Thursday, February 25, 2010

グランサコネ通信2010-05

CERDの日本政府報告書審査(2月24日)

以下の記録は、現場でのメモと記憶に依拠していますが、正確さの保証はありません。CERDのおおよその雰囲気を伝えるものということでご了解願います。

24日午後3時~6時、パレ・ウィルソンでCERDの日本政府報告書審査が行われました。冒頭に日本政府・上田人権人道大使が報告書の概要を紹介しました。ふつうは60~80分やるのですが、なぜか日本は20分で終わりました。最初に鳩山首相の「友愛」「いのちを守る」を紹介し、アイヌを先住民族として認めて、現在アイヌ政策を作成中であると述べ、次に人権教育・啓発の重要性に触れ、最後に難民についてミャンマー難民受け入れの話をして終わり。

日本政府報告書担当のパトリック・ソンベリ委員(連合王国)が、おおむね次のように包括的な発言をしました。

・ 日本は個人通報制度を受け入れず、条約8条の個人通報の宣言をしていない。前回2001年の勧告でも14条と8条について言及したが、変化はない。

・個人通報は条約批准国153のうち、50以上が受け入れている。日本は自由権規約第一選択議定書も批准していない。人種差別の核心に関連するので、8条の宣言を推奨したい。ILO115号、169号などの条約の批准も検討すべきである。日本は1948年ジェノサイド条約も批准していない。

・条約を批准するかどうかは国家主権の判断だが、グッドプラクティスのベンチマークとなる重要な条約なので、批准・宣言が重要である。

・具体的内容にはいる。日本政府報告書には統計がたくさん出て来るが、民族について調査がない、国勢調査がない、意味ある統計数字を知りたい。コリアンは60万人で40万人が特別永住者というが、帰化もいる、全部で100万ほど居るだろうが、統計がない。プライヴァシーの問題があるが、調査が必要。実態把握のために、例えば言語の使用について調べるなどの工夫も可能だ。

・沖縄と部落について記載がない。沖縄人も部落民も日本国籍の日本人だという。それが日本政府の法的立場かもしれないが、法の下の平等、アイデンティティは、国籍より複雑ではないか。沖縄の統計がない、マイノリティ問題と理解するべきだ。市民権を持っても民族マイノリティであるのに、十分な情報がないといわざるをえない、

・日本には包括的な人種差別禁止法がない。必要ないと考えているようだが、憲法14条の平等規定があるが、これは範囲が狭い、十分カバーされていない、条約と重複はあるが、条約よりも制限された範囲である。また、私人の行為に適用する問題がある。国家の行為だけでなく、人や団体も対象である。私人の行為について、ほとんどの国家は直接に差別的な法律を持っていないが、むしろ私人の行為、間接差別が重要である。間接差別は条約にはないと思うかもしれないが、CERDは意図的差別、差別的効果に着目して、間接差別も検討している。

・国内効力の問題では、特定の条文については法律化が必要である。2条、4条、6条は明らかに必要である。4条は一番明白だ。人種差別団体、人種差別的言動について、条約が自動執行されないというので、立法措置が必要だ。このことは解釈基準や安定性にもかかわる。法律がないと、安定性や予測可能性がない。立法すれば、より確実性がある。潜在的加害者にも被害者にも、人種差別とは何か、何が禁止されているかが明確になる。それゆえ、廃案となった人権擁護法案の現状を知りたい。

・世系に関して、同和、部落民の問題がある。世系は独自の意味合いを持っているので、前回も取り上げたが、もう一度取り上げたい。CERDの一般的勧告29を参照してもらいたい。CERDは、世系は人種などと同じような内容ではあるが、別の意味合いが込められていると判断した。幅広く、例えばインドのカーストが参考になる。条約は、ウイーン条約により解釈しなければならない。部落民は特別措置の対象だったが、特別措置法が2002年に終了したという。法律的側面における補完が必要ではないのか。一般人と部落民の平等が達成されたのか。法律的保証が必要ではないのか。この問題はどの政府機関が対応しているのか。住居、教育、溝が少なくなっているとはいえ結婚差別、地名総鑑、マスコミ、インターネットにおける差別もある。

・日本政府が留保している条約4条abだが、表現の自由との関係だからという。4条cは、公的機関が煽動をしてはならない、公務員からの差別発言を禁止している。4条abは重要であり、条約の義務を履行するのに不可欠である。日本政府は「表現の自由と抵触しない限度」で適用するというが、しかし、国際的基準で表現の自由を見るべきだ。似たようなものもあるが、逆に見ると、国際法の原則は憲法が変われば変わるものではない。日本は幅の広い留保をしているが、なぜこのような留保をするのか。ここで法律論争をするつもりはないが、留保をなくす、または留保の範囲を必要最小限にするよう求めたい。

・憎悪に基づく差別的言動について、私人間の名誉毀損として扱っているが、集団に対する差別には対応できていない。人種差別の煽動について4条a、この点が重要だ。4条は高い重要性をもち、人種差別と闘うことができる。確かに表現の自由はあるが、無制限ではない。開かれた議論が必要である。特定集団に対する差別、あからさまな差別を認識しているか。

・アイヌについて、先住民族と認めて以後のことは評価する。さらに強化を期待する。

・沖縄出身者の先住性について、独自の歴史がある。1876年以後の歴史は、厳しいものだった。軍事化された島、軍事施設の占有率が高い。独自の文化と民族性があり、先住性のある人である。1876年以前に瀬府が存在した。琉球語が公教育で教えられていない。これについては、国連人権理事会の人種差別問題特別報告者のディエン報告がある。沖縄の言葉はユネスコでは独自言語と認められている。

・朝鮮人については、前回の審査でも話題になった。帰化の際の氏名変更や、定住者とか永住者というカテゴリーもある。1952年、外国人登録法によって、50万の外国人が一夜にして生まれた。これはいったいどういうことか。日本国民とも、他の外国人とも違う存在がつくられた。政治的権利は区別する必要もあるかもしれないが、しかし人権という観点ではできるだけ幅広い枠組みで認めるべきである。

・特別永住者には帰化を望んでいない人がたくさんいるが、なぜなのか不思議である。名前を変更しなければならないからか。同化の問題があるのか。エスニック・マイノリティの権利に注意が向けられていない。エスニック・マイノリティの権利を保障すれば多くが日本人になるのではないか。

・在日朝鮮人について、公教育の教育課程の中で、マイノリティの教育をどうしているのか。歴史では、さまざまな民族が日本建設に貢献したことを教えているのか。すべての子どもに歴史、文化、言語を保証しているのか。

・朝鮮学校は不利な状況に置かれている。税制上の扱いも不利になっている。

・マイノリティの参画のデータがない。国籍というスクリーニングで、民族的データがない。

・移民女性についてはかなりの情報がある。DV被害女性にどのように対処しているのか。離婚して在留資格緒失う問題だ。

・いくつかの条約機関から国内人権委員会の設置を勧告されてきたが、人権擁護に努めるといっているのに、人権委員会がない。マイノリティにもっと光を当てるべきだ。ダーバン人種差別反対世界会議・行動計画に相当するような計画が日本にはない。

・全体的社会的状況だが、公開されている場所での差別がある。条約5条fの問題だが、多くの国の経験と同様に、入場拒否があるが、こうした入場拒否を不法とし、処罰しているのか。憎悪に基づく言動にあまりに寛容ではないか。何度も何度も指摘されてきたことなのに、マスコミや政治家発言で差別がなされている。

以上がソンベリ委員の発言。続いて他の委員が順次発言。

ヌレディン・アミール委員(アルジェリア)--先住マイノリティという、歴史的に形成されたグローバルな差別がある。日本では未来の世代にどのような教育プログラムがあるのか。オーストラリアやニュージーランドは先住民族に謝罪した。歴史から何を学ぶのか。差別の歴史から学ぶことが重要だ。

アレクセイ・アフトノモフ委員(ロシア)--(日本語を話せないがある程度読める。大船に住んでいたことがある)--高校無償化問題で(中井)大臣が、朝鮮学校をはずすべきだと述べている。すべての子どもに教育を保証するべきである。朝鮮学校の現状はどうなっているのか。差別的改正がなされないことを望む。今朝、新聞のウエブサイトを見たところだ。朝鮮人はずっと外国人のままでいるが、なぜ日本国籍をとらないのか。国籍法はどうなっているのか。条約と整合性のない規定があるのではないか。国籍取得を阻んでいるのは何か。朝鮮人や中国人は国籍法の手続きにアクセスできるのか。沖縄について日本政府の立場をもう少し詳しく聞きたい。以前は独立国家だったはずだ。独自の文化があり、先住民族ではないのか。部落民については出身originにも関係する。特定の家系の人だ。

ムリヨ・マルティネス委員(コロンビア)--人種主義、人種差別の概念をどう捉えているのか。先ほどの上田大使のプレゼンテーションでは、あえてこの言葉を使わないようにしていた。新しい状況が生まれ、人種主義や人種差別という概念とどうかかわっているのか。例えば朝鮮人である。教育分野でどのようになっているのか。うまく統合できるのか。モニタリング・メカニズムはあるのか。インターネットにおける人種主義について、モニタリング・センターはあるのか。統計をとるシステムはあるのか。パリ原則にのっとった国内人権機関を作らないのか。

ホセ・フランシスコ・カリザイ委員(グアテマラ)--ソンベリ委員に同感である。アイヌに関する有識者懇談会があるが、アイヌ民族は何人入っているのか。上田大使は「アイヌ民族がアイデンティティに誇りをもてるようにしたい」というが、今は「もっていない」ということか。政府高官による差別発言があったという情報があるが、条約2条1項や4条に関連してどういう対策をとっているのか。朝鮮学校に関して、もっとも著名な新聞の社説にも、高校無償化から朝鮮学校を排除するという大臣発言への批判が出ている。すべての子どもに平等に権利を保障するべきだ。

ヴィクトリア・ダー委員(ブルキナファソ)--技術的側面については、日本政府は2001年報告から変わっていない。国際的な約束を迅速に変えるということが難しいのか。とくに4条留保である。ソンベリ委員と同様に、14条の観点を強調したい。日本政府は立場を変えることができるのではないか。条約は日本にとっても重要である。留保を見直して撤回することを期待する。次に報告書の民族構成や人種の定義も前回と変わっていない。アイヌを先住民族と認定したが、国連先住民族権利宣言やILO条約に沿って、さらにイニシアティヴの強化が必要だ。部落民と世系に関してはカーストが参考になる。アフリカにもある。スティグマタイゼーションがある。日本は世界に開かれた存在となっていて、外国人が訪れているが、帰化の名前の変更はどういうことか。アフリカ人がたくさん日本にいったら、名前を変えなければならないのか。アフリカ人はかつて経験しているが、二重の苦しみを味わうことになる。文化的な苦しみであり、植民地主義の失敗の結果、名前を変えることを強要された。これはぜひ再考してもらいたい。

レジス・デ・グート委員(フランス)--アイヌを認めたことは分かったが、他のマイノリティはどうなのか。2008年の国連人権理事会の普遍的定期審査でもとりあげられた。人権理事会のディエン特別報告者も勧告した。国内マイノリティ、旧植民地出身者、その他の外国人のそれぞれについて情報が必要だ。4条について進捗がない。4条abを留保したままである。表現の自由が強調されているが、2001年の勧告でも触れたように、4条は不可欠だ。人種差別の禁止と表現の自由は両立する。朝鮮学校生徒への嫌がらせが続いている。それから、最高裁判所が、調停員について外国人を採用しないという、なぜなのか。

ファン・ヨンガン委員(中国)--4条、7条に基づいて教育が重要である。条約の内容を市民に知らせ、市民が条約を実施することができるようにするべきである。旧植民地出身者であるが、第二次大戦が終わって、歴史的状況から定住していたものが、1952年に外国人とされ50年以上たって、二世、三世がいるが、日本社会への統合が成功していない。高齢者には、民族的優越感を持つ人がいて、平等な扱いがなされず差別的扱いである。日本において大きな貢献をした人は、日本人と同じように権利を享受しなければならない。4条abを留保しているが、日本では差別の煽動がみられる。公務員や政治家が極右的発言をしている。外国人を泥棒だとか、犯罪を行なうとか、問題を引き起こす存在だとか、公的立場の人間とは信じられない憎悪の煽動を外国人に向けている。公務員に人権教育のセミナーが必要である。偏見や差別を根絶してこそ友愛である。

イオン・ディアコヌ委員(ルーマニア)--アイヌの漁業アクセスの制限があるが、他の人には許されているのにアイヌには許されていないのはなぜか。部落民に関連して、世系が条約1条に含まれているので、部落民は条約の適用対象である。日本政府は1条を留保していないではないか。1965年に1条に世系がいれられた。40年以上たって、これは間違いだとでも言うのか。条約には世系が入っている。特別措置法はなぜ終了したのか。朝鮮人は1952年に外国人とされたが、日本に居住している。彼らは失った国籍を回復することができるのか。取得したいと求めているのか、いないのか。朝鮮学校はどうなっているのか。他の学校と同等になってきたというが、全体はどうなのか。大学受験資格を認めないことは、ペナルティを課していることになるのではないか。朝鮮学校生徒に対する嫌がらせや攻撃について、処罰しているのか。朝鮮学校はよりよく保護するべきである。最近、日本と朝鮮政府の関係が悪化しているが、それを理由に朝鮮学校に影響を及ぼしているのではないか。国際関係が日常生活に影響を与えてはならない。まして子どもに影響を与えるべきではない。朝鮮学校だけ免税措置を講じていないのは差別ではないのか。難民受け入れについて、カンボジアやミャンマのことはわかったが、他の国はどうなのか。1951年難民条約は日本ではアジアだけに適用されるのか。4条の留保の意味を知りたい。どこまで適用されるのか。2001年報告書も今回の報告書も、刑法には暴行罪、脅迫罪、名誉毀損罪があるので人種差別禁止法は不要としているが、犯罪の人種的動機を日本政府は知りたくないのか。裁判官が、犯人の人種主義的動機を考慮しないとすれば疑問である。人種的動機を除外していいのか。なぜ日本政府は人種的動機を無視しているのか。

クリス・マイナ・ピーター委員(タンザニア)--国内人権機関がないのは奇異な感じがする。政権交代があったので、人権分野でも変化がおきるかもしれない。いつ人権機関ができるのか、スケジュールを教えて欲しい。日本と人権条約の関係であるが、選択議定書を含む人権条約の批准数が13しかなく、いわゆる先進国では最低である。日本政府は「アパルトヘイトはない」というが、アパルトヘイト禁止条約もスポーツ・アパルトヘイト条約も批准していない。日本政府報告書の立場と実態の間に齟齬がある。日本は、国際人権分野で世界との対話をできるだけ少なくしようとしているのか。貿易にだけ関心があって、対話には意欲的でないのか。国際法の国内適用も取り上げたい。個人が条約を活用して自分の権利を守ることができない。人権条約を国家と国家の関係だけにとどめて、個人には関係ないという姿勢だが、なぜ個人が条約を活用して自分の権利を守ることができないのか。14条とも関連する。個人通報制度を受け入れる考えはないのか。

イカ・カナ・エウオンサン委員(トーゴ)--(俳句がすき)--社会的階層化に関心がある。日本社会発展が部落にどのような影響を与えたのか。改善するつもりはあるのか。私も日本へ行ったら名前を変えなくてはならないのか。

ホセ・アウグスト・リンドグレン・アルヴェス委員(ブラジル)--知らない委員もいると思うので、ブラジル人移住労働者のことを話したい。19世紀、ブラジルは何百万もの(*数字が違うと思うが)日本人移民を受け入れた。彼らはブラジル人の一部となり、ブラジル国籍者の主要な柱となって、ブラジル経済の発展に貢献した。1970~80年代から、ブラジルが経済危機になると、逆流現象がおきて、彼らとその子孫が日本に戻っていった。今も日本に居るものも多い。「目に見えるマイノリティになっていない存在」だ--嫌な言葉だ。彼らは日本の工場で低賃金で仕事をした。二国間協定が結ばれて数多くが日本に渡った。ところが、不況の中で仕事を失いブラジルに戻った人もいる。人種主義的な観点で不満も生まれている。ディエン報告書に多くを学んだが、この問題も解決が必要だ。

上田大使--質問には明日、スタッフが答える。

志野人権人道課長--ご指摘いただいたうちの、個人通報に関わる選択議定書の批准の件だが、人種差別撤廃条約や自由権規約の選択議定書だけではなく、実は日本はすべての個人通報制度を受け入れていない。政権交代があり、これは重要な検討事項という指示を受けているので、どのような形で受け入れるのがよいかを検討中である。

以上で24日の審査が終了しました。25日朝に日本政府が質問に回答します

グランサコネ通信2010-04

22日午前はパレ・デ・ナシオンをうろうろ。国連正門の警備が厳しいので何かあるのかと思ったら、昼から国連前の平和広場でエリトリアの人たちが集会。1000人はいました。「平和にイエス、戦争にノー」「制裁反対」「UN-JUST」(unjustと国連UNをかけている)のシュプレヒコール。

1)カメルーン報告書審査

午後からパレ・ウィルソンで人種差別撤廃委員会CERDのカメルーン報告書審査(CERD/C/CMR/15-18. 11 March 2009)。報告書には、人種差別撤廃条約4条に関して、「一般的に言って、差別的慣行はカメルーンの公的政策に反する」と始まり、刑法の説明があります。刑法241条は「人種や宗教を侮辱すること」で、次のように規定しています。

刑法241条「人種や宗教を侮辱すること」

(1)多数の市民や住民が属する人種や宗教に対して、刑法152条に定義されている侮辱的行動を行った者は、6日以上6月以下の刑事施設収容および5000以上50万以下のカメルーン・フランの罰金に処する。

(2)犯罪がプレスやラジオを手段として行なわれた場合、罰金の上限は200万カメルーン・フランに増額する。

(3)犯罪が市民の間に憎悪や恥辱を引き起こす意図で行なわれた場合、上の(1)(2)で定められた刑罰は二倍にする。

以上が241条です。152条については、補足説明がなされています。刑法152条は「侮辱的行動」を「公衆に開かれた場所で、身振り(ジェスチャー)、言葉または叫びを手段とする、または公衆の関心を獲得しようと計画された方法を手段とする、中傷、侮辱または威嚇」としています。

刑法242条は「差別」です。

刑法242条「差別」

その者の人種や宗教ゆえに、公衆に開かれているアクセスや、雇用へのアクセスを、他人に拒否した者は、1月以上2年以下の刑事施設収容および5000以上50万以下のカメルーン・フランの罰金に処する。

他に、刑法305条は名誉毀損の罪、1988年の法は広告における差別を規制しています。2007年6月4日、国家人権・自由委員会は、北部の紛争地域で起きた民族紛争を非難するプレス・リリースを出しました(Mbessa、Bawock)。

刑法がいつ制定されたのかは不明です。ラジオがあって、テレビはないので古いのかもしれません。もっとも、1994年のルワンダ・ジェノサイドはテレビではなくラジオで煽動が行われました。カメルーン刑法における「人種」概念の射程はわかりません。人種差別撤廃条約1条の人種の定義と同じなのか違うのかは不明です。

ちなみにパレ・ウィルソンの前に銅像が建っているので見たところ、デメロでした。世界各地の武力紛争地における人道復興支援に活躍しましたが、ブッシュの戦争の後始末にイラクへいって、バグダッドで殺されたデメロです。殉職ですが、あの時期にバグダッドに公然と乗り込んだのは、愚かの一語。

2)NGOネットワーク

23日午前はカメルーン報告書審査の続きでした。CERDのロビー活動のためにジュネーヴに来た「人種差別撤廃NGOネットワーク」8名と日本弁護士連合会代表3名のミーティングを行いました。事務局からCERDの状況の紹介があり、審査に向けてのロビー活動、NGOブリーフィングなどの打ち合わせです。

AIGLETTE, Sauvignon Blanc de Geneve 2008.

24日朝は、日本政府報告書を担当するソンベリ委員(大英連合)のNGOネットワークのミーティングがありました。午前中は、前日からの継続でオランダ政府報告書の審査でした。オランダ報告書は先に少しだけ紹介しましたが、読み直して、もう少し詳しく紹介する必要があります。

24日昼休みは、CERD審査会場の隣の部屋で、NGOネットワーク主催のNGOブリーフィングです。時間になっても委員がこないので不安でしたが、徐々にやってきて、開会時には6人ほど、遅れて6日とやってきたので、全部で12人でした。18人の委員のうち12人。2001年の時は3~4人しか来ませんでした。NGOネットワーク事務局の事前の案内がよかったのかも。最初に、昨年12月4日の、在特会による京都朝鮮学校襲撃事件の映像上映です。日本の恥・下劣な在特会の国連デビューです。次に、日本の問題全体について、NGOネットワークと日弁連から概説。次に個別問題として、日弁連から、弁護士から選ばれる調停委員に外国籍弁護士が選任されない、裁判所による差別について報告。次に北海道アイヌ協会、部落解放同盟、琉球先住民族協会、移住労働者と連帯する全国ネットワークなどが発言。

3)モナコ報告書

地中海の宝石モナコにも人種差別禁止法があります。第6回報告書(CERD/C/MCO/6. 13 June 2008)によると、モナコ政府は、人種差別撤廃条約4条(a)に従って、人種差別と闘うために、2005年7月15日に公開表現の自由に関する法律を制定しました。2006年にモナコに行ったのに、その時は軍隊のない国家の調査で、それ以外は余裕がなくて、全く調べることができていませんでした。以下、仮訳です。

第1条 メディアに文書を出版する自由は保証される。この自由の行使は、人間の尊厳、プライヴァシー、家族生活、他人の財産の自由、思想や意見の表現における多元主義、法と秩序の緊急の必要を、尊重するのに必要な制限にのみ服する。

第9条 外国で出版された新聞または定期刊行物は、第1条2項に規定された制限のもとで、自由に販売および配布することができる。

第10条 音響映像情報の自由は、第1条2項に規定された制限のもとで、並びに、公共サービスの必要およびメディアによって課された技術的拘束のもとで、保証される。

第15条 公共の場所または公開集会において発せられた言葉、叫び、威嚇によって、または公共の場所または公開集会において販売され、配布され、販売のために提供され、または展示された文書、印刷物、図画、彫刻、絵画、紋章、イメージその他の書かれ、話され、見えるようにされた補助媒体によって、または公開の景観に展示されたポスターまたは掲示によって、または音響映像メディアによって、一人または複数の実行者に犯罪の実行を教唆した者は、その犯罪が実際に実行された場合、計画された重罪または主要な軽罪(a designated crime or major offence)の共犯と見なされる。この規定は、刑法第2条に定義されているように、教唆の結果、未遂にとどまった場合にも、適用される。

第16条 第15条に掲げられた手段のいずれかによって、その出身、特定の民族集団、国民、人種または宗教に帰属しているか否かによって、または、その実際の性的志向または想定された性的志向によって、個人または集団に対して、憎悪または暴力を教唆(煽動)した者は、同じ刑罰の責を負う。前項に掲げられた行為のいずれかについて有罪が言い渡された場合、その決定の全部または一部を、文書形式で、有罪とされた者の費用で、告示または広告するとの決定をすることができる。告示または広告された決定には、本人の同意があれば被害者の氏名、または被害者の法的代理人または受益者の氏名を掲載することができる。

第18条 第15条に掲げられた手段のいずれかによって、公国の居住者または一時的滞在者に対して憎悪を教唆(煽動)することによって平穏を害そうと(breach the peace)した者は、前条に規定された刑罰の責を負う。

第24条 同じ手段による私人に対する中傷は、1月以上1年以下の刑事施設収容および/または刑法第26条3項に規定された罰金に処する。

モナコ刑法の体系がわからないので、以上のことが何を意味するのか、必ずしもわからないことも多いのですが、ともあれヘイト・クライム法がモナコにもちゃんとあるのです。

Monday, February 22, 2010

グランサコネ通信2010-03

1)グアテマラ報告書審査

19日は終日雨でした。午前中は国連欧州本部の図書館でメールチェック。新聞社回りをして昼食。午後から人権高等弁務官事務所HCHRパレ・ウィルソンにいきました。レマン湖のほとりに立つビルで、国際連盟発案者のウッドロー・ウィルソンの名前を冠しています。人種差別撤廃委員会CERDでグアテマラ政府13回目報告書の審査が行われていました。CERDで驚いたのは18人の委員のうち女性がアイルランドとブルキナファソの2人しかいないことです。以前はこんなことはなかったのに、いつの間にか男だらけ。女性はCEDAWやCRCに集まっているのかも。いいのか。グアテマラ政府は、冒頭に、CERD議長及び委員に対してだけではなく、NGO、とりわけ先住民族NGOに感謝すると述べて、プレゼンテーションを始めました。グアテマラ代表団には、大使の他に、先住民族差別問題委員会事務局長や、先住民族出身女性外交官が含まれていました。グアテマラには、マヤ、ガリフナ、シンカの3先住民族がいるということで、ほとんどその話でした。教育、言語、就業、女性に対する暴力などの概要。報告書(CERD/C/GTM/12-13. 17 September 2009)は100ページを越える大作です。コロンビアの委員がメインの質問。続いてロシア、イギリス、ルーマニアの委員などが質問。さまざまな施策をとっていますが、人種差別禁止の基本法がないことがとりあげられていました。個別にはいろいろ規制しているといっていましたが、基本法がない。この点は日本と同様。いくつか法案が準備されているそうですが、それも個別分野のようです。

宮田律『紛争の世界地図』(日経プレミアシリーズ、2009年)--イスラム地域研究で知られる著者の現代世界論です。「1冊で分かる世界の紛争」といった本はよくあります。たいてい近視眼的で、紛争の原因は資源と民族対立と宗教に決め付けています。本書は、第1に、イスラム研究者だけあって、欧米とイスラム圏を対比していますが、それだけではなく、中国とインド、ラテンアメリカ、アフリカなど世界全体を視野に入れています。第2に、資源、宗教、民族だけではなく、軍産複合体、軍需産業をきちんととりあげ、民間軍事・戦争会社PMCの問題も射程に入れています。コンパクトな1冊で世界の紛争がそれなりにわかるいい本です。フランス革命を「1979年」としているのはご愛嬌(笑)。

控えめに地元のGamay de Geneve.

2)東アジア平和宣言のために

20日は、「東アジア歴史・人権・平和宣言」の関連文書作成。簡単にできると思っていたのに、「東アジア」の概念定義に悩んで、苦労した挙句、陳腐な定義に。途中で放棄して、「非国民入門セミナー」の記録の整理作業を行いました。第6回セミナーの安里英子さんへのインタヴューをまとめ、第8回セミナーの辛淑玉さんへのインタヴューの整理を始めましたが、朱入れをしたところ、真っ赤に。

亀山郁夫『「罪と罰」ノート』(平凡社新書、2009年)--ドストエフスキーの新訳を進めてきた著者による『罪と罰』の新解釈です。1949年生れの著者は、この作品を全身で受け止めることのできるのは若者だけだと言います。著者自身も含めて、若者ならざる者には、ラスコーリニコフともドストエフスキーとも「同期」しえないと言います。もちろん、そう言いながらも、新訳を刊行してきた著者自身が特権的地位を主張していることも言うまでもありません。結果として、著者以外に本書をきっちり受け止めることができるのは、著者が保証する若者だけということでしょう。そうかも、と思いつつも、若干違和感を感じるのは、執筆当時ドストエフスキーが45歳だったからです。それはともあれ、『罪と罰』を読んだのは2回です。1度目は学生時代でした。もちろん江川訳です。2回目は院生時代です。というのも、刑法を専攻していたので、近代刑法思想との関連で再読する必要を感じたからです。そして、1回目には感動したはずなのに、2回目にはまったく感銘を受けなかったことを思い出しました。刑法研究の必要から小説を読むという行為は、とてもつまらないものです。ところで、亀山著は、文学者による文学再解読ですが、非常に緻密な論証と、自由奔放な推測(何も根拠のない叙述。その場合は「私はそう思う」といきなり断定します)とが交錯し、あざやかな「読み」を展開しています。なるほど文学とは、文学作品を文学的に読むとはこういうことなのでしょう。本書の結論は、第一に、ラスコーリニコフはドストエフスキーだというものです。そんなことなら誰だって言ってきたと思いがちですが、一般論としてではなく、作品の内的構造や、主題の意味を追及した結果としての結論です。第二に、最大の主題は「母親殺し」だというものです。途中には「父親殺し」についての検討もあるのですが、「母親殺し」に焦点が当てられます。なるほどと思い、30年の歳月を経て、『罪と罰』や『悪霊』をもう一度読みたくなってきました。ちなみに、ラスコーリニコフに殺される金貸しの老婆について、「頭には何もがぶっていなかった」という表現が出てきます。「がぶる」って、相撲でしか聞かない言葉です(笑)。

21日午前は、「東アジア歴史・人権・平和宣言」の関連文書作成。「東アジア」の概念定義にこだわるのはやめました。近代日本の戦争と植民地支配に関わる歴史的概念としました。あくまで、たたき台なので、今後議論のなかでより精緻になればと思います。

3)ヘイト・クライム

CERD今会期に提出された各国政府の報告書を眺めてみました。アルゼンチン、グアテマラ、カメルーン、アイスランド、オランダ、オランダ=アルバ、カザフスタン、カンボジア、スロバキア、日本など。報告書作成のスタイルが違うので、直接比較できない点もあります。やはりオランダ、アイスランドの報告書がよくできています。カザフスタンやスロバキアについては初歩の初歩の知識もないため、「そうだったのか」と思うことばかりです。

 オランダ報告書(CERD/C/NLD/18. 3 March 2008)は冒頭で、最近の重要な人種主義事件として、オランダ人と民族的マイノリティの対立の中でおきた、2004年11月2日のテオ・ファン・ゴッホ殺害事件とその後の政府の施策を示しています。インターネット上の人種差別についても一項目を設けています。人種差別撤廃条約4条に関しては、2004年の刑法改正によって、差別事件の刑罰の上限を上げたことを紹介した後、2002年から2007年にかけての差別事件の判決をまとめています。例えば、2002年2月22日、レルモンド地裁判決は、民族的マイノリティ集団に向かって、「外国人は出て行け」「ホワイト・パワー」「汚い外国人、汚いトルコ人」などと叫んだ男性を、40日間に80時間の社会奉仕命令と、1ヶ月間の刑事施設収容(執行猶予付)としています。2006年11月6日、ブレダ地裁は、皮膚の黒い女性に向かって「ホワイトパワーは永遠よ、いまこそホワイトパワーよ」と叫んだ若い女性に、500ユーロ(うち250ユーロは執行猶予付)を言い渡しました。こうした判決がいくつも紹介されています。

 他方、アイスランド報告書(CERD/C/ISL/20. 27 October 2008)は、条約4条に関して、まず一般刑法180条が、人種差別的理由に基づく商品やサービスの拒否が、罰金又は6ヶ月以下の刑事施設収容としていること、233条が、人種差別的理由に基づく、嘲笑、中傷、侮辱、威嚇などの攻撃をした者には罰金又は2年以下の刑事施設収容としていることを紹介しています。2002年4月24日、最高裁判決は、週末新聞インタヴューで、不特定の集団に対して、あざけり、中傷、屈辱を加えた被告人について、有罪を確定させる判決を言い渡しました。180条に関する事件はこのところ報告がないということです。233条については最近4件の報告がありましたが、証拠不十分その他の理由で不起訴に終わっているとのことです。また、インターネット上で、若者グループが「アイスランドにおけるポーランド人に反対する協会」をつくっているため、警察が捜査していますが、外国のサーバーに投稿されているため、捜査に限界があると報告されています。

 日本には人種差別禁止法がないこと、比較法研究がほとんどなされていないこともあって、立法提案はあるものの、議論がなかなか進みません。日本政府は「表現の自由だ」などと言いますが、とんでもありません。たいていの国では犯罪です。ここ2年ほど、私もほそぼそと研究を始めていますが、今年は本格的にやらなくてはと思っています。ヘイト・クライムについてはアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど英米法の文献を集めて読み始めたところです。他方、CERDへの各国の報告書をフォローすれば世界的傾向を明らかにできます。英米、北欧、西欧の法規制が進んでいますが、欧米に偏らず、もう少し調べる必要があります。

Don Pascual, Navarra, Ribera Baja Clasico, 2005.

2月24日から26日にかけてジュネーヴで、第4回死刑反対世界会議が開かれます。日本からもNGOが参加するようです。24・25日はCERDの日本政府報告書審査とぶつかっているので、参加できません。26日は、都合がつけば覗いてみようと思います。

Friday, February 19, 2010

グランサコネ通信2010-02

18日の朝は濃霧でしたが、昼から見事に晴れ渡り、鮮やかな快晴。とはいえモンブランは見えません。雪はすっかり融けました。時差ぼけなのか軽い風邪なのか、ちょっとふらついていたのでおとなしくしていました。

1)人種差別撤廃委員会に向けて

前回の日本政府報告書審査の時のことを思い出しながら、あれこれ考えていました。事前準備はどうだったか。CERDの一般的な様子は? 日本政府のメディア対策はどうなっているか。NGOはどう動くべきか、など。2001年3月のことで、東京にいるときはすっかり忘れていたので、ようやく思い出してきました。手元の資料で2001年の審査状況を報告した文章も読み直したところ(下記に貼り付け)。

3月1日に始まる人権理事会のために、昨年の人権理事会に提出されたフランシス・デン国連事務総長特別アドバイザーのジェノサイドに関する報告書を再確認。もっと前に見ておかなければならなかったのに、東京にいると多忙のため、失念ばかり。東京では雑務に終われ、原稿締め切りに追われ、集会を走り回り、花粉症に泣く、のが2~3月です。こちらでは雑務もないし、花粉症もないし、快適、快適。

2)湖畔の読書

村山富市・佐高信『「村山談話」とは何か』(角川ONEテーマ21、2009年)--「田母神論文の嘘を暴く!」とのキャッチフレーズで、昨年8月に出版されたものですが、なぜか読んでいませんでした。去年8月はずっと病院で介護体験でした。村山政権の評価は今でもさまざまです。私自身も、功罪半ば、といったよくある評価の仕方しかしていませんでした。しかし、現時点で、この国のナショナリズム、歴史の歪曲、開き直り、他者への差別と迫害を見ていると、「村山政権があれだけの役割を果していなかったら」と考え直しています。昨日、日本のあるジャーナリストからもらったメールには、在特会について、民主党政権成立、自民党惨敗・解体の危機という状況で、極右グループの受け皿がなくなったことが在特会への参加が増え、行動が過激化している一因ではないか、という趣旨のことが書かれていました。たしかに、そういう一面があるな、と思います。90年代に噴出した右翼による歴史の偽造とナショナリズムは、どんどん特化し、袋小路をまっしぐら。ついに、田母神現象から在特会現象へと、劣化と腐敗の道を歩んできたように思います。ここから村山談話の意義を見直すべきという本書の主張は重要です。

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(以下は、雑誌「人権と生活」2001年春に掲載した文章の主要部分)

問われた日本の人種差別

  ――人種差別撤廃委員会日本政府報告書審査

 石原発言は人種差別

 3月20日、人種差別撤廃委員会(以下「委員会」)は、2000年4月9日の石原慎太郎都知事の「三国人発言」は人種差別撤廃条約(以下「条約」)に違反する人種差別発言だと指摘した。

「13.委員会は、高い地位にある公務員による差別的発言、これに対して条約4条cの違反の結果として当局がとるべき行政上の措置も法律上の措置もとられていないこと、当該行為が人種差別を扇動し助長する意図がある場合にのみ処罰されうるという解釈に懸念をもって留意する。日本に対し、かかる事件の再発を防止するための適切な措置をとること、とくに公務員、法執行官および行政官に対し、条約7条に従い人種差別につながる偏見と闘う目的で適切な訓練を行うよう求める。」(以下、翻訳は反差別国際運動日本委員会訳を参照した)

これは石原都知事のことである。委員会の審査で名前が出た差別者は石原都知事だけだからである。

 「石原発言は、三国人差別であり、外国人は犯罪者とする。残念ながら日本政府は何の対応もしなかった。それはなぜなのか。」(ロドリゲス委員)

 「表現の自由と人種差別処罰は両立する。表現の自由は人種的優越思想の表現の自由ではない。こうした行為を野放しにしているように見える。石原都知事の差別発言に対応が講じられていない。」(ディアコヌ委員)

 「石原発言には非常に傷いた。政府が見過ごすべきではない。中国帰国者もいる。多くの外国人が日本に行きたがる、そのもとで差別が起きるのはどの社会でもあることだが、大切なことはどのように対応するかである。日本は条約4条を留保している。言論の自由は保障しなければならないが、人種差別との闘いの問題は別である。これは表現の自由の問題ではない。表現を通じた他者への侵害である。言論の自由などとというが、社会に多くの混乱を起こし、アジアの労働者が排除された、経済的な損害と精神的損害が実際に発生している。表現の自由の問題ではない。」(タン委員)

 こうした質問に対して日本政府(尾崎人権人道課長)は次のように回答した。

 「三国人という言葉は特定の人種を指していない。外国人一般を指したものであり人種差別を助長する意図はなかった。『不法入国した三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、災害時には騒擾の恐れがある』との言葉だが、都知事には人種差別を助長する意図はなかった。」

 このため、さらに次のような指摘を受けることになった。

 「石原発言は単に差別であるだけではなく、外国人を犯罪者扱いしようとしたものであり、驚きを禁じえない(強い口調で)。公の発言で外国人一般に対する表現を使っている。こうしたことは決して初めてのことではない。社会の中で歴史の中で、外国人、移住者がやってくれば必ず起きてきた問題である。人種差別宣伝流布は、表現の自由を侵害する主な要因である。ある集団を傷つける表現は、表現の自由を侵害する。これに対策を採ることが表現の自由を侵害するということはない。表現の自由を保障するためにこそ4条を適用するべきである。」(ユーティス委員)

 こうした審査の結果として冒頭の「最終所見」がまとめられたのである。その直後、石原都知事は記者会見において、委員会を誹謗する発言をして、自分の差別発言を正当化した。日本政府も「最終所見」の勧告を実施するつもりはないと表明している。

 日本政府報告書審査

 1965年、国連総会はこの条約を採択した。60年代初頭に、西ドイツでネオナチが台頭しユダヤ人に対する差別が吹き荒れた。これに危機感を抱いた欧州各国が中心となって条約をつくったのである。

 日本はこの条約をなかなか批准しなかったが、95年、アメリカが批准した直後に慌てて批准し、96年1月に発効した。政府は条約批准後1年以内に最初の報告書を委員会に提出し、審査を受けることになっている。日本政府報告書の締切りは97年1月であったが、大幅に遅延して2000年1月に提出した。3月8日と9日、委員会は、日本政府報告書の審査を行った。

 条約1条は「人種差別」を定義しているが、定義は一般的なものであるため、解釈の必要が生じる。アイヌ、沖縄、被差別部落、中国帰国者などが適用対象であるか否かが問題になる。

 日本政府はアイヌが適用対象になることは認めるが「沖縄、被差別部落、中国帰国者については適用対象ではない」という。わたしたち「人種差別撤廃条約NGO連絡会」のNGOレポートは、すべて適用対象にあたると主張した。委員会でもこの点に注目が集まった。

 「政府報告書に含まれていないが部落民がいる。部落地名名鑑があるいう。雇用の権利が閉ざされている。自殺している例もある。国外でも周知の事実なのに隠そうとする態度は理解できない。政府報告書は沖縄住民にも触れていない。別個の民族、独立国家だった。差別的政策を強制したのではないか。」(ロドリゲス委員)

 「アイヌを先住民と認めているのに、なぜ沖縄は認めないのか。部落民についても聞きたい。世系、祖先の系列にかかわるからインドのカーストに条約適用あることが参考になる。政府はどういう措置を講じようとしているのか。部落地名年鑑による企業の採用差別は本当か。沖縄の独自の言語からみて先住民であると認識するべきではないか。」(ディアコヌ委員)

 こうした質問を受けて日本政府は次のように回答した。

 「条約1条の世系は、民族的出身に着目したもので社会的出身に着目した概念ではない。従って部落民は条約の対象ではない。沖縄住民は人種であるとは考えられず対象とはならない。沖縄には特色豊かな文化・伝統があるが、日本各地にそれぞれ特色豊かな文化・伝統があるのと同じである。中国帰国者は、第二次大戦前に日本から中国に移住した日本人が中国に残留した後に帰国したもので、日本民族であり、適用対象とはならない。」

 解釈の誤りを指摘されても、同じことを繰り返した。そこで委員たちが再び発言した。

 「部落民は条約の適用対象であると考えられる。カースト制を参照できる。」(ユーティス委員)

 「条約1条は定義をできる限り明らかにしようとしている。インドの状況を参照するべきである。社会的な差別で職業の内容によるものは条約の適用対象である。」(ソーンベリ委員)

 以上の討論を踏まえて「最終所見」は、次のようにまとめられた。

「7. 次回報告書において、朝鮮人マイノリティ、部落民および沖縄人集団を含む、条約の適用対象となるすべてのマイノリティの経済的社会的指標に関する情報を提供するよう勧告する。沖縄住民は、独自の民族集団であることを認められるよう求め、現状が沖縄住民に対する差別行為をもたらしていると主張している。」

「 8.委員会は、日本とは反対に、世系という文言は独自の意味をもち、人種や種族的出身、民族的出身と混同されてはならないと考える。部落民を含むすべての集団が、差別に対する保護、および条約5条に規定されている諸権利の完全な享受を確保するよう勧告する。」

 アイヌは先住民

 日本政府は、「アイヌは日本人より歴史的に先に住んではいたが、先住権のある先住民かどうかは判断できない」という奇怪な主張をしていた。

 「アイヌについて人口構成はどうか。伝統的差別があってアイヌと名乗れない、日本名使用、同化政策もある。アイヌについて具体的成果を知りたい。先住民と認めていないのか。」(ロドリゲス委員)

 「差別的状況が実際にあるのはなぜか。土地所有権を保障し、民族性を維持し、国際基準に照らして権利を保障するべきである。」(ディアコヌ委員)

 「アイヌのプログラムとあるが、マイノリティが問題の根源であるという考えが問題を隠蔽することになる。支配的文化者がマイノリティを取り上げることの意味を考えるべき。アイヌ問題ではない。」(パティル委員)

 これに対して日本政府はあくまでも「アイヌ問題」と呼んで、次のように回答した。

 「歴史の中では和人との関係で北海道に先住し、独自の文化、言語、固有の文化を発展させてきた民族である。しかし先住民族の定義が国際的に確立していない。先住権との関係で様々な議論があるので、先住民であるか否かは慎重に検討する必要がある。」

 これに対して次のような指摘がなされた。

 「国際法に先住民の定義がないというが、だからといって標準を明らかにできないというものではない。事実に即して物事を考えることが重要である。定義がないから従わないというのではなく、国家が先住民概念を承認して適用していくことが定義をもたらすことに繋がる。」(ソーンベリ委員)

 こうした討議の結果として「最終所見」がまとめられた。

「5.委員会は、アイヌ民族をその独特の文化を享受する権利を有する少数民族であると認定した最近の判決を関心をもって留意する。」

「17.日本が先住民族としてアイヌ民族が有する権利を促進するための措置をとるよう勧告する。土地権の承認・保護、失われたものに対する原状回復と賠償を求める、先住民族の権利に関する一般的勧告23(51)に注意を喚起する。」

 在日朝鮮人

 日本政府報告書は在日朝鮮人については当然取り上げており、チマチョゴリ事件にも言及しているが、これは社会的な差別であって、政府には責任はなく、しかも事件予防に積極的に取り組んでいるかのように描いている。NGOは、チマチョゴリ事件ではほとんど犯人が検挙されていないこと、政府とメディアに問題があること、民族教育の権利が保障されていないこと、同化政策のもと日本国籍取得にあたっては日本的氏名が強制されていることなどをアピールした。

 「外国人の3分の1を占める朝鮮人の法的地位に関する討論の促進や、特別な入国管理法が必要ではないか、法的地位を強化する必要もあるのではないか。日本社会で朝鮮人への理解が深まることを期待する。」(ロドリゲス委員)

 「日本国籍を有していない在日朝鮮人は国籍を取得できるのか。国籍取得申請に際して朝鮮名使用ができない現実があるのか。チマチョゴリ事件では、マスコミによる核疑惑騒動によって事件が発生しているが、逮捕は160件のうち僅か3件というが本当か。教育が必要である。こうした現象に対する全国規模での対応が必要ではないか。公立学校でハングル教育はなぜ認められないのか。さらなる改善を期待する。」(ディアコヌ委員)

 「特別永住は韓国とだけである。北朝鮮とはどうなのか。」(レチュガ・ヘヴィア委員)

 「在日朝鮮人は、多くが市民的政治的権利を制限されている。次回はもっと詳細に報告されることを期待する。」(タン委員)

 「在日朝鮮人について日本政府報告書はマイノリティという言葉を用いていないがなぜか。民族名の重要性を指摘したい。差別されることを恐れて民族名を隠して日本名を使用する例が多いという。バイリンガルな教育を受ける権利が認められるべきである。人種差別への対策には適切な法システムが必要であるが、日本は不十分ではないか。人種差別を撤廃する努力をしているというが、撤廃プログラムは法律なしにできるのか。」(ピライ委員)

これに対して日本政府は次のように回答した。

 「法的地位は報告書にある通りである。入管特例法が制定され、91年以降日韓で協議している。朝鮮人学生に対する人種差別行為は、法務省が日頃から様々な啓発活動をしている。嫌がらせや暴行は、法務省職員や人権擁護委員が児童・生徒の通学路や交通機関で冊子を配布したり、拡声器で呼びかけをしている。警察も警戒強化をしている。学校その他の関係機関との協力連携を行って未然防止に努めている。94年の検挙は3件である。98年8月から9月には6件を認知したが検挙に至っていない。」

 このうち啓発活動や冊子等の配布については、98年のチマチョゴリ事件の際に在日朝鮮人・人権セミナー(筆者)と在日朝鮮人人権協会とが協力して、法務省人権擁護局に実態を説明を求めたが、ほとんど実体のない活動に過ぎないと思われた。2月27日の政府とNGOの意見交換会において、政府は配布したボールペンを初めて提示したが、在日朝鮮人の人権保障とはおよそ無縁のボールペンにすぎない。

 委員会の「最終所見」は次のようにまとめられた。

「14.委員会は、朝鮮人(主に子どもや児童・生徒)に対する暴力行為の報告、およびこの点における当局の不十分な対応を懸念し、政府が同様の行為を防止し、それに対抗するためのより断固とした措置をとるよう勧告する。」

「16.朝鮮人マイノリティに影響を及ぼす差別を懸念する。朝鮮学校を含むインターナショナルスクールを卒業したマイノリティに属する生徒が日本の大学に入学することへの制度的な障害のいくつかのものを取り除く努力が行われているものの、委員会は、とくに、朝鮮語による学習が認められていないこと、在日朝鮮人の生徒が上級学校への進学に関して不平等な取扱いを受けていることを懸念する。日本に対して、この点における朝鮮人を含むマイノリティの差別的取扱いを撤廃し、公立学校におけるマイノリティの言語による教育を受ける機会を確保する適切な措置とるよう勧告する。」

「18.日本国籍を申請する朝鮮人に対して、自己の名前を日本流の名前に変更することを求める行政上または法律上の義務はもはや存在していないことに留意しつつ、当局が申請者に対しかかる変更を求めて続けていると報告されていること、朝鮮人が差別をおそれてそのような変更を行わざるを得ないと感じていることを懸念する。個人の名前が文化的・民族的アイデンティティの基本的な一側面であることを考慮し、日本が、かかる慣行を防止するために必要な措置をとるよう勧告する。」

また、日本政府報告書は、来日する外国人労働者の在留資格や就業における問題を取り上げているが、NGOは不十分であるとして独自の報告書を提出した。審議の結果、「最終所見」は、外国人の教育や難民の保護も取り上げている。

 人種差別禁止法

 日本政府は条約を批准した際に、条約4条abの適用を留保した。条約4条abは、人種差別助長扇動を犯罪として処罰することを義務としている。条約4条cは、公務員による差別を禁止している。4条cの適用は留保していない。審議では、人種差別助長扇動に日本政府がどのように対処するのか、なぜ人種差別禁止法を制定しないのかに重点が置かれていた。

 「法律制定のみではなく実効性こそが必要である。日本刑法は一般的な性格のものでしかなく、条約は人種差別流布に対する個別規定をつくることを求めている。チマチョゴリ事件を見れば立法の必要性が高い。差別団体禁止措置がまったく存在しない。暴力を用いた場合に限らず差別団体を規制するべきである。4条留保を撤回するよう要請する。」(ロドリゲス委員)

 「条約は締約国は人種差別撤廃努力をすると明言している。日本憲法には第14条しかない。これで十分といえるのか。レストラン、飛行機での差別行為にどのような法律が適用されるのか。犯罪行為には実際の制裁が必要である。犯罪は処罰されるというが、暴力や名誉毀損を処罰しているだけで人種差別を処罰していない。人種差別は法律で処罰するべき犯罪である。4条を留保している国でも人種差別処罰法がある(例えば、フランスやイタリア)。外国人嫌悪ポスターが放置されている(神奈川県警ポスター)。在日朝鮮人誹謗パンフレットが配布されている。外国人嫌悪思想の流布、意図的扇動がなされれば、裏にある意図が何であれ犯行者を起訴するべきだ(誰かがそっと拍手)。日本社会がどのように差別を撤廃するのか知りたい。みんなでお祈りするのか(あちこちから笑いが起きる)。自信をもてばなんとかなるのか。人種差別撤廃は社会に課された責任である。」(ディアコヌ委員)

 「日本法は人種差別や流布を犯罪にしていない。人種主義的動機による暴力を犯罪としていない。4条は人種差別団体を取り扱っているが政府報告書には言及がない。憲法14条では不十分である。シンボリックな意味での特別立法をつくることは社会においてあるべき価値観を表明することである。」(デ・グート委員)

 「人種差別表現が見られる。在日中国人や日系人についてもそうである。悪質な行為は法的規制するべき。神奈川県警の中国人差別ポスターには驚いた。『携帯電話を使う中国人を見たら110番』。明らかに人種差別であり、許せない(激しい口調で)。4条を施行すればこうした差別発言に法律的に対応できる。」(タン委員)

 「人種差別のない社会をつくるには立法が必要である。条約は憎悪言論を禁止している。絶対的な表現の自由は4条を否定するものなので、日本政府は真剣に検討して欲しい。」(シャヒ委員)

 これに対して日本政府は次のように回答した。

 「処罰立法を検討しなければならないほどの人種差別の扇動は日本には存在しない。憲法は表現の自由を保障している。表現行為の制約には、制約の必要性と合理性が求められる。優越的表現や憎悪の活動の行きすぎは刑法の個別的な罰則で対処する。現行の法体系で十分な措置である。」

 これに対して、再度、委員から次のような指摘が続いた。

 「4条は、意図の善し悪しにかかわらず、すべての国に拘束力をもつ。予防的性格も重要である。人種差別の流布宣伝はあっという間に広まる。従って予防的性格が重要になる。表現の自由と暴力行為に関して団体規制法がない。日本政府は人種差別団体が存在すると認めているが、処罰はない。しかし、特定の人に対する差別行為や文書流布も暴力行為に匹敵する。他の人々の存在を否定する言論は、物理的暴力よりも激しい暴力となることがある。」(ユーティス委員)

 「人種差別禁止法を制定し、処罰と予防と教育を行うべきである。法律はシンボリックな意味もあり社会において無視すべきでない価値観を示すことができる。人種差別宣伝流布が今は行われていないとしても、外国人が増加しているので外国人嫌悪による行為が行われるようになるかもしれない。」(デ・グート委員)

 「問題は人種差別に国家がどのように対処するのかである。国家が社会の背後に隠れることは許されない。これは将来重大な問題に発展するかもしれない。」(ディアコヌ委員)

最終所見も禁止法を要請

 日本政府は再度回答した。

 「人種差別行為を処罰しないということではない。人種差別行為は様々の形で行われるので、それに対応して処罰している。差別的暴力は処罰対象である。現行法で十分担保している。量刑では人種差別的側面も考慮をしている。暴力の動機が人種差別であれば被告人に不利な事情として考慮される。人種的優越・憎悪流布・扇動助長団体という概念は非常に広い概念であり、法的規制は表現の自由にかかわり、処罰することが不当な萎縮効果をもたないか、罪刑法定主義に反しないかという考慮をしなければならない。絶対的な表現の自由を認めるのかとの指摘があったが、表現の自由を絶対化しているわけではない。」

 「最終所見」は次のようにまとめられている。

「10.委員会は、関連規定が憲法14条しかないことを懸念する。条約4条・5条に従い、人種差別禁止法の制定が必要である。」

「 11.条約4条abに関して日本が維持している留保に留意する。当該解釈が条約4条に基づく日本の義務と抵触することに懸念を表明する。4条は事情のいかんを問わず実施されるべき規定であり、人種的優越・憎悪に基づくあらゆる思想の流布の禁止は、意見・表現の自由の権利と両立する。」

「12.人種差別それ自体が刑法において犯罪とされていないことを懸念する。条約の諸規定を完全に実現すること、人種差別を犯罪とすること、人種差別行為に対して権限のある国内裁判所等を通じて効果的な保護と救済措置を利用する機会を確保することを勧告する。」