Tuesday, December 07, 2021

非国民がやってきた! 006

加藤圭木『紙に描いた「日の丸」――足もとから見る朝鮮支配』(岩波書店)

<植民地支配下の朝鮮でどのような暴力がふるわれ、日々の暮らしは変容したのか。人びとはどのように支配に抗い、破壊された社会関係の再構築をめざしたのか――土地の収奪や労働動員、「日の丸」の強制、頻発する公害とそれに対する闘争などを切り口に、支配をうけた地域とそこに暮らす人びとの視点から、支配の実態を描き出す。>

第一章 奪われた土地──日露戦争と朝鮮
第二章 紙に描いた「日の丸」──天皇制と朝鮮社会
第三章 水俣から朝鮮へ──植民地下の反公害闘争
第四章 忘れられた労働動員──棄民政策と荒廃する農村
第五章 空き地だらけの都市──越境する人びと
おわりに

「民衆史」という分野があるが、著者はこの言葉を用いていない。たぶんあまり変わらないと思うが、著者の関心がそこに向けられていないのかもしれない。むしろ、梶村秀樹の「国境をまたが生活圏」、杉原達の「地域からの世界史」に学びながら「足下からの世界史」と言い、「植民地支配の問題を一人一人の人生が破壊された問題であり、今も被害に苦しむ人がいる問題だと提起することの重要性」を唱える。

第一章「奪われた土地──日露戦争と朝鮮」では、永興湾の農村、漁村にある日、突然、日本人がやってきてカキ漁の権利を奪う。さらに日本軍がやってきて土地を取り上げ、軍事基地を建設する。海を奪われ、土地を奪われた人々は、「労働力」に切り縮められる。日露戦争と朝鮮という関係の中で、永興の人々がいかに巻き込まれ、追い出され、収奪されていくか。いかに抵抗していくか。

第二章「紙に描いた「日の丸」──天皇制と朝鮮社会」では、日本による「日の丸」強制の結果、布の旗ではなく、紙に日の丸を描いて振り、後に廃棄する。破り捨てられる日の丸。天皇制・同化・差別は、地域に入り込んだ監視として実現していくが、朝鮮人にとって天皇は疎遠な他者にすぎない。抑圧者にすぎない。

第三章「水俣から朝鮮へ──植民地下の反公害闘争」では、水俣で公害をまき散らしたチッソの原点は朝鮮にあり、植民地支配と公害が一体のものであったことを浮き彫りにする。チッソに限らず、侵略企業は「人を人と思わない状況」をつくり出し、収益を上げる。当然、住民の抵抗運動が始まる。反日、反植民地支配、反公害の闘いの始まりである。

第四章「忘れられた労働動員──棄民政策と荒廃する農村」では、後に官斡旋(強制連行問題、徴用工問題)となっていく労働力動員の1930年代の展開を、動員された労働者の立場から描き出す。

第五章「空き地だらけの都市──越境する人びと」では、日本の軍事的観点、産業的観点から構想された都市・清津のまちづくりが、現地の人々の暮らしと無縁であり、地域の経済にも即していないため、「空き地だらけの都市」ができあがる喜劇を描き出す。清津だけでなく、慶興にとっての地域発展という観点から見ることで、さらに日本と朝鮮を含んだ歴史の構造が見えてくる。地域内部における支配とのたたかいは、「越境する抵抗」という形態で可視化される。

著者は、イデオロギーとしての反日ではなく、人々の暮らしの中から生まれ、立ち上がろうとする反日を描き出す。反日とは、生命を取り戻し、人間を取り戻す闘いである。暮らしを再建するために必然としての反日である。この点を理解させてくれる好著だ。

ここから2・8宣言や3・1宣言などの独立闘争、解放闘争への発展のダイナミズムも取り上げて欲しいが、それは後日の期待としよう。

フェミサイドの現状04

7 新型コロナ・パンデミックはジェンダー関連殺害にどんな影響を与えたか?

 

新型コロナ・パンデミックのジェンダー関連殺害への影響についてはデータが十分ではない。2020年、西欧では11%増、南欧では5%増だが、北欧では特に変化はなく、東欧は微減である。北米では8%増、中米では3%、南米で5%増である。これは過去十年の増減の範囲内である。

国別では、14か国の月別データが得られたが、ロックダウンによる影響は確認s慣れていない。14か国とはアルメニア、バハマ、クロアチア、エクアドル、ギリシア、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、メキシコ、モロッコ、ミャンマー、オマーン、スロヴェニア、スペインである。

新型コロナの移動制限がジェンダーに基づく暴力に与えた影響はデータが不十分である。2020年初頭の第1波の時期の隔離によって若干減少している。

欧州とラテンアメリカの数カ国のDVヘルプラインのデータも複雑な様相である。自宅における女性への暴力が急増した国もある。例えばイタリアでは4倍増である。アルゼンチンでも急増した。デンマークとメキシコでは隔離措置後、暴力は微減である。利用できるデータからは確定的なことは言えない。

 

8 政策的含意

 

報告書は最後に、フェミサイドへの政策的介入を4つの領域に分けている。

1)ジェンダー関連殺害のデータ・ギャップを埋める

2)ジェンダー関連暴力の予防と対処

3)ジェンダー関連殺害実行犯の効果的な訴追と制裁

4)ジェンダー関連暴力の証拠に基づいた予防の投資

 

1)ジェンダー関連殺害のデータ・ギャップを埋める

ジェンダー関連殺害についての包括的なデータ収集が重要である。多くの国ではまだ不十分である。データのある国でもジェンダー関連暴力の定義が多様である。UNDOCが用意した統計枠組みを参照して、現在の制約を超えて、各国が情報収集することが必要である。

2)ジェンダー関連暴力の予防と対処

DV法はすでに155か国で制定され、ジェンダー関連暴力行動計画を策定している国も多い。

・保護命令――保護命令は、親密なパートナーによる暴力を減少させてきた。警察の介入後に暴力がエスカレートすることもある。暴力的パートナーから保護するための更なる介入方法が模索される必要がある。保護命令や登録制度、24時間ホットライン、シェルター等の組み合わせが危機の予防になる。

DVサービス――ヘルプラインやシェルターのようなDVサービスは親密なパートナーによる殺害を減らしてきた。こうした支援は長期間継続する必要があり、保護目入れなどの法的手段と組み合わせるのが効果的である。

・銃器統制――家に銃器があれば暴力のリスクが高まる。DV加害経験のある実行者が銃器に接近できないようにする制限が殺害防止に必要である。

・離婚――離婚法制は女性・少女に対する暴力への影響可能性を考慮して慎重に検討されなければならない。離婚時は女性が被害を受ける時期となるので、全体的アプローチが必要であり、行政府や裁判所が暴力の予防と対処をする必要がある。

3)ジェンダー関連殺害実行犯の効果的な訴追と制裁

被害者・生存者が司法にアクセスしやすいようにして、暴力実行者の責任を問い、社会に明確なメッセージを送るべきである。ラテンアメリカでは、ジェンダー関連殺害について刑事司法の対処を特に定めた特別法が制定されている国がある。ジェンダー関連殺害事件を担当する特別班を設置し、ジェンダー関連殺害に適正に対処しない刑事司法公務員(警察官や検察官のこと?)を監視する必要がある。

4)ジェンダー関連暴力の証拠に基づいた予防の投資

長期的には多元的な介入方法が検討され、多様な予防介入の組織的見直しがなされるべきであり、国連は「尊重枠組み」を基に予防戦略を構築する。

・関係スキルの強化――女性、男性、カップルへの介入戦略

・女性のエンパワーメント――経済的社会的エンパワーメント

・サービス保障――警察、法律扶助、健康、社会サービスを被害者に提供

・貧困対策――貧困縮減を目指した労働力移転の介入

・安全環境――安全な学校、公共空間、労働環境を作り出す

・子ども虐待予防――家族関係修復、体罰禁止等

・態度、信念、規範の変更――有害なジェンダー態度、信念、規範、ステレオタイプ、男性優位・女性従属・暴力正当化となる慣習の見直し

以上の措置は独立ではなく、相互横断的であり、広範なアプローチが求められる。

 

以上。

Sunday, December 05, 2021

フェミサイドの現状03

2 親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害の絶対数 

国連麻薬犯罪事務所の調査報告書の概要紹介を続ける。

2020年、世界で47,000人の女性・少女親密なパートナー又は家族メンバー(父親、母親、叔父、兄弟等)によって殺害された。アジアで18,600人、アフリカで18,100人、南北アメリカで7,300人、欧州で2,600人、オセアニアで300人である(これは推定値で、アジアで言えば15,10021,000の間)。アジアはもっとも人口が多いので、女性殺害の多さは驚くべきことではない。

 

3 親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害の比率 

比較という観点では、、被害者の絶対数よりも、女性人口10万人当たりの被害者数を見ることが重要である。女性が家族の誰かに殺される現実のリスクを知るには、絶対数よりも被害化率のほうが良い。

2020年、世界では10万人当たり1.2人の女性・少女が親密なパートナー又は家族メンバーに殺害された。絶対数ではアジアが最大だが、比率ではアフリカがもっともリスクが高い。2020年、アフリカでは10万人当たり2.7、オセアニアは1.6、南北アメリカは1.4、アジアは0.8、欧州は0.7である。

 

4 親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害の傾向 

過去の傾向を示すのに十分なデータの得られた地域(南北アメリカ、欧州)では実質的な傾向を見ることができる。国によって増加したり減少したりしているが、長期的に見ると傾向は安定している。

報告書には、欧州、東欧、南欧、南米、中米、北米ごとに、2010年から2020年までの10年間の傾向がグラフ(棒グラフ及び折れ線グラフ)で掲載されている。

 

5 私的領域で行われる殺害は女性に不均衡な影響を与える。 

全体のおよそ80%、2020年に世界でのすべての殺害の被害者の大多数は男性・少年であるが、男女比は顕著に文脈に依存する。公的領域での殺人被害者数では女性・少女は10人に1人にすぎないが、家庭における致死暴力の被害は不均衡に女性に起きる。親密なパートナー又は家族メンバーによる殺害の被害者の58%が女性・少女である。つまり、女性にとってもっとも危険な場所は自宅である。対照的に、男性が親密なパートナー又は家族メンバーによって殺害されるのは10%である。男性・少年にとって危険な場所は家族領域の外にある。

被害者化のジェンダー比率は地域によって異なる。例えば、欧州では女性は17%、オセアニアでは22%、アフリカでは9%、南北アメリカでは7%、アジアでは16%である。

 

6 女性・少女による親密なパートナー殺害の負担 

親密なパートナーによる殺害は自宅内における信頼の究極的違反である。直接の被害者を超えるような帰結をもたらす。例えば、生き延びた子孫は片親を殺されただけでなく、片親が監獄に入ることになり、結果として親のいる自宅を離れざるを得なくなる。

女性の親密なパートナーの殺害の最大数は、現在または前の親密なパートナーによる。平均すると女性・少女は親密なパートナー殺害の被害者の68%に及ぶ。

*このあたりで、報告書はkillinghomicideを使い分けているが、適切に翻訳できていない。

Saturday, December 04, 2021

フェミサイドの現状02

1 なぜ、親密なパートナー又は家族メンバーによる女性・少女殺害に焦点を当てるのか?

親密なパートナー又は家族メンバーによる女性・少女殺害は、通常なら信頼を期待される人による殺害であり、ジェンダーに基づく暴力のうちもっとも極端な現象の一つである。それ以前の心理的、性的、身体的虐待などのジェンダーに基づく暴力の到達点である。

親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害は、ジェンダー関連殺害の唯一の形態ではない。私的領域の外でも起きる。例えば、女性性労働者の殺害、人身売買や組織犯罪に関連する女性殺害、魔女という口実による女性殺害がある。ジェンダー関連の動機に基づいて行われるが、これらを定義し、説明する基準となるようなアプローチがまだない。統計情報は、それぞれの国の定義や法律に基づいているため、世界的レベルで比較することができない。この問題を扱うために、国連は一連の会合を設定してきた。

本報告書は親密なパートナー又は家族メンバーによる殺害の女性被害者に焦点を当てる。それがジェンダー関連殺害、又は「フェミサイド」の最大の比率を有するからである。この類型の殺害のデータは、家族領域の外で起きるジェンダー関連殺害のデータよりも、容易に入手でき、比較できる。親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害の国際的に比較できるデータは寄せ集めではあるが、UNODC, International Classification of Crime for Statistical Purposes(ICCS)(ウィーン、2007年)のおかげで、十分比較できる。アフリカやアジアはまだ十分カバーしていないが、問題の規模や傾向についての有用な情報が収集されている。家族の外での殺害に関するデータはもっと限られており、十分でない。 

国連麻薬犯罪事務所と国連女性連盟が作成した「女性と少女のジェンダー関連殺害(フェミサイド)を評価するための統計枠組み」(未公刊)

フェミサイドへのアプローチや定義は各国でも国際的にもさまざまである。例えば2015年の国連事務総局報告書は、「ジェンダーを理由とする女性と少女の故意の殺害」としている。直接又は間接的にジェンダー関連動機に基づいているので他の故意殺人とは異なる。

既存の統計アプローチと調和をとるため、2019年の国連統計委員会は、国連麻薬犯罪事務所に、フェミサイドに焦点を当てて、ジェンダーに関連する犯罪の統計枠組みを作るように求めた。国連麻薬犯罪事務所と国連女性連盟は、そのために専門家協議を重ね、International Classification of Crime for Statistical Purposes(ICCS)を作成した。

一般的に言うと、女性・少女のジェンダー関連殺害は、ジェンダー動機に基づいて行われ、男性の女性に対する優越性イデオロギー、男性性に関する社会規範、男性支配や権力、ジェンダー役割の強要、容認できない女性行動と見なした場合の予防や制裁といった理由である。

フェミサイドには明らかに概念的な意味があるが、統計上の用語としてはまだ困難がある。まだ十分な基準ができたわけではなく、更に研究が必要である。

<フェミサイドの統計指標>

以前のハラスメントや暴力の記録

女性の自由の違法な剥奪

実力行使及び/又は傷害

公共領域に身体を晒す

ヘイト・クライム

以前の性暴力

性産業で働く被害者

違法な搾取を受ける被害者

これらの指標によってフェミサイドを確定できるが、まだ各国の統計に採用されていない。各国がこれらの指標を採用するようになるまで、データを集積し推測することになる。この指標自体は、被害者と加害者が親密なパートナーであることを含んでいない点でも十分ではない。被害者と加害者の関係についての統計情報も必要である。

従って、上記8つの指標に加えて、次の2つの指標が重要となる。

女性・少女が親密なパートナーに殺害された

女性・少女が家族メンバーに殺害された

これによってフェミサイドの各国の統計を取ることができ、比較分析が可能となる。例えば刑事司法過程全体を通じての分析ができる。政策形成につながる。

フェミサイドの現状01

国連麻薬犯罪事務所の調査報告書『親密なパートナー又は家族メンバーによる女性・少女の殺害――グローバル評価2020』(2021年)が公表された。

The Research and Trend Analysis Branch, UNODC, Killings of Women and girls by their intimate partner or other family members, Global estimates 2020.

2020年、約47,000の女性・少女が親密なパートナー又は家族メンバーによって殺された。すなわち、平均すると、11分毎に一人の女性・少女が家族の中のだれかに殺される。傾向を計算すると、過去10年間、こうしたジェンダー関連殺害の規模の大きさには変化がなく、微増微減を繰り返している、という。

以下、報告書の概要を簡潔に紹介する。

報告書は冒頭で要点をまとめている。

2020年、約47,000の女性・少女が親密なパートナー又は家族メンバーによって殺された。すなわち、平均すると、11分毎に一人の女性・少女が家族の中の誰かに殺される。

・世界中全ての地域の女性・少女はこのタイプのジェンダーに基づく暴力の影響を受ける。推定18,600人の被害者ゆえ、アジアは絶対数では被害者数がもっとも多い地域であるが、アフリカは女性人口の規模に比較して最高水準の地域である。

・全体の80%、2020年に世界中で殺害された人間の大多数は男性・少年であったが、殺害被害者の性別構成は明らかに文脈に依存して異なる。女性・少女は公的領域で行われた殺人被害者の10分の1を占めるに過ぎないが、家庭で行われた致死的暴力の不均衡な負担を強いられており、親密なパートナー又は家族メンバーによって殺害された被害者の58%が、女性・少女であった。

・女性・少女のジェンダー関連殺害の各国の傾向にはしばしば変動がある。平均すると、欧州では過去十年以上、私的領域における女性・少女のジェンダー関連殺害は13%減少しているが、アメリカ諸国では9%増加している。欧州とアメリカ諸国の中でも国により地域によって傾向は変動している。情報が限られているので、その他の領域でのジェンダー関連殺害の傾向を確定することはできない。

・女性・少女が私的領域で経験する致死的暴力は、家の外での女性・少女殺害よりもずっと手に負えない問題である。東欧では、過去十年間以上、家の外での女性殺害は47%減少を見ているが、同じ時期に親密なパートナー又は家族メンバーによる女性殺害は15%減少にとどまる。西欧や南アメリカでも同様の傾向が記録されている。

・新型コロナの隔離措置が女性・少女のジェンダー関連殺害に与えた影響に関する世界的情報はまだ寄せ集めで、確定的ではない。ジェンダー関連殺害の数は2019年から2020年にかけて西欧では11%増、南欧では5%増である。北欧では変化は出ていない。東欧では微減である。北米では8%増、中米では3%増、南米では5%増である。この増加は過去十年ン位見られた変動の範囲である。

・各国レベルでは、限られた国であるが、201910月から202012月の時期の月別データもあり、傾向は多様であり、パートナー又は家族関連殺害はロックダウンによる影響をさほど受けていない。

Thursday, December 02, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(189)フランスの宗教的ヘイト・スピーチ法

光信一宏「フランスにおける宗教冒涜表現の規制」『宗教法』第38号(2019年)

はじめに

第1章         宗教冒涜罪

第2章         「信条の尊重に対する権利」と民事規制

第3章         出版自由法にもとづく規制

むすびにかえて

フランスのライシテ(政教分離)原則はよく知られるが、だからと言って宗教冒涜表現規制が認められないわけではなく、歴史的にも論争が続いてきたし、現在も裁判所で議論が続いている。

光信によると、古くは1254年のルイ九世の王令に始まり、フランス革命までの間、宗教冒涜を禁止する法令が多数出されたという。ヴォルテールの名とともに知られる1766年のラ・バール事件も冒涜罪に関する事案であり、宗教冒涜罪の廃止につながったとされる。1789年の人権宣言を受けて、1791年の刑法典で宗教冒涜罪は廃止された。しかし、1819年の法律で復活するなど紆余曲折を辿る。

1970年代、映画、テレビ、著書などでの表現が論争を招き、人格権として「信条の尊重に対する権利」が主張され、80年代以後、裁判所がこれを認めるようになった。「アヴェ・マリア」事件では、全裸の女性が縄で十字架に縛られた広告が問題となった。1984年の判決は「公衆の往来する場所における人目につく十字架シンボルの表示は、突然、異論の余地のある営利広告に否応なく出くわす人々の信条の内奥を理由なく暴力的に侵襲するものであり、明らかに違法な侵害である」とした。

「見たくない権利」と呼んでしまうと単純化しすぎだが、宗教的感情を傷つけられることについての法的表現である。

1881年の出版自由法(1972年の人種差別禁止法)は一定のヘイト・スピーチを犯罪とする。名誉毀損、侮辱に加えて「差別・憎悪・暴力の扇動」が含まれる。出版自由法による規制の内、宗教冒涜に関する事例は「聖なるコンドーム」事件、マリテ+フランソワ・ジルボー社抗告事件、ウエルベック事件、ムハンマドの風刺画事件など著名事件が相次いだ。光信はこれらの判例を紹介し、分析している。

光信の結論は次の通りである。

「表現の自由の制限には法律の明文の根拠が必要だが、ここにいう法律とは出版自由法であり、規定の文言が不明確な民法典1382条は除外される。そして神や宗教を汚す表現は信者個人や信者集団を攻撃する(宗教的)ヘイトスピーチと概念上、区別されるべきであり、信者の宗教的感情を傷つけたとしても、なお表現の自由の範囲内にある。『好意的に見られ、あるいは無害または些細であるとみなされる情報もしくは観念だけでなく、国家または一部の市民をいらだたせ、不快にさせ、あるいは不安にさせる情報もしくは観念についても、表現の自由が認められる。』(欧州人権裁判所)ことを確認しておきたい。」

光信論文は、欧州人権裁判所やイギリスについての村上論文と合わせて読むと、参考になる。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/10/blog-post_7.html

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/10/blog-post_66.html

宗教的ヘイト・スピーチについて私は十分研究できていない。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/10/blog-post_40.html

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/02/blog-post_19.html

このため、宗教的ヘイト・スピーチをどう扱うべきかについて私自身の見解を提示していない。私が論じてきたのは、主に人種主義ヘイト・スピーチを中心に、人種、皮膚の色、世系に関連する部分だ。ジェンダーやLGBTも重要だ。刑事規制や公共施設の利用に関して、どこまでを射程に入れるのが良いか、私自身も十分詰めているわけではない。

宗教については、第1に、光信論文も明示しているように、宗教冒涜罪との関連があり、不当な弾圧や規制の歴史的経緯を想起せざるを得ない。第2に、新宗教、新々宗教と言われたように、現代社会に登場している宗教には、また別の問題もあるため、なかなか判断しにくい。第3に、人種や皮膚の色は個人では変更できない属性であるが、宗教はどうか。個人が自由に変更できるとも言い難い面があるが、変更できないわけではない。

他方で、当該社会におけるマジョリティの宗教とマイノリティの宗教の関係を考えると、マイノリティの宗教に対するヘイト・スピーチの被害(害悪)をきちんと評価する議論がなされていないと思う。

宗教批判の自由や、パロディの自由、そして無信仰の自由も含めて保障するべきだが、その議論が通じるのは、当該社会に主要な一つの宗教(キリスト教)だけが存在している間の話にすぎない。フランスにイスラム教が増加している現在、キリスト教徒によるイスラム侮辱には到底容認できない事例が多いのではないか。宗教テロは許されないと言うが、どちらが先に攻撃をしたのかは再検証する必要がある。ヘイト・スピーチ規制が宗教弾圧になると恐れるよりも、マジョリティによるマイノリティ宗教への差別と迫害をいかに抑制するかを考える必要があるのではないか。

光信論文は、その最後で(上記に引用したように)欧州人権裁判所の判決から引用している。引用内容は納得できるが、これはキリスト教徒の間、あるいはキリスト教徒と無神論者の間の「対等の関係」を前提とした判決ではないだろうか。引用されたHandyside事件は1976年の判決だ。なぜ、ここで1976年の判決を引用するのだろうか。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/09/blog-post_6.html

私は欧州人権裁判所の研究をしてこなかったので断言はできないが、欧州人権裁判所の判例は必ずしも安定したものではなく変遷を重ねているし、先例を遵守すると決まっているわけではないという指摘を読んだことがある。もう少し勉強してからあらためて考えたい。

Tuesday, November 30, 2021

ジェノサイド予防04

3パネルは、セシル・アプテル国連人権高等弁務官事務所・法の支配と民主制局長が司会、ジェノサイド予防のための早期警告の強化を論じた。パネラーはジェノサイド予防特別顧問、イルーゼ・ブランド・ケーリス国連事務総局人権アシスタント、ファビアン・サルヴィオリ真実・正義・補償特別報告者である。

特別顧問は、ジェノサイド予防のための早期警告について、大虐殺犯罪を分析する枠組みを研究し、リスク要因を確認していると述べた。政治意志とリーダシップが重要であり、ジェノサイド予防を国連の仕事の中心に置くべきだという。国連ヘイト・スピーチ戦略・行動計画は新型コロナの文脈でヘイト・スピーチを論じている。ソーシャル・メディア企業とともに、ヘイト・スピーチに反対する市民社会を支援する。安保理事会及び人権理事会も重要であり、人権理事会に市民社会組織の参加がより重要である。人権理事会UPRも同様に重要である。

ケーリスは、大虐殺犯罪は人権侵害の最終形態であるとし、持続可能な発展と持続可能な平和に向けた前進を破壊するという。保護が予防の最良の形態であり、保護のための課題を発展させるべきである。2030年のSDGsの履行に人権課題を結びつける。

サルヴィオリは、大虐殺犯罪の発生を避けるための説明責任の重要性を指摘する。各国には過去の残虐行為についての説明責任がある。平和の文化を促進する教育の重要性を最新報告書で示した。ジェノサイド予防特別顧問との協力を続けている。

その後、ベルギー、中国、キプロス、ギリシア、インド、ポーランド、イギリス、EU、国連女性連合が発言した。

最後に、司会がまとめの発言をした。ジェノサイド予防には第一に各国に責任があるが地域的国際的協力も重要である。移行期の司法を補完するため、刑事責任を問い、法的制度を確立する必要がある。記録資料を残し、記憶、博物館、教育も重要である。ヘイト・スピーチ、不寛容、反ユダヤ主義、その他のレイシズムの原因を解明する必要がある。