Sunday, June 26, 2016

ヘイト・クライム禁止法(115)ドイツ

ドイツ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/DEU/19-22. 18 October 2013)によると、人種主義犯罪と闘うための包括的刑法があり、裁判手続き予備捜査手続きにおいて履行されている。刑法86条は反憲法集団の宣伝物の流布を犯罪とする。刑法130条は人種憎悪の煽動を犯罪とする。「国民的、人種主義的、宗教的、民族的出身により決まる集団」に対する煽動を取り上げる。人種ゆえの個人に対する煽動も憎悪煽動犯罪となる。ドイツは、2008年の人種主義に関する枠組み決定、2001年の欧州サイバー犯罪条約追加議定書(コンピュータ・システムを通じた人種主義的性質の行為の犯罪化)を採用した。
人種的動機は、すべての犯罪について刑罰加重事由である。そのための特別規定はないが、刑法46条2項の一般規定に含まれていて、裁判所は量刑に際して犯行者の動機を考慮する。社会民主党は、人種主義や外国人排斥の動機や目的を刑法46条2項の加重事由に追加する刑法改正案を連邦議会に提出した。2012年6月13日、専門家公聴会では多数が反対し、連邦議会法務委員会は法案否決を勧告した。2012年10月18日、連邦議会は法案を否決した。
人種差別撤廃条約4条a
刑法86条、86条a、130条の判決については報告書付録6に一覧表を掲載。
刑法86条について、旧西ドイツ領地域では、2004-2006年に有罪判決が402件から554件である。2008年は全連邦で1139件とピークとなった。2009年と2010年には減った。刑法86条aについて、2004-2006年は590件から681件であり、2008年は816件である。たいていは刑法違反で罰金が科された。
刑法130条の憎悪煽動について、2007年がピークで318件の有罪判決であり、その後減って、2010年には184件である。全有罪判決のうち刑事施設収容としたのは約20%であるが、刑法130条1項については37%から46%である。41%(2004)、46%(2015)、40%(2006)、45%(2007)、40%(2008)、41%(2009)、37%(2010)。
刑法130条2項は、ラジオ、メディアサービス、テレコミュニケーションによる憎悪煽動を犯罪としているが、有罪判決は、2004年から2006年は47件から34件、2007円以来60件から68件のレベルである。
刑法130条3項は、ナチスの支配下で行われた犯罪(国際刑事法典6条1項にあたる犯罪)を容認、否定、矮小化する行為を犯罪としている(ホロコースト否定犯罪)。2004年には24件程度であったが、2011年には60件であった。
2005年3月24日の集会法・刑法改正は、刑法130条4項のナチスの恣意的暴力支配を賛美することを含むが、2006年以来、3件から8件のレベルである。
以下、報告書は、捜査関連情報を多数列挙している。
人種差別撤廃条約4条b
ドイツ連邦も諸州も人種差別を助長し、呼びかける団体と闘う。2005年3月から2012年9月にかけて20の極右団体を禁止した。
2008年5月7日、連邦内務大臣は、Collegium Humanum及びその付属団体のBauernhilfe、及びVerein zur Rehabilitierung der wegen Betreibens des Holocaust Verfolgten-VRBHVを禁止した。2009年3月31日、Heimattreue Deutsche Jugendなどを禁止した。
2011年9月21日、連邦内務大臣は、Hilfsorganisation fuer nationale politische Gefangene und deren Angehoerige –HNGを禁止した。拘禁された極右活動家の再社会化に反対する目的を有する団体で、自由な民主主義的基本秩序への憎悪と攻撃をしていた。
2002年7月31日、連邦内務大臣は、HAMASに財政支援をしたAl-Aqsaを禁止した。2005年8月30日、その継承団体であるYatim-Kinderhilfeを禁止した。2006年2月22日、同じ理由から、Anadoluda Vakitを禁止した。

州レベルでも、人種主義的思想を持った団体絵禁止している。Kamaradschaften、 Nationaler Widerstand Dortmundなど。

Saturday, June 25, 2016

沈黙してはならない人とは

徐京植『詩の力――「東アジア」近代史の中で』(高文研)

「詩人になり損ねた者」として、在日朝鮮人、マイノリティ、植民地主義にかかわる評論と、美術や音楽など文化に関するエッセイ、そして自伝的要素の濃いエッセイを書いてきた著者の、詩、詩論、文学評論をまとめた1冊である。「私はなぜ『もの書き』になったのか」で、高校時代の詩集のこと、民族文学との出会いを語る。「詩の力」では、魯迅、中野重治、朝鮮の詩人たちを論じて、「詩人とは沈黙してはならない人」と言う。さらに、「韓国文学」と「世界文学」を重ねながら「新しい普遍性」を模索し、「越境者にとっての母語と読み書き」として在日朝鮮人女性の体験の意味を考える。兄を語り、母を語り、自らを問い直す。最後に、「『証言不可能性』の現在」としてホロコースト文学を論じ、アウシュヴィッツとフクシマを結ぶ想像力を問い、詩的想像力の必然性と困難性を読者に突きつける。

Sunday, June 19, 2016

ヘイト・クライム禁止法(114)フランス

フランス政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/FRA/20-21. 23 October 2013)によると、刑法は人種差別の宣伝を処罰し、1881年のプレスの自由法とその修正法は差別煽動を禁じている。オンライン情報の増加により、インターネットを用いた人種主義との闘いが重要となっている。フランスはオンライン上の差別煽動に対処する法律を模索してきた。
2004年6月21日の法律6条に従って、インターネットサービス・プロバイダーは、違法な内容の書き込みがなされた場合に、速やかに公の当局に通報しなければならない。速やかな手続きを確保するために、フランスはPHAROSというハーモナイゼーション、分析、相互チェックのためのプラットフォームを設置した。警察官など数十人の調査員チームが、関連情報を調査している。2007年3月5日の法律は、1881年法律の修正法で、人種主義的差別的メッセージの流布を停止する内容である。民族集団、国民、人種、宗教等の理由に基づいて、個人又は人の集団に対する差別、憎悪又は暴力を煽動する内容が公然と書き込まれた場合、検察官又は関係者の請求により、裁判官は明らかに不法な内容のサービスを停止することができる。
2012年の人種主義、反ユダヤ、反ムスリム行為は23%増加し、2009年の7%減、2010年の26%減と対照的である。
警察の新しい犯罪報告システムが2013年1月に運用開始となり、インターネット上の人種主義的攻撃を記録するようになった。

インターネット上の人種主義との闘いとして、2009年1月、PHAROSが運用開始となった。インターネット上の違法なメッセージ等(人種主義的内容)、憎悪の呼びかけ、ペドフィリア、犯罪実行の煽動)に関してサービス・プロバイダー等が報告し、情報収集する。PHAROSは、国立サイバー犯罪防止機関内に置かれている。2011年、PHAROSの機能が強化された。2011年1月1日から11月30日、92,261件の通報を受け取った。内8,605件が差別的内容であった。214件について捜査が行われた。捜査班を支援するため、SOIRAX(人種主義、反ユダヤ、排外主義と闘う利害シンボル)がつくられた。個人情報を含まないが、極右団体が用いる記号、シンボル、言語、コードをリストアップする。

三島由紀夫にとって天皇を守ることとは

鈴木宏三『三島由紀夫 幻の皇居突入計画』(彩流社)
1970年の市ヶ谷自衛隊駐屯地事件で割腹自殺した三島由紀夫について、おびただしい謎や伝説が語られてきたが、そこにもう一つの謎が付け加えられた。
市ヶ谷事件とクーデタは本来の計画ではなく、三島は、1969年の国際反戦デーにおいて、警察力による警備では足りず、自衛隊の治安出動がなされることを期待し、治安出動に乗じて楯の会メンバーとともに皇居に突入し、「天皇を殺す」計画だったのではないか。実際には国際反戦デーが警察の圧倒的な力によって封じ込められ、自衛隊の治安出動がなくなり、計画は消え去ってしまった。最大の希望を失ってしまった三島は落胆し、見果てぬ夢を追うことすらできず、森田必勝らとともに市ヶ谷事件を起こしたのではないか。
著者は、晩年の三島の小説、座談会、手紙、当時三島と会った人々の回想など多くの記録をもとに、「幻の皇居突入計画」に迫る。政治的事件としてではなく、文学として、三島は「神」と「神の死」にこだわり、神であるべき時に人間になってしまった天皇の失政に怒り、「天皇を守る」ために「天皇を殺す」途を模索したのであろう。
肝心の皇居突入計画については資料が少なく、推測による部分も多いが、説得的である。

なお、著者は、元一水会顧問の鈴木邦男の弟で、文学研究者、山形大学名誉教授である。

Thursday, June 09, 2016

ヘイト・スピーチ研究文献(55)ナショナリズムから排外主義へ

明戸隆浩「ナショナリズムと排外主義のあいだ――90年代以降の日本における『保守』言説の転換」『社会学年誌』57号(早稲田社会学会、2016年)

90年代の「新しい歴史教科書をつくる会」、00年代の嫌韓流を素材に、「ナショナリズム」から「排外主義」への移行を追いかけ、それぞれの特徴と共通点を探り、「保守言説」と「対抗言論」の相互関係を把握しようとする。

Thursday, June 02, 2016

横浜地裁川崎支部のヘイト・デモ差止仮処分決定を歓迎する

(1)川崎支部決定
6月2日、横浜地裁川崎支部は、5日に予定されていたヘイト・デモについて、ターゲットとされた地点から半径500メートル以内のデモを禁止する仮処分決定を出した。
川崎支部は、成立したばかりのヘイト・スピーチ対策法の定義に照らしてヘイト・スピーチに当たると認定し、不法行為になると判断した。差別的言動は違法性が顕著であり、集会や表現の自由の保障の範囲外であるとし、法人も個人も人格権を侵害される差別的言動を事前に差し止める権利があるとした。
的確かつ明快な判断であり、歓迎したい。事前差し止め仮処分については、京都朝鮮学校事件に際しての京都地裁により仮処分決定があるが、対策法制定後の判断としては初めてである。
これまで繰り返し被害を受け、これと闘ってきた在日朝鮮人、地域で共に暮らす街づくりをしてこられた関係者、ヘイト・スピーチを許すなと立ち上がってきたカウンターの皆さん、ジャーナリスト、弁護団の努力に敬意を表したい。
(2)ヘイト・スピーチと表現の自由
川崎支部決定は、対策法が規定するヘイト・スピーチについて、差別的言動はもっぱら差別的意識を助長し、誘発する目的で、公然と生命や財産に危害を加えると告知することなどを考慮すれば、違法性は顕著で、もはや集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかだとし、この人格権の侵害への事後的な権利回復が著しく困難であることを考慮すると、事前の差し止めは許容されるとした。
この数年間、各地の現場でヘイト・デモ禁止を求めてきた被害者、学者、弁護士が唱えてきた主張そのものと言ってよい。
これに対して、多くの憲法学者が、「ヘイト・スピーチには被害がない」とか、「ヘイト・スピーチといえども表現の自由だ」とか、「ヘイト・スピーチの規制は民主主義に反する」など、信じがたい主張をしてきた。現実を無視し、人間の尊厳を否定する無責任な疑似憲法学である。

川崎支部決定は、疑似憲法学に惑わされることなく、ヘイト・スピーチの現実を見据え、的確な法判断を行った。日本国憲法、人種差別撤廃条約に照らして当然の判断であるし、対策法の定義に照らしても的確である。

詩人の朝鮮観を総覧し、真の友好と連帯を探る

洙『朝鮮半島と日本の詩人たち』(スペース伽耶)
『朝鮮新報』に2006年1月から3年間連載されたエッセイを基本にしつつ、全面的に改稿して、まとめた著書である。141人の詩人・歌人の詩・短歌を取り上げる。詩人のプロフィルを紹介しつつ、朝鮮に関連する詩を鑑賞する。350ページに及ぶ力作だ。
石川啄木、与謝野寛、小野有香、中浜哲に始まるが、「プロレタリア詩」としては、伊藤信吉、中野重治、佐多稲子、鹿地亘、槇村浩、西沢隆二、階戸義雄、小熊秀雄、小林園夫、古川賢一郎、郡山弘史、後藤郁子、新井徹、植村諦の14名の作品を論じている。若山牧水、三好達治、室生犀星、斉藤茂吉、北原白秋といった有名人。石川逸子、石牟礼道子、栗原貞子、中野鈴子、松田解子、大庭みな子、茨木のり子、秋野さち子、川津聖恵ら女性たちの秀作。中原中也の「朝鮮女」、森崎和江の「草の上の舞踏」、井上光晴の「黒い港」、大岡信の「慶州旅情」・・・こんなにも、と思うほどの作家・作品を知ることができる。一日一人、ゆっくり読むのが最適の著作だ。

中には朝鮮と朝鮮人に差別的にふるまった詩人も含まれるのに、著者は「すべてが朝鮮民族に連帯的で好意的な作品であることを強調しておきたい」と述べる。著者のやさしさが本書の煌きに豊かな色彩を加味している。

Wednesday, June 01, 2016

ヘイト・クライム禁止法(113)デンマーク

デンマーク政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/DNK/20-21. 30 October 2013)は、委員会の前回勧告への応答に始まる(前回勧告について、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究序説』603頁参照)。検事長が捜査中断や訴因撤回の強い権限を有していることに関心を示し、検事長の決定を監視する独立機関を設置するよう勧告した。また、刑法第266条b廃止要求に反論するよう勧告した。デンマーク刑事訴訟法は便宜主義原則を採用しているので、検事長決定に対する監視機関を設置すると基本原則を変更することになる。ヘイト・クライム実行者に対する効果的訴追の重要性にかんがみ、刑法第266条bを廃止する予定はない。
2011年9月22日、警察コミッショナー、各地の検察官、検事長はヘイト・クライム事件の効果的訴追を履行する責務を強調した。検事長は、刑法第266条b及び人種差別禁止法の違反事件の捜査と訴追に関する新たなガイドラインを提示した。人種主義的同委による犯罪について、2011年及び2012年、すべての警察管区でヘイト・クライム・セミナーを開催した。2013年には、検事長がヘイト・クライム年次セミナーを開催し、検察官、弁護士、裁判官が参加した。
人種主義発言に関する刑事事件について、2011年、検事長の新たなガイドラインにより、新たな報告制度が始まった。ヘイト・スピーチ事件について、表現の自由との関連が整理された。予審にかけられた刑法第266条b事件が検事長に報告され、検事長が訴追の可否を決定する。地方検察官の決定も検事長に報告される。ヘイト・スピーチ事件に関する裁判所の判断も検事長のウェブサイトに公表される。
2007年~2012年の刑法第266条bのヘイト・スピーチ事件は、次のとおりである。
2007年:告発15、訴追6、有罪8、略式罰金1、無罪4。
2008年:告発 9、訴追8、有罪2、略式罰金4、無罪0。
2009年:告発15、訴追6、有罪4、略式罰金0、無罪0。
2010年:告発29、訴追13、有罪7、略式罰金1、無罪2。
2011年:告発28、訴追19、有罪5、略式罰金2、無罪4。
2008年:告発26、訴追14、有罪4、略式罰金4、無罪4。

人種差別禁止法違反事件に関しても新たな報告制度が採用され、検事長に報告されることになった。2009~12年に2件が有罪となり、1件が略式罰金、1件が無罪であった。