Friday, January 28, 2022

ステレオタイプの原因と対策

クロード・スティール『ステレオタイプの科学』(英治出版、2020年)

http://www.eijipress.co.jp/book/book.php?epcode=2287

原題は「ヴィヴァルディを口笛でWhistling Vivaldi」だ。なぜヴィヴァルディを口笛でなのか、それが何を意味するのか。

アフリカ系アメリカ人男性がシカゴのハイドパーク地区を散歩していると、地域住民が彼を避けたり、身構えたりする。彼らに微笑みかけても逆効果である。彼らは外見で判断して、危険人物ではないかと不安に思って、避けるからだ。

この状況を打開したのは、男性が、緊張を解くために口笛を吹きながら歩くようになったことによる。ビートルズや、ヴィヴァルディの「四季」を吹きながら歩くと、住民は緊張を解いて、向こうから微笑みかけてきた。

このエピソードが表題となっている。ステレオタイプの「自然さ」と「怖さ」。ステレオタイプを打開するには状況を変えること。その一つの手段が口笛で吹きならした音楽が、双方に共通の文化に属していることだった。

かくして本書はステレオタイプとは何か、なぜこの現象が生じるのか。誰がステレオタイプにとらわれているのか。そのメカニズムはどのようになっているのか。こうした問いに答えるために、数々の実験を行い、その成果として得られた理論を解説している。

ステレオタイプは単に視線の問題ではなく、視線を差し向けられる側にも多大の影響を与える。それはアイデンティティの問題だからだ。「男だから***だ」「女だから***だ」「黒人だから***だ」とずっと言い続けられれば、成長過程において、その影響を被らないことは考えられない。誰もがステレオタイプの影響を受けるが、肯定的なステレオタイプであればともかく、否定的なステレオタイプの影響を受け続ければその人格に刻み込まれることになる。

「スティグマによるプレッシャーが原因で知的能力をフルに発揮できなくなるのは一般的な現象であること。」

「ステレオタイプ脅威を感じた人は、言い訳を探そうとする(つまり成績不振の原因を自分以外の何かに転嫁する)ことだ。」

「ステレオタイプ脅威にさらされると、ステレオタイプを追認すること(「やっぱりダメだなと思われるだろうか」)、追認が引き起こす結果(「やっぱり人種差別主義者なんだと思われたら、どんな反応を示されるのだろう」)、ステレオタイプを覆すためにすべきこと(「わたしは善良な人間であることを示すチャンスはあるだろうか」)などについて、気をもむことになる。そうした思考の反すうが脳からゆとりを奪い、目の前のタスクに集中できなくなる。ステレオタイプ脅威は、生理的反応を引き起こすだけでなく、思考を邪魔して、パフォーマンスにダメージを与えるのだ。」

著者は社会心理学者で、「ステレオタイプ脅威」と「自己肯定化理論」の研究をしているスタンフォード大学教授。この分野では大家のようだ。

著者の関心は、社会的にステレオタイプがあることによって影響を受けた人が、その影響を極小化するためにいかに自己肯定をはかることができるか、にある。とても参考になる本だ。

私の関心から言うと、社会的に存在するステレオタイプが、差別者にも被差別者にも影響を与える。それゆえ構造的差別を強化する。

また、最近は「小さな差別」「マイクロアグレッション」「無意識の差別」が議論されている。ちょっとした言葉の端々にステレオタイプが影響し、それが人間関係の中では「小さな差別」となる。差別する側にとっては「小さな差別」、あるいは「差別とは思っていなかった」ことが、被差別者にとっては深刻な差別になる。なぜなら、いつもいつも同じ差別にさらされるからだ。「小さな差別」は決して小さくない。むしろ被害結果は大きいこともある。

金友子「マイクロアグレッションと複合差別」

https://imadr.net/books/206_8/

本格的な研究は、

デラルド・ウィン・スー『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(明石書店)

私もこれらを参考に、次の文章を書いた。

前田朗「チクチク攻撃とじわじわ差別――マイクロアグレッションを理解する」『部落解放』817(2022)

ほぼ40年前、大学院生時代にヘルメノイティーク(解釈学)の法理論への影響を勉強した。指導教授から「君たちの法理論の方法論的見直しが必要だから、ヘルメノイティークに学んでやり直せ」と言われたためだ。197080年代、西欧ではヘルメノイティークが流行していた。その主要命題の一つが、事実認定や法解釈における偏見・先入観をいかに理解し、反省するかであった。

それ以来、偏見・先入観、ステレオタイプの弊害は法解釈学にとっても重要テーマであった。その後の私の差別論にとても大きな影響を与えた。その意味ではステレオタイプやマイクロアグレッションの問題はずっと念頭にあった。とはいえ、私自身がステレオタイプを逃れていたわけではない。ただ、常に自分の偏見を問い直す必要性は理解していた。

スティール『ステレオタイプの科学』は、スー『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』と対応する。ステレオタイプを理解することで、マイクロアグレッションの理解が深まる。