Wednesday, October 15, 2025

<金竜介弁護士への書簡

「憲法フェスティバル実行委員会への書簡」に関連して(第4信)>

 

金竜介様

 

 私たちは憲法フェスティバル実行委員会宛てに2通のお手紙をお届けしました(第1・2信)。琉球民族遺骨返還問題に関連して、琉球民族に対する差別を問う書簡です。

それに対して、並木陽介弁護士から書簡を頂きましたが、その内容は「回答しないという回答」にすぎませんでした。社会的責任は考えない、差別問題への回答も対話も拒否するという姿勢におおいに落胆させられました。

そこで私たちは並木弁護士及び憲法フェスティバル実行委員会宛てに第3信をお届けしました。

その後、憲法フェスティバル実行委員長が金竜介弁護士であることを知りました。そこで、今回は金竜介弁護士に書簡を差し上げることにしました。憲法フェスティバル実行委員会は社会的責任など毛頭考えないようですが、金竜介弁護士個人として、この問題について考えていただくことができるのではないかと期待しています。

 

金さん

 

私たちは、本年621日に開催された第37回憲法フェスティバルには琉球民族に対する差別とレイシズムが潜んでいるのではないかと警鐘を鳴らしました。「祖先の墓を暴かれ、骨を盗まれ、返還を求めても対話を拒否され、侮辱された人々の痛みの声を、憲法フェスティバル実行委員会は、どのようにお聞きでしょうか」と問いかけ、対話を求めました(第1信・本年614日付)。

 

これに対して憲法フェスティバル実行委員会は一切応答することなく、差別とレイシズムについて自己点検することもなく、第37回憲法フェスティバルを実施しました。講演において19463月に実施された衆議院選挙において平等が実現したという見解が示されました。しかし、同選挙においては沖縄県民と旧植民地出身者(その多くは朝鮮人)の選挙権が剥奪されたのが事実です。私たちは琉球民族と朝鮮人を排除して平等の実現を語るのでしょうかと問いかけました(第2信・本年76日付)。

 

並木陽介弁護士から私たちに寄せられた書簡(本年731日付)は「憲法フェスティバル実行委員会は、様々な立場や思想にこだわることなく、かつ弁護士や法律家だけでなく多くの一般市民の皆さんをメンバーとして構成している実行委員会です。そうした性格から、頂きました個別具体的な問題についての統一した見解をまとめて公表ないし回答するなどといったことは行っておりません」というものでした。回答しないという回答です。

 

そこで、私たちは「差別の恐れを指摘され、事後に質問がなされたにもかかわらず、どこにも通用しない『一般論』をタテに回答を拒否するのは『誠実』と言えるでしょうか」、「民族差別の被害者を無視し、排除することは民族差別の上塗りではないでしょうか」と重ね、「せめて、あなたが差し出している、その差別の手を引っ込めていただくことはできないでしょうか」と問いかけました(第3信・本年8月7日付)。

 

その後、憲法フェスティバル実行委員会からの応答はありません。無視と排除と「回答しないという回答」――これが、すべてです。

 

 金さん

 

 琉球民族遺骨返還問題について第1信において略述し、主要な参考文献をお知らせしましたが、今回はこの問題が国際的に注目を集めていること、そして山極壽一氏の差別行為が国際常識に反することをお知らせします。第1に国連人権理事会における議論、第2にアメリカ人類学会の報告書をご紹介します。

 

 第1に国連人権理事会です。

先住民族の遺骨返還は、アメリカのスミソニアン博物館、イギリスの大英博物館・自然史博物館、オーストラリア国立博物館などで始まりました。被害を受けてきた先住民族の長期に及ぶ権利獲得要求の結果、2007年の国連先住民族権利宣言第12条は次のように規定しました。

 

「1 先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利を有し、儀式用具を使用し管理する権利を有し、遺骨の返還に対する権利を有する。

2 国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある効果的措置を通じて、儀式用具と遺骨のアクセス(到達もしくは入手し、利用する)および/または返還を可能にするよう努める。」

 

 国連先住民族作業部会及び国連人権理事会では、先住民族の遺骨返還要求権について議論してきました。国連人権理事会第44会期決議は、先住民族の宗教用具や遺骨の返還に関する調査研究を、国連教育科学文化機関、世界知的所有権機関、先住民族権利専門家委員会、先住民族の権利特別報告者、先住民族問題常設フォーラムに要請しました。

 

 例えば2020年7月21日、先住民族権利専門家部会は、国連人権理事会第45会期に報告書『国連先住民族権利宣言の下で葬儀用具、遺骨、無形文化財の返還』(A/HRC/45/35)を提出しました。

 

 報告書によると、ノルウェーの文化史博物館とオスロ大学文化史博物館、スウェーデン歴史博物館、フィンランドのヘルシンキ大学がサーミ人の遺骨を返還しました。さらにニュージーランドのパパ・トンガレワ博物館、スイス・チューリヒ大学、スウェーデン民族誌博物館など、各地で返還が進みました。

 

 先住民族に遺骨に関する権利は国際人権法の一環として認められてきた権利です。慰霊や追悼や宗教儀式の権利は社会的文化的権利の中核を成します。

 

 金さん

 

 第2にアメリカ人類学会の報告書です。

アメリカ人類学会・人骨の倫理的取り扱い委員会は20225月から20245月まで幅広い調査・検討を加えて、20246月に130頁に及ぶ詳細な最終報告書をまとめました(American Anthropological Association, The Commission for the Ethical Treatment of Human Remains, FINAL REPORT, June 2024)。

 

 最終報告書は、先住民族遺骨問題を入植者植民地主義、海外帝国主義、奴隷制、及び白人至上主義の問題として検討しています。人類学という学問が「科学的人種主義」に陥り、奴隷制、植民地主義、白人特権、家父長制を自然現象であるかのごとく錯覚したことを反省しています。

 

 最終報告書にはアイヌ民族及び琉球民族の研究者も情報提供しました。松島泰勝もその一人です。最終報告書の表紙には、琉球・今帰仁村の百按司墓(むむじゃなばか)の写真が採用されています。ここから盗まれた遺骨を隠匿してきたのが京都大学であり、山極氏です。山極氏による民族差別とレイシズムは今や世界周知の事柄です。

 

 最終報告書に付された「アメリカ自然人類学学会倫理綱領」は、人類学研究者のための倫理枠組みを発展させる原則とガイドラインを定めています。研究者の倫理的義務として人間の福利の尊重、人間の安全・尊厳・プライヴァシーを侵害しないこと、人間を研究対象とする場合には当事者に情報提供し説明をした上で同意を得ることが明記されています。

 

 以上の通り、先住民族遺骨問題とは、レイシズムによる人権侵害問題であり、研究者には人権侵害を惹起しない倫理的責任が求められています。

 

 それでは山極壽一氏はどのように行動したでしょうか。京都大学による琉球民族遺骨問題についての山極氏の言動はすでに繰り返し述べてきた通りです。

 

金さん

 

 琉球民族(松島)からの問いかけに対して、無視と無回答を続けてきたことは、山極氏ではなく、憲法フェスティバル実行委員会のレイシズムを如実に表現しているのではないでしょうか。金さんはどのようにお考えでしょうか。

実行委員会は社会的責任を考えないようですが、金さんはいかがでしょうか。

実行委員会は琉球民族と朝鮮人を排除して平等を語ることに疑問を感じないようですが、金さんはいかがでしょうか。

 

 なお、私たちは来る11月1日、日本平和学会2025年度秋季研究集会において、「琉球・沖縄・島嶼国及び地域の平和分科会」として「テーマ:現在も続く学知の植民地主義を問う」という分科会を開催します。下記の報告を予定しております。

報告 :松島泰勝(龍谷大学)「東京大学に対する琉球人遺骨返還運動琉球人差別の歴史的清算を求めて」

報告:さいとう・まお(東大遺骨返還プロジェクト)「学術界と責任―東大遺骨返還プロジェクトの運動から」 

報告:與儀幸太郎(ハワイ大学大学院博士課程)「遺骨返還運動と先住民族思想」

報告:前田朗(朝鮮大学校)「護憲平和なら差別容認でもやむをえないのか―憲法フェスティバルによる琉球民族差別を考える」

 

 金さん

 

 アイヌ民族および琉球民族は先住民族として、盗まれた遺骨の返還を求めてきました。

 他方、植民地時代に強制連行その他の理由で日本列島や南洋の島々に送られた朝鮮人の遺骨返還も現代史の重要テーマでした。

 朝鮮人強制連行真相調査団をはじめとする団体が、各地で保管されていた遺骨をご遺族のもとに返還するための努力を長年にわたって続けてきました。前田はその一員として長年活動してきました。

 北海道の雨竜ダム工事のために使役され、亡くなった朝鮮人の遺骨を発掘し、ご遺族のもとに返還する民間の努力も続いてきました。

 山口県の長生炭鉱では、水没事故により海底炭鉱に閉じ込められていた犠牲者の遺骨発掘作業が行われ、本年8月、ついに海底からご遺骨が発見されました。

 ご遺骨は単なる物でも、単なる研究資料でもありません。遺族やコミュニティにとっては慰霊・追悼の対象です。

 

 憲法フェスティバル実行委員会としてではなく、金竜介弁護士として、この問題に関心を寄せていただき、ともに考えていただくことはできないでしょうか。

 

 20251016

 

前田朗(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)共同代表、青年法律家協会弁護士学者合同部会・元東京支部長、朝鮮大学校講師、東京造形大学名誉教授)

松島泰勝(琉球民族遺骨返還請求訴訟元原告団長、琉球民族遺骨情報公開請求訴訟元原告、ニライ・カナイぬ会共同代表、龍谷大学教授)

 

*本書簡へのご意見やお問い合わせは下記へお願いします。

前田 E-mail: akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp

松島  E-mail: matusima345@yahoo.co.jp

 

<憲法フェスティバル実行委員会への書簡――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>

https://maeda-akira.blogspot.com/2025/06/blog-post_13.html

<憲法フェスティバル実行委員会への書簡(第2信)――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>

https://maeda-akira.blogspot.com/2025/07/2.html

<憲法フェスティバル実行委員会からの書簡>

https://maeda-akira.blogspot.com/2025/08/blog-post_6.html

<並木陽介弁護士への書簡 憲法フェスティバル実行委員会への書簡(第3信)  ――あなた方はいつまで琉球差別を続けるつもりなのですか>

https://maeda-akira.blogspot.com/2025/08/3.html

 

<最近の関連報道>

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