長年にわたってヘイト・クライム/スピーチ禁止法の世界的動向を紹介してきた。10数年前には「ヘイト・スピーチは表現の自由の保障が及ぶから、ヘイト・スピーチ禁止法は世界に存在しない」と言い募る無知な憲法学者たちがいた。私が「30カ国に法律がある」と言っても、信じてもらえなかった。そこで、彼彼女らを黙らせるために、世界100カ国にヘイト・スピーチ禁止法があると紹介し始めた。いまでは120か国以上に何らかの法律があると主張している。
50か国ほど紹介した頃から、もう一つの問題関心を持つようになった。日本の比較法学は、その名称にもかかわらず、単なる外国法研究であって、比較の方法論が不十分である。また、比較法と言いながら、大半はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツの受け売りにとどまる。彼彼女らの世界は欧米諸国だけでできている。脱亜入欧から一歩も出ていない。
だから現実を無視した奇怪な研究が横行する。多くの論者が「ヘイト・スピーチ対策法を考えるために、先進国の欧米に学ぶ」と言う。欧米諸国をヘイト対策先進国と見るのはあまりにも倒錯している。
植民地主義と人種主義の母国で、ヘイト・スピーチを生み出し、輸出してきたのが欧米諸国だ。ジェノサイドの母国でもある。この単純な事実を無視して、欧米諸国に学ぶのは不適切だ。ヘイト常習国である欧米諸国の問題点を解明することこそ研究課題でなければならない。
1990年代から国連人権理事会(旧人権委員会)、国際自由権委員会、人種差別撤廃委員会に通ってきたので、ヘイト・クライム/スピーチについて、国際人権領域の情報を紹介してきた。特に、人種差別撤廃委員会の資料を紹介してきた。この紹介作業を通じて、日本の比較法学研究の欠落がよく見えてきた。
筆者自身の新しい比較法学研究方法論を提示できたわけではないが、例えばアメリカにおけるヘイト・スピーチ対策についても、憲法学がご都合主義的に紹介してきた内容とは違う情報を紹介してきた。
その意味で、人種差別撤廃委員会におけるヘイト・クライム/スピーチ情報の紹介は続けたい。この1年ほど多忙のため中断していたが、今後も紹介作業を続けることにした。
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アルバニアが人種差別撤廃委員会CERD第112会期に提出した報告書(CERD/C/ALB/13-14. 14 February 2022)
前回報告書について『ヘイト・スピーチ法研究要綱』430~431頁。
アルバニア刑法第50条(j)は、人種差別動機で犯罪が実行された場合、量刑に際して負責の証拠となるとする。
刑法第84条(a)は、コンピュータ・システムを通じた、民族、国籍、人種又は宗教ゆえの、重大な殺人や傷害の脅迫は、罰金又は三年以下の刑事施設収容とする。
刑法第119条(a)は、コンピュータ・システムを通じた、人種主義や外国人嫌悪のコンテンツの公然提示や配布は、罰金又は二年以下の刑事施設収容とする。
刑法第119条(b)は、コンピュータ・システムを通じた、民族、国籍、人種又は宗教ゆえの、公然たる人の侮辱は、刑事不法行為を構成し、罰金又は二年以下の刑事施設収容とする。
刑法第253条は市民の平等侵害で、国家機能や公共サービスの職務についている者による差別が、その権限行使や職務執行中になされて、その差別が出身、性別、性的指向又はジェンダー・アイデンティティ、健康状態、宗教又は政治的信念、労働組合活動家のため、又は特別の民族集団、国民、人種又は宗教に属するがゆえに行われ、不公平な特権をつくりだし、法に由来する権利を拒否した場合、罰金又は五年以下の刑事施設収容とする。
刑法第265条は、憎悪又は紛争の煽動である。「人種、民族、宗教又は性的指向に基づいて、憎悪又は紛争を煽動すること、並びに、いかなる手段や形式であれ、そうした著作物を故意に準備、配布、又は配布目的で所持することは、二年以上一〇年以下の刑事施設収容とする。」
刑法第266条は国民憎悪の呼びかけである。「住民の他の部分を中傷又は侮辱し、彼らに実力行使や恣意的行為を要請することによって、国民憎悪を呼びかけて、公共の平穏を危険にさらすことは、二年以上八年以下の刑事施設収容とする。」
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二〇二〇年の法改正によって、二〇一〇年の「差別からの保護に関する法律」は、ヘイト・スピーチによる差別を発見した差別防止コミッショナーの権限を強化した。公衆の注意を喚起するために、メディア運営者は、ヘイト・スピーチに関する差別防止コミッショナーの決定を報道する義務を負う。公の当局は、差別を予防するために平等を促進する義務を負う。
差別防止コミッショナーの決定は実際に履行されており、ヘイト・スピーチと闘う措置、警察官による侮辱を予防する措置を通じて、ロマやエジプト人を含む国内マイノリティを保護する措置が取られている。
二〇一九年一二月、ティラナで差別防止コミッショナー、メディア当局、アルバニアメディア委員会等の協力でヘイト・スピーチと闘う「ノー・ヘイト連合」が設立された。①多様性と表現の自由を促進するコミュニケーションの発展、②文部省やインターネット・プロバイダー、ジャーナリスト団体、市民社会団体と協力して差別と闘う戦略的パートナーシップ、③ヘイト・スピーチに対処する欧州の最善の実行メカニズムとの協働、④情報共有とスタッフの訓練のためのメカニズムの発展。
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人種差別撤廃委員会はアルバニアに次のように勧告した(CERD/C/ALB/CO/13-14 .23 May 2024)。
政府の努力にもかかわらずメディアやインターネットの人種主義ヘイト・スピーチが続いている。特にロマやエジプト人に対するヘイト・スピーチを行う政治家がいる。ヘイト・スピーチと闘う実効的措置を取るために、ヘイト・スピーチ法を制定し、予防、処罰、抑止を実効的にすること。すべてのヘイト・スピーチ事件を捜査・訴追し、実行犯をその地位に関わらず処罰し、ヘイト・スピーチ事件・訴追数・有罪数を報告すること。一般公衆に啓発キャンペーンを行い、人種差別を撤廃すること。高位の公務員など公の当局がヘイト・スピーチを行わないようにし、ヘイト・スピーチを非難すること。
アルバニアには条約第4条(b)の人種主義団体と団体参加を犯罪化する法律がない。人種差別を助長・煽動する団体を禁止し、団体参加を刑事犯罪とすること。条約第4条のすべての条項には拘束力がある。