森政稔『戦後「社会科学」の思想――丸山眞男から新保守主義まで』(NHKブックス)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000912612020.html
Ⅰ部 「戦後」からの出発
第一章 「戦後」の意味と現代性
第二章 丸山眞男とその時代
第三章 日本のマルクス主義と市民社会論
第四章 ヨーロッパの「戦後」
補論1 鶴見俊輔と転向研究
Ⅱ部 大衆社会
第五章 大衆社会論の二つの顔
補論2 大衆社会論期のいくつかの政治的概念について
Ⅲ部 ニューレフトの時代
第六章 奇妙な「革命」
第七章 知の刷新
Ⅳ部 新保守主義的・新自由主義的転回
第八章 新保守主義の諸相
第九章 新自由主義と統治性
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東京大学大学院総合文化研究科教授による社会科学入門の授業を基にした概説書だ。丸山眞男、マルクス主義、市民社会論、大衆社会論、ニューレフト、新保守主義、新自由主義と変遷してきた流れをていねいに論じている。欧米の知の潮流との対比によって、わかりやすい見取り図になっている。次のように説明されているが、その通りの著作だ。
<「現代が必ず過去の時代より優れているわけではない」こと、「過去の議論の蓄積はたやすく忘却されてしまい、そのため無益な議論の繰り返しが起きがちである」ことなどを警告する。そして浅薄な「時代」理解を避け、「現代とは、過去を踏まえてどのような時代となっているのか」ということを正確に理解するために、戦後の「社会科学」が、各々の時代をどのように理解してきたのかを大局的な視点から概括して、戦後の一流の知識人たちの思考のあとをたどる。なお社会科学とは、経済学、政治学、法学、社会学などの社会を対象とする諸学問の総称だが、著者にとってそれは、「個別の社会領域を超えて時代のあり方を学問的に踏まえつつ社会にヴィジョンを与えるような知的営み」である。>
戦後日本の「社会科学」について、別の整理の仕方もあるだろうが、本書の整理の仕方はそれなりに納得できる。300頁の小さな本なので、ざっと流している部分も少なくないが、要所では突っ込んだ分析をしている。本書を読むことで、私自身がどのような座標系の中で思考してきたかを把握することもできる。その意味でも有益な本だ。初めて社会科学を学ぶ学生にも役に立つだろう。市民運動にかかわってきた市民にとっても、戦後日本論として有益だと思う。
特に現在の新保守主義と新自由主義についての論述が重要だ。古典的な保守主義や自由主義ではなく、現在の「新」なる主義の意味を、著者・森はポスト産業社会との関連で位置づけ、多様な新自由主義を4つに論点で整理している。そこでは「誰が」ではなく「いかに統治するか」というフーコー的問題設定がカギをなす。
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戦後日本、戦後民主主義をいかに把握するかについて、私は著者・森とはずいぶんと違う理解をしている。平和憲法や戦後民主主義の初発の限界をどのように見るかの違いだ。端的に言えば、戦後思想における「植民地主義の無視」という論点だ。森自身には植民地主義への視線もあるのだが、戦後思想に対するときに、森は植民地主義の克服がおよそなされなかったことをあまり重視していない。輝ける戦後民主主義がどのように変遷・変質していったかという理解に近い。輝ける戦後民主主義の「闇」を主題にしない。
だが、それは本書の価値を損なうものではない。上述のように、本書はいろいろな読み方のできる、そして有益な本である。