Thursday, April 14, 2011

「北方領土」とアイヌ民族の権利(1)

無主地先占論





 メドヴェージェフ・ロシア大統領のクナシリ島電撃訪問によって北方領土問題が注目を集めた。外務省が「予想していなかった」と醜態を晒したのは、驚きであった。一部のメディアや政治評論家が予想していたのに、外務省の情報収集と分析はいったいどうなっているのか。しかも、予想していなかったと認めて公表してしまう神経には呆れるしかない。これでは外交はできない。外務省にできるのは、経済力を背景とした札束外交と、アメリカへの泣きつき外交だけである。大阪地検特捜部事件に見られる検察崩壊。公安警察のデータ流出。尖閣諸島映像流出。これだけ続くと、日本はほとんど「無政府状態」と言っても良いほどだ。菅政権が続いても、崩壊しても、庶民にとっては何も変わらないのかもしれない。



尖閣諸島(釣魚島)、竹島(独島)、北方領土(南クリル)の領土問題では、ナショナリズムが噴出し、中国や韓国に対する剥き出しの差別と排外主義がはびこっている。日本メディアは中国の反日デモだけを報道し、日本側の反中国デモを隠蔽して意図的に情報格差を作り出して、差別を煽っている始末だ。メディアによるバックアップを受けて、ヘイト・クライム団体が勢いづき差別発言を撒き散らしている。



 こうした中、領土問題について浮上しているのが無主地先占論である。日本政府は、尖閣諸島についても、竹島についても、「わが国固有の領土」論と無主地先占論を併用し、使い分けてきた。「固有の領土」論なる奇妙な主張は、国内では通用するが、国際社会には通用しない。欧米諸国の大半が戦争や領土紛争を経て国境線を引き直してきたのだから、固有の領土論など受容されるはずもない。他方、無主地先占論と固有の領土論とは背反するにもかかわらず、未練がましくも両者を使い分ける姿勢は滑稽かつ噴飯物である。とはいえ、江戸末期の日露交渉においてロシアがこれを唱えたように、無主地先占論とも言うべき法理が国際的に利用されてきたのも事実である。



一〇月三〇日、みどりの未来運営委員会が公表した見解「『尖閣』諸島(釣魚島)沖漁船衝突事件――脱『領土主義』の新構想を」は、「そもそも、日本政府が領有権を正当化する『無主地先占の原則』(所有者のいない島については最初に占有した者の支配権が認められる)は、帝国主義列強による領土獲得と植民地支配を正当化する法理であり、また、アイヌなど世界の先住民の土地を強奪してきた歴史にも通ずる論理です。共産党を含む全ての国政政党が当然のように日本の領有権を主張するのは、このような近代日本についての歴史認識の致命的な欠如を表わしています」と問題提起している。同委員会によると、「『無主地先占』の法理は、『持ち主なき土地』を当事者との交渉なく強奪してきた近代国家の論理が基礎にあり、その意味ではこれとアイヌ民族などの土地強奪の歴史には通ずるものがあると考えます」という。住民のいない尖閣諸島や、最近になって韓国側の住民がごく僅か居住するようになった竹島とは異なって、アイヌモシリ(北海道)、クリル(千島)、サハリン(樺太)にはアイヌ民族等が先住していたのに、その存在を無視して、日本とロシアが勝手な交渉で国境線を引いてきた歴史への批判は頷ける。





発見の法理





 国際法においてよく使われるのは、占領の法理と発見の法理である。現実の占有(actual occupancy)、征服(conquest)、発見(discovery)、最初の発見(first discovery)、象徴的所有(symbolic possession)などの言葉で枠づけられる植民地帝国の用語である。



先住民族の法律家集団による共同研究であるロバート・ミラー(オレゴン州ルイス&クラーク法科大学院教授、東シャウニー民族)、ジャチンタ・ルル(ニュージーランド・オタゴ大学講師、ンガティ・ラウカワ民族)、ラリサ・ベーレント(オーストラリア・シドニー工科大学教授、ユーレヤイ民族)、トレイシー・リンドバーグ(カナダ・オタワ大学教授、ネーイワク民族)の『先住民の土地を発見する――イギリス植民地における発見の法理』(オクスフォード大学出版、二〇一〇年)は、発見の法理に関する詳細な批判的研究である。



 二〇〇七年九月一三日、国連総会は先住民族権利宣言を採択したが、反対したのはオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカの四カ国だけであった。民主主義国家であり法の支配で知られる四カ国が宣言に反対したのは、一面では驚きであったが、他面ではよく「理解できる」ことでもあった。先住民族の権利を丸ごと剥奪して国家形成をした歴史を有する四カ国だからである。この四カ国では、一五~一六世紀に形成された発見の法理がいまでも生きている。



 ロバート・ミラーによると、一八二三年のジョンソン事件アメリカ最高裁判決によって、一五世紀に形成された発見の法理の主な要素は次のように説明されている。



1. 最初の発見――他国に先駆けて発見した西欧国家がその土地の所有権と主権を取得する。しかし、それだけで完全な権限になるわけではない。



2. 現実の占有と所有の継続――エリザベス一世の時代に、発見の定義に現実に占有することが追加された。具体的には基地建設や兵士派遣を意味する。



3. 先取権――発見した国家が先住民族からその土地を購入する権限を有する。他国による購入を阻止する権限である。



4. ネイティヴ住民の権利――最初の発見以後、西欧諸国の法体系によって、先住民族はその土地の所有権を喪失したと見なされた。



5. 先住民族の主権と通商権の制限――最初の発見以後、先住民族の主権や自由貿易権は喪失させられた。



6. 隣接――西欧人は、発見した土地や現実の入居地の隣接地についても権利を有する。河口を発見すれば、その河川が流れる土地全体についての要求権となる(ミシシッピ川とルイジアナ州、コロンビア川とオレゴン州)。



7. 無主地――他に居住者がいない土地についても同様に発見の法理が適用された。西欧人はこの言葉をひじょうに緩やか(リベラル)に解釈し、実際は先住民族が所有・居住している地を無主地と称した。



8. キリスト教――発見の法理の下では、非キリスト教徒には同じ人間としての権利が認められていない。人権、土地所有権、主権、自己決定権はキリスト教徒のものであった。



9. 文明――西欧文明観念が西欧の優越性を基礎づけ、先住民族に文明、教育、宗教を授与することが西欧人の使命とされた。先住民族に対するパターナリズムが成立した。



10. 征服――西欧諸国による先住民族に対する「正戦」による軍事的勝利が侵略や征服の最終的正当化となった。




「救援」500号(2010年12月)