奴隷条約100周年(01)
1 はじめに
今年は奴隷条約100周年だ。1926年9月25日に実現した奴隷条約のことだ。
19世紀から20世紀にかけて世界各地で特定の地域に関わる奴隷解放や奴隷制廃止の条約が締結されたが、より一般的に世界を射程に入れて奴隷廃止をめざした最初の条約が1926年の奴隷条約だ。
国際人権法では、1948年の世界人権宣言が画期を成し、1966年の2つの国際人権規約、そして数多くの人権条約が制定され、国連人権機関、条約人権委員会、地域別の人権裁判所などによって一つの国際人権法の枠組みが形成されているが、国際人権法の歴史年表には、通常、世界人権宣言よりも古い、1926年の奴隷条約が掲げられる。つまり、最初の人権条約でもある。
ヒューライツ大阪の「主要な国際人権条約と批准状況の一覧」参照。
https://www.hurights.or.jp/archives/treaty/un-treaty-list.html
2 奴隷条約への関心
1990年代以来、日本軍「慰安婦」問題に関連して、奴隷条約について何度か文章を書いた。初期に書いたのは次の文章だ。
*前田朗「性奴隷制とは何か――人権委員会における「慰安婦」」荒井信一・西野瑠美子・前田朗編『従軍慰安婦と歴史認識』(新興出版社、1997年)
この文章では、奴隷条約、クマラスワミ報告書、チャベス報告書などをもとに論じた。国連人権委員会の現代奴隷制に関する議論も紹介した。
当時、アメリカにおける黒人奴隷制の研究や、奴隷廃止の歴史過程の研究はあったが、奴隷条約そのものの研究や現代奴隷制に関する研究は見当たらなかった。
「慰安婦」問題について、日本では、奴隷条約や強制労働条約を無視して、身勝手な「強制連行」概念をもとに意味不明の議論をしていた。最低限、国際法における奴隷概念を紹介したが、「強制連行論争」は常識外れの展開をすることになった。
そこで奴隷条約の制定過程を知りたくなり、ジュネーヴのパレ・デ・ナシオン(国連欧州本部)の図書室に行った。ここには、国際連合及び国際法の文献とは別に、国際連盟時代の資料を収めた図書室がある。
1997年か98年の夏だったと思うが、国際連盟資料図書室に行って、奴隷条約関連資料を見せてもらった。奴隷条約制定当時の資料が40箱くらいのケースに収められている。1つのケースは、縦40センチ横40センチ厚さ20センチくらいだったろうか。
ケース第1番を開くと、中には奴隷条約の議論を始めた時期の資料が数十枚入っていた。タイプ打ちのものもあれば、手書きの手稿もある。手書きのものは達筆なのでほとんど読めない。2~3時間、悪戦苦闘しているうちに少しは判読できるようになったが、筆跡が異なり、数人の手稿が混在しているので、とても大変だった。
しかも、フランス語が多い、英語のメモもあるが、フランス語が多い。何語かわからないものもあった。タイプのものは読めるが、手稿のものは判読に苦労するうえ、フランス語なので、断念せざるを得なかった。
たぶん、フランス語のできる人なら、ジュネーヴに長期滞在して1~2年頑張れば、40箱のケースを解読することができるだろう。私には到底不可能だ。
その後も、制定過程資料を駆使した奴隷条約に関する論文は出ていないと思う。誰かチャレンジしてくれると良いのだが。
奴隷条約制定過程の研究が必要なのは、それ以前は奴隷の定義に所有権概念を用いていなかったのに、奴隷条約以後は所有権概念を採用したからだ。
3 奴隷制と奴隷取引の禁止
奴隷禁止の重要条文を確認しておこう。
*
1.
奴隷条約第1条 本条約の目的にとって、以下の定義が合意される。
(1)奴隷制とは、その者に対して所有権に伴う一部又は全部の権利能力が行使される個人の地位又は状態をいう。
(2)奴隷取引には、その者を奴隷化する意図を持って捕獲、取得又は処分するすべての行為、奴隷を売却又は交換する目的で奴隷を取得するすべての行為、売却又は交換する目的で取得した奴隷を売却又は交換により処分するすべての行為、および一般に、奴隷の取引又は輸送のあらゆる行為、が含まれる。
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世界人権宣言第4条
何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。
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極東国際軍事裁判所条例(東京裁判条例)
第5条 人並ニ犯罪ニ関スル管轄
本裁判所ハ、平和ニ対スル罪ヲ包含セル犯罪ニ付個人トシテ又ハ団体員トシテ訴追セラレタル極東戦争犯罪人ヲ審理シ処罰スルノ権限ヲ有ス。
(ハ)人道ニ対スル罪 即チ、戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為。
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国際刑事裁判所規程
第7条 人道に対する犯罪
1項 この規程の適用上、「人道に対する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。
(c) 奴隷化すること。
2項
(c) 「奴隷化すること」とは、人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人(特に女性及び児童)の取引の過程でそのような権限を行使することを含む。
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関連する条文はほかにも多数ある。ILO強制労働条約、奴隷条約補足条約、ニュルンベルク軍事裁判所条例、アフリカ人権憲章(バンジュル憲章)、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷規程、ルワンダ国際刑事法規程をはじめ多数存在する。