Monday, August 19, 2024

ヘイト・クライム研究文献(226)

楠本孝「補遺:『相模原市人権尊重のまちづくり条例』をめぐって」『地研通信』149号(2024年、三重短期大学地域問題研究所)

楠本孝「(仮称)相模原市人権尊重のまちづくり条例答申について」『地研年報』28(2023)の「補遺」である。

https://maeda-akira.blogspot.com/2024/01/blog-post.html

Ⅰ はじめに

Ⅱ 答申と骨子及び条例の主な相違点

Ⅲ 立法事実に関する若干の検討

 1 立法過程における立法事実の意義

 2 規制の及ぶ範囲が十分に限定されていれば、立法事実がなくても許されるのか?

 3 相模原市に立法事実はなくなったのか?

 4 立法事実が薄くても、自治体が掲げる理念に基づいて規制することは許されるか?

 5 小括

Ⅳ おわりに

相模原では、「答申」「骨子」に続いて、243月に条例が制定された。関係者から高い評価を受けた「答申」の重要部分が削除されてしまい、条例制定を求めた市民からは落胆の声が聞かれた。

その原因として、相模原市長の姿勢や、ヘイト集団による攻撃など多様な理由が考えられるが、楠本は、条例制定過程における法理論的検討が不十分であったことを指摘する。

当初は川崎型の条例制定(ヘイト・スピーチに対する罰則)を想定したはずが、罰則抜きの条例にとどまったのは、もともと立法事実に関する法的検討が出来ていなかったためだという。

楠本によれば、川崎と相模原とでは条件・環境が異なるため、川崎と同じ理由付けでの条例制定にはやや難点があり、そのことが露見した時に、相模原の条件に即した立法事実論を展開するべきだったのに、それがなされなかった。むしろ、十分な立法事実がなくても条例制定を、と言う方向に議論が流れてしまった。

「ヘイトスピーチの規制を正当化する根拠を、市民各自の『個人としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る権利』の侵害に求めるとすれば、相模原市内であったヘイトDVDの投函事例や、審議会からの外国籍委員を排除すべきとの街宣が頻発した事実は、十分に立法事実になりえたと思われる。」

「ヘイトスピーチ規制の保護法益は、市民各自の『個人としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る権利』を侵害するヘイトスピーチの態様は地域によって異なり得るし、その各々が立法事実である。この立法事実から法益を保護するために必要な最小限度規制すべき行為を定めたものが構成要件とされるべきである。外国人を地域から排斥する内容のパンフレットやDVDを不特定多数の住宅の郵便受けに投函したり、駅や電車、バスの車内で障害を理由に集団で障害者をからかったりする行為は、標的とされた人々の『個人としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る権利』を侵害する者であると言える。これらの行為をした者に、勧告、命令を発し、それでも繰り返すような場合に、罰則の適用をしたとしても、違憲の謗りを受けることはないと思われる。」

今後の各地における条例制定運動にとって重要な教訓である。