Saturday, March 22, 2014
ヘイト・クライム禁止法(68)アメリカ合州国
政府報告書(CERD/C/USA/6. 24 October 2007)によると、条約第四条の要請は、アメリカ憲法の表現の自由、結社の自由に抵触するので、条約批准時に条約第四条には留保を付したという。暴力を引き起こそうとする言論を制約することができるのは限定的な条件の下でのみであるとして、一九九二年のR.A.V.事件連邦最高裁判決を紹介している。ただし、二〇〇三年のヴァージニア対ブラック事件では、ヴァージニア最高裁が人又は人の集団に対する脅迫の故意を持った十字架燃やしを禁止する規定を憲法違反としたのに対して、憲法修正第一条の表現の畏友の保護は絶対的ではなく、脅迫の故意を持った十字架燃やしは真に脅威あるものである場合には禁止できると判断した。
ヘイト・クライムについて、司法省公民権局は人種的、民族的又は宗教的憎悪に動機を持つ暴力や脅迫を禁止している。権利侵害の共謀もこれに含まれる。すなわち、連邦刑法第二四一条は、憲法が保障する権利又は特権の自由な行使又は享受に関して、人に傷害、威嚇又は脅迫をする同意を行った二人以上の者について違法とする。大半の共謀条項と異なって、この共謀には共謀者の一人が実行行為を行うことを必要としない。刑罰は、犯行の事情により、傷害結果を惹起した場合には、終身の刑事施設収容や死刑に至るまでの幅がある。
9.11以後、アラブ系アメリカ人やムスリムに対するヘイト・クライムを優先事項として訴追する努力がなされている。
インターネット上のヘイト・クライムについて、ルノ対ACLU事件連邦最高裁判決は、インターネット上のコミュニケーションは憲法修正第一条の保護を受けるが、言論が特定個人や集団に対する直接の確実性のある脅威となる場合は憲法上の保護を失うとした。
インターネット・ヘイト・クライムの特定や実行犯割り出しの困難性の故に、刑事事件として立件された事案は少ない。司法省少年司法・非行予防局は民間団体と協力して、マニュアル『インターネットにおけるヘイト・クライムを捜査する』を出版した。
ラザニ事件で、二〇〇六年四月三日、アラブ系アメリカ人女性に殺害予告のEメールを送った被告人が六月の自宅拘禁及び三年の保護観察を言渡された。ミドルマン事件で、二〇〇五年一〇月一四日、アラブ系アメリカ人団体に脅迫Eメールを送った被告人が一〇月の刑事施設収容を言渡された。ブラティサックス事件で、二〇〇六年三月一三日、イスラム・アメリカ・センターに脅迫Eメールを送った被告人が二年の保護観察を言い渡された。いずれも日本では通常の脅迫罪である。
一九九八年、ペンシルヴァニアで白人優越主義者とその団体がウェブサイトにおけるテロ脅迫、ハラスメントのかどでペンシルヴァニア民族脅迫法違反の告発を受けた。白人優越主義者ライアン・ウィルソンとその団体アルファHQ等である。州の公民局職員に対して「木に吊る」という脅迫や、事務所を襲撃するという脅迫がウェブサイトに掲載された。告発を契機にウィルソン等は問題のサイトを撤去することに同意した。このため裁判には至らずに解決した。
人種差別撤廃委員会はアメリカ政府に次のように勧告した(CERD/C/USA/CO/6. 8 May 2008)。一定の形態のヘイト・スピーチや十字架燃やしのような脅迫が憲法修正第一条によって保護されないことを評価するが、アメリカ政府が条約第四条の適用に広範な留保を付していることは残念である。委員会の一般的勧告第七(一九八五年)及び第一五(一九九三年)に注意を喚起し、条約第四条への留保の撤回を要請する。委員会は、人種的優越性や憎悪に基づく観念の禁止は表現の自由と合致すること、表現の自由の権利の行使には特別の義務と責任が伴い、人種主義的観念を流布させない義務があると勧告した。