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『統一評論』519号(2009年1月)
自由権規約委員会が日本政府に勧告
日本軍性奴隷制
国際人権規約(市民的および政治的権利に関する国際規約)に基づく自由権規約委員会は、一〇月一五日・一六日に第五回日本政府報告書の審査を行い、同三〇日、最終見解を発表した。
まず、日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題に関して、自由権規約委員会は次のように述べた(パラグラフ二二)。
「委員会は、日本政府が、第二次大戦時における『慰安婦』制度の責任をいまだに受け入れず、実行者が訴追されず、被害者に渡された補償は公的基金ではなく民間基金によるもので、不十分であり、『慰安婦』問題について触れている歴史教科書は僅かしかなく、政治家やマスメディアが被害者を貶めたり、事実を否定し続けていることに、関心を持って留意する。」
その上で、委員会は次のように勧告した。
「日本政府は『慰安婦』制度について法的責任を受け入れ、被害者の大多数が受け入れることができる、かつ被害者の尊厳を回復する方法で、留保なしに謝罪するべきである。まだ生存している実行者を訴追するべきである。すべての生存者に権利として適切な補償をするために即座に効果的な立法措置および行政措置を講じるべきである。この問題について学生および一般公衆に対して教育するべきである。被害者を貶めたり、事実を否定しようとする試みを非難し、制裁を課すべきである。」
これまでの国際機関などからの勧告を継承する内容で、踏み込んだものとなっている。自由権規約委員会が最終見解の勧告に含めたのは初めてである。
一九九二年二月、この問題が国連人権委員会に報告され、その後、人権委員会、人権小委員会(差別防止少数者保護小委員会、後に人権促進保護小委員会)、現代奴隷制作業部会において議論された。NGOの国際友和会、日本友和会、朝鮮人強制連行真相調査団、韓国挺身隊問題対策協議会、リラ・ピリピーナ、アジア女性人権評議会、国際人権活動日本委員会などが国連欧州本部にメンバーを派遣して情報提供を続けた。
一九九三年の人権小委員会において、オランダの国際法学者テオ・ファン=ボーベン「重大人権侵害特別報告」者が「慰安婦」問題は重大な人権侵害であり、被害者救済・保護・リハビリテーションのために日本政府が責任を果たす必要があると表明した。
一九九六年の人権委員会において、スリランカの弁護士ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」が「慰安婦問題報告書」を公表した。「慰安婦」問題を「軍隊性奴隷制」と定義づけ、日本政府には道義的責任とは別に法的責任があること、真相解明・情報公開、被害者への謝罪と補償、教科書記述、責任者処罰などを勧告した。
一九九八年および二〇〇〇年の人権小委員会において、アメリカの弁護士ゲイ・マクドゥーガル「戦時性奴隷制特別報告者」が、戦時性奴隷制に関する国際法を詳細に研究し、日本軍性奴隷制が、奴隷の禁止、戦争犯罪、人道に対する罪に当たる犯罪であるとし、日本政府に責任者処罰と被害者補償を勧告した。
他方、国際労働機関(ILO)の条約適用専門家委員会でも議論が始まり、一九三〇年の強制労働条約に照らして法的評価が行われた。強制労働条約は女性の強制労働を禁止していた。日本軍性奴隷制が条約違反であったことが確認された。一九九六年のILO条約適用専門家委員会は、日本政府による条約違反を指摘し、被害者救済を呼びかけた。その後も九度にわたって日本政府への勧告を続けている。
他方、女性差別撤廃委員会、社会権委員会、拷問禁止委員会など、人権条約に基づいて設置された条約委員会も日本軍性奴隷制問題を取り上げた。例えば、二〇〇七年五月の拷問禁止委員会の勧告は、被害者の提訴が時効を理由に棄却されたことは遺憾であり、日本政府は時効規定を見直すべきであるとした。性暴力被害者の救済が不適切であり、国家が事実を否認したり、事実が公開されず、拷問行為の責任者が訴追されず、被害者への適切なリハビリテーションがないことが、虐待とトラウマを継続させているとした。
各国政府による勧告や決議も続いている。二〇〇七年、日本軍性奴隷制をめぐる決議案がアメリカ議会で採択された。同様の決議は、オランダ、カナダ、EU、韓国、台湾の議会においても採択された。
今回の自由権規約委員会は、従来の諸勧告と同様の内容の勧告を出した。日本政府は、法的責任を否定し、責任逃れのためのアジア女性基金政策を推進し、解決を困難にしてきた。勧告を契機に、誤った政策の見直しが必要である。
朝鮮人差別
自由権規約委員会は、年金制度に関して、日本国籍者以外に対する年金からの除外を是正すること、移行措置をとることを勧告した(パラグラフ三〇)。
「委員会は、一九八二年の国民年金法からの国籍条項の削除が遡及効をもたなかった結果、二五歳から六〇歳の間に少なくとも二五年以上年金に掛け金を支払うことが受給要件となっているため、大部分の非国籍者、特に一九五二年に日本国籍を喪失した大半のコリアンが、国民年金制度の受給資格からまったく排除されていることに関心を持って留意する。また、委員会は、国民年金法から国籍条項が削除された時点で二〇歳以上の非国籍者には障害年金特別措置が認められなかったために、同じ問題が、一九六二年以前に出生した障害を有する非国籍者にも当てはまることに関心を持って留意する。」
委員会はその上で次のように勧告した。
「日本政府は、非国籍者が国民年金制度から差別的に排除されることのないよう、国民年金法における年齢要件の影響を受ける非国籍者のための移行措置を採るべきである。」
在日朝鮮人に対する年金差別は一九八二年に是正されるはずだったのに、日本政府が必要な移行措置を採らなかったため、高齢者と障害者が排除されたままとなった。経済的社会的権利に関する社会権規約委員会などが日本政府に対して是正を勧告してきたが、自由権規約委員会は、差別問題として捉えて、やはり是正を勧告した。
次に朝鮮学校に対して、他の私立学校と同様の卒業資格認定、その他の経済的手続的な利益措置が講じられることが求められている(パラグラフ三一)。
「委員会は、朝鮮語で教育を行う学校への国家助成が普通学校への助成と比較して歴然と低いこと、このため個人寄付金への依存度が非常に高いのに、日本の私立学校やインターナショナルスクールとは異なって、税制控除が認められなかったり、低いこと、朝鮮学校卒業生には大学入学資格が自動的に与えられないことに関心を有する。」
その上で委員会は次のように勧告している。
「日本政府は、朝鮮学校のための適切な基金を、国家助成を増やし、朝鮮学校への寄付者に他の私立学校への寄付者と同様の税制控除を適用して認め、朝鮮学校卒業生に直接の大学受験資格を認めるべきである。」
朝鮮学校に対する差別については、一九九三年の自由権規約委員会や、その後の子どもの権利委員会でも取り上げられた。国連人権委員会や人権小委員会でも、NGOの在日朝鮮人・人権セミナー、在日本朝鮮人人権協会、アジア女性人権評議会などが是正を求める発言を繰り返してきた。二〇〇一年の人種差別撤廃委員会も、二〇〇六年の国連人権理事会ドゥドゥ・ディエン「人種差別問題特別報告者」も、同様の勧告をしている。
自由権規約委員会とは
それでは自由権規約委員会とは何か。
一九四八年の世界人権宣言は、個人の人権がもっとも重要であると宣言し、人権尊重を国際社会の課題として掲げた。しかし、宣言に過ぎず、そのままでは拘束力がない。
そこで国際社会は、拘束力のある人権条約をつくることにした。その結果作成されたのが一九六六年の二つの国際人権規約である。批准した国家には規約遵守義務が生じる。具体的には国内の人権状況に関する報告書を提出して規約の人権委員会における審査を受けることである。審査を通じて各国の人権状況を改善する狙いである。二つの国際人権規約とは、①「経済的社会的文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」、②「市民的政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」である。
自由権規約は一九七六年に発効した。日本についての効力は一九七九年九月に生じた。
自由権規約第一部第一条は人民の自決権規定である。第二部は一般規定である。締約国による差別なき権利尊重、必要な立法措置、実効的な救済措置(第二条)、男女同等の権利(第三条)、緊急事態における権利の制限(第四条)などである。
第三部は実体規定である(第六~二七条)。生命に対する権利、死刑の大幅制限、拷問や残虐な刑罰の禁止、奴隷及び強制労働の禁止、身体の自由、逮捕・抑留の手続、自由を奪われた者及び被告人の取り扱い、契約義務不履行による拘禁の禁止、移動及び居住の自由、自国に戻る権利、外国人の追放の制限、公正な裁判を受ける権利、無罪の推定、上訴の権利、刑事補償の権利、遡及処罰の禁止、人として認められる権利、プライバシー、家族、住居への干渉・攻撃からの保護、思想・良心・宗教の自由、表現の自由、戦争宣伝及び差別唱道の禁止、集会の権利、結社の自由、家族に対する保護、子どもの権利、政治に参与する権利、法律の前の平等、少数者の権利である。
古典的な近代市民法における自由権の一覧と同様の規定が並んでいる。「国家からの個人の自由」を確保することによって、個人の主体的な自己実現を保護するものであり、逆に言えば、無用な国家介入を禁止している。
第四部は実施措置である。条約の実施のための監視機関として人権委員会を設置する(第二八~三九条)。国連経済社会理事会に設置されていた人権委員会とは異なるので、自由権委員会・自由権規約委員会と略称される。締約国には報告書提出義務があり、委員会で審査を受ける(第四〇条)。締約国の義務不履行について委員会が検討し、場合によっては特別調停委員会を設置する(第四〇・四一条)。条約の主体と義務の担い手は締約国である。
冒頭に紹介したのは、以上の手続きと権限を有する自由権規約委員会の勧告である。国際人権規約は、世界人権宣言が掲げた理念を再確認し、具体的に実現することを目指した。その手続き規定が「実施措置」として整備された。委員会はジュネーヴ(スイス)の国連欧州本部で開催される。
勧告実現のために
自由権規約委員会はその他にも多くの勧告を出している。主要なものを項目だけ列挙してみよう。
①アイヌ民族を先住民族として認めること。琉球/沖縄についても権利を認めること。②人身売買被害者を救済すること。③外国人研修生や技能実習生に対する搾取や奴隷化を是正すること。④拷問を受ける恐れのある国への送還を行わないこと(ノン・ルフールマン原則)。⑤裁判官などにジェンダー教育を行うこと。⑥子どもの虐待に対処すること。⑦同性愛者や性同一性障害者への差別をなくすこと。⑧死刑を廃止すること。廃止までの死刑囚処遇を改善すること。厳正独居(隔離拘禁)をやめること。⑨代用監獄を廃止すること。取調べへの弁護人立会いを認めること。⑩刑事施設視察委員会の改善。⑪立川テント村事件など表現の自由の侵害をやめること。
このように数多くの勧告であるが、さらに注目するべき勧告がある。
⑫裁判官、検察官などに国際人権法教育を行うことが勧告された。前回の勧告にも同じ内容が含まれていたが、要するに、日本の裁判官や検察官は国際人権法に無知であることが、規約人権委員会によって繰り返し指摘されたのである。人権に無知な裁判官が法解釈をゆがめているのだ。マスメディアはこの問題を殆ど報道しない。
⑬公共の福祉による人権制約や、世論の支持を口実とした死刑の維持についても強い勧告が出された。日本政府は人権と公共の福祉をわざわざ対立させ、公共の福祉を優先してきたが、そうした思考方法そのものへの批判である。世論の支持によって死刑を正当化してはならないことも確認された。
委員会は、一部の項目については一年後にフォローアップを行うこと、全体については二〇一一年一〇月までに次回の報告を行うことを日本政府に求めている。この間、日本政府の人権報告は提出期限を守っていない。締切を守らせるための監視が必要である。
自由権規約委員会の勧告は法的拘束力があるわけではない。しかし、何度も審査を受け、多くの人権委員会から出された勧告と同じ内容のものが目立ち、強く改善が求められている。日本政府に勧告を守らせるのは、人権NGOの任務でもある。