Tuesday, September 06, 2022

ヘイト・スピーチ研究文献(205)ヘイト・クライム規制法

新恵理「アメリカ合衆国におけるヘイトクライム規制法の動向と、日本の課題」『産大法学』48巻1・2号(2015年)

20151月に京都産業大学の紀要に公表された論文だが、見落としていた。

新は被害者学の専門家で、1998年にヘイト・クライムについて修士論文を書いていた。かなり早い時期だ。前島和弘(上智大学教授)とともに、日本におけるヘイト・クライム研究の草分けと言ってよいだろう。

目次

1.        はじめに――問題の所在

2.        アメリカ合衆国におけるヘイトクライムの様相

(1)  ヘイトクライムの類型

(2)  政治、経済、国際状況により勃発するヘイトクライム

3.        アメリカ合衆国における、主なヘイトクライム事件

4.        日本におけるヘイトクライム

5.        アメリカ合衆国におけるヘイトクライム法の内容

6.        ヘイトクライム法をめぐる、合憲・違憲判断

(1)  表現活動への違憲判決「R.A.V.v. city of St. Paul

(2)  厳罰法の合憲判決「Wisconsin v. Mitchell

7.        アメリカ合衆国同時多発テロ以降のヘイトクライム

(1) 同時多発テロ事件以降のヘイトクライム

(2) 「マシュー・シェパード、ジェームズ・バード・ジュニアヘイトクライム防止法」の成立

8.        ヘイトクライム規制法の是非

おわりに

本文11頁、文献列挙が3頁の短い論文だが、アメリカにおけるヘイト・クライムの実態、類型、具体的事件、規制法をめぐる議論を紹介している。20151月公表の論文だが、当時すでに紹介済みの内容である。

2009年に連邦レベルでヘイト・クライム法が成立したことは書かれているが、それ以前の州法にどのようなパターンがあったのか、2009年法成立に至る過程(ブッシュ大統領の反対によりいったん挫折したが、オバマになって成立した過程)に言及がなく、2009年法の具体的な適用事例にも言及がない。

新は、規制の是非についていまなお議論があるとして次の4点を指摘する。

(1)  ヘイトクライムと認定するための捜査上の問題

(2)  「法の下の平等」に抵触するのではないかとして指摘

(3)  ヘイトクライムで保護されるカテゴリーをどこまで増やすかという問題

(4)  マイノリティ同士の対立を深めているという問題

 以上のうち(4)については、黒人とユダヤ人の対立について論じているが、(1)~(3)についても論究があると、なおよかったと思う。

新は、ヘイト・クライムとヘイト・スピーチを概念的に区別していない。日本的議論では、①暴力によるヘイト・クライムと②表現によるヘイト・スピーチを明確に区別して、後者は表現の自由の問題とする理解が一般的である。その立場から見ると、新の用語法はやや異なる。

ただ、アメリカの議論では、①と②を区別する例が多いとはいえ、両者をともにヘイト・クライムと呼ぶ例も少なくない。憲法学では両者を区別するが、社会学の論考では必ずしも区別していない。新は、①をヘイト・クライムとし、②をヘイト・スピーチとし、両者を全体としてヘイト・クライムと呼んでいるようだ。

その点では、実は私と似ている。私は②のヘイト・スピーチの刑事規制を主張しており、それゆえ「ヘイト・クライムとしてのヘイト・スピーチ」とみている。①のヘイト・クライム、②のヘイト・スピーチを前提に、両者を含めて全体を③「ヘイト・クライム/スピーチ」と呼んでいる。新の用語法もこれに近いのだろう。