Friday, April 03, 2026

近代フェミニズム史を学び直す

近代フェミニズム史を学び直す

 

江原由美子『フェミニズム』(岩波新書)

https://www.iwanami.co.jp/book/b10155824.html

序 章 フェミニズムをどう見るか

第1章    近代社会と女性――近代フェミニズムの問題域

第2章 市民革命と女性

第3章 女性参政権――イギリスとアメリカ

第4章 社会主義とフェミニズム

第5章 二つの世界大戦と戦間期における女性

第6章 日本のジェンダー秩序とフェミニズム

第7章 第二波フェミニズム――第二次世界大戦後の社会

第8章 現代社会とフェミニズム

第9章 フェミニズムは近代社会で何をしてきたのか

ありそうで、なかった。近代フェミニズム史の好適な入門書だ。

西欧近代の啓蒙思想と市民革命がもたらした自由と平等のプロジェクトから排除され差別された女性たちの闘いの歴史がよくわかる。

270頁ほどのコンパクトな新書で、欧米の第一波フェミニズムの形成と展開、これに学んだ日本フェミニズム、そして第二次大戦後の第二波フェミニズムの展開過程を追いかける。

江原は時代的限界や個人的限界と断りをしつつ、江原の研究と実践に基づいてフェミニズム史の潮流を描き切る。フェミニズムは何と、どのように闘ったのか。その基本線を明瞭に打ち出し、決してぶれない。

細かな論点に立ち入って記述し始めると、さらに数百ページを要するだろう。フェミニズムと言っても、多様な論者がいて、互いに矛盾・対立しながら発展してきた。矛盾・対立に踏み込めば、無用な分断を繰り返すことにしかならない。

西欧に始まり、アメリカに引き継がれ、日本もその波に乗ってきた近代フェミニズムの基本線をていねいに論じるとこうなる、という見本だろう。

キーワードはジェンダー視点、公私二元論、性役割分担、女性参政権、奴隷制度廃止、『女らしさの神話』、リベラル・フェミニズム、ラディカル・フェミニズム、「個人的なことは政治的」、リプロダクティブ・ヘルスだ。つまり、30年来ずっと繰り返されてきた周知のキーワードと理論枠組みだ。

でも、これだけ明快で、全体が見渡せるフェミニズム史は、これまでなかったのではないか。オビに「第一人者による待望の入門書」とある通りだ。

思い起こしてみると、江原の初期の作品群『生活世界の社会学』『女性解放という思想』『フェミニズムと権力作用』『ラディカル・フェミニズム再興』『ジェンダー秩序』は、フェミニストであろうとなかろうと、人文社会系の研究者にとって必読書であった。

1980年代後半から90年代にかけて上野千鶴子や江原がさっそうと登場した時、フェミニズムは単なる女性解放の「主張」ではなく、「学問」と「実践」を繋ぐ理論であり、思想であった。誰もが学ばなければならない思想の書物が次々と送り出された。

最近、上野と江原が編集した『挑戦するフェミニズム――ネオリベラリズムとグローバリゼーションを超えて』(有斐閣、2024年)は、日本フェミニズムのまとめであり、到達点だろう。

私はフェミニストではないし、フェミニズム研究者でもない。何しろ、日本刑法の研究者だった。日本フェミニズムについては無知だ。1980年代後半から90年代にかけて上野や江原らの著作に学んだが、それは思想の方法に興味があったからだ。院生時代の研究テーマは「権力犯罪と人権」だったので、人権を抑圧する日本司法の在り方を批判的に検討する際に、フェミニズムの問題提起にも学ぶ必要があった。当時はそれだけだった。

1990年代中葉から国連人権機関に通うようになり、そこで全く別のフェミニズムに出会った。いまではグローバルサウス・フェミニズムや脱植民地フェミニズムに代表される。2000年代にはアフガニスタン・フェミニズムにも学び始めた。脱植民地フェミニズムについて論文を書き、アフガニスタン・フェミニズムについても紹介を続けているが、その地点から日本フェミニズムについて発言することは控えてきた。

江原の『フェミニズム』は非常に勉強になる好著だが、欧米中心フェミニズムと日本フェミニズムに限定されている。日本女性による日本フェミニズムの理解・把握にとって最適の著作だが、日本帝国主義による侵略と植民地支配を経験したアジアのフェミニズムの視点はていねいに遠ざけられている。そしてアイヌ民族、琉球民族、在日朝鮮人、及び被差別部落の女性たちの経験と思想が見事に排除されている。これらを含みこめば、もっと肥沃なフェミニズム論になるだろう、と思うのは私だけだろうか。