Friday, June 13, 2025

憲法フェスティバル実行委員会への書簡 ――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う

憲法フェスティバル実行委員会への書簡

                  ――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>


憲法フェスティバル実行委員会様

 

 今年も憲法フェスティバルの日が迫ってきました。第37回憲法フェスティバルのテーマに「戦後80年と憲法~これまでとこれから」と明記されているように、「戦後80年」という節目に平和憲法の歴史と現在を顧みて、これからの課題を探ることはとても大切で、有益なテーマだと思います。

重要なテーマを掲げて挑まれる皆さんのご努力に敬意を表します。長年にわたって平和と民主主義を求めて憲法を活かすご努力を積み重ねてこられたことにも敬意を表します。

 

さて、来たる621日開催の第37回憲法フェスティバル(テーマ「戦後80年と憲法~これまでとこれから」)のメインの講演者に、山極壽一氏(総合地球環境学研究所)のお名前があります。『人間の本性から平和への道を探る』という講演が予定されています。

山極氏の名前は、近年繰り返し報道された「琉球民族遺骨返還請求訴訟」においても見ることができます。琉球民族遺骨返還訴訟とは次のような訴訟です(⇨資料①)。

1929年、京都帝国大学の研究者が琉球の今帰仁村の百按司墓から遺骨を持ち去り、研究材料としました。訴訟当時、京都大学総合博物館に保管されていました。遺族や琉球先住民族の原告が、その実見や返還を繰り返し要望しましたが、京都大学(山極壽一総長)によって拒否されました。対話も面会も拒否されました。やむをえず、5人の琉球民族が京都地裁に返還を求めて提訴しました(⇨資料②~⑥)。

原告は次の通りです。

松島泰勝(龍谷大学教授、琉球先住民族)

亀谷正子氏(琉球王国第一尚氏の子孫)

玉城毅氏(琉球王国第一尚氏の子孫)

金城實氏(彫刻家、琉球先住民族)

※提訴時は照屋寛徳氏(衆議院議員、弁護士、琉球先住民族)も原告でしたが、2022年に亡くなりました。

被告は京都大学です。

 

原告は次のように主張しました。

①盗掘された遺骨だと知りながら返還しないことは、原告らの返還請求権や、祖先の回顧及び祭祀に関する自己決定権を侵害する。

②研究者である松島泰勝からの遺骨の実見の申し出に誠実に対応しなかったことは、松島の琉球先住民族としてのアイデンティティや研究者としての利益を侵害し、他の原告をも侮辱する行為である。また、山極氏(当時・京都大学総長)が2019年に、京大の職員組合との懇談において原告の松島を「問題のある人と承知している」と述べたことも侮辱的である。

 

①京都地裁及び大阪高裁は、法的な返還請求権はないとして、原告らの請求を斥けました。大阪高裁は返還請求や慰謝料請求を退けましたが、百按司墓に祀られた王族の子孫である亀谷氏と玉城氏は、祖先の遺骨を墓に安置した状態で祀りたいという法的保護に値する利益を有すると認めました。

②また、先住民族の遺骨が返還された諸外国の事例を多数挙げ、遺骨返還は「世界の潮流になりつつある」ことも認めました。

③判決は「事案の概要」において、「本件は、沖縄地方の先住民族である琉球民族に属する控訴人らが……」として、琉球民族が先住民族であること、そして「不法行為に基づく損害賠償請求について」において、「昭和初期の沖縄が大日本帝国による植民地支配を受けていたと評価できる」として、日本の琉球に対する植民地支配を事実認定しました。(令和4年(ネ)第1261号 琉球民族遺骨返還等請求控訴事件、令和5年9月22日 大阪高等裁判所第6民事部判決、⇨資料⑦)

 

 山極氏は201420年に京都大学総長を務めました。松島や照屋氏が遺骨の実見を要請した時の京都大学総長であり、遺骨の現状に関する情報公開を拒み、対話も面会も拒み、さらに松島を侮辱する発言を公然と行いました。

 

 なお、202412月、京都大学は今帰仁村教育委員会と「移管協議書」を交わし、「再埋葬(実際は再風葬)」しないことを条件として20255月、遺骨が今帰仁村教育委員会に移管されたと連日報道されました(⇨主な新聞TV報道を末尾に付します)。控訴審判決後に対話を求めた元原告らの要請はすべて拒否されました。

また、25611日、京都大学はオーストラリアの先住民族ヤウルとバーディ・ジャウィの遺骨各一体を「再埋葬」の条件なしに返還しました。琉球民族に条件なしに返還できる証拠です。

 

この訴訟で問われたのは、「学問の植民地主義」です(⇨資料⑧)。

1に、京都帝国大学の研究者が、研究名目で墓を暴いて遺骨を持ち去りました。墳墓発掘罪(刑法第189条)に該当する行為ではないでしょうか。

2に、京都大学は、盗骨であることを知りながら、その後も保管し続けました。

3に、京都大学は、遺骨の状態を知るべく実見を申し出た松島に回答をすることなく、その来訪を拒みました。衆議院議員の照屋氏による質問についても十分な回答をしませんでした。

4に、山極氏は、原告団長の松島について「この件を訴えている方は問題のある人と承知している」(「山極総長とのあいさつ会見」(京都大学職員組合『職員組合ニュース』2019年度[第2号]2019826日)などと侮辱する発言をしました。松島が抗議の手紙を送りましたが、回答はありません。

 

学問の名において琉球民族の墓地から骨を持ち去り、「研究対象」とすることは植民地主義のなせる業ではないでしょうか。盗まれた遺骨を保管し、琉球王国の遺族・関係者にも見せず、隠匿し続けたことは、植民地主義と人種主義の発露と言うべきではないでしょうか。遺骨返還請求訴訟の原告を「問題のある人」と侮辱することは、民族差別ではないでしょうか。このようなことを公言されて傷つかない人がいるでしょうか。

 

この国の植民地主義をどのように理解しているのか、学問の自由とは何なのかが問われています。

かつて世界の植民地宗主国は各地から遺骨を持ち去り、研究対象としました。20世紀末頃から、先住民族の国際運動により、遺骨問題が世界的な課題となりました。2001年のダーバン人種差別反対世界会議は、遺骨の返還を求める先住民族の権利を確認しました。2007年の国連先住民族権利宣言は、遺骨等の返還を求める先住民族の権利条文化しました。21世紀に入ってスミソニアン博物館、大英博物館、オーストラリア国立博物館をはじめとして世界各地の博物館が遺骨等を先住民族コミュニティに返還するようになりました。

日本でも同様の事案で、北海道大学の研究者らが持ち去ったアイヌ民族の遺骨は、一部はアイヌ民族に返還されました。また多くはアイヌ民族の象徴空間とされる「ウポポイ」に保管されています。ここにもなお議論するべき論点が残されています(⇨資料⑨⑩)。

 

 祖先の墓を暴かれ、骨を盗まれ、返還を求めても対話を拒否され、侮辱された人々の痛みの声を、憲法フェスティバル実行委員会は、どのようにお聞きでしょうか。

 

憲法フェスティバル実行委員会は、本件訴訟及びその後の経過についてどのような見解をお持ちでしょうか。植民地主義を継承し、人種民族差別を実践してきた責任者が、日本国憲法の平和主義について語ることは、憲法フェスティバルの理念と目的に合致しているのでしょうか。

 

 621日の憲法フェスティバルの舞台で、憲法フェスティバル実行委員会は、「日本国憲法の平和主義や基本的人権」と「他民族の遺骨盗取・隠匿・返還拒否・対話拒否」の関係について、ご見解を明らかにされることを要望します。

また、山極氏が琉球民族遺骨返還の声を無視し、対話を拒否し、原告団長の松島に対する民族差別を行ったことにつき、まずは説明責任を果たすよう、憲法フェスティバル実行委員会として山極氏に勧奨することを要望します。

 

 最後になりますが、憲法フェスティバル実行委員会が、今後も戦争と植民地主義に抗し、レイシズムと差別に反対し、平和主義、民主主義、自由と人権を尊重する取り組みを継続されることを望みます。

 

2025614

 

<代表>

前田朗(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)共同代表、青年法律家協会弁護士学者合同部会・元東京支部長、朝鮮大学校講師、東京造形大学名誉教授)

松島泰勝(琉球民族遺骨返還請求訴訟元原告団長、琉球民族遺骨情報公開請求訴訟元原告、ニライ・カナイぬ会共同代表、龍谷大学教授)

 

*本書簡へのご意見やお問い合わせは下記へお願いします。

⇨前田 E-mail: akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp

⇨松島  E-mail: matusima345@yahoo.co.jp

 

<連名>

           *202561710名追加、計85

吾郷健二(西南学院大学名誉教授)

大河原康隆(法および言語研究室)

岡山文人(神奈川県在住)

小野政美(日本戦没学生記念会「わだつみ会」常任理事)

小番伊佐夫(三一書房代表)

寺尾光身(名古屋工業大学名誉教授)

野口壽一(『ウエッブ・アフガン』編集発行人)

橋爪美真(明治大学法学部学生)

宮本弘典(関東学院大学教授)

吉井健一(護憲ネットワーク北海道代表)

                                        *2025614日現在 75

青柳寛(明治学院大学国際平和研究所所員)

青柳行信(原発止めよう!九電本店前ひろば村長)

東江日出郎(東北公益文科大学准教授) 

秋山史(ピリカ全国実・関西)

足立昌勝(関東学院大学名誉教授)

飯島秀明(平取「アイヌ遺骨」を考える会)

壱岐昌弘(さいたま市浦和区在住)

井桁碧(東日本部落解放研究所、VAWW RAC

伊佐眞一(琉球近現代研究家)

石塚伸一(龍谷大学名誉教授)

石原博美(豊見城市民)

板垣竜太(同志社大学社会学部社会学科教員)

位地沙枝子(東京都府中市在住)

上村英明(衆議院議員、市民外交センター元代表)

鵜飼哲(一橋大学名誉教授)

大口昭彦(弁護士)

大山慶一(ピリカ全国実)

岡田仁(明治学院大学教員) 

片岡とも子(ピリカ全国実・関西)

亀谷正子(琉球王国第一尚氏の子孫、琉球民族遺骨返還請求訴訟元原告)

木戸衛一(大阪大学招へい教授)

木村朗(鹿児島大学名誉教授)

木村敬(ピリカ全国実・関西)

木村二三夫(平取アイヌ遺骨を考える会代表)

金時江(茶門セミナー・ハンマダン主宰)

金正則(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)キャスター)

楠本孝(三重短期大学名誉教授)

熊本理抄(大学教員)

小泉雅弘(さっぽろ自由学校「遊」)

纐纈厚(山口大学名誉教授)

小坂田裕子(中央大学教授)

駒込武(京都大学大学院教育学研究科教授)

呉屋初子(宜野湾市民) 

佐高信(評論家)

佐藤嘉幸(筑波大学教員・哲学)

島袋敏子(ニライ・カナイぬ会)

清水雅彦(日本体育大学教授)

辛淑玉(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)共同代表)

鈴木澄江(札幌市に人種差別撤廃条例をつくる市民会議)

祖慶眞行(琉球先住民族の権利保障・回復を求める有志の会代表)

高橋哲哉(東京大学名誉教授)

高良勉(琉球の詩人・批評家)

田中利幸(歴史家)

知念ウシ(むぬかちゃー、大学非常勤講師)

照屋良昌(ニライ・カナイぬ会、命どぅ宝!琉球の自己決定権の会、沖縄自治の風)

照屋信治(沖縄キリスト教学院大学教授) 

とぅなち隆子(沖縄の基地を考える会・札幌)

当真嗣清(琉球弧の先住民族会(AIPR)代表)

渡口正三(ニライ・カナイぬ会)

友永雄吾(龍谷大学国際学部教授) 

冨山一郎(同志社大学〈奄美―沖縄―琉球〉研究センター長)

中川慎二(関西学院大学教授)

仲宗根勇(元東京簡易裁判所裁判官)

中野敏男(東京外国語大学名誉教授)

中村尚樹(ジャーナリスト)

仲村涼子(ニライ・カナイぬ会共同代表、琉球民族独立総合研究学会、琉球先住民族まぶいぐみぬ会)

波平裕子(会社員)

根保清次(琉球独立共和党)

野平晋作(ピ一スボ一ト共同代表)

糟谷奈保子(日本軍「慰安婦」問題の解決を目ざす北海道の会)

畠山大(北海道教育大学准教授)

廣本康行(ピリカ全国実・関西)

藤岡正男(ピリカ全国実・関西)

藤岡美恵子(法政大学教員)

的場昭弘(神奈川大学名誉教授)

三村修(富坂キリスト教センター総主事)

元百合子(国際人権法研究者)

元山仁士郎(一橋大学大学院法学研究科博士後期課程、神奈川大学非常勤講師)

山内小夜子(琉球民族遺骨返還を求める会・関西)

吉池俊子(アジア・フォーラム横浜代表)

吉田健一(鹿児島大学准教授)

與儀睦美(琉球人遺骨の返還を求める会/関東)

與那嶺貞子(琉球先住民族まぶいぐみぬ会)

李若愚(中国・四川大学准教授)

渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam))

 

 

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<関連資料>

 

①琉球遺骨返還請求訴訟支援全国連絡会のブログ『琉球遺骨の返還を求めて』

https://ryukyuhenkan.wordpress.com/

②木村朗・前田朗編『ヘイト・クライムと植民地主義』(三一書房、2018年)

https://31shobo.com/2017/11/18003/

③松島泰勝『琉球 奪われた骨――遺骨に刻まれた植民地主義』(岩波書店、2018年)

https://www.iwanami.co.jp/book/b376415.html

④松島泰勝・木村朗編『大学による盗骨――研究利用され続ける琉球人・アイヌ遺骨』(耕文社、2019年)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784863770522

⑤松島泰勝・山内小夜子編『京大よ、還せ――琉球人遺骨は訴える』(耕文社、2020年)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784863770607

⑥松島泰勝『学知の帝国主義――琉球人遺骨問題から考える近代日本のアジア認識』(明石書店、2022年)

https://www.akashi.co.jp/book/b619316.html

⑦琉球民族遺骨返還等請求控訴事件・令和5年9月22日 大阪高等裁判所判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/437/092437_hanrei.pdf

⑧松島泰勝・伊佐眞一他編『取い戻さな!我した琉球 先祖ぬ骨神――琉球民族脱植民地化闘争の記録京大遺骨返還訴訟/沖縄県情報公開訴訟』(琉球館、2025年)

https://mangroove.shop-pro.jp/?pid=184619801

⑨北大開示文書研究会編『アイヌの遺骨はコタンの土へ――北大に対する遺骨返還請求と先住権』(緑風出版、2016年)

https://ryokufu.com/product/8461-1604-0

⑩石原真衣・村上靖彦『アイヌがまなざす――痛みの声を聞くとき』(岩波書店、2024年)

https://www.iwanami.co.jp/book/b646699.html

 

<琉球民族遺骨返還問題の主な最新報道>

・「京大が「琉球遺骨」移管」(『京都新聞』2025529日)

・「京都大学、琉球の遺骨「返還」昭和初期に研究者が持ち出し」(『日本経済新聞』、529日)

・「京大が「琉球遺骨」を地元に移管 人類学者が墓から持ち出した26体」(『毎日新聞』529日)

・「琉球人遺骨移管に関する松島のインタビュー」(『毎日放送(MBS)』、529日)

・「京都大、琉球の遺骨を「返還」昭和初期に研究者が持ち出し」(『共同通信社』配信記事、529日)

・「持ち去り遺骨を沖縄に返還=昭和初期に研究目的でー京大」(『時事通信社』配信記事、529日)

・「墓所からの持ち出しの「琉球遺骨」、最少で29体 京大が回答」(『毎日新聞』530日)

・「百按司墓から持ち出された遺骨 京都大学が今帰仁村へ返還」(『沖縄テレビ(0TV)』放送、530日)、

・「京都大学が琉球王国時代の墓の遺骨を沖縄今帰仁村に移管」(N H K放送、530日)

・「京大、琉球の遺骨「返還」」(『沖縄タイムス』530日)

・「京大、今帰仁教員に26体、「埋葬せず」条件」(『琉球新報』530日)

・「Okinawan remains looted in early Showa Era returned by Kyoto University」(Japan Times, May 30

・「京都大、戦前に持ち去った沖縄の遺骨26体分を今帰仁村に返還」(『読売新聞』530日)

・「旧京都帝国大学の学者が持ち帰った「百按司墓」の遺骨 京大が今帰仁村に移管」(『琉球放送(RBC)』放送、5月31日)

・「琉球人遺骨「返還」静かに眠る権利道半ば」(『沖縄タイムス』社説531日)

・「京大琉球人遺骨移管 世界潮流に合うか検証を」(『琉球新報』社説531日)

・「「再風葬しない」・・・琉球民族の心を無視」(『東京新聞』531日)

・「持ち去り400体開示もなく 非公表のまま26体移管」(『京都新聞』67日)

・「遺骨返還の東大は「最も差別的」 ハワイ先住民が耳を疑った言葉」(『毎日新聞』611日)

・「「なぜ、誰が….」「真実語って」京大から遺骨返還の豪先住民の思い」(『毎日新聞』611日)