Monday, March 31, 2014

国際司法裁判所の捕鯨中止命令に思う

3月31日、国際司法裁判所(ICJ)が、日本による調査捕鯨には科学的目的が認められないとして、南極海における捕鯨を中止する命令を下した。日本の調査捕鯨は国際法違反としてオーストラリアが訴えて、日本がこれに応訴した訴訟だ。                                                                                                         クジラ大好き人間の私としては大変残念だ。せせり・さえずり、さらしクジラ、百尋、刺身ステーキ、本皮、鹿の子、ベーコン、コロ・・・。食べられなくなってしまう。尾の身の刺身はとうの昔になかなか食べられなくなった。ICJに行ったのが間違いだ。100%負けるとわかっていたのだから。                                                                                                 元グリーンピース・ジャパン事務局長の星川淳さんの本『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』を読んで、捕鯨反対の理屈に全面反論できなかったのを覚えている。現在の国際法と、環境保護思想と、日本の捕鯨の実態を前提とすると、残念ながら「くじら、おいしいのに」という反論しか残らなかった。                                                                                                       と思っていたら、朝日新聞4月1日2面に驚愕の見出しを発見。                                                                                                     「日本捕鯨まさかの完敗」。                                                                                                                         何、これ?という感じだ。出るところに出れば100%負けると決まっていたのに、「まさかの完敗」などと書いている。これは外務官僚の感想だと言う。朝日によると、「日本政府内では、日本に有利な判決が出るとの見方が強かった」、「首相周辺は『売るほどは捕るな、と言いつつ、調査捕鯨自体は認める形に落ち着くのではないか』と楽観的な見通しをかたっていた。ある外務省関係者は『日本が勝ちすぎると、欧米などの反捕鯨感情を刺激するのではないか』と余裕を示していたほどだ。」という。                                                                                                                                                 開いた口がふさがらない。首相周辺と外務官僚は底抜けのおバカさん。何もわかっていない。私のような素人でもわかることだ。第1に、捕鯨をめぐる国際世論・国際感情が国際捕鯨取締条約制定時よりも厳しくなっている。捕鯨だけではなく、他の環境保護、自然保護とつながって、現代思想の一翼にさえなっている。第2に、科学目的の調査捕鯨と称して大量に殺害し、その大半を海に捨ててきたことが発覚している。証拠写真までそろえられている。一方で、おいしい部分だけ日本に持ち帰り、闇で横流しして市場に出してきた。こんなことが発覚していては勝てるはずがない。第3に、2008年のグリーンピース事件だ。闇の横流し不正を告発するために現場を押さえて公表したグリーンピースメンバーを、なんと処罰してしまった(2011年最高裁で確定)。不正を告発した人間を捕まえて犯罪者に仕立てて処罰し、不正を隠蔽したのだ。日本政府が意図的に不正の「共犯者」になった。この件は国内でも大きく報道されたが、国際社会でも知られている。ICJの審理に直接取り上げられてはいないかもしれないが、背景事情としては極め付きに大きい。完全にアウトだ。この件によって、日本の捕鯨の実態が世界に知られてしまったからだ。 こんな状況でICJに行くこと自体間違っている。応訴せずに、ひたすら逃げ回るべきだった。その間に、調査捕鯨の枠を徐々に狭めて、なんとか国際世論の容認する範囲にとどめて行けば、なんとかなったかもしれない。                                                                                                                                               何一つ根拠もなしに「勝てる」などと妄想を膨らませ、国際法も国際情勢も読めない無能な外務官僚のせいで、クジラが食べられなくなる。情けない。

Friday, March 28, 2014

映画『遺言――原発さえなければ』

映画『遺言――原発さえなければ』(監督・豊田直巳・野田雅也)を観た。東中野のポレポレで先週までの上映だったので、観ることができないと思っていたが、延長になったおかげで観ることができた。同じような人が多かったようで、昨夜の東中野ポレポレには知り合いが多かった。上映前の監督トークで原発訴訟弁護士の河合裕之(弁護士)も紹介されていた。                                                                                   3.11から3年間、250時間のフィルムから厳選された4時間弱のフクシマ物語。飯館の酪農家たちの原発被害、放射能との闘い、牛を処分せざるを得ない苦悩、避難、仮設住居。家族が離れ離れになり、コミュニティが消えていく不安。何と闘っているのかが見えない。いつまで闘えばよいのかもわからない。恐怖と不安と悲嘆のなか自ら命を絶つ人も。本当の敵は霞が関や永田町にいるのだが、向き合うこともできない。被害者の言葉は届かない。底抜けの無責任と頽廃こそ、この国の中枢の特質だ。国民を殺す国家の棄民政策はいまだに変わらない。言葉にならない思いが、さまざまに映し出された映画だ。                                                                    あまりの悲劇に涙が出る。何度も何度も涙に襲われる。この涙は何だろうか。映画を観て涙を流すことほど簡単なことはない。飯館の被災者たちは、泣いて、泣いて、泣いて、その挙句にまだ泣いて、生きている者は生き続けているのだ。必死に、決意を込めて、プライドを保って、それぞれの人生を生き抜いている。観客は、心を痛めて涙を流しつつ、立ち上がった酪農家たちに励まされて、再びともに闘う決意を固めるしかない。                                                                  ジャーナリストとしての意地と覚悟と勇気をもってこの作品をつくり上げ、世に送り出してくれた豊田直巳と野田雅也――お2人に感謝。                                                                                                                 ジュネーヴから帰国の飛行機でエコノミー症候群状態なのに、ポレポレで4時間座っていたので、身体的には辛く、重たい映画に精神的にも辛い気分だが、観て良かった、間に合ってよかった。

Thursday, March 27, 2014

映画『BOX』が提起するもの 

映画『BOX』が提起するもの                                                                                                                                   法の廃墟(34)『無罪!』2010年7月                                                                                                                                                                                                                                袴田事件の深層                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     映画『BOX――袴田事件 命とは』(二〇一〇年、監督・高橋伴明)は、死刑冤罪・袴田事件を、無実の罪で死刑囚とされた袴田巌の側だけではなく、無実と思いながらも心ならず死刑判決を書かなければならなかった裁判官・熊本典道の側の視点を重ね合わせて、刑事裁判の「闇」を見事に描き出している。高橋伴明監督は、三菱銀行人質事件を題材とした『TATOO<刺青>あり』以来、一般映画を撮り始め、『光の雨』『禅ZEN』『丘を越えて』を送り出してきた。裁判官・熊本典道を演じたのは、『月はどっちに出ている』『マークスの山』『カオス』『光の雨』『樹の海』『力道山』『旅立ち――足寄より』『鑑識・米沢守の事件簿』の萩原聖人。死刑囚・袴田巌を演じたのは、『GO』『青い春』『血と骨』『ゲルマニウムの夜』『松ケ根乱射事件』『蟹工船』『ヴィヨン妻』『クヒオ大佐』『蘇りの血』の新井浩文。いずれも秀逸な役者であり、できばえは素晴らしい。他にも、石橋凌、岸部一徳、葉月里緒奈、塩見三省、保阪尚希、雛形あきこなどが出演している。                                                                                                                                                                              映画は、袴田巌と熊本典道が同年の生まれとし(事実は異なるが)、まったく異なる境遇の二人の人生を意外な形で交錯させる。一方はアマチュアからプロボクシングへの道を進み、期待されながらも挫折し、静岡県清水市の味噌工場で働くことになり、他方は司法試験に合格し将来を嘱望された裁判官となり静岡地方裁判所に赴任した。袴田巌は、味噌工場専務宅の強盗放火殺人事件で被告人とされた。理由は、従業員の中で巌だけが遠州生まれのよそ者だったこと、元プロボクサーであったことだ。巌を犯行と結びつけるような証拠は実際はなかった。強引な身柄拘束と拷問による自白強要が続き、巌はついに自白調書を作られる。公判で犯行を否認する巌に驚いた熊本判事は、供述調書を精査し、供述の異様な変遷に疑問を抱く。さらに、取調べ時間の異常な長さにも驚く。強引に自白を強要した様子が想像できる。ところが、犯行から一年余り経過した時期に、突如として味噌工場の樽から血染めの犯行着衣が発見され、検察官は犯行着衣を当初のパジャマから変更した。だが、新証拠には数々の疑念があった。熊本判事は、自白調書も新証拠も巌の犯罪立証にはつながらず、それどころか警察による不可解な作為の産物であることを見抜く。                                                                                                                                                だが、地方裁判所の裁判体は三人の裁判官による合議だ。他の二人の裁判官は有罪を主張する。熊本の必死の説得にもかかわらず、多数決で判決は死刑と決まる。しかも、判決は主任判事が書く慣例になっている。ただ一人有罪に反対した熊本が死刑判決を書かなければならない。映画は、無実と確信しながら死刑判決を書かねばならなかった熊本の苦悩を描く。捜査批判を展開した「付言」を盛り込むのが精一杯の抵抗であった。判決後、熊本は裁判官を辞職し弁護士となり、大学で刑事訴訟法の講義も担当した。その間、巌の無罪を立証する証拠を作成して、弁護団に送り届けた。しかし、東京高裁でも最高裁でも死刑判決は覆ることなく、巌の死刑が確定した。                                                                                                                                                                                                                                                                                                           二つの地獄か                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  弁護士となり一時は羽振りを利かせた熊本だが、その後の人生は転落の一途だったという。自殺未遂、放浪、家庭の崩壊。見る影もない人生を歩み、妻や子どもたちも「被害者」となった。だが、二〇〇七年二月、紆余曲折を経て、熊本は、自分が無罪と確信しながら死刑判決を書かねばならなかった事実を公表した。世間に衝撃が、刑事司法に亀裂が走った。合議の秘密をあえて侵してでも真実を語り、無実の死刑囚を救おうという熊本の闘いが始まった(山平重樹『裁かれるのは我なり――袴田事件主任裁判官三十九年目の真実』双葉社、二〇一〇年)。                                                                                                                                                                                   獄中の巌、再審請求に力を尽くしてきた姉と救う会の人々、そして袴田弁護団は、熊本証言の新局面のもとに再審の扉をこじ開けるために奮闘した。ところが、二〇〇八年三月、最高裁は第一次再審請求を棄却してしまった。熊本の口を封じようとするかのように。現在、第二次再審請求審が進行中である。獄中の巌は七三歳。拘禁症状のため精神状態に困難を抱えている。                                                                                                                                  熊本も平穏ではいられない。合議の秘密を破ったことへの社会的指弾を受け止め、自らをさらし者にしてでも闘い続ける。長い転落の人生から立ち直るのも容易ではない。一方では、熊本証言を「美談」にしようとするジャーナリストがいる。熊本は自分の話を「美談」にするなと述べる。それでも「美談」であることに違いはない。では、いかなる真実がそこにあるのか(緒方誠規『美談の男――冤罪・袴田事件を裁いた元主任判事・熊本典道の秘密』鉄人社、二〇一〇年)。                                                                                                                                           ある映画評は、無実の罪で獄中に捕らわれている巌の「地獄」と、心ならずも死刑判決を書かされ生涯苦悩に追い込まれた熊本の「地獄」を「二つの地獄」と評している。映画もそのように描いているといってよい。しかし、この評価には疑問がある。なぜなら、巌と違って、熊本判事には他に選択の余地があった。「無責任な死刑判決を書くよりも、裁判官を辞するという選択肢があった」のだ(本連載12「砕かれた『神話』――袴田事件」本紙二〇〇七年四月)。裁判官を辞職しても弁護士になることができる。現に熊本は死刑判決を書いた後に辞職して弁護士・大学講師になった。熊本が「法と良心」に忠実であったならば、死刑判決を書く前に裁判官を辞するべきであった。そうすれば自身、四〇年も苦悩し家庭を崩壊させることにもならなかったのではないか。「二つの地獄」を対比するのは適切でない。                                                                                                                                                         それでは巌はどうだろうか。熊本が辞職した場合に、巌の一審判決がどうなったかはわからない。他の二人が死刑意見だったのだから、合議体を編成し直したとしても死刑が待っていたかもしれない。                                                                                                                                                                 しかし、再審請求についてみるなら「付言」の有無が一つの問題になる。熊本付言は厳しい捜査批判を展開しているため、一審合議体が死刑対無罪に割れたであろうことが想像できた。だが、同時に、熊本付言があるがゆえに(熊本の意に反して)「慎重審理の結果として死刑が選択された」と言うことが可能となっている。付言を上級審が読めば真実を見抜いてくれるはずだという熊本の主張には説得力がない。一審で三人のうち二人が真実を見抜くことができない事実を眼にしながら、上級審に期待したというのは世間知らずでしかないだろう。付言は、熊本の甘い期待に反して、事態を悪化させたと見るべきかもしれない。                                                                                                                                                                ラストシーンで、一面の銀世界の中、それでも真実を追い求め、自分を求めて歩む熊本の後ろに、「うしろのしょうめんだあれ」の歌声に呼び寄せられたように、巌の幻影が姿を現す。ファイティングポーズで向き合う熊本と巌――繰り出される巌のパンチ。そして巌の「BOX」の一言。真っ白な世界をどこまでも走り続ける二人・・・。映画が問いかける、二人の、真実――誰もが、そう、誰もが願っている。

砕かれた「神話」――袴田事件

法の廃墟(12)『無罪!』2007年4月                                                                                                            砕かれた「神話」――袴田事件                                                                                                                                                                                                                                                                                                    無罪心証で死刑判決                                                                                                                                                                                                                                                                                                            三月二日の日刊スポーツ(ウェブサイト)は、袴田事件・死刑再審請求審に関して、「袴田事件、元判事『無罪の心証だった』」との見出しで、次のような事実を報道した。                                                                                                                                                                        「静岡県で一九六六年に一家四人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌死刑囚(七〇)が再審を求めている『袴田事件』で、一九六八年の静岡地裁の一審で死刑判決を書いた当時の裁判官が『無罪の心証を持っていたが合議の多数決で敗れた』と告白していたことが分かった。袴田死刑囚の支援団体(静岡市)が二日、公表した。/裁判官は合議体で行う裁判の議論内容などを漏らしてはならないという『評議の秘密』が裁判所法で規定されており、こうした告白は極めて異例。/支援団体によると、元裁判官は九州在住の熊本典道さん(六九)。六六年の第二回公判から、合議の裁判官三人のうちの一人として主任裁判官を務めた。/熊本さんは自白や証拠などに『合理的な疑いが残る』として合議の前に無罪の判決文を書いていたが、裁判長ら二人は有罪を主張。多数決で死刑判決が決まり、熊本さんが死刑判決を書いたという。/昨年末、熊本さんからメールが団体に寄せられ、メンバーが三回にわたり面会。うち一回に同行した袴田死刑囚の姉秀子さん(七四)に対し、熊本さんは『力が及ばず、申し訳なかった』と涙を流して謝罪した。/熊本さんは『私と袴田君の年齢を考えると、この時期に述べておかなければならない』とし、支援活動への協力を申し出ている。/袴田死刑囚は六六年に静岡県清水市(現静岡市清水区)でみそ製造会社の専務一家四人を殺害したなどとして八〇年に最高裁で強盗殺人罪などで死刑が確定したが、冤罪を訴えて再審請求を続け、最高裁に特別抗告中。」                                                                                                                                                                                             つまり、熊本元判事補は、袴田事件の主任裁判官として無罪の判決文を準備していたが、裁判長など二人の判事の多数意見によって二対一の多数決で有罪と決まったため、死刑判決を書いた。自分では無罪と思いながら有罪判決を書いた。しかも、それが死刑判決だというから驚きである。                                                                                                                                                                                         いったん起訴されたら、無実の人間が無罪を獲得するのが非常に困難な有罪率九九・九%の日本の刑事裁判では、裁判官も右から左へ有罪判決を乱発しているのではないかとの「疑い」はずっと指摘され続けてきた。とはいえ、それは外部からの「疑い」の指摘であって、いやしくも裁判官たる者、有罪の確信を持って初めて有罪判決を書いているのだという建前は揺らぐことがなかった。しかし、熊本証言は「神話」を打ち砕いた。「無罪と思いつつ死刑判決を書いた」と本人が言っているのだ。とんでもない裁判官もいたものである。問題は、これが熊本元判事補だけなのかというところにある。裁判所は認めないであろうが、ますます「疑い」が強まる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   再審請求審への影響                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        十亀弘史は、熊本元判事補がテレビ朝日「報道ステーション」に登場して「あの事件は無罪だった」と語ったことについて、「四〇年後であるにしろ元裁判官が冤罪事件について自己の誤りを告白するというのは希有な事態であり、それとして勇気を要したであろうことは十分に想像できます。しかし、その四〇年の間に袴田巌さんその人が蒙った、また今も蒙り続けているいいようのない惨苦を思うと、どうしても、当の四〇年前の時点で熊本判事補にもっと何かができなかったのか、と思わずにいられません」と述べる(本誌第二三号)。                                                                                                                                                                                                 もちろん、できることはあった。無責任な死刑判決を書くよりも、裁判官を辞するという選択肢があった。熊本判事補は、その決断ができなかったが、死刑判決を下した後に苦悩を抱えつつ辞職したという。                                                                                                                                                                                                           熊本元判事補は「これからは袴田さんの再審活動を共に進める」という。他に誰も知らず、沈黙を守り通すことができたのに、あえて自らの誤りを公表し、あらゆる非難を覚悟で袴田再審に協力しようという勇気ある姿勢には、敬意を表したい。                                                                                                                                                                                                     問題は熊本証言が再審請求審に与える影響をどのように見るかである。言うまでもなく、第一の可能性は、熊本証言を再審請求事由に組み入れることであり、再審弁護団が十分に検討しているであろう。死刑判決の有罪認定に至る心証形成過程を再検討する必要がある。                                                                                                                                                                                                                                  しかし、逆の可能性が懸念される。熊本証言を受け容れることは、無罪心証にもかかわらず死刑判決を書いた裁判官が実在したことを認めることである。このような「ありえない事態」を一つ認めてしまえば、刑事裁判に対する社会的信頼が喪われてしまう。他の裁判でも・・・との疑いが続くことになる。このようなことを現職裁判官が正面から認めることができるだろうか。                                                                                                                                                                      免田・財田川・松山・島田死刑再審四事件は、いずれも三〇年という長期にわたる凄絶な闘いを経て、ようやく再審請求事由の存在を裁判官に認めさせ、それによって原判決の事実誤認を認めさせ、無罪判決を勝ち取った。原判決の誤りが正されたが、あくまでも新証拠による事実認定の変化という事態であった。袴田事件における熊本証言の衝撃は、質が異なる。刑事裁判官のプライド(アイデンティティ)そのものへの衝撃となりかねない。「精密司法」と称して優秀さを誇ってきた日本刑事司法の担い手にとって、あくまでも認めがたい事実である。                                                                                                                                                                                            熊本証言の衝撃を抑え込む方法はいくつもありうる。第一に、今になって再審請求のためにこのような証言をしているが、四〇年前に果たしてそのような事実が本当にあったのか疑念を付すことである。第二に、熊本証言が真実であったとしても、他の二裁判官は有罪心証で死刑判決に関与したのだから、事実認定には何ら問題がないと判定することである。熊本元判事補が特異な人物であったかのように描き出せれば、なおよい。                                                                                                                                                                                            再審請求審担当判事にとって、熊本証言を正面から受け容れることは多大な心理的困難を伴う。さらに、熊本証言を除外して客観的証拠による再審開始事由があったとしても、再審開始を認めてしまえば、世間は熊本証言によるものと推測するであろう。熊本証言の衝撃は、裁判官に、いかなる事由であれ袴田事件の再審を認めてはならないという決断を惹起しかねない。こうした懸念を踏まえて、再審請求弁護団と支援者の闘いをいっそう強化しなければならないだろう。

Sunday, March 23, 2014

ヘイト・クライム禁止法(69)モルドヴァ

政府報告書によると、過激活動と闘う法律が制定されているという。過激活動と闘う法律によると、過激活動とは公然たる団体又は宗教団体、マスメディアその他の機関を通じて、人種的、国民的及び宗教的憎悪、並びに社会的憎悪の煽動の目的を持って活動を計画、組織、準備、実行する目的をもった活動である。それには次のものが含まれる。暴力又は暴力の呼びかけ。国民の尊厳の侮辱。イデオロギー的、政治的、人種的又は宗教的憎悪又は敵意を動機とする大衆的騒動、フーガリニズム、蛮行。及び人種、国籍、民族的出身、言語、宗教、性別、意見、政治姿勢、財産又は社会的出身に依拠した市民の排除、優越性、劣等性の促進が含まれる。                                                                           過激活動と闘う法律によると、過激文書とは記録や匿名の公開情報その他の情報であって、過激活動を呼びかけ、過激活動の必要性を正当化し、戦争犯罪や、民族的、社会的、人種的、国民的又は宗教的集団の一部または全部の殲滅に関連する犯罪の実行を正当化するものをいう。                                                                                           公然教唆とは、文書又は電子的マスメディアを通じて、国民的、人種的、宗教的不調和、国民の名誉と尊厳の損壊、人権の直接又は間接的制限を唆すことである。                                                                                               過激活動と闘う法律第六条は、過激活動を行う目的を持った団体の設立を違法としている。司法大臣は検事総長に過激活動団体への警告を要請することが出来る。警告を受けた団体は不服があれば裁判所に提訴することができる。法律第七条は、マスメディアを通じた過激文書の流布を禁止している。検事総長は過激文書流布に警告を与えることができる。不服があれば裁判所に提訴できる。法律第八条は、過激活動のために公共テレヴィ放送を利用することを禁止している。法律第九条は、過激文書の出版と流布を禁止している。過激文書か否かは裁判所が認定する。団体が一二か月の間に二回過激文書を流布すれば、裁判所は当該団体の出版権を終結させることができる。法律第一〇条は、過激文書の記録を作成・保管するとしている。法律第一二条は、外国人が過激活動を行った場合を定め、一定の権利の停止が認められることがある。法律第一三条は、集会における過激活動を禁止している。大衆集会の組織者は集会法に基づいて過激活動をさせないようにしなければならない。法律の適用事例は紹介されていない。                                                                                                 人種差別撤廃委員会はモルドヴァ政府に次のように勧告した(CERD/C/MDV/CO/7. 16 May 2008)。過激活動と闘う法律があるが、人種的、国民的及び宗教的憎悪を含む過激活動をする組織が実際に違法と宣言されず、捜査事例が報告されていないことに留意する。委員会は法律を条約第紙上に完全に合致させて適用するよう勧告した。委員会は警察官、検察官、裁判官その他の法執行官に人種的憎悪や差別に関する研修を義務付けるべきだと勧告した。次回の報告書では、法律適用状況、捜査や犯行者に課された制裁、被害者への補償について報告するよう要請した。

町のつくり直しコミュニティデザイン

山崎亮『コミュニティデザインの時代』(中公新書)                                                                                                          いま「自分たちで『まち』をつくる」というサブタイトルの本がなぜ出ているのか、一体何だろうと思ったが、孤立死、無縁社会の現在、コミュニティをいかにして取り戻すのかを問いかける本だ。設計、建築、都市プランナーの世界に生きてきた著者(京都造形芸術大学教授))が、いまはデザインしないデザイン」を唱え、建物や広場をつくることではなく、人々のつながりをいかに恢復するかに力を注ぐ。有馬富士公園、鹿児島のマルヤガーデンズ、宮崎の延岡駅周辺整備、大阪の近鉄百貨店新本店、姫路のいえしまプロジェクト、島根の海士町プロジェクトなどの実例を紹介しながら、まちづくりワークショップ、市民参加型パークマネジメントの手法を解説する。面白い本だ。                                                                                                                     冒頭の「人口減少先進地」には驚きとともに納得させられた。著者は「人口増減についての空想」として、地方都市で人口減少を嘆く声に対して、急速に人口が減少していると言うが、江戸時代から長い目で見れば、近代日本において急速に増加して、いま元に戻っていると見ることができると言う。日本の総人口は長い間3000~4000万人だったのだから。日本の適正人口は3500万ではないかという「暴論」をさりげなく提示する。視点を変えるということはこういうことだ。                                                                                                      そして著者は「人口減少先進地」という。日本はこれからどんどん人口が減っていくのだから、いますでに減っているところでどのように町づくりができるのか。それが30年後、50年後に他の町の参考になる。人口減少先進地とは例えば秋田県、山形県、和歌山県、島根県、山口県、長崎県である。東京や横浜は後進地だ。「過疎」などと悩まずに「適疎」を目指すという。そのためのプロジェクトを中山間離島地域で試みる。その実践が豊富に紹介されている。

Saturday, March 22, 2014

ヘイト・クライム禁止法(68)アメリカ合州国

政府報告書(CERD/C/USA/6. 24 October 2007)によると、条約第四条の要請は、アメリカ憲法の表現の自由、結社の自由に抵触するので、条約批准時に条約第四条には留保を付したという。暴力を引き起こそうとする言論を制約することができるのは限定的な条件の下でのみであるとして、一九九二年のR.A.V.事件連邦最高裁判決を紹介している。ただし、二〇〇三年のヴァージニア対ブラック事件では、ヴァージニア最高裁が人又は人の集団に対する脅迫の故意を持った十字架燃やしを禁止する規定を憲法違反としたのに対して、憲法修正第一条の表現の畏友の保護は絶対的ではなく、脅迫の故意を持った十字架燃やしは真に脅威あるものである場合には禁止できると判断した。                                                                                           ヘイト・クライムについて、司法省公民権局は人種的、民族的又は宗教的憎悪に動機を持つ暴力や脅迫を禁止している。権利侵害の共謀もこれに含まれる。すなわち、連邦刑法第二四一条は、憲法が保障する権利又は特権の自由な行使又は享受に関して、人に傷害、威嚇又は脅迫をする同意を行った二人以上の者について違法とする。大半の共謀条項と異なって、この共謀には共謀者の一人が実行行為を行うことを必要としない。刑罰は、犯行の事情により、傷害結果を惹起した場合には、終身の刑事施設収容や死刑に至るまでの幅がある。                                                                                        9.11以後、アラブ系アメリカ人やムスリムに対するヘイト・クライムを優先事項として訴追する努力がなされている。                                                                                インターネット上のヘイト・クライムについて、ルノ対ACLU事件連邦最高裁判決は、インターネット上のコミュニケーションは憲法修正第一条の保護を受けるが、言論が特定個人や集団に対する直接の確実性のある脅威となる場合は憲法上の保護を失うとした。  インターネット・ヘイト・クライムの特定や実行犯割り出しの困難性の故に、刑事事件として立件された事案は少ない。司法省少年司法・非行予防局は民間団体と協力して、マニュアル『インターネットにおけるヘイト・クライムを捜査する』を出版した。                                                                ラザニ事件で、二〇〇六年四月三日、アラブ系アメリカ人女性に殺害予告のEメールを送った被告人が六月の自宅拘禁及び三年の保護観察を言渡された。ミドルマン事件で、二〇〇五年一〇月一四日、アラブ系アメリカ人団体に脅迫Eメールを送った被告人が一〇月の刑事施設収容を言渡された。ブラティサックス事件で、二〇〇六年三月一三日、イスラム・アメリカ・センターに脅迫Eメールを送った被告人が二年の保護観察を言い渡された。いずれも日本では通常の脅迫罪である。                                                                                                                   一九九八年、ペンシルヴァニアで白人優越主義者とその団体がウェブサイトにおけるテロ脅迫、ハラスメントのかどでペンシルヴァニア民族脅迫法違反の告発を受けた。白人優越主義者ライアン・ウィルソンとその団体アルファHQ等である。州の公民局職員に対して「木に吊る」という脅迫や、事務所を襲撃するという脅迫がウェブサイトに掲載された。告発を契機にウィルソン等は問題のサイトを撤去することに同意した。このため裁判には至らずに解決した。                                                                                             人種差別撤廃委員会はアメリカ政府に次のように勧告した(CERD/C/USA/CO/6. 8 May 2008)。一定の形態のヘイト・スピーチや十字架燃やしのような脅迫が憲法修正第一条によって保護されないことを評価するが、アメリカ政府が条約第四条の適用に広範な留保を付していることは残念である。委員会の一般的勧告第七(一九八五年)及び第一五(一九九三年)に注意を喚起し、条約第四条への留保の撤回を要請する。委員会は、人種的優越性や憎悪に基づく観念の禁止は表現の自由と合致すること、表現の自由の権利の行使には特別の義務と責任が伴い、人種主義的観念を流布させない義務があると勧告した。