Friday, July 12, 2019

大崎事件第三次再審請求審最高裁決定に抗議し、再審制度の抜本的改革を求める刑事法学者の声明


大崎事件第三次再審請求審最高裁決定に抗議し、再審制度の抜本的改革を求める刑事法学者の声明





2019年7月12日        刑事法学者有志声明            

                

大崎事件第三次再審請求にかかる検察官からの特別抗告に対して、最高裁判 所第1小法廷は再審開始を認めた福岡高裁宮崎支部による原決定及び鹿児島地 裁による原々決定を2019年6月25日付で取り消し、本件の再審請求を棄 却する決定を言い渡した。  

本決定の判断とその手続きには、刑事司法制度の基本理念を揺るがしかねない重大な瑕疵が存在する。私たち刑事法学者有志は、本決定を強く批判し、再 審にかかる運用を改め、ひいては再審制度を抜本的に改革する必要があることを訴える。                        

本決定は、新たな法医学鑑定について「一つの仮説的見解を示すものとして尊重すべきである」としつつも、その手法の限界を指摘して、「死因又は死亡 時期に関する認定に決定的な証明力を有するとまではいえない」とした。もと より証拠の明白性判断においては、新証拠に「決定的な証明力」が必要とされるわけではない。だが、本決定は、これに続いて他の証拠を含めた総合評価を行うとしながら、被害者の死体の発見状況から請求人を含む親族の者以外の犯 行は想定し難いとの前提に立った上で、共犯とされた人々の各自白や親族の目 撃供述は、相互に支え合っているだけでなく、このような「客観的状況等からの推認」によっても支えられていることを理由として、新たな法医学鑑定によって「合理的な疑い」は生じないと結論づけたのである。               

しかし、密室的状況もないのに、被害者の死体の発見状況から犯人を絞り込む(「客観的状況等からの推認」)のは、その論理に飛躍がある。これは、請求人にアナザー・ストーリーの証明を課すに等しいという意味で、「疑わしいと きは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反する。                                 

また、共犯者とされた人々の自白や親族の目撃供述については、これまで各次の再審請求審において、その信用性に問題があることが指摘されてきた。各裁判所が主導した証拠開示の成果によって、共犯とされた人々の知的能力の乏しさも明らかになった。知的障がい者の供述が誘導されやすくその信用性に類 型的な弱点があることは、近年ではもはや司法はもとより捜査実務の現場にでさえ共有されつつある科学的知見である。それにもかかわらず、本決定は、原々決定や原決定が正面から向き合ったこれらの事情を省ることなく、新たな法 医学鑑定の明白性を否定したのである。つまり、これら自白や目撃供述について全面的再評価・総合評価が実質的になされていない点で、再審請求審においても「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとした白鳥決定(最決昭和50年5月20刑集29巻5号177頁)・財田川決定(最決昭和51年10月12日刑集30巻9号1673頁)を無視するものであり、刑事訴訟の基本原則を没却するものと言わざるを得ない。   

さらに、本決定は、原々決定が明白性を認めた心理学鑑定についても、その手法に一定の限界があることを理由に「直ちに(供述の)信用性を減殺する証 拠ではない」としている。しかし、手法の限界に関する指摘は抽象的なものにとどまっており、素朴な経験則を用いたほうが供述の変遷等の意味に関する評 価が正しく行える旨の論証はなく、実際、共犯者らの供述の変遷等の意味に関する最高裁の評価を具体的に示した箇所は一か所もない。これでは心理学鑑定の証拠価値を限定的なものにとどめ、素朴な経験則によったほうが正しい評価 ができることを論証していないに等しく、原決定(本件の場合には原々決定)を 破棄したり取り消したりする際には当該判断が不合理であることを示さなければならないとしてきたこれまでの最高裁のアプローチにも反する。                    

本決定はその手続きにも大きな問題がある。特別抗告の理由は、憲法違反または判例違反がある場合に限られているが(刑訴法433条1項・405条)、 本件の原決定ならびに原々決定がこれに当たらないことは明白であった。本決定は、特別抗告について刑訴法411条1号を準用し、原決定ならびに原々決定の判断には刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり、これを取り消さなければ「著しく正義に反する」として、職権により原決定ならびに原々決定を取り消した。 しかし、不利益再審を禁止する現行法において、再審制度は誤判と人権侵害を救済するための制度である。このことからすれば、再審開始決定を覆すための職権発動は行うべきでない。 ましてや、1年以上にわたって事件を係属させておきながら何ら事実の取調べを行うことなく、そして、原審に差し戻すことすらなく、自判して再審請求 を棄却したことは、再審制度の存在意義を根本から歪めるものであり、到底許容されない。「著しく正義に反している」のはどちらであろうか。                        

日本の再審のハードルはその運用において極めて高く設定されてきた歴史があり、「開かずの扉」とさえ呼ばれてきた。その中にあって大崎事件は、3度の再審請求を通じ、異なる3つの裁判体が再審の開始を認めた希有な事案である。それにもかかわらず、再審が開始されず、高齢の請求人が残された時間と闘っているという現状は、異常な事態と言わざるをえない。 再審を誤判と人権侵害を救済するための制度として正しく機能させるために、ドイツなど諸外国を参考にして、再審開始決定に対する検察官の抗告を禁 じることを含む抜本的な制度改革を早急に検討すべきである。本決定は、再審制度の改革が日本の刑事司法制度における緊急の課題であることを白日の下に 晒している。     

以上       

            

刑事法学者有志    92名



呼びかけ人(五十音順) 指宿信(成城大学教授) 笹倉香奈(甲南大学教授) 豊崎七絵(九州大学教授) 中川孝博(國學院大学教授) 中島宏(鹿児島大学教授) 水谷規男(大阪大学教授)