池上英洋『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(ちくまプリマ―新書、2020年)
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今年1月、代官山ヒルサイドテラスで開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500 年記念「夢の実現」展」の責任者の一般向け新書である。
池上は同じ出版元から本格的な研究書『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』(筑摩書房、2019年)を出している。
その上で、一般向けに執筆したのが本書だが、研究書を圧縮した訳ではない。池上はこれまでに本格的な専門研究書を出す一方で、数多くの新書本も出してきた。新書執筆のツボを心得ているので、その都度、読者を引き込むネタを用意している。
<名画をのこし、近代の夢を描いたその転載はコンプレックスまみれの青年だった>
<「未完成作」ばかりの芸術家>
500年の年月を経て、世界のだれもが認めるルネサンスの転載が、「未完成だらけ、計画倒ればかりの芸術家」であったこと。
「波乱に富んだ一生をおくった、重層的で複雑で、不運と失敗だらけの『偉大なる普通の人』」
「時には自信なさげに悩み、かと思えばわざと大きな事を言って虚勢を張ってみたりします。収入が少ないと不満を言い、部下が働かないとぼやき、わからず屋が多いと嘆きます。生い立ちからしてハンデをかかえていたので、それを跳ね返そうともがいています。母親に愛された記憶がわずかなためでしょう、一生母性への憧れを持ち続け、それを画面の上に吐露してきます。おまけに幼い頃に十分な教育を受けていないためにコンプレックスを抱えていたし、学問の探求を始めてからは実際にそのせいで苦労もします。」
そんなレオナルドが、なぜ、どのようにして、あの傑作群を残す天才芸術家として生きたのか。
その謎を本書は一つひとつ解き明かす。読者は池上の手のひらの上で、そうだったのか、と呟きながら頁をめくることになる。
レオナルドはコーヒーも紅茶も呑んだことがない。トマトを食べたことがない。こういう一口知識も、レオナルドの収入、買い物リストから判明する。
もちろんエピソードだけではない。レオナルドの科学的精神がいかなる成果を生み出したのか。いかなる技法で作品制作に挑んだのか。読者の意欲をそそる新書本である。