<並木陽介弁護士への書簡
憲法フェスティバル実行委員会への書簡(第3信)
――あなた方はいつまで琉球差別を続けるつもりなのですか>
並木陽介様
8月4日、並木さんからのお手紙(7月31日付)を拝受いたしました。ありがとうございます。
お手紙を拝見して大変残念な思いをしました。私たちが提起した問題については一切言及がありません。書かれていることは、憲法フェスティバル実行委員会の内輪の理屈と奇妙な一般論に終始しています。
並木さん
下記の文章はいったい何を意味しているのでしょうか。
「憲法フェスティバル実行委員会は、様々な立場や思想にこだわることなく、かつ弁護士や法律家だけでなく多くの一般市民の皆さんをメンバーとして構成している実行委員会です。そうした性格から、頂きました個別具体的な問題についての統一した見解をまとめて公表ないし回答するなどといったことは行っておりません。」
第1に、上記の文章は事実に合致しているでしょうか。これまで長年の間、憲法フェスティバル実行委員会は憲法問題、平和問題、憲法改悪問題、安保法制問題をはじめとして多岐にわたる見解を公表してきました。政治問題、外交・軍事問題、人権問題について夥しい見解を公表してきました。憲法フェスティバル実行委員会のウェブサイトを拝見しても、フェスティバルの過去の宣伝チラシを拝見しても、そのことは明らかです。差別問題になったとたんに見解公表を渋るのはなぜでしょうか。
第2に、ここに書かれている「性格」なるものは、憲法フェスティバル実行委員会の内輪の理屈にすぎません。一方で、憲法問題、平和問題、憲法改悪問題、安保法制問題について意欲的かつ積極的に見解を公表しながら、差別問題を指摘されたとたん、「そうした性格から、頂きました個別具体的な問題についての統一した見解をまとめて公表ないし回答するなどといったことは行っておりません」というのは理解しかねます。政治・社会・憲法・外交・軍事に関して社会的発言を繰り返してきたにもかかわらず、言いたいことは言うが、都合が悪くなると口をつぐむのでしょうか。
第3に、ここに書かれている「性格」なるものを理由に応答を拒否することは、逆の意味で、憲法フェスティバル実行委員会の「性格」を体現しているのではないでしょうか。社会的問題について発言するが、責任は負わないと言う一方的な姿勢は、憲法フェスティバル実行委員会が社会的に発言する資格そのものに疑念を抱かせるものです。倫理観の欠如した団体が社会的活動を続けることが許されるでしょうか。
第4に、問題は民族差別問題です。単に過去の京都大学による差別ではありません。現在の京都大学による差別であり、山極壽一氏による現在進行中の差別です。私たちは憲法フェスティバル実行委員会がこの民族差別を許容し、擁護する結果になることに警鐘を鳴らしました。
これに対して並木さんは「性格」を持ち出して回答を拒否しています。「憲法フェスティバル実行委員会は、様々な立場や思想にこだわることなく」とありますが、そこには「差別する立場」や「差別思想」も積極的に含むのでしょうか。一緒に差別すれば怖くないという姿勢に見えます。
下記の文章はいったい何を意味しているのでしょうか。
「一般に、出演を依頼して登壇いただいた方に対して、お願いしたテーマとは別の問題について何らかの働きかけをするようなことはすべきではありませんし、当実行委員会としても致しかねます。」
第5に、このような「一般論」は到底認められません。社会常識に反します。およそ、ありえないことです。
例えば、8月4日、週刊新潮コラム差別事件に抗議する記者会見が行われました。
①週刊新潮コラムに作家の深沢潮さんが抗議 新潮社はHP上に文書掲載
https://www.asahi.com/articles/AST8432ZRT84UCVL01MM.html?msockid=39656b98262d63d91b7179fe27c76213
②週刊新潮コラムに作家の深沢潮さんが抗議…新潮社がおわび「出版社としての力量不足と責任を痛感」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20250804-OYT1T50158/
③週刊誌コラムに作家の深沢潮さん抗議 「出版社として力量不足。責任痛感」と新潮社謝罪
https://www.sankei.com/article/20250804-X4EZJO4QW5N7HAYP5FF4ZKEJEY/
差別コラムを執筆したのは高山某というライターですが、これをチェックすることなく掲載したのは編集長であり、最終的には新潮社の責任が問われます。
TV番組で差別発言がなされれば、司会等がそれを指摘・是正するべきです。是正措置が取られなければディレクターの責任であり、最終的にはTV局の責任が問われます。
公開集会で差別発言がなされれば、主催者の責任で停止、又は事後的に是正するべきです。そもそも民族差別を繰り返してきた人物にわざわざ講演依頼したことが不見識ですが、いったん講演依頼をしたから代えられないと言うのであれば、当日の公開集会で差別的な事象が生じないように配慮するのが主催者の責任ではありませんか。
並木さん
あなたは第三者ではなく、当事者です。
第6に、憲法フェスティバルにおいて現に差別的発言がなされました。浅倉むつ子氏(早稲田大学名誉教授)は、1946年4月の衆議院議員選挙において「女性初の参政権」が認められたと確認し、「『平等』は戦後、日本国憲法で保障された。」と断定しました。
1945年12月の衆議院選挙法改正の際、「沖縄県民」及び「旧植民地出身者」の選挙権が停止(剥奪)されました。1946年の衆議院選挙において、琉球の女性にも男性にも選挙権は与えられませんでした。1946年の日本国憲法は、琉球の女性も男性も排除して、制定されました。「『平等』は戦後、日本国憲法で保障された」と述べることは、琉球民族や朝鮮人を排除して「平等」を語ることです。特定の集団を排除したことを高く評価して正当化することは、差別を擁護することです。
人種差別撤廃条約では、「『人種差別』とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう」(人種差別撤廃条約第1条1項)と定義されています。
差別する意図や目的がなくても、差別を是認し、正当化する発言はやはり差別です。琉球民族を「区別、排除、制限」し、「平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ」ることを正当化するあからさまな差別思想の表明です。
並木さん
あなたは弁護士です。弁護士法第1条には「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と書かれています。差別の恐れを指摘されても何ら対処することなく、公開集会でさらに別の差別事象を招いたことをどうお考えでしょうか。憲法フェスティバル実行委員会の内輪の理屈を繰り返すのは責任倫理に反するのではないでしょうか。
弁護士法第1条2項には「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」とあります。差別の恐れを指摘され、事後に質問がなされたにもかかわらず、どこにも通用しない「一般論」をタテに回答を拒否するのは「誠実」と言えるでしょうか。
私たち(前田)は40年近く反差別の人権論研究に携わってきましたが、その中で心ない発言をしたために「差別的だ」と指摘されたことが何度もあります。その時、採るべき対応は事実を確認し、相手と対話し、謝罪することでした。
アイヌ民族が遺骨返還を要求した時、北海道大学は面会も対話も拒否しました。琉球民族が遺骨返還を要求した時、京都大学は面会も対話も拒否しました。民族差別の被害者を無視し、排除することは民族差別の上塗りではないでしょうか。
並木さん
なぜ、あなたは「回答するなどといったことは行っておりません」と撥ねつけるのでしょうか。なぜ、対話を拒否するのでしょうか。
琉球民族遺骨返還問題は、京都大学に留まる訳ではありません。東京大学も琉球民族遺骨を保管しているため、その返還運動が始まりました。
「松島氏ら、東大に情報開示請求 琉球人遺骨を保管か 支援者と連携、訴訟も視野に」
.https://ryukyushimpo.jp/news/national/entry-4484277.html
東京大学は本年7月、アイヌ民族の遺骨19体を小樽のアイヌ民族」などの団体「インカルシべの会」に返還しました。その際、東京大学総務部長が「アイヌ民族の方々の尊厳を深く傷つけたことは誠に申し訳なく、深くお詫び申し上げる」と、初めて謝罪しました(松島泰勝「差別の清算を求めて――琉球人遺骨と東京大学・上(学者の人骨研究特権化、遺族への配慮感じられず)」(『沖縄タイムス』2025年8月5日)。
私たちは今後も、盗まれた先住民族遺骨返還運動を通じて、琉球沖縄に対する差別と偏見の是正・解消を求めていきます。
並木さん
せめて、あなたが差し出している、その差別の手を引っ込めていただくことはできないでしょうか。
以上
2025年8月7日
前田朗(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)共同代表、青年法律家協会弁護士学者合同部会・元東京支部長、朝鮮大学校講師、東京造形大学名誉教授)
松島泰勝(琉球民族遺骨返還請求訴訟元原告団長、琉球民族遺骨情報公開請求訴訟元原告、ニライ・カナイぬ会共同代表、龍谷大学教授)
*本書簡へのご意見やお問い合わせは下記へお願いします。
⇨前田 E-mail: akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp
⇨松島 E-mail: matusima345@yahoo.co.jp