エストニアがCERDに提出した報告書(CERD/C/EST/12-13. 15 October 2019)
司法長官は憲法が保障する権利の侵害を監視するが、私法における人々の間の差別事案の手続きも担当し、平等原則の促進を図る。2015~2018年、司法長官が受理した差別事件は、国籍・民族が6件、人種が2件、言語が7件、宗教が8件、性的指向が8件、年齢が11件、ジェンダーが7件、障害が3件である。
2015年、7件のヘイト動機による身体傷害が記録され、1件は性的指向によるもので、それ以外は人種・民族であった。
2015年の被害者調査によると、近親者による被害者の3%がヘイト・クライムであった。「過去12カ月に近親者から民族的出身、人種、皮膚の色、宗教、障害又は性的指向による犯罪を受けたか」と言う質問に「はい」が2%、「はい、繰り返し」が1%であった。これには短期滞在者は含まれない。
2016年、15件のヘイト・クライムが記録され、3件が身体傷害、10件が公共秩序の重大侵害であった。ヘイト・クライムの63%は人種、宗教、出身を動機とする。25%が性的指向である。1件は傷害であった。2016年、刑法151条のヘイトの煽動は記録されなかった。刑法151条の軽犯罪は2件記録された。ヘイト・クライム被害者にはネパール人、ナイジェリア人、ウクライナ人、ブラジル人、ドイツ人、パキスタン人がいた。エストニア語やロシア語を話せないドイツ人やオランダ人も攻撃を受けた。
2016年の調査によると、回答者の2%が近親者によるヘイト・クライム被害を受けた。1%が1回の被害であり、1%は繰り返しの被害であった。ヘイト動機は障害が24%、人種や皮膚の色が18%、国籍が11%、宗教が6%、性的指向が6%であった。ただ、新規移住者は調査対象に含まれない。
2017年、4件のヘイト・クライムが記録され、3件は公共秩序の重大侵害、1件は脅迫であった。動機は人種や宗教である。
2017年、刑法151条の軽犯罪としての憎悪の煽動は13件であり、5件は刑事手続きが取られなかった。1人が120ユーロの罰金を言い渡された。フェイスブック上の事案が2件あった。
2017年の被害者調査(1011人)によると、1%が国籍、人種、皮膚の色、宗教等による犯罪被害を受けた。
CERDは前回、差別煽動団体を禁止する刑法改正を勧告した。刑法の規定が声明、健康、財産に対する直接の脅威を必要とするので、限定的すぎることについて、エストニア政府は市民社会と開かれた討論を続けている。司法省が検討を続けているが、刑法改正への市民社会からの支持は多くない。
CERDは前回、サイバー犯罪条約追加議定書の批准を勧告した。追加議定書は、憎悪煽動の犯罪化を求めている。エストニア刑法は、公然たる憎悪の煽動が、人の生命、健康、財産に危険をもたらした場合に処罰することとしている。憎悪を煽動するヘイト・スピーチや団体を禁止し制限することは重要であるが、エストニアは表現の自由や結社の自由に高い価値を置いている。民主社会において表現の自由の制約は、他人の法的権利を保護するためにだけ許される。自由な言論の制約については開かれた討論を必要とする。エストニアは民事訴訟を通じた解決を選択している。
法人格を有する団体の解散は裁判を通じてのみ可能となる。大臣の要請を受けて裁判所が判断する。
CERDは前回、人種動機が刑罰加重事由とされていないことを是正するよう勧告した。エストニアでは憎悪動機は刑罰加重事由でないが、このことは法執行機関が憎悪動機を考慮しないことを意味するのではない。刑法は人種動機以外の複数の基本となる刑罰加重事由を定めている。法執行機関はこの基本となる刑罰加重事由の解釈を通じて適切に判断する。刑法58条1項の刑罰加重事由について、最高裁は、加重事由規定は例示的列挙をしているのであって、判例法によって解釈されなければならないとしている。裁判所は、個別事件の判断において犯行の動機を刑罰加重事由として解釈する。
CERDによるエストニアへの勧告(CERD/C/EST/CO/12-13. 26May 2022)
エストニアはヘイト・スピーチを犯罪化しているが、その基底は条約第4条に合致していない。条約第4条に従って刑法を改正し、ヘイト・スピーチを犯罪の重大性に見合った処罰ができるようにすること。警察による犯罪捜査において人種憎悪を動機の一つとして考慮しているが、ヘイト・スピーチやヘイト・クライム事案の報告が過少であって、十分に捜査されていない。政党や政治家によるヘイト・スピーチが放任され、捜査も訴追もなされていない。ヘイト・スピーチとヘイト・クライムについて意識喚起を行い、法的救済を図り、実行者を訴追・処罰すること。人種主義動機を刑罰加重事由とすること。