深沢潮を読む(7)貧困女子はどこから来たか
深沢潮『あいまい生活』(徳間書店、2017年)
朝日新聞(11月6日)に「根下ろす排外主義、言葉であらがう 新潮コラム抗議 小説家の深沢潮さん語る」が掲載された。
祖父が関東大震災時に自警団に殺されかけた過去に言及しつつ、現在の外国人排斥について語っている。
「『朝鮮人虐殺』という単語が独り歩きしているけれど、一人ひとりの生活や日常がどういうもので、それがどう破壊されて踏みにじられたのかを伝えなければ、抽象的な頭の中だけの理解になってしまいます。」
「排外主義的な言説がSNSでどんどん広がり、外国人排斥を訴える政党が支持され、選挙でもカジュアルにヘイトスピーチが言われるようになりました。言われる側、外国人当事者としては本当に恐怖でしかないと思います。でも結局、日本人にとっては自分事ではないんです。/関東大震災のときでも、虐殺はおかしいと思った人はいました。今、責任のある立場の人や声の大きい人が、差別をあおって止めないことの罪はすごく重いと思います。」
「尊厳を傷つけられると人間は本当にこたえます。相手が正面から答えてくれないと、海に向かって石を投げているような感覚になりました。」
「世の中は自分と同じ人には共感しても、立場の違う人に対しては想像力を失ってきていると思います。同質性のない人はないがしろにしていいという空気が広がっています。だからこそ『これはおかしいですよ』とちゃんと言っていかなければいけない。向き合う先は『海』だけど、自分に引き寄せて想像してもらえるように言葉を届けるしかないと考えています。」
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『あいまい生活』は深沢潮の第7作だ。これまでと同様に、連作短編でありつつ、長編となっている。
貧困女子という言葉が流行語になった時期があった。2010年代から用いられていると言う。一般に、最低限の生活を営むことすら困難な女性が貧困女子とされ、例えば、年収が114万円未満や月の手取りが10万円未満ならば貧困女子とされているようだ。本書巻末には参考文献が列挙され、『失職女子。』『女性たちの貧困』『最貧困女子』『最貧困シングルマザー』などの著書が掲げられている。
アメリカ留学に適合できずニューヨークから帰国した樹(いつき)は、ティラミスハウスというシェアハウスの住人となる。劇団員の風香、50社の面接が不首尾だったさくら、中国人実習生として働き雇用主のセクハラに耐えているウェイ、家事手伝いをしているが仕事を切られそうになっている好美、そしてシェアハウス担当職員の雛。
いずれも文字通りの貧困女子である。貧困の原因も生活歴も志向も嗜好も異なるが、同じシェアハウスで明日を探す。だが、現実はさらに厳しい。シェアハウス経営主が違法行為をしていたため、立件され、住家も失われる。
深沢はそれぞれの貧困女子の生活と意識を巧みに描き出し、貧困女子は単純にレッテルを張って済む問題ではないことを示す。それぞれの人生があり、それぞれの貧困がある。だが、同時に、貧困を強制するこの社会という共通の背景がある。
貧困女子という言葉は見事に時代を体現しているようでいて、実はそうではない。2010年代に貧困女子が登場した訳ではない。非正規労働が増えてはじめて貧困女子が登場したのでもない。高度経済成長時代にも貧困女子は強制的に生み出されていた。戦前も同じだ。近現代日本史を見れば、つねに貧困女子がつくりだされていた。それが社会問題にすらならなかったのが現実だ。ようやく社会問題になったが、その時、非正規労働問題は女子だけでなく男子の問題でもあった。つまり、女性差別問題は隠蔽され、男女共通の非正規雇用問題が論じられる。
深沢の想像力は、一人ひとりの女性が直面している問題の個別性と共通性を描き出すことで、具体的な問題解決を求める作品となっている。