京都地裁判決
東日本大震災と福島原発事故のため首都圏ではほとんどまったく報道されなかったが、四月二一日、京都地裁は、二〇〇九年一二月四日に京都朝鮮第一初級学校に押しかけて差別暴言を撒き散らした「在日特権を許さない市民の会(在特会)」メンバー四人に懲役一~二年(執行猶予四年)の判決を言い渡した。この数年間、各地で差別と暴力をほしいままにしてきた愚劣な犯罪集団に初めて司法による裁きが実現した。
起訴の対象となったのは京都事件と、二〇一〇年四月一四日に徳島県教組事務所に乱入して暴れた徳島事件の二つであるが、京都事件について判決は大要次のように述べた。
「被告人四名は、京都朝鮮第一初級学校南側路上及び勧進橋公園において、被告人ら一一名が集合し、日本国旗や『在特会』及び『主権回復を目指す会』などと書かれた各のぼり旗を掲げ、同校校長Kらに向かってこもごも怒声を張り上げ、拡声器を用いるなどして、『日本人を拉致した朝鮮総連傘下、朝鮮学校、こんなもんは学校でない』『都市公園法、京都市公園条例に違反して五〇年あまり、朝鮮学校はサッカーゴール、朝礼台、スピーカーなどなどのものを不法に設置している。こんなことは許すことできない』『北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ』『門を開けてくれ、設置したもんを運び届けたら我々は帰るんだよ。そもそもこの学校の土地も不法占拠なんですよ』『ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ。なめとったらあかんぞ。叩き出せ』『わしらはね、今までの団体のように甘くないぞ』『早く門を開けろ』『日本から出て行け。何が子供じゃ、こんなもん、お前、スパイの子供やないか』『お前らがな、日本人ぶち殺してここの土地奪ったんやないか』『約束というものは人間同士がするものなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません』などと怒号し、同公園内に置かれていた朝礼台を校門前に移動させて門扉に打ち当て、同公園内に置かれていたサッカーゴールを倒すなどして、これらの引き取りを執拗に要求して喧騒を生じさせ、もって威力を用いて同校の業務を妨害するとともに、公然と同校及び前記学校法人京都朝鮮学園を侮辱し、被告人Cは、勧進橋公園内において、京都朝鮮学園が所有管理するスピーカー及びコントロールパネルをつなぐ配線コードをニッパーで切断して損壊し」た。
これらが、学校の授業運営などを妨害した威力業務妨害罪、朝鮮学校に対する侮辱として侮辱罪、および器物損壊罪と判断された。検察官は名誉毀損罪や脅迫罪を訴因としなかった。また、日本にはヘイト・クライム法がないため、威力業務妨害罪や侮辱罪を適用するしか方法がなかった。差別や虚言がそれ自体として裁かれたわけではない。
法令の不備、訴因構成のあり方のいずれも限界があり、事案の本質を把握しえていないが、在特会の蛮行に有罪判決が出たことは大きい。
ヘイト・クライム研究会
京都地裁判決の意義はさまざまな観点で語ることができる。
第一に、初の司法判断である。在特会による嫌がらせ行為について、朝鮮学校への接近禁止仮処分決定という例はあるが、彼らの責任を問う初の判断である。それゆえ第二に、これまで在特会の犯罪を黙認してきた警察にとっても判決が与える影響は少なくないだろう。第三に、インターネットで在特会を知り、「本音を言っている」とか「新しい動きだ」などと勘違いして安易に同調する付和雷同組が減少することが期待できる。風向きが少しは変わるだろう。第四に、執行猶予四年の間は主犯格による朝鮮学校襲撃は大幅に減るだろう。もっとも、在特会は五月二八日に大阪・鶴橋駅前で街宣を行うなど、他の各地での動きを強めようとしている。違法行為を厳しく監視していく必要がある。
五月二一日、龍谷大学において第一回ヘイト・クライム研究会が開催され、関心を有する刑事法研究者、平和学研究者、弁護士、市民が参加した。呼びかけは次の通りである。
「近年、日本における人種差別、民族差別などの差別現象に、ひじょうに過激で卑劣な侮蔑や、暴力を伴う事例が顕著になってきたように思われます。日本国憲法体制の下でも連綿と続いてきた差別が、いわばヘイト・クライム的なものへと変質し始めたようにも見えます。日本社会の現実は、人種差別禁止法の制定に加えて、いまやヘイト・クライム法の検討も必要となっているように思われます。しかし、日本政府は、ヘイト・クライム法を制定するどころか、人種差別禁止法の制定さえ否定しています。法律学にもヘイト・クライム法の制定に否定的な傾向が見られます。それ以前に、日本においてはヘイト・クライムに関する基礎研究が不十分です。そこで、ヘイト・クライムとは何か、なぜヘイト・クライム法が必要なのかについて議論するために、本研究会では、ヘイト・クライム、およびその法的規制に関する基礎研究を行います。」
二つの報告がなされた。
金尚均(龍谷大学教授)「ドイツにおける民衆扇動罪の動向――『アウシュヴィッツの嘘』処罰の基本問題」。
前田朗(東京造形大学教授)「『人種差別表現の自由』とは何か――ヘイト・クライム処罰と『表現の自由』について」。
日本ではヘイト・クライム研究が遅れている。英米では一九九〇年頃からヘイト・クライム法制定の動きが始まり、二〇〇九年のアメリカ合州国のマシュー・シェパード法で、ほぼ出揃った。大陸法では、ドイツの民衆扇動罪や集団侮辱罪があり、形式は異なるものの北欧諸国、西欧諸国には該当法令があり、適用事例も多い。東欧諸国にも同種立法が広がっている。アジアやラテン・アメリカの立法は遅れているが、日本のようにまったく法的に対処しない国は珍しい。人種差別撤廃条約第四条が人種差別思想の煽動や人種差別団体の法規制を掲げているので当然である。
金報告では「アウシュヴィッツのユダヤ人虐殺はなかった」といった類の発言を処罰するドイツの民衆扇動罪の歴史と現状が明らかにされた。法規定に変遷があり、批判的な見解もあるが、異様な歴史修正主義を許さない姿勢は確立しているといえよう。オーストリア、フランスをはじめ欧州にはいくつも同種の法律がある。
前田報告では「表現の自由があるので人種差別思想の煽動を処罰できない」という日本政府、および同様の主張をしている憲法学説を検討した。人種差別撤廃委員会が指摘するように、表現の自由を保障するためにこそ人種差別思想の煽動を処罰するべきである。
京都地裁では被害者が在特会を相手取って提訴した民事損害賠償請求訴訟が続いている。日本政府による朝鮮学校の高校無償化からの除外問題もある。人種差別を規制するための人種差別禁止法が必要だが、加えて、特に悪質な差別行為を犯罪とするヘイト・クライム法も検討する必要がある。ヘイト・クライム研究会では継続して、ヘイト・クライムの本質、定義、規制法の可能性、比較法の研究を続けていく。