深沢潮『翡翠色の海へうたう』(角川書店、2021年)
昨日は茅ケ崎市役所のコミュニティーホールで「第四の被曝」上映と講演の集いに参加した。1958年7月12日の水爆実験ポプラによって被曝した海上保安庁・拓洋の乗員が白血病で亡くなったが、日米両政府は懸命にもみ消し、ほとんど記憶されていない。2024年のNHK番組が「第四の被曝」と命名し、2025年、「第四の被曝」を広める会を結成し、各地で上映会・学習会を開催している。昨日は、第五福竜丸展示館の市田真理(学芸員)が、第五福竜丸事件(ビキニ水爆)と第四の被曝について講演した。第五福竜丸事件の歴史的経過だけでなく、その被害の広がり、マーシャル諸島の人々の被曝問題を含めて、世界史的視野で全体像を解説する見事な講演だった。おかげで第四の被曝(拓洋事件)の歴史的位置がよくわかった。また、真相解明の闘いにとって、地元の人々の努力と、国際的な連帯の両方が重要であることもよくわかった。
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『翡翠色の海へうたう』で深沢潮は跳躍を試みた。
本書は作家深沢の<前期>の終了、<中期(ないし後期)>の始まりを高らかに告げる。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000802/
https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-123045.html
重くて、痛いこの作品を、深沢は2020年の新型コロナ騒ぎの中で書いたのだろう。あの異様な緊張感・恐怖感に耐えながら、日本軍性奴隷制の実態、そして沖縄戦の悲惨さをこれだけ描きだすことはいかにして可能だろうか。
語り手の葉菜がそうであったように、作家として主題を探し当てたにもかかわらず、すぐには書くことが出来ず、ずっと寝かせておいたのだろう。
そして、作家として10作品を送り出し、地歩を固めた深沢があらためてこのテーマに向き合い、物語を紡ぎ出した時に新型コロナである。どうしようもなくしんどい日々を重ねながらの執筆だったと推測できる。
『ひとかどの父へ』が梁石日の『血と骨』へのアンチテーゼだったとすれば、本作品は同じ梁石日の『めぐりくる春』へのアンチテーゼだ。
抜群の力量を持つ物語作家の梁石日にしても、日本軍性奴隷制への視線は男性視線を越えることはなかった。
女性視線であればよいと言うものでもない。
日本軍性奴隷制と沖縄戦という苛烈な植民地暴力の実相を、地べたを這いずり回ることを余儀なくされた女性視線で描き直し、作家の想像力を駆使して一つの作品にまとめあげることは容易ならざる苦行である。深沢潮以外の誰にもなしえない奇跡のような作品だ。