Wednesday, February 14, 2018

映画『ラッカは静かに虐殺されている』


必見のドキュメンタリーは山ほどある。感動の物語や凄絶な映像は数えきれないほどある。言葉を失う衝撃のドキュメンタリーも枚挙にいとまがない。
 ドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている(City of Ghosts)』は、そのいずれにも該当するが、いずれからも逸脱する。
最悪のシリア内戦の渦中、イスラム国(IS)の首都とされたラッカからイスラム国の宣伝画像が発信され、インターネット世界を駆け巡った。公開処刑、暗殺、拷問を堂々と宣伝し、イスラム国の正統性と豊かさを誇る宣伝映像である。
これに対して敢然と抵抗したのが匿名の市民ジャーナリストたちだった。スマホで撮影した殺戮と抑圧の現実をラッカから世界へ発信したのだ。市民ジャーナリスト集団「ラッカは静かに虐殺されている(RBSS)」は、世界のジャーナリストが入ることのできないラッカから悲惨な現実の証拠映像を次々と世界に送り出し、イスラム国と闘った。
正体が露見すれば逮捕され、投獄される。拷問と処刑が待っている。危険に身をさらし、ラッカに居られなくなった者は隣国トルコに、さらにはドイツに亡命する。ラッカで撮影するメンバーたちと、ドイツで編集し世界に発信するメンバーたち。しかし、亡命メンバーの家族が投獄され、殺害される。正体が発覚すれば暗殺指令が出される。暗殺者はどこからやって来るかわからない。遠く離れたドイツも安心できる場所ではない。
アジズは元学生だ。ハムードは父親を身代わり殺害され兄弟も行方不明になった。数学教師だったモハマド。ハッサンはロースクール生だった。
映像は彼らの闘いと苦悩、決意と恐怖、勇気と震えをくまなく描き出す。メキシコ麻薬密売地帯の潜入ドキュメンタリーで話題となったマシュー・ハイネマン監督とスタッフはRBSSと行動を共にし、RBSSの「日常」を撮影した。
内戦と殺戮が静かに進行する。世界はラッカを見放してしまったのか。抵抗も静かに敢行される。スマホによる秘密撮影だ。匿名の市民が命がけでひそかに撮影した映像が世界に送られる。匿名のRBSSメンバーを追いかけた映像も奇妙な静けさに満ちている。
市民ジャーナリズムが世界を変える挑戦を、並走し追体験し世界に突きつけるドキュメンタリー・スタッフの闘いも見事だ。
 映画は2017年初めに完成した。その後のイスラム国崩壊は描かれていない。中東ジャーナリストの川上泰徳によると、RBSSの発表では2017年のラッカでの民間人死者は3259人だが、そのうちイスラム国による殺害被害者は548人にすぎない。63%に及ぶ2064人は米軍・有志連合軍の空爆による死者であった。ナイフによる斬首を悪魔の所業と非難しながら、空爆で膨大な市民を殺戮するアメリカの正義。それゆえ、RBSSはイスラム国と闘うだけでなく、米軍・有志連合軍による破壊と殺戮にも警鐘を鳴らしている。2017年10月、ラッカが制圧されると、クルド人民兵による襲撃がラッカを襲った。クルド人による新たな占領が始まった。RBSSの闘いは終わらない。
 『ラッカは静かに虐殺されている』は4月14日よりアップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。
 アップリンク渋谷