の親書を送っていたというのである。そこで岸は「文尊師は誠実な男であり・・・稀少かつ貴重なものであり・・・」と最大級の評価が書き連ねられている。

           当時すでに日本に於いては、統一協会の霊感商法が大きな社会問題となっていた。そのような状況にあって、岸は文鮮明をこのように言って擁護していたのであった。強く岸の全てを尊敬している安倍首相は、こうした祖父のあり方についても何ら全く疑問に思うことはなかった。

        岸と文鮮明ないし統一教会との深い関係はそのまま、女婿安倍晋太郎に引継がれていった。

     この関係は更に当然に故安倍晋三に受継されていった。その関係の有様は本証の22頁最下段に書かれてある。したがって、安倍元首相が自民党内で重きをなして行くに従って、教団の影響力もそれに伴い大きくなっていった。

48 「<支援者名簿>入手 

    統一教会「名称変更の時の文科大臣・下村博文氏を

    関連団体幹部5名画支援」          (文春オンライン 22・7・27)

 

49 「統一教会 自民党工作をスッパ抜く」(週刊文春2284

 

50 「統一教会 

       徹底解剖 安倍派と統一教会 癒着の核心」(週刊文春22811

 

51「底なし 政界汚染 安倍元総理と『統一教会』

     ズブズブの深淵」(週刊新潮2284

 

52「旧統一教会 × 自民党 『使えるから』調査に腰重く」

       関係絶てず  票割振り・選挙手伝い・パー券購入・・・(東京新聞22728

 

53「底なし政界汚染 安倍元総理と『統一教会』

    ズブズブの深淵」

       「子飼い議員」落選危機で「安倍首相」が教団に支援要請

 

54「自民党の前参院議長が爆弾証言!

   『安倍氏に旧統一教会の票を依頼』北海道テレビがスクープ」

                                                    日刊ゲンダイ22729

 

55「安倍元首相側近の井上義行氏が大炎上!

    旧統一教会の『全面支援』で当選していた」  日刊ゲンダイ22714  

56「自民党と統一教会の癒着」(週刊金曜日2285)  内  田    樹 

 

57「統一教会の友好団体はどこ? 

     UPFなど関連団体まとめ(検索がんじん)」 

       今回の件について、被疑者の深い絶望感・統一教会に対する憎悪・これと癒着する有力政治家に対する怒りが、事件の根柢にある事が明白である。

   ② しかし、特定の政治的主張・立場を有してはいないように思われるところから、「これは暗殺ではなく、単なる殺人事件である」という見方も存する。

    更にはこのような立場から、統一教会との関係性を否定し、事案解明について統一教会及びそれと自民党との関係について、その矛先を抑制せんとの企図も自民党有力者を中心に見られた。

③ 本件を暗殺と言うか言わないかは、言葉の定義にもよることであって、申立人らは別にこだわるものではないが、しかし、②のように言うことは明かな誤りである。

 すなわち、故安倍元首相は大きな矛盾をかかえていた。それは、たてまえとしては、「全ては日韓条約で解決済み」との外交姿勢を強く打ち出し、韓国の大日本帝国支配の被害者(徴兵・徴用者・いわゆる従軍慰安婦他)に対しては極めて冷淡な政策を押しつけてきている。しかしながら、他方では、統一教会の民族主義的教義・日本人信者に対する極端な搾取構造・違法行為を是認し、自身の政治権力の維持拡大のためには、積極的に関係を形成し、選挙等の場面では大きく依存していたこと、そしてそうした搾取構造の維持のために、種々の政治的便宜を図っていた。

 教団も多数の関連団体を組織し機能させ、きめ細かく政界工作を進め、政権政党を中心に、政界深部に浸透していったのであった。安倍首相の疑惑にまみれた「桜を見る会」にも教団の関連団体の幹部が4年連続で招待されていた。

 安倍元首相自身も、昨年のUPF世界大会には会場にビデオメッセージを送り挨拶し、関係を公然化することを憚らなかった。

④ こうした癒着の最大のものが、安倍派番頭格で現在安倍派の代表である下村博文議員が文科大臣であった2015年に、文科省に於いて長らく否定されてきていた「統一教会」の「世界平和統一家庭連合」への名称変更・・・これにより統一教会は、違法宗教とのイメージの転換を実現した・・・の実現である。

  下村大臣は政治資金の提供も教団から受けていたのであったが、もちろんこの名称変更は、安倍首相の意向抜きにはありえないことであった。

  なお選挙に於いては、統一教会の会員は献身的に運動に働くとされているが、安倍元首相は、その票の割振りまで直接に差配することまでを行っていた事実が明らかとなっている。

       今回の事態は、こうした構造的な矛盾が激発したという以外の何ものでもない。したがって、仮に被疑者個人に特定の政治主張は見られなかったとしても、事件自体は極めて強い政治性を有しているものであることが、決して看過されてはならず、徹底的に解明されなければならない。

 

F 国葬をめぐる情況

 

      茂木官房長官は、「(国葬反対の)野党は国民からずれている」などと傲慢に語っていたが、今や「国葬反対」は多数であり(とりわけ統一教会問題が次々と明らかになるにつれて、「このような人物がなぜ国葬なんだ?」との素朴な疑問が急速に拡大しているのが現実である)、全国的なものとなっている。

   このような情況にあって、なお国葬を強行することは、前述のとおりの憲法問題を惹起するのみならず、国民の間に大きな分断を敢えて持ち込むものであって、政策としての合理性は皆無である。以下、これらのうちからいくつかをピックアップすることとする。

 

58「国葬反対」政権揺さぶる  (東京2281

 

59「被爆者ら抗議」

        税金使用は疑問」「改憲向け意図?」(東京22723

 

60 「国葬には反対だ」        (東京22717       前  川  喜  平

 

61 安倍晋三元首相の「国葬」に疑問  (AERA 22727)法学者グループ

 

62 「政府 ミャンマー国軍「招待」

     国葬 軍事支配容認の場に?」  (東京22726

 

63 「国葬」に疑問と懸念       (朝日 22・7・20)

 

64 社説 国民の分断を懸念する        (東京22・7・20)

 

65 江川紹子の事件ウオッチ「国葬問題」                 江  川  紹  子

 

66「国葬」の法的条件と政治条件(日刊ゲンダイ22722) 小  林   節

 

67「法の支配と法治主義が崩されている」(同上22726  小  林   節

 

68「壊憲・改憲ウオッチ(14)  安倍元首相の国葬に関して 

                  名古屋学院大学 憲法学 飯 島 滋 明

 

69 反対声明                  日本キリスト教婦人矯風会

 

70 撤回を求める会長生命                 東京弁護士会会長 伊 井 和 彦

 

71 反対声明                   日本キリスト教会大会靖國神社問題特別委員会

 

72 反対声明                 自  由  法  曹  団

 

73 反対声明                       青年法律家協会弁護士学者合同部会

 

74 反対声明                  日本民主法律家協会

 

75 「嘘が通る社会」をつくったのは誰か      三  枝  成  彰

 

 

76アンケート調査結果1                      南 日 本 新 聞 社

 

77 アンケート調査結果2                          赤         旗

 

78 アンケート調査結果3                          未  来  社  会

 

      これらによれば、いずれも反対が半数を超えている。

 

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 6 原告の人格権に対する甚大な侵害

 

  ⑴ 故安倍首相の、国民主権無視・民主主義手続の軽視等の反憲法的の政治手法については、原告らは従前から、大きな危惧感を抱いてきた。

 ⑵ また今般、安倍首相が凶弾に斃れたそのこと自体、憲政主義制度が崩壊に向かった昭和初期の歴史から、民主主義制度について大きな危機感を抱かされたことはもちろんであるが、しかし、政府が直ちに「安倍首相の遺志を引き継ぐ」として「憲法改悪実現」を呼号しつつ、「民主主義を守る決意を示す」として、性急に本件国葬を決定したことに大きな衝撃を受けている。

 なぜなら、「民主主義を破壊」してきたのが、当の故安倍首相であったからである。「民主主義の破壊者」を「国葬」という形で国家的に追悼し、しかもそれが、「民主主義を守る」ためであると主張されて、国民が統合され牽引されてゆくということは、憲法の根本的趣旨・規範に大きく反する事態である。

    しかも、この事件の関係者が、いわゆる統一教会の被害者であったことはまさに象徴的であった。この間、当初の自民党の隠蔽工作にもかかわらず、次々と、

当の元安倍首相を含む、歴代・現在の自民党を主とする多数の政治家が、詐欺的脅迫的霊感商法の広範な展開によって国民に大きな損害を与えてきた違法な宗教団体である統一教会に、深く関わってきていたことが明るみに出されてきて、国民は「やはり」と思う一方で、宗教団体による国家支配がどこまでに及んでいるのか・・・、大きな衝撃を与えてきている。

⑶ このような事態に於いて、憲法の宣明する国民主権主義を確信する原告らは、大きな不信・不安を感じ、苦痛に苛まれている。

  政府による「国葬」は、むしろこうした不信・不安に対して、安倍元首相をそれこそ旧憲法自体に於ける「国家への偉勲者」として祭り上げ、「犠牲者」「殉難者」として美化し、日本の民主主義の真の危機を隠蔽してしまおうとする、巨費を投じた国家的行事以外の何ものでもないことを懼れている。

 政府の主張に全く何の法的根拠も無く違法であることは、前述のとおりである。

 このような違憲違法な政府の不法侵害行為による、原告らの精神的苦痛は法的保護に値する。

 

   行政事件訴訟法37条の4第1項所定の請求要件の適合性について

 

  ⑴ 本件国葬の強行は、日本の憲法秩序に重大な影響を及ぼし、今後の日本の民主主義制度を害する懼れが大であることは、上に述べたところである。

 すなわち、本件国葬の実施によって「重大な損害が生ずるおそれがある」と言うべきである。またことの性質上、一旦国葬が実施されてしまったなら、本来的に「その損害を回復すること」は不可能である。

⑵ 本件訴訟にあっては、原告は国家賠償法上の損害賠償をも請求している。

  しかしこれは、金銭賠償主義を採る民事法制度上の全くやむをえない方途としてなされているのであり、本来は、このような措置で代替される事はありえない。 したがって、これを以て「損害を避けるために他に適当な方法がある」と考えられては絶対にならないものである。

 

  ⑶ 「処分」性問題について

    なお、本条は、行政機関の行う「処分」について差止が規定されている。

    それゆえ、「国葬」は被告の行う一種の事実行為であり、「国民個々人の具体的な権利の得喪や制限に関するものではないから、処分とは言えず、したがって本条項の適用はない」との反論がなされるかも知れないので、念のためにこれについて論じておく。

    ところで、行政事件訴訟法上の「処分」とは、「公権力が一定の個人について、権利を認めず、ないしはこれを喪失させたり制限したりする行為」と一般に解釈運用されている。そこで、そのようような行為が「処分」に該当することは認められるとしても、「これに当たらないものは、処分ではない」となしたうえで、本件国葬決定は、何人の権利法益の得喪にも関わらない事実的行為であるとして、それゆえ行政事件訴訟法上の処分ではなく、抗告訴訟の対象とはならないと主張される可能性がないわけではない。

    しかし、これは誤りであると言うべきである。

③ けだし、そもそも、なにゆえに上記のように「公権力が一定の・・・制限したりする行為」の場合に、それは行政事件訴訟法上の「処分」と見なされ、抗告訴訟の対象とされるのであろうか・・・。

  それは、当該行政行為によって「一定の個人の権利・法益が、違法不当に否定され侵害される」からである。そうすると、問題の根幹は、「一定の個人の権利・法益の違法不当な否定」にこそ存在しているのである。

  したがって、当該行政行為によって、国民個人の権利・法益が違法不当に否定され制限されるに至るような場合には、それが講学上いわゆる事実行為とされるような場合であっても、それは行政事件訴訟法の抗告訴訟に於ける「処分」

であるとなされるべきである。

    そうすると、本件国葬の実施の場合、それによって例えば「国民Aの自動車運転免許資格が否定される」という形に於いて、特定の個人の権利が否定され違法な事態が現出する」「抗告訴訟によって、その違法状態の解消がなされなければならない」という場合ではないが、しかし、当該行政行為によって、主権者である原告Aの有する人格権が侵害されるに至り、違法な事態が現出することが明白である。

       したがって、この場合には、「個人の権利・法益の違法不当な否定という事態」が現出し、それゆえに「抗告訴訟によって、その解消がなされなければならない」という基本構造は全く異ならないから、事実的行政行為であってもそれは、行政事件訴訟法上の抗告訴訟規定に於ける「処分」であると言うべきである。

⑤ 以上からして、本件国葬決定は各原告にとって、明らかな一箇の「処分」であると言うべきである。

     また、予備費からの2億円という巨額の支出は、この国葬実施に不可避に伴う国費の支出であって、国葬に一体をなしているものであるから、各原告の人格権侵害に於ける違法性は、国葬の決定・実施と別のものでは全くない。それどころか、より明白な法律行為性を有している。

   よって、これも行政事件訴訟法の「処分」であって、抗告訴訟の対象であることが明白である。

 

 8 国家賠償法1条の適合性について

  ⑴ 被告の、本件国葬の決定・挙行という公権力行使によって、原告の重要な人格権が違法に侵害されることは、前記のとおりである。

 ⑵ このような被告の違法不当な行為による人格権侵害について、原告は現に激しい精神的苦痛を被っている。もし実際に、これが強行された場合には、更に大きな精神的苦痛を被ることが避けられない。

 この苦痛について、本来は金銭的に評価することは不可能であるが、金銭賠償原則からやむをえず、強いてこれを慰藉料に於いて算定するならば、金100円を下らないことが明白である。

  ⑶ よって原告らは国家賠償法1条に基づいて、損害賠償として少なくとも各自金100円の損害賠償請求権を有する。

 

第4 結 語  

 

        以上のとおりであるので、原告らは、日本国の主権者としての人格権に対する被告による違憲違法な侵害からの救済を求めて、

     1 行政事件訴訟法37条の4第1項に基づき、9月27日に予定された故安倍晋三元首相の国葬の差止

2 行政事件訴訟法37条の4台1項に基づき、故安倍晋三元首相の国葬実施について予定されている、少なくとも約2億円の国費を予備費から支出することの差止

3 予備的に、国家賠償法1条の基づき「請求の趣旨」第3項記載のとおりの損害の賠償

の請求をなす。

 

                                                                       以 上