雑誌「統一評論」534号(2010年4月)
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ヒューマン・ライツ再入門16
人種差別撤廃委員会と日本(一)
高校無償化問題
二〇一〇年二月二四日、ジュネーヴ(スイス)のレマン湖畔にあるパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所)で、人種差別撤廃委員会が第二回日本政府報告書審査を行った。審査の中で、直前に明らかになったばかりの、高校無償化について朝鮮学校だけを対象外とする中井大臣発言について、懸念が表明された。
アレクセイ・アフトノモフ委員(ロシア)は次のように述べた。
「高校無償化問題で(中井)大臣が、朝鮮学校をはずすべきだと述べている。すべての子どもに教育を保証するべきである。朝鮮学校の現状はどうなっているのか。差別的改正がなされないことを望む。今朝、新聞のウエブサイトを見たところだ。朝鮮人はずっと外国人のままでいるが、なぜ日本国籍をとらないのか。国籍法はどうなっているのか。条約と整合性のない規定があるのではないか。国籍取得を阻んでいるのは何か。朝鮮人や中国人は国籍法の手続きにアクセスできるのか。」
また、ホセ・フランシスコ・カリザイ委員(グアテマラ)がこれに続いた。
「朝鮮学校に関して、もっとも著名な新聞の社説にも、高校無償化から朝鮮学校を排除するという大臣発言への批判が出ている。すべての子どもに平等に権利を保障するべきだ。」
翌日の日本各紙もそろってこの事実を伝えた(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、共同通信、時事通信)。
人種差別撤廃委員会
一九六五年、国連総会は人種差別撤廃条約を採択した。六〇年代初頭に、西ドイツ(当時)でネオナチが台頭し、ユダヤ人に対する差別が吹き荒れた。これに危機感を抱いた欧州各国がリードして、まず人種差別撤廃宣言をつくり、続いてて条約をつくったのである。
日本はこの条約をなかなか批准しなかったが、三〇年後の一九九五年、アメリカが批准した直後に慌てて批准し、一九九六年一月に発効した。条約によると、政府は条約批准後一年以内に最初の報告書を委員会に提出し、審査を受けることになっている。日本政府報告書の締切りは一九九七年一月であったが、大幅に遅延して二〇〇〇年一月に提出した。二〇〇一年三月八日と九日、人種差別撤廃委員会は、第一回(実は第一・第二回)日本政府報告書の審査を行った(詳しくは、前田朗「問われた日本の人種差別――人種差別撤廃委員会日本政府報告書審査」生活と人権一二号、二〇〇一年)。
審査の結果、人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して数多くの勧告を出した。人種差別禁止法について、アイヌ民族や沖縄/琉球について、部落差別について、国内人権機関の設置についてなど数多いが、在日朝鮮人に関連して次のような勧告を出した。
「14.委員会は、朝鮮人(主に子どもや児童・生徒)に対する暴力行為の報告、およびこの点における当局の不十分な対応を懸念し、政府が同様の行為を防止し、それに対抗するためのより断固とした措置をとるよう勧告する。」
「16.朝鮮人マイノリティに影響を及ぼす差別を懸念する。朝鮮学校を含むインターナショナルスクールを卒業したマイノリティに属する生徒が日本の大学に入学することへの制度的な障害のいくつかのものを取り除く努力が行われているものの、委員会は、とくに、朝鮮語による学習が認められていないこと、在日朝鮮人の生徒が上級学校への進学に関して不平等な取扱いを受けていることを懸念する。日本に対して、この点における朝鮮人を含むマイノリティの差別的取扱いを撤廃し、公立学校におけるマイノリティの言語による教育を受ける機会を確保する適切な措置とるよう勧告する。」
「18.日本国籍を申請する朝鮮人に対して、自己の名前を日本流の名前に変更することを求める行政上または法律上の義務はもはや存在していないことに留意しつつ、当局が申請者に対しかかる変更を求めて続けていると報告されていること、朝鮮人が差別をおそれてそのような変更を行わざるを得ないと感じていることを懸念する。個人の名前が文化的・民族的アイデンティティの基本的な一側面であることを考慮し、日本が、かかる慣行を防止するために必要な措置をとるよう勧告する。」
以上は二〇〇一年の勧告である。
それから九年、人種差別撤廃委員会は第二回日本政府報告書の審査を行った。もっとも、二度目の報告書は二〇〇三年に提出しなければならなかったのに、日本政府報告書が出されたのは二〇〇八年一二月のことであり、このため第二回といっても、実際は第三回から第六回をまとめて行うことになった。
今回も様々な論点が取り上げられ、委員会で数々の質問が出された。委員会に向けて、日本から「人種差別撤廃NGOネットワーク」が参加して、ロビー活動を展開し、日本における人種差別に関する情報提供を行なった。
審査当日には直前のNGOブリーフィングも開催した。委員会は一八名であるが、そのうち一二名が参加した。ブリーフィング冒頭には、昨年一二月に起きた人種差別集団による京都朝鮮学校襲撃事件のDVD映像上映を行なった(写真参照)。委員からは「在特会は非合法団体か」との質問があり、「これは日本では合法団体である」との答えに驚いていた。
まずは在日朝鮮人に関連する質疑応答を見ていこう。
在日朝鮮人の人権
日本政府報告書担当のパトリック・ソンベリ委員(連合王国)が、冒頭に次のような指摘をした。
「朝鮮人については、前回の審査でも話題になった。帰化の際の氏名変更や、定住者とか永住者というカテゴリーもある。一九五二年、外国人登録法によって、五〇万の外国人が一夜にして生まれた。これはいったいどういうことか。日本国民とも、他の外国人とも違う存在がつくられた。政治的権利は区別する必要もあるかもしれないが、人権という観点ではできるだけ幅広い枠組みで認めるべきである。特別永住者には帰化を望んでいない人がたくさんいるが、なぜなのか不思議である。名前を変更しなければならないからか。同化の問題があるのか。エスニック・マイノリティの権利に注意が向けられていない。エスニック・マイノリティの権利を保障すれば多くが日本人になるのではないか。在日朝鮮人について、公教育の教育課程の中で、マイノリティの教育をどうしているのか。歴史では、さまざまな民族が日本建設に貢献したことを教えているのか。すべての子どもに歴史、文化、言語を保証しているのか。朝鮮学校は不利な状況に置かれている。税制上の扱いも不利になっている。」
続いて、レジス・デ・グート委員(フランス)である。
「アイヌを先住民族と認めたことは分かったが、他のマイノリティはどうなのか。二〇〇八年の国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)でもとりあげられた。人権理事会のディエン人種差別問題特別報告者も日本に勧告した。国内マイノリティ、旧植民地出身者、その他の外国人のそれぞれについて情報が必要だ。人種差別撤廃条約四条について進捗がない。四条abを留保したままである。表現の自由が強調されているが、二〇〇一年の勧告でも触れたように、四条は不可欠だ。人種差別の禁止と表現の自由は両立する。朝鮮学校生徒への嫌がらせが続いている。」
他方、ファン・ヨンガン委員(中国)はこう指摘した。
「旧植民地出身者であるが、第二次大戦が終わって、歴史的状況から定住していたものが、一九五二年に外国人とされ五〇年以上たって、二世、三世がいるが、日本社会への統合が成功していない。高齢者には、民族的優越感を持つ人がいて、平等な扱いがなされず差別的扱いである。日本において大きな貢献をした人は、日本人と同じように権利を享受しなければならない。」
イオン・ディアコヌ委員(ルーマニア)も続いた。
「朝鮮人は一九五二年に外国人とされたが、日本に居住している。彼らは失った国籍を回復することができるのか。取得したいと求めているのか、いないのか。朝鮮学校はどうなっているのか。他の学校と同等になってきたというが、全体はどうなのか。大学受験資格を認めないことは、ペナルティを課していることになるのではないか。朝鮮学校生徒に対する嫌がらせや攻撃について、処罰しているのか。朝鮮学校はよりよく保護するべきである。最近、日本と朝鮮政府の関係が悪化しているが、それを理由に朝鮮学校に影響を及ぼしているのではないか。国際関係が日常生活に影響を与えてはならない。まして子どもに影響を与えるべきではない。朝鮮学校だけ免税措置を講じていないのは差別ではないのか。」
また、カリザイ委員が最後に再質問した。
「年金問題のギャップも重要である。朝鮮人高齢者、及び朝鮮人障害者が年金の対象になっていない。法律のギャップである。一部の人たちはその大きさに気づかないかもしれないが、気づく人たちもいる。ギャップを埋める努力が必要だ。」
日本政府の応答
二月二五日、日本政府は委員からの質問に回答した。まず、高校無償化問題である。
「高校無償化法案について、朝鮮学校を除外する旨の(中井)大臣発言が報道されているとの指摘があった。高校無償化法案は、本年一月に閣議決定がなされ、今国会に提出されたものである。指摘のあった記事の内容は承知しているが、法案では高等学校の課程に類するものを文部科学省できめるとしている。今後の国会審議を踏まえつつ適切に考慮していきたい。」(外務省人権人道課長)
このほかの問題については次のような回答であった。
「経済的支援、税制上の措置について、外国人学校間の差別があるとの指摘があった。学校教育法一三四条にもとづく各種学校として都道府県知事の認可を得ている外国人学校には、地方自治体からの助成があり、税制優遇もなされている。認可を受けている学校は一定の要件を満たせば、消費税が非課税となり、授業料も非課税である。学校法人の場合、所得税、法人税、住民税が非課税となる。さらなる優遇措置については、短期滞在者を多く受け入れている一部の学校に認められている。対象外の学校への差別とは考えていない。範囲の拡大には新たな政策目的、基準について検討が必要である。」(文部科学省)
「在日朝鮮人への嫌がらせについて指摘があった。嫌がらせについては、人権擁護機関において、啓発活動、『人権を尊重しよう』という年間を通しての啓発活動を行っている。人権相談所では、人権相談に応じて、事案を認知した場合は速やかに調査し、適切な措置をとっている。北朝鮮の核実験を契機に、嫌がらせが懸念される場合、啓発、相談、情報収集、侵犯事件など、迅速に調査し、人権擁護の取り組みを強化するよう指導している。最近では二〇〇九年四月、飛翔体発射の後に、このような指導を行なっている。」(法務省人権擁護局)
「朝鮮人の子どもが独自の文化について学ぶ機会が担保されている。朝鮮学校は各種学校として認可されており、寄付金にかかる取り扱いを除き、非課税とされている。韓国学校については、韓国語、韓国文化の学習もしているが、学校教育法一条の認可もある。一条校は学習指導要領にのっとった教育をしている。朝鮮学校の多くのものについては各種学校として認可され、補助金を受けている。二〇〇三年九月、大学受験資格の弾力化を行い、高校修了者については外国政府により位置づけられている場合、あるいは国際的評価団体の認定を受けた学校修了者、および個別の入学資格審査をすることができると追加した。従って、すでに広く認められている。」(外務省人権人道課長)
「モニタリングメカニズムや統計について質問があった。外国人に対する差別を含む人権問題について、全国の法務局は、適切な助言を行い、関係機関の紹介をしている。人権侵害の疑いある場合、侵犯事件として調査する。人権侵害の排除、再発防止につとめている。二〇〇八年、新規の事件数は一二一件であり、うち差別待遇九七、暴行虐待一六である。」(法務省人権擁護局)
「特別永住者については、サンフランシスコ平和条約の締結により、朝鮮、台湾が日本国から分離したので、本人の意思に関わりなく日本国籍がなくなった。その後、特例法が定められ、その他の外国人と比べて退去強制事由が限定され、三年の再入国許可上限は四年となった。これは歴史的経緯を配慮した措置である。また、特別永住者は帰化できる。特別な地縁、血縁があれば、帰化条件は緩和されている。永住者が帰化しない理由について質問があった。帰化する、しないということは、申請者の意志に基づくものであり、それぞれの方がどのようなメリット、デメリットを感じているかについてコメントすることはむずかしい。帰化の際の氏名変更について質問があったが、日本国籍を取得しようとする際に氏名変更を促す事実はない。氏名は帰化しようとする本人の意思で自身で決定できる。文字については、日本人についても制約があり、帰化後も平易に読み書きできる文字、広く日本社会に適応している文字であることが必要である。漢字しか使えないわけではない、ひらがな、かたかなも使える。」(法務省)
「年金には国籍要件はない。外国人も対象となっている。一九八一年以前は国籍要件があったが、一九八二年に撤廃された。法改正の効力が将来に向かってのもののため、現在、八四歳以上の外国人、四八歳以上の外国人障害者は年金にはいっていない。彼らが苦労しているのは事実であるが、福祉的措置を今後とも検討したい。」(厚生労働省)
日本政府の回答は従来と同じ弁解をしているだけで、まともな回答とはいえない。人権擁護とは無縁の姿勢である。
一例だけ批判しておくと、法務省人権擁護局が、朝鮮人に対する嫌がらせ(差別と犯罪)について対処しているかのごとく主張しているが、ほとんど虚偽答弁でしかない。
第一に、人権擁護局が出している人権ポスターや人権ボールペンには「人権を大切にしよう」と書いてあるだけで、朝鮮人のことは一切出てこない。
第二に、テポドン騒動の際に、筆者は人権擁護局を訪れて話を聞いたが、人権擁護局がやっていたのは、新聞記事の切り抜きを集めることだけであった。
第三に、事件が長期にわたって何度も何度も起きてきたのに、人権擁護局は被害者(個人被害者、朝鮮学校校長、教育会関係者)からの被害聞き取りさえしていない。無視し、人権侵害を放置してきた。
そのことを十年以上批判し続けてきたが、まったく改善していない。にもかかわらず、人種差別撤廃委員会には平気で、人権擁護をしています、と嘯くのだ。