『救援』466号(2008年2月号)
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代用監獄実態に関するアンケート調査結果(二)
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取調べの状況
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取調べ状況も多様であるが、基本的に自白獲得目的なので、自白強要がなされる。脅迫、泣き落とし、暴力、偽計など、事件により、被疑者の態度や性格により使い分ける。大声で怒鳴る、机を叩く、蹴る、足を蹴る例も多い。非常に侮蔑的な言葉で貶める。親を引き合いに出して不安にさせる手口も常套手段である。
「優しいふりをして、互いの親子の歳が近いので、取調官を親と思って全て話せ、息子と思って黙って聞いてやると言い、親子関係で嘘のないように誘導していく」が、他方で「『警察ナメとるんか~コラ~、痛い目にあわなわからんとか』『聞こえとるんかコラ~』と言い、机を蹴りあげる。また、『気違いの真似しよんか~』と足を蹴られた」(福岡県博多署、〇四年三月~五月)
「警察はどなる、机を殴りつけるのは日常的で、意味もなく机をケリとばしたり、強く机を押して私の胸に当たるようにする」、「否認のたびに、『お前は麻原だ!嘘吐きの麻原と一緒に死刑になっちまえ』と毎回言われた。また、『お前の名前が悪い!だから親も悪い』と言われた」(愛知県名古屋南署、〇三年二月~七月)
「否認したところ、いったん処分保留で釈放し、玄関前で別件により再逮捕、交通違反も起訴された。処分保留の事件も後日起訴された。徹底的に嫌がらせされた」(大阪南署、〇一年三月~四月)
「検事が作文しちゃったことに話を合わせてくれと、なだめたり、すかしたりでした。私が応じなかったので、一日に一五時間以上のメシぬき、休みぬき、暴行で調べ、二ヵ月後の起訴まで無意味に勾留された」(千葉県松戸署、〇六年一一月~〇七年二月)
「今日も同じ脅し、泣き落とし、途中で『部屋に帰る』といったが、帰してくれない。任意だから俺の自由だと思う。不当な取調べだ。『まわりの者が喋っている』と刑事は言う。『喋った者がおるなら逮捕すればいいじゃないか、いつでも逮捕しろ』と居直ると、今度は泣き落とし」、「『お前は他の者に迷惑をかけていいのか。人間以下だな、外道だ、お前みたいな奴は死んでしまえ』などと怒鳴る。死ねるものなら俺も死にたい。死んでやる。刑事が死ねというなら死んでやろう」、「お前が認めんならMもGも殺人の共犯者にしてしまうぞと脅され、調書に署名押印をさせられた。この指さえなかったら署名も押印もせずに済んだのに。刑事は汚い。脅しにのる俺の意志の弱さも情けない。もう精神的にまいった」(愛知県名古屋中署、〇二年九月~〇三年)
「(共犯とされた妻が当初は否認していたが後に自白に転じたのは)連日過酷な取調べが行われたことが原因である。糖尿病、肝臓病、胃潰瘍などの持病があり、体調が十分でないにもかかわらず、連日取調べが行われた。病状はたちまち悪化してしまい、ついには、倒れてしまうという状況にまで至った。直ちに病院で診察を受けてしかるべきなのであるが、病院での治療を受けさせてもらえなかった」(福岡県折尾署、〇三年)
「取調べはほとんどが『謝罪せよ、それから認めて反省せよ』の毎日。処分保留後は一ヶ月のうち二〇日は休みの状態。捜査が一時中断になったり、任意捜査になったり。一年二ヶ月留置されたが、数ヶ月は時間の浪費でした。何のための一時中断とか任意捜査なのか不可解でした」、「黙秘していると捜査員が勝手にしゃべっては、被疑者の答弁として『黙して語らず』と調書を作成していく」(岡山西署、〇五年八月~〇六年八月)
「『お袋さんと約束したから必ずお前をやめさす。組織を抜けたら守ってやる』、『黙っていたら損ぞ、今日の調べは終わらない』、『親は近所を歩けんぞ、弟たちもお前が死んでくれたらいいと思とる』と転向強要」(福岡県久留米署、〇一年)
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検事調べ
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検事調べについてもいくつか情報が寄せられた。
「検事は、私が供述したことをわずかに聞いただけで、あとはその女性検事、自らワープロを操作し、パチパチと三〇分から四〇分ぐらいかけ、一切検察事務官に頼ることなく調書を作り上げた。私の口から出た言葉はほとんどなく、もうあらかじめ作っていたんだなとゆう調書でしたが事実とは違うとこは違うと意見し二箇所ほど訂正してもらいました」(東京都池袋署、〇五年六月~一一月)
「警察の脅迫や暴力行為を弁護士に相談したら、申入書を検事に郵送。その旨で取調べ、検事が証拠隠滅をする調書を作成、指印は拒否したら、怒って居なくなり、勝手に取調べを終了し、調書を訂正しない」、 「検事は、暴力以外は何でもする」(博多署、〇四年三月~五月)
過去には検事による拷問の事例もあったが、さすがにほとんどの検事は暴力を振るうわけではないだろう。「暴力以外は何でもする」とは名言ではないだろうか。
「黙秘していると、『検察庁に挑戦的である。徹底的にやってやる』と、やってもいないのに窃盗が強盗に訴因変更された」、「A検事が、『十年ぐらいは辛抱してきなさい、接見禁止はとく』と約束しておきながら接見禁止にしたので、黙秘すると、後任のS検事に代わり、求刑を無期懲役にされた」(兵庫県須磨署、九八年)
「事実調べがなく、転向強要一本やりであった。両親を持ち出して『親を見殺しにするのか。家に帰れ』。『主張は正しい。しかし、やり方においてあまりに過激で人を集められない。そこで行き詰ってますます過激になる。悪循環・自滅の道だ』。『組織のロボットにならず自分で主体的に考えてみろ』。『組織は老化しているばかりだ。君も六〇、七〇になって出てきたとしても何もできないぞ。一生を棒にふることになる』。『組織のことしか考えていない弁護士は解任しろ』。『転向者は勇気をもって幸福な人生をつかみとった』など、思い出すのもうんざり」(警視庁、八七年一〇月~一一月)。
組織に関連する事件では、警察だけではなく、検事も加わって転向強要に励む。最近では立川反戦ビラ事件の刑事取調べにおける侮辱と転向強要が知られるが、この種の事案では同じことが続いているのであろう。