深沢潮を読む(8)越えられない海峡をいかに越えるか
深沢潮『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋、2018年)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167916756
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この夏、「日本人ファースト」が話題になった。思想の頽廃そのものだ。ひどい差別扇動なので、何度か批判する講演をやった。昨日も信濃町教会で開催された日本友和会の講演会で「日本人ファースト」批判をしてきた。そのもとになる文章を2つ書いた。
前田朗「『日本人ファースト』を知るためのこの三冊!」(『本のひろば』2025年10月号、キリスト教文書センター)
前田朗「いつも『日本人ファースト』だった」『人権と生活』60号、在日本朝鮮人人権協会、2025年)
近現代日本の150年は、いつも日本人ファーストで、周辺諸民族・国家に対して侵略と差別を続けてきた。第二次大戦敗北後、植民地を喪失しても、その反省がなく、「天皇制と国民主義」の日本国憲法に基づいて民族差別を繰り返してきた。その反省がまったくないので、いまになってさらに「日本人ファースト」などと叫ぶ。異様に根強い差別と排外主義だ。
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『海を抱いて月に眠る』は深沢潮の第8作で、「前期」の代表作だ。深沢文学の最初のピークであり、ここまでが「前期」だろう。この後、深沢文学は多様な翼を広げていく。
あるウエッブ書評欄で次のような記述を見つけた。
KikuchiKohei
「すさまじい小説である。終戦直後から現代までの在日韓国人とその家族の生涯を、大河ドラマのようなスケールで描いている。これほどの技巧と構成力を備えた作品が、何の文学賞も受賞していないのは、日本の表彰システムの欠陥と言ってよい。物語の完成度、登場人物の造形、時代背景の描き込み、そのすべてが優れている。
本作は在日韓国人の物語であると同時に、日本の物語でもある。日本の植民地支配と戦争は、朝鮮半島とそこに生きる人々に不可逆の影響を与えた。その罪深さと、それに翻弄されながらも前向きに生きる人々の力強さが描かれている。」
Satoshi
「在日一世の父親の壮絶な一代記。大日本帝国から解放されたのに、政権が安定せず、偽名を用いて日本に亡命せざる得なかった。在日朝鮮人への差別と闘いながら、分断される祖国の民主化運動を日本から支えつつ、子供を育てる。祖国が分断するということは在日朝鮮人同士も敵対することを意味する。そこにはアイデンティティというありがちな言葉だけでは表現できない人生がある。在日朝鮮人や朝鮮学校にヘイトスピーチを繰り返す人達にぜひ読んで欲しい。本書を読んで考えを変えないなら重症だ。」
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これまで連作短編形式を得意としてきた深沢だが、本書では、亡命して偽名で生きた父親の手記と、父親の死亡後にその手記を読む娘の、それぞれの想いを交錯させながら、植民地支配、戦後の分断(朝鮮、韓国、在日)、その状況を生き抜いた人々の歴史を現在を巧みに描いている。
巻末には参考文献が多数列挙されている。尹建次、池明観、金大中、金時鐘、文京洙といった名前が並ぶ。なるほど、私たちが学んできた現代史と思想である。