Wednesday, September 28, 2016

大江健三郎を読み直す(65)思索小説としての大江SF

大江健三郎『治療塔惑星』(岩波書店、1991年)
前作『治療塔』に続く大江SFであり、同様に武満徹、磯崎新、原広司、山口昌男らとともに編集した同人誌『へるめす』に連載された。単行本で読んだ。
視点人物「リッチャン」は、人類の大出発に「選ばれた者」ではなく、残留組である。荒廃した地球で悲惨な経験をしたリッチャンと、選ばれた者として帰還した朔ちゃん、二人の子どもであるタイくん。新しい地球の治療塔。以上の設定はまったく同じで、後日譚である。
物語は、ふたたび宇宙に出た朔ちゃんと離れ離れになったリッチャンの見分記として語られるが、なぜ、リッチャンがこのような体験を語りうるのかがよくわからなかった。世界宗教、宇宙ミドリ蟹、向こう側の知性体など次々と繰り出される小道具大道具はそれなりにおもしろいが、治療塔を設置した向こう側の知性体との接触を図るも、実現しない。全体の構図が目にくい印象があるのと、結末がいささか肩透かしではあった。

ただ、文庫版のお解説で小谷真理が本作をエイリアン・テーマのSFの流れに位置付け、スぺキュラティヴ・フィクションとしての意味に言及しているのを読んで、なるほどそういう読み方もあるかと思った。

Wednesday, September 21, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(69)大阪市条例の検討

藤井幸之助「大阪市『ヘイトスピーチへの対処に関する条例』を読む」『書評』145号(関西大学生活協同組合、2016年)

条例制定過程を紹介し、条例全文を収録。「規制」や「禁止」ではなく「対処」となっていること、地域や内容が限定され、当初うたわれた訴訟費用援助もないことを指摘。本年3月13日に大阪市立会館で行われたヘイト集会の様子も紹介。在間秀和弁護士の「小さく産んで、大きく育てることが大切だ」という言葉で締めくくっている。

Thursday, September 15, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(68)『ヘイトスピーチはどこまで規制できるか』

LAZAK編『ヘイトスピーチはどこまで規制できるか』(影書房)
在日コリアン弁護士協会(LAZAK)が15年12月5日開催したシンポジウムの記録である。私も一参加者としてシンポジウムの議論を聞いたが、正直言ってがっかりした。改めて本書を読んだが、同じ感想を持たざるを得なかった。
冒頭、板垣竜太「日本のレイシズムとヘイトスピーチ」は、日本の歴史と社会におけるレイシズムを、国家論も射程に入れて概説したすぐれた報告であった。続いて、在日コリアンの弁護士たちが、被害実態調査の結果を紹介し、京都朝鮮学校襲撃事件判決を解説し、アメリカにおけるヘイトクライム規制について詳細に報告している。いずれも優れた報告である。特にアメリカにおけるヘイトクライムの研究は有益である。
続くパネルディスカッション「ヘイトスピーチはどこまで規制できるか」は、板垣竜太、木村草太、金哲敏、金竜介、李春煕による討論であるが、ここ数年間の議論の蓄積を無視した議論になっていると言わざるを得ない。師岡康子『ヘイトスピーチとは何か』、金尚均編『ヘイトスピーチの法的研究』をはじめとする議論の蓄積がなかったかのようにされている。私が『ヘイト・スピーチ法研究序説』等で唱えてきた基本命題は、理由も示さずに、丸ごと否定されている。LAZAKには知り合いも多いだけに、残念。
例えば、歴史論と憲法論とが無関係に並列されているため、前半の板垣報告が憲法論に反映していない。つまり、日本国憲法の歴史的性格と基本原則を憲法解釈に取りいれる方法論が示されていない。私が執拗に唱えてきた憲法前文と憲法12条の意義が顧みられることがない。憲法21条の表現の自由論における人格権及び民主主義に関する基本認識が
語られない。レイシズムは民主主義と両立しないことを踏まえない議論に終わっている。要するに小手先の法解釈論しか出てこない。
一点、評価すべきは、「ヘイトスピーチ事例の分類表」「論点整理票」などの具体化である。


Tuesday, September 13, 2016

東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会の設立宣言

9月11日、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会が発足し、琉球大学で記念シンポジウムを開催した。
東アジア共同体・沖縄研究会が発足 鳩山元首相が顧問
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-354919.html
以下は当日公表された「研究会の設立宣言(暫定版)」である。「暫定版」というのは、微調整が残されているという意味である。
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≪東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会の設立宣言≫
【設立の趣旨】
2009年夏の政権交代で登場した鳩山民主党政権は、新たな東アジアの経済秩序と平和・協調の枠組み作りに資する構想として「東アジア共同体の構築」(アジア重視)を、「対等な日米関係の樹立」と並んで五つの外交課題(国家目標の柱)の一つに掲げ、日中韓三極協力事務局設立からアジア総合開発計画(CADP)、アジア文化首都、キャンパス・アジア発出にいたる一連の構想具体化を推し進めた。また沖縄の民意を受けるかたちで、普天間飛行場移設問題で、「できれば国外移転、最低でも県外移転」と掲げ、実現に向けて努力したものの、結局は日本内外の壁・圧力に屈するかたちで鳩山民主党政権は挫折し、辺野古案に回帰してしまう結果となった。この普天間飛行場移設問題の迷走・挫折とわずか九カ月足らずでの鳩山民主党政権退陣の背後には、既存の権益層(政・官・業・学・報)によるさまざまな策動だけでなく、東アジア共同体構想やそれと連動した「駐留なき安保(有事駐留)」論に強く警戒・反発する米国の影が見え隠れしている。
この鳩山民主党政権退陣の前後から、「構造的沖縄差別」という声とともに「沖縄の自主・独立」を求める動きが大きくなってきた。東アジア共同体構想は、アジアにおいてEU型の国家統合が起きることを前提としていると同時に、現行の日米安保体制の縮小・廃棄といった将来的展望を含むものである。それは当然「自発的従属」を本質とする現在の非対称的かつ主従的な日米関係の根本的見直しにもつながる。
今日の東アジア地域では、米日韓による軍事的脅威とそれに対抗する中国と北朝鮮の軍拡という緊張関係が高まる一方で、中国を軸にしてアジア諸国との経済的依存関係は急速に強まっている。
その中で、東アジア地域における平和の実現にとって、大きな鍵を握っていると思われるのが沖縄の存在だ。この沖縄をこれまでの「軍事の要石」から「平和の要石」への転換し、東アジア共同体の構築を進める中で東アジア地域の統合と連帯の拠点とすることが重要な課題として浮上している。沖縄は、戦争による犠牲をアジアの中でも最も強いられた地域の一つであり、戦後も他国軍隊による異民族支配を27年間受け、土地や財産を奪われ、人権を蹂躙され、民主主義から見放された経験をし、「共生」の思想の重要性を最も強く認識してきた地域である。また、戦後日本は、アジア・太平洋地域への歴史的加害の忘却と沖縄への過重負担の一方的押しつけという構造的差別を前提として成り立ってきたと言っても過言ではない。そして、今の日本は言論統制と人権抑圧を急速に強めつつ、「壊憲クーデター」によって立憲主義を否定して平和憲法を捨て去ることで再び「(海外での)戦争のできる国」にかつての道を歩もうとしている。このような戦争とファシズムの時代状況の中で、沖縄と日本本土を含む東アジア地域が再び戦場になることを許しては決してならない。
本研究会は、「永続敗戦構造(戦後レジーム)」の中で際限のない対米従属を続けてきた日本の真の独立を実現し、沖縄と日本本土を含む東アジア地域における平和の実現と人権の確立のために東アジア共同体構想を深めるとともに、「米国とヤマト(日本本土)の二重の植民地支配」に置かれ続け、日米両国政府によって翻弄され続けてきた沖縄の独立を含む自己決定権のあり方を多角的視点によって研究することを目的として設立する。
2016年9月11日(於:琉球大学)
【呼びかけ人】

大田昌秀(元沖縄県知事、沖縄平和研究所所長)、鳩山友紀夫(元内閣総理大臣、東アジア共同体研究所理事長)、石川捷治(九州大学名誉教授)、石原昌家(沖縄国際大学名誉教授)、上里賢一(琉球大学名誉教授)、勝方(=稲福)恵子(元早稲田大学琉球沖縄研究センター所長)、江上能義(早稲田大学)、進藤榮一(筑波大学名誉教授)、高野 孟(ジャーナリスト)、仲地 博(沖縄大学学長)、比屋根照夫(琉球大学名誉教授)、前田哲男(軍事評論家)、孫崎 享(元外務省国際情報局長)、阿部浩己(神奈川大学教授)、新垣 毅(新聞記者)、東江日出郎(金沢大学准教授)、岩下明裕(大学教員)、池上大祐(琉球大学准教授)、上村英明(恵泉女学園大学教授)、内海愛子(市民文化フォーラム共同代表)、越智信一郎(ピースボートスタッフ)、金平茂紀(ジャーナリスト)、木村 朗(鹿児島大学教授)、島袋 純(琉球大学教授)、白井 聡(京都精華大学専任講師)、清水竹人(桜美林大学教授)、須藤義人(沖縄大学准教授)、高里鈴代(「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表)、高良鉄美(琉球大学教授)、高良沙哉(沖縄大学准教授)、玉城福子(沖縄大学・沖縄国際大学非常勤講師)、玉城 愛(SEALDs琉球・学生)、千知岩正継(佐賀大学非常勤講師)、中村尚樹(ジャーナリスト)、成澤宗男(ジャーナリスト)、西岡由香(漫画家)、野平晋作(ピースボート共同代表)、原田太津男(龍谷大学教授)、藤村一郎(久留米大学非常勤講師)、前田 朗(東京造形大学教授)、松島泰勝(龍谷大学教授)、元山仁士郎(SEALDs琉球・学生)、山口 泉(作家)、矢野秀喜(無防備地域宣言運動全国ネットワーク)、屋良朝博(ジャーナリスト)、与那嶺功(新聞記者)、与那覇恵子(名桜大学教授)、渡辺豪(ジャーナリスト)

Saturday, September 10, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(67)「ヘイト本」を考える

岩下結「ヘイトスピーチと『表現の自由』」『出版ニュース』2422号(2016年)

岩下は「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(BLAR)」メンバーで、本稿は7月29日に出版労連会議室で行われたシンポジウムの報告である。BLARは、2014年3月に活動をはじめ、『NOヘイト!出版の製造者責任を考える』(ころから)を出版している。
岩下は、ヘイト本を批判する立場と、「表現の自由」を守る立場のすれ違いを、「リベラリズムをいかに捉えるかという問題」と把握する。リベラリズムにおける寛容論や「思想の自由市場論」が「ヘイトスピーチに関しては逆方向に機能する」。しかし、そこでいう「自由な言論」には前提がある。「自由な言論の場は、それに参加する個人の対等性と、内容に基づく公平な評価と言う原則のもとに成立するということだ」。この前提のないところに「自由な言論」を持ち込むのは適切と言えるのか。これが基本的な問いである。マジョリティの専横を「自由な言論」と呼ぶ倒錯が生まれる。それゆえ、岩下は「ヘイトスピーチを放置し続けることは、メディア産業にとっても自殺行為である」という。

Thursday, September 08, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(66)津久井やまゆり園事件

前田 朗「相模原事件――ヘイト・クライムは社会を壊す/メッセージ犯罪に迅速・強力なカウンターを」『思想運動』986号(2016年)

Friday, September 02, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(65)川崎ヘイトデモ接近禁止仮処分

三木恵美子「共に生きる――ヘイトデモ接近禁止仮処分」『青年法律家』546号(2016年)
丹野清人「川崎からヘイトスピーチ問題を考える」『社会民主』736号(2016年)
前者は、本年6月2日の横浜地裁川崎支部決定を勝ち取った弁護団の報告。「ヘイトスピーチを許さない」川崎市民ネットワークとともに歩んだ法律家の闘いの記録。後者は、国際労働力移動を研究する首都大学東京教授による「川崎モデル」の特殊性とその一般化の限界の検討。接近禁止仮処分決定の大きな意義(特に定住外国人の憲法に基づく人格権を認定した点)を認めつつ、決定文には限界があること、ヘイトスピーチ解消法にも限界があることを指摘。