雑誌「統一評論」534号(2010年5月)
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ヒューマン・ライツ再入門17
人種差別撤廃委員会と日本(二)
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朝鮮学校差別に勧告
人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会は、二月二四日・二五日に日本政府報告書の審査を行ない、三月一六日に最終所見(勧告)を公表した。
審査において複数の委員から指摘のあった朝鮮高級学校の高校無償化排除問題や、その他の朝鮮学校差別に関して、いくつかの指摘がなされた。
「13.日本政府による説明には留意するが、委員会は、条約第四条(a)(b)の留保に関心を有する。委員会は、朝鮮学校に通う子どもなどの集団に対するあからさまな、粗野な言動の事件が続いていることや、特に部落民に対してインターネットを通じて有害な人種主義的表現・攻撃にも関心を有する。/委員会は、人種的優越性や憎悪に基づく思想の流布を禁止することは、意見・表現の自由と合致するという委員会の見解を強調する。そしてこの点で、日本政府に条約第四条(a)(b)の留保を維持する必要について検討し、留保の範囲を限定し、むしろ留保を撤回するよう促す。委員会は、表現の自由の行使は、特別な任務と責任、とりわけ人種主義思想を流布させない義務に対応するものであることを想起し、日本政府に対して、委員会の一般的勧告第七(一九八五年)と第一五(一九九三年)を考慮に入れるよう再び呼びかける。これらの勧告は、第四条は自力執行力がないとしても、命令的性格を有するとしている。委員会は日本政府に次のように勧告する。
(a) 第四条のもとで差別を禁止する規定に十分な効力を持たせる立法がないことを改正すること。
(b) 関連する憲法、民法、刑法規定が、憎悪や人種主義的現象に対処する追加措置を通じるなど、とりわけ、それらの捜査および関与者の処罰の努力を強化することにより、効果的に実施すること。
(c) 人種主義思想の流布に対して敏感になり、自覚するキャンペーンを行い、インターネット上のヘイト・スピーチや人種主義的宣伝など人種的に動機付けられた犯罪を予防すること。」
条約第四条(a)(b)は、人種主義思想の流布や人種差別の煽動を犯罪として処罰する法律、人種差別助長煽動団体を禁止する法律(ヘイト・クライム法)を制定することを求めている。
日本政府は条約を批准した際に、条約第四条(a)(b)の適用を留保した。理由は、表現の自由と抵触すること、罪刑法定原則と抵触することなどである(後述)。
「22.委員会は、日本政府が、バイリンガル指導員や入学案内など、少数者集団の教育を促進する努力を行ったことを評価するが、教育制度において人種主義を克服する具体的な計画の実施に関する情報が欠如していることは残念である。さらに、委員会は、次のような、子どもの教育に差別的影響を与える行為に関心を表明する。
(a) アイヌの子どもやその他の国籍の子どもが自己の言語で教育を受ける適切な機会がないこと。
(b) 条約第五条、子どもの権利条約第二八条、社会権規約第一三条二項など、日本が批准した条約にしたがって、日本にいる外国人の子どもに義務教育制度が完全に適用されていないこと。
(c) 学校認可、同等の教育課程および高等教育への進学に関して障害があること。
(d) 日本に居住する外国人、朝鮮人、中国人のための学校について、公的援助、助成金、免税についての異なる処遇。
(e) 公立・私立高校、専門学校、高校教育課程と類似する様々な教育機関について高校教育無償化のために日本で現在提案されている立法提案から朝鮮学校を除外するという政治家発言。
委員会は、市民以外の者に対する差別に関する一般的勧告第三〇(二〇〇四年)に照らして、日本が、教育機会に関する諸規定に差別がないようにすること、日本の管轄に居住する子どもが、就学や義務教育に関して障害に直面しないようにするよう勧告する。この点でさらに、多数の外国人学校制度や、代替的な制度の選択に関する研究が、日本政府によって採用されている公立学校以外にも行われるよう勧告する。委員会は、日本政府に、少数者集団に自己の言語で教育を受ける適切な機会を提供するよう検討することを促し、ユネスコ教育差別禁止条約に加わるよう呼びかける。」
今会期の特徴
今回、人種差別撤廃委員会でロビー活動を行う前に気になっていたのは、前回二〇〇一年と比較して、あまり新味がないのではないかということであった。というのも、二〇〇一年から状況には様々な変化があったが、大枠で言えば「日本政府は変わっていない」。その意味では、基本的に前回と同じようなものという印象になりかねない。しかも、前回は直前に石原慎太郎都知事の「第三国人」発言があり、内外で注目されていた。実際、石原発言が公務員による差別発言であり、条約に従った対処が必要であることが、委員会によって明言された。今回は、人種差別撤廃委員会に日本の状況をどのように理解してもらうべきか、「人種差別撤廃NGOネットワーク」に属する人権NGOの悩みであった。
他方で、日本政府はアイヌを先住民族と認めて新たな政策を打ち出している。委員会にとっても、その点は当然、評価すべき点である。先住民族と認めたといいながら、実は「先住民族の権利」を認めていないのだから、半分は虚偽説明なのだが、ともかくも、それまで認めていなかったことを認めた点では前進である。NGOとしても、言いたいことはたくさんあるが、どこに焦点を絞っていいのか悩むところでもあった。
最近の状況変化としては、在特会(在日特権を許さない市民の会)のようなヘイト・クライムの激化があるので、NGOブリーフィングでは、これを一つの柱にした。二〇〇九年一二月に起きた、在特会による京都朝鮮学校襲撃事件は、最近におけるヘイト・クライムの典型例であり、しかも小学校児童に対する差別と暴力という異常な事態であるから、即座に理解できる。在特会という異常な集団を放置している日本政府の責任も明瞭であり、訴えやすい。そこで人種差別撤廃NGOネットワークが主催したブリーフィングの冒頭で、被害者である朝鮮学校側から撮影した映像を上映した。こうした努力によって、日本における人種主義と人種差別の実態を伝えようとした。
ところが、委員会審査直前に高校無償化から朝鮮学校を除外するとの中井発言が飛び出して、状況が変化した。日本の新聞もみな委員会における中井発言批判を報道したように、「ほらみろ、日本政府はこんなに差別的だ」という証拠が、海を越えて飛び込んできた。在ジュネーヴ駐在のある日本新聞記者は「出会い頭だった」と表現した。NGO主催のブリーフィングに一八人の委員のうち一二人が参加して、NGOに対して次々と質問をした。この時の質疑応答が、実際の日本政府報告書審査に反映することになった。
勧告の概要
委員会勧告は三五項目に及ぶ長さであり、到底全部を紹介しきれない。まずは主要な項目の内容を列挙してみよう。
・日本政府は人種差別禁止法は必要ないと主張しているが、それでは差別された個人や集団が補償を受けることができない。
・国内人権委員会を設置する人権擁護法が廃案になったのは残念である。
・日本には包括的で効果のある救済機関がない。
・朝鮮学校に通う生徒らに対する有害な、人種主義的表現などに関心を有する。
・インターネットにおける部落民攻撃に関心を有する。
・日本政府は人種差別撤廃条約第四条(a)(b)の留保を再検討するよう、留保の範囲を限定するか、留保を撤回するよう促す。
・人種主義思想の流布に対して敏感になり、意識を高めるキャンペーンをするべきである。
・インターネット上のヘイトスピーチや人種主義宣伝などの犯罪を予防するべきである。
・公務員による差別発言がなされているのに、これに対する措置が何ら取られていない。
・公務員、法執行官、一般公衆に、人種差別に関する人権教育をするよう勧告する。
・部落差別を取り扱う担当官庁がないので、部落問題を扱う機関を設置するべきである。
・アイヌ対策についてアイヌの代表が十分選出されていない。
・アイヌ民族の権利についての国家調査がなされていない。
・前進があるといっても国連先住民族権利宣言には遠く及ばない。
・沖縄の人々が被っている差別にも関心を有する。
・公的援助や免税措置について朝鮮学校などへの差異的処遇など教育に差別的影響がある。
・公衆浴場その他、人種や国籍を理由としたアクセスの権利の拒否が見られる。
定義問題
人種差別撤廃条約第一条は人種差別の定義を定めている。一九六五年の条約であり、やがて半世紀になろうという歴史があり、解釈の歴史がある。この間、多くの国家が何度も何度も報告書を提出して委員会の審査を受けてきた。二〇回もの報告書を提出してきた国家もある。そこでの議論を踏まえているから、条約第一条の定義の解釈はすでに固まっている。人種、皮膚の色、民族的出身、種族的出身と併記された「世系」について、委員会の解釈においては、例えば、インド、ネパールなどの諸国におけるカースト制、ダリットが「世系」に当たるとされている。近年の国連人権理事会(旧・人権委員会)や人種差別撤廃委員会では、「世系」は職業や社会的身分に基づくものとされている。
ところが、日本政府は委員会や他の諸国とは異なった独特の解釈を唱え始めた。日本政府によると、「世系」は、条約第一条にあるので、人種や民族的出身と同じ趣旨で理解されるべきであり、職業や社会的身分に関する規定ではないという。「だから、部落差別は人種差別ではなく、人種差別撤廃条約の適用がない」という結論のために作り出された解釈である。
しかし、委員会は、日本政府の解釈を否定している。
「8.委員会は、条約第一条一項の『世系』という用語は、単に『人種』に関するものではなく、世系に基づく差別は条約第一条に完全に含まれることを確認する。それゆえ、委員会は、日本政府に、条約に従って人種差別の包括的定義を採用するよう促す。」
これは当然のことである。日本政府の主張が正しいならば、条約第一条にはもともと「世系」という言葉を書く必要がなかったことになる。人種や民族的出身とは別に、わざわざ世系という言葉が挿入されている意義を否定するべきではない。
他方、二〇〇一年審査の際に「先住民族の国際法上の定義はないから、アイヌが先住民族に当たるか否かは判断できない」と、アイヌの先住民族性をあくまでも認めなかった日本政府が、今回の報告書では、アイヌの先住民族性を認めた。二〇〇七年に国連総会で「先住民族権利宣言」が採択され、日本政府もこれを支持した。そのことを委員会はきちんと評価している。
しかし、ここでも問題を指摘しなければならない。第一に、アイヌを先住民族と認めたといいながら、先住民族権利宣言において承認された「先住民族の権利」を日本政府はまったく認めていない。第二に、現在、アイヌ政策を進めるための懇談会や各種委員会が発足して審議を進めているが、アイヌ代表が少数しか参加できていない。第三に、委員会審議の席上で、日本政府・人権人道大使は「先住民族の定義はない」と断言した。政府方針として先住民族権利宣言を支持し、アイヌを先住民族と認めたはずの現在でもなお、大使が国際舞台で平然と「先住民族の定義はない」と言い放っているのである。
このように、日本政府は国際文書のもっとも基本的な用語の定義についてさえ、国際社会と異なる解釈を持ち出し、国際文書の定義を否定したりする。
人種差別禁止法
人種差別禁止法の制定も、二〇〇一年審査時の勧告においてすでに明確に指摘されていた。二〇〇六年には、国連人権理事会のドゥドゥ・ディエン「人種差別問題特別報告者」報告書が人種差別禁止法の制定を勧告している。今回も同様の指摘がなされた。
委員会はまず次のように述べている。
「7.委員会は、前回の最終所見(二〇〇一年)の実施のための具体的措置に関する情報が、日本政府から十分提供されなかったことに留意し、勧告の実施も条約全体の実施も非常に制約されていることは残念である。/日本政府は、委員会によってなされたすべての勧告と決定に合致するよう、国内法規定が条約の効果的実施を助長するのに必要な措置を採るよう促されている。」
「9.委員会は、国内の差別禁止法は必要ないという日本政府の見解に留意し、その結果として個人及び団体が差別について法的救済を求めることができないことに関心を有する。/委員会は前回の最終所見(二〇〇一年)の勧告を強調し、日本政府に対して、条約第一条にしたがって、条約によって保護されたすべての権利を含んだ、直接及び間接の人種差別を違法化する特別立法を制定することを検討するように促す。また、日本政府に、人種差別の告発を取り扱う法執行機関に、差別の実行者を取り扱い、被害者を保護するために適切な専門家・当局を置くことも促す。」
その上で、委員会は先に紹介した勧告13を明示している。さらに、勧告14では、条約第四条(c)にしたがって、公務員などによる差別発言にきちんと対処するように求めている。
人種差別禁止法、とりわけヘイト・クライム法の制定については何度も述べてきたが、最低限のことは確認しておきたい(詳しくは前田朗『ヘイト・クライム――憎悪犯罪が日本を壊す』三一書房労組、二〇一〇年)。
第一に、ヘイト・クライムの現状認識である。日本政府は、日本にはそのような犯罪がないから法規制も必要ないと繰り返してきた。しかし、日本政府はヘイト・クライムの調査事態を行っていない。行うつもりもないという。調査もせずに「ない」と断言してきた。そして、チマ・チョゴリ事件や、在特会のようなヘイト・クライムには目を閉ざす。委員会で法務省人権擁護局がさまざまな弁解をしていたが、過去十数年にわたるチマ・チョゴリ事件の被害者からの聞き取りさえ行っていない。
第二に、表現の自由との関係である。二〇〇一年には、日本政府は人種差別表現も表現の自由であると述べて、委員会の顰蹙を買った。今回はさすがにそこまでではなかったが、人種差別の刑事規制は表現の自由に反すると、相変わらずの主張を続けた。委員会は、人種差別の規制と表現の自由は矛盾しない、それどころか、表現の自由を守るためにこそ人種差別の刑事規制が必要だと指摘している。表現の自由と責任についての考察が、日本政府には決定的に欠けている。
第三に、罪刑法定原則との関係である。確かに、新たな刑事立法に際しては、罪刑法定原則に反しないことは必須の条件である。法律に適正に規定された明確な犯罪概念、適正に規定された刑罰でなければならない。しかし、日本政府は、人種差別の刑事規制が罪刑法定原則に反すると一般的に述べている。世界では多数の諸国がヘイト・クライム法を有している。アメリカの過半数の州がヘイト・クライム法を有している。これら諸国の法律はみな罪刑法定原則に反しているのだろうか。そのようなことがありうるだろうか。また、単なる暴行事件よりも、人種主義的動機による場合に刑罰を加重して適用する立法は、なぜ罪刑法定原則に反するのだろうか。
第四に、日本政府は、ヘイト・クライム法が表現の自由や罪刑法定原則に抵触すると述べながら、ヘイト・クライム法だけではなく、あらゆる人種差別禁止法の制定を拒否している。ヘイト・クライム法は、一定の人種差別言動を犯罪化したり、刑罰を加重する刑事法である。他方、人種差別禁止法は刑事法だけではない。憲法、民法、行政法、労働法など多方面の法分野における各種の規制法であり、そこにヘイト・クライム法も含まれる。仮にヘイト・クライム法についての日本政府の懸念に根拠があったとしても、それを理由に包括的な人種差別禁止法を拒否するのは不当である。少なくとも、ヘイト・クライム法を除いた人種差別禁止法は速やかに制定できたはずであるし、今からでも制定するべきである。
今後の課題
今回の委員会審議と勧告は、高校無償化から朝鮮学校を除外するという政治家発言があったため、多くの新聞に報道され、日本社会に伝わった。とはいえ、伝わったのは審議や勧告のごく一部にすぎない。
人種差別撤廃NGOネットワークに結集したNGOは、東京や大阪での報告集会を準備している。委員会ロビー活動参加者は、それぞれの団体の機関誌や各種メディアに報告文章を発表し始めている。
NGO自身による報告と勧告の活用は当然のこととして、勧告を活かしていくためには、より具体的に日本社会に伝えていく必要がある。日本政府の後ろ向きの姿勢を改めさせる必要がある。
翻訳、報告、報告会に加えて、とりわけメディアに人種差別問題について敏感になり、人権擁護の立場で報道させること。国会その他の政治の場で事実を伝え、委員会勧告の意義を理解してもらうこと。個別分野において、人種主義の克服、人種差別の抑止のためになされてきた努力をいっそう活性化させること。ヘイト・クライム法を含む人種差別禁止法の制定に向けて調査・研究と宣伝の努力。ヘイト・クライム調査のための措置や立法の提案。国内人権機関創設のための立法再提案。こうした努力を社会的に広げていく必要がある。
人種主義と人種差別の被害者は少数者であることが多い。この社会の圧倒的多数派である日本国籍日本人は人種差別被害にあうこともなく、人種差別対策の必要性を理解しないことが多い。しかし、被害を受けない日本人こそが、自らこの社会の人種主義と人種差別について真剣に考えるべきである。
第一に、それゆえメディアの責任が重要である。この社会の実態を明らかにし、人種差別に苦しむ人々の状況を理解させることが不可欠である。第二に、政治家の役割である。多数派の意見に従うことだけが政治家の仕事ではない。選挙における投票行動では示されにくい社会的ニーズにも配慮して政策を提言することも政治家の重要な役割である。第三に、人種差別は「被害者」にとってだけ深刻なのではない。人種差別を見逃し、放置していると、その社会は確実に蝕まれていく。人種差別をしないこと、人種差別を見逃さないこと、人種差別に加担しないこと、人種差別の予防と対策を日頃からきちんと用意しておくこと――そうしなければ、その社会におけるその他の差別や人権侵害も横行することになるだろう。
勧告の全文
http://www2.ohchr.org/english/bodies/cerd/cerds76.htm