Saturday, December 28, 2019

フクシマ事故と東京オリンピック


小出裕章『フクシマ事故と東京オリンピック』(径書房)

http://site.komichi.co.jp/books/2019/11/14/763/

The disaster in Fukushima and the 2020 Tokyo Olympics

真実から目を逸らすことは犯罪である。



著者が書いた「フクシマ事故と東京オリンピック」という短い文章が英訳され、世界各国に配布された。その文章をドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語に翻訳し収録している。中筋純撮影の写真とともに大胆な構成のもと編集された本だ。

フクシマ事故にも拘わらず、誰も責任をとらず、反省もなく、その後も原発再稼働や原発輸出に猛進し、放射能汚染を隠蔽し、避難者を切り捨て、世界をだまして東京オリンピック「復興」へとすべてを押し流し、反対する者を「非国民」として排除していく原発国家の異様なシステム。原発問題の基本が1冊でよくわかる。

ヘイト・スピーチ研究文献(142)ヘイトスピーチの根絶を求めて


崔江以子「ヘイトスピーチの根絶を求めて――市民・行政・議会がともに」『アリラン通信』63号(2019年)

12月12日、川崎市議会が人権擁護・反ヘイト条例を制定した。この条例づくりのために取り組んできた<「ヘイトスピーチを許さない」かわさき市民ネットワーク>の活動をもとにした、現地からの報告である。朝鮮人集住地域として知られる桜本に押し寄せてきたヘイト団体、これに対するカウンター市民の闘い、川崎市への要請行動、ヘイト・スピーチ解消法の制定とその限界、そして「オール川崎」の取り組みとしての人権条例の制定。

「私たちのオール川崎の目指すゴールは差別のない社会の実現です。その道のりは希望に輝いています。川崎市の差別を禁止し終了させる具体的に実効性のある条例の制定を応援し、ここ川崎から共生の希望を全国に発信します。ともに。」

著者はネット上で悪質な誹謗中傷に悩まされてきたが、ヘイト・スピーチ解消法の制定にも川崎市条例の制定にも大きな役割を果たした。そして12月28日、川崎簡裁は、ツイッターで著者の名誉を毀損した人物に対して、迷惑行為防止条例違反で30万円の罰金を命じた。ヘイトのない共生社会をつくる実践が続く。

Sunday, December 22, 2019

ちょっと残念な本


見田宗介『超高層のバベル』(講談社選書メチエ、2019年)

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000317960

宣伝文句は次の通り。

<『現代日本の精神構造』(1965年)や『近代日本の心情の歴史』(1967年)で日本と日本人がたどってきた道行きを具体的な事象を使って鮮やかに分析した社会学者は、人々を震撼させた連続射殺事件の犯人を扱う「まなざしの地獄」(1973年)でさらなる衝撃を与えた。その名を、見田宗介(1937年生)という。

続くメキシコ滞在を機に、さらなる飛躍を遂げた社会学者は、「真木悠介」の名を使ってエポックメイキングな著作『気流の鳴る音』(1977年)を完成させる。

ここで形を得た人間観と、そこから導かれるコミューンへの憧憬は、独自の理論に結晶していき、数多くの信奉者と、数多くの優れた弟子を生み出した。その成果は、『時間の比較社会学』(1981年)や『自我の起原』(1993年)といった真木悠介名義による労作を経て、ついに『現代社会の理論』(1996年)に到達する。

現代の世界に向けられた冷徹と愛情の共存するまなざしは、最新の社会現象についても常に鋭利な分析をもたらし、今なお他の追随を許すことがない。

その思想が、かけがえのない「他者」たちとの対話を源泉にして生まれてきたこともまた間違いのない事実である。対談や座談会は収録の対象としなかった『定本 見田宗介著作集』(全10巻、2011-12年)と『定本 真木悠介著作集』(全4巻、2012-13年)を補完するべく精選された、珠玉の11篇。現代日本社会学の頂点に君臨する著者が望んだ初の対話集がついに完成した。>

[本書収録の対話]

河合隼雄  超高層のバベル

大岡昇平  戦後日本を振り返る

吉本隆明  根柢を問い続ける存在

石牟礼道子  前の世の眼。この生の海。

廣松 渉  現代社会の存立構造

黒井千次  日常の中の熱狂とニヒル

山田太一  母子関係と日本社会

三浦 展  若い世代の精神変容

藤原帰一  二一世紀世界の構図

津島佑子  人間はどこへゆくのか

加藤典洋  現代社会論/比較社会学を再照射する



交響空間――あとがきに(見田宗介)



『現代日本の精神構造』『気流の鳴る音』『時間の比較社会学』など、かつて読んでおおいに勉強になった。その著者の「対話集」である。古いものは黒井千次との対話が1971年、廣松渉との対話が1973年、新しいものは藤原帰一との対話が2010年、加藤典洋との対話が2016年だ。つまり半世紀に及ぶ期間に行われた11本の対話・往復書簡を収録している。

それなりに期待して読み始めたが、冒頭の河合隼雄との対話「超高層のバベル」--本書のタイトルでもあるの次の言葉を見て、少々驚いた。

<「バベルの塔」神話がありますね。人間が神に近づこうと思って無限に高い塔を築いていったのだけれども、あまりに高く築きすぎるから神様がその高慢を怒って壊してしまった。あの神話を脱神話化して考えると非常に示唆的だと思うのです。>

旧約聖書におけるバベルの塔の神話の最大のポイントは、神が人々の言葉を乱したために、人々が意思疎通できなくなり、塔建設を放棄して、各地に散っていたことにある。こうして各地に異なる言語、多彩な文化、多様な民族が形成された。言葉、コミュニケーション、共同体――このことを「脱神話化して考える」ことこそ重要なのに、見田は「神様が壊してしまった」と言って話をおしまいにしてしまう。言語の多様性、コミュニケーションとディスコミュニケーション、文化の多様性、共同体間の交流、文化間対話の可能性など多くの可能性を塞いでしまう。

比喩としては「壊してしまった」と言えるし、神が壊したとする異伝もあるので、見田の発言を誤りと断定はできないにしても、あまりに皮相だ。何の分析もない。この見田・河合対話は2001年に岩波書店から出版され、2019年に講談社の本書に収録された。

「現代社会学の頂点に立つ」と自称する見田と、元文化庁長官の心理学者・河合の対話が、20年の長きにわたって公表され、そのレベルがこの程度である。うかつな対話者とそこつな編集者が揃うとお粗末な喜劇が生まれる。お口直しにもう少しましな本を読みたいものだ。

ヘイト・スピーチ研究文献(141)反ヘイトの闘いの現場から


「【特集】拡がる反ヘイトの取り組み」『人権と生活』49号(在日本朝鮮人人権協会)

http://k-jinken.net/?p=1147



各地域における人種差別禁止条例制定の必要性と課題――東京弁護士会「人種差別撤廃モデル条例案」の活用……金哲敏

十条駅前のヘイトデモ禁止の仮処分について……李世燦

折尾駅前民族差別演説事件に関する取り組み……朴憲浩

京都における反ヘイトの取り組み……玄政和

川崎の差別禁止条例の意義と制定までの過程……宋惠燕



2016年のヘイト・スピーチ解消法、2019年の川崎市条例と、反ヘイトの取り組みは遅ればせながら、徐々に進んできた。京都朝鮮学校襲撃事件から数えて10年の歳月が流れたし、もともと日本社会における朝鮮人に対する差別とヘイトの歴史は100年を超える歴史がある。アイヌ民族、琉球民族や、LGBT等のマイノリティも多様な差別被害を受け続けている。反差別・反ヘイトの理論と実践は、歴史と現在を往還しながら、現場で闘われる必要がある。

本特集は、差別とヘイトの被害を受けてきた在日朝鮮人弁護士による現場からのレポートであり、反差別の運動実践である。

東京弁護士会のモデル条例案の解説、十条駅前や折尾駅前のヘイト街宣への対処、京都における反差別・反ヘイトの取り組み、川崎市条例の制定過程と、それぞれに重要な取り組みを概観できて、有益な特集である。



今後の課題に関連して2点だけコメント。

1に、国際人権法の要請でも、圧倒的多数の欧州諸国の実行例においても、ヘイトは1回目から犯罪である。3回目に犯罪となるという立法例は世界広しといえども一つもないはずだ。6カ月たてば再び許されるというのも奇妙奇天烈である。レイシストが権力を握っている日本の議論状況ではこのレベルから動くしかなかったのでやむを得ないが、今後に向けてヘイト・スピーチの本質に即して、被害論、保護法益論をさらにしっかり議論したい。

2に、どの条例でもヘイト対策としての教育や啓発に言及しているが、中身がない。自治体当局に尋ねても、およそ知識を持っていない。反差別の教育をいかにして実現するのか。教育課程はどのようなものか。教員の研修は必要ないのか。教材をどうするのか。中央政府が何もしないのに、地方自治体で何ができるのか。反差別・反ヘイトの教育についてもっと研究が必要である。被害者救済についても本格的な研究が望まれる。

Friday, December 20, 2019

『今、在日朝鮮人の人権は – 若手法律家による現場からの実践レポート』


朝鮮大学校政治経済学部法律学科創設20周年記念誌刊行委員会編著

『今、在日朝鮮人の人権は若手法律家による現場からの実践レポート』

(三一書房、2019年)

https://31shobo.com/2019/10/19009/



1999年4月、朝鮮大学校政治経済学部に法律学科が新設された。日本の法律を学び、在日朝鮮人の人権を獲得するために法的素養を身に着けるための学科である。それから20年、今年11月には20周年記念式典が催され、今月、本書ができあがった。執筆者は9人だが、うち8人が法律学科卒業生の弁護士、1人は法律学科設置前に朝鮮大学校を卒業して教員となった憲法学・朝鮮法学研究者である。

<執筆者>順不同

金敏寛、裵明玉、康仙華、金星姫、金銘愛、金英功、任真赫、玄政和、李泰一



目次は次の通り。

第1章 今、在日朝鮮人の人権は――問題の本質と状況

第2章 無年金問題――在日コリアン高齢者無年金国家賠償請求訴訟

第3章 民族教育を守る闘い――高校「無償化」からの排除と補助金打ち切り

第4章 ヘイトスピーチによる人権侵害――京都における被害の状況と対抗運動

第5章 経済制裁と在日朝鮮人に対する圧力



1章では日本国家による朝鮮人差別政策を歴史的に検証し、基本的人権を剥奪されてきた実態を再確認するとともに、人権擁護のための闘争の必然性を説く。

2章以下では、それぞれのテーマに即して、現在も続く朝鮮敵視政策と朝鮮人差別政策の本質を抉りだし、民族のアイデンティティを守り、民族教育権を擁護・獲得・実践する各地の朝鮮人の闘いを憲法や国際人権法を基礎に再構築しようとする。

本書は在日朝鮮人法律家による在日朝鮮人のための在日朝鮮人の人権擁護闘争の書である。

マイノリティの生きざまを無視し、自由と人権を軽視し、マジョリティの「特権」に胡坐をかいたままの日本憲法学に対する痛烈な批判の書でもある。

Wednesday, December 11, 2019

遺志を継ぐ? 何を言ってるのか


尊敬する中村哲さんが亡くなった。無念の事件だが、生涯をかけた地での覚悟の事件だったかもしれない。



遠くで、一方的に尊敬しているだけの私は黙っていようと思ったが、マスコミの論調に違和感があるので、一言だけ表明しておく。



「中村哲さんの遺志を継ぐ」などと、スタジオで脳天気にコメントしているアナウンサーや評論家がいるが、冗談じゃない。



それがどんなに大変なことか、本当にわかっているのか? まじめにコメントしているのか?



私は10数年、アフガニスタンにかかわって平和運動に加わってきた。RAWA(アフガニスタン女性革命協会)との連帯活動にも及ばずながら加わってきた。カブールにもジャララバードにもクンドズにもマザリシャリフにも行った。



だから、明言できる。中村さんの真似なんてとてもできないし、遺志を継いで頑張るなんて、とても言えない。



何も出来ない己を恥じながら、せめて、できることはないか、探していきたい。