Wednesday, November 17, 2010

アイヌ先住民族の権利(2)

旅する平和学(35)

先住民族の権利

 二〇〇七年に国連総会が採択した先住民族権利宣言は、先住民族の権利のカタログを列挙している。特に冒頭の三か条は、先住民族の権利の基本的性格を明示している。

「先住民族は、集団または個人として、国際連合憲章、世界人権宣言および国際人権法に認められたすべての人権と基本的自由の十分な享受に対する権利を有する。」(第一条、集団および個人としての人権享有)

「先住民族および個人は、自由であり、かつ他のすべての民族および個人と平等であり、さらに、自らの権利の行使において、いかなる種類の差別からも、特にその先住民族としての出自あるいはアイデンティティ(帰属意識)に基づく差別からも自由である権利を有する。」(第二条、平等の原則、差別からの自由)

「先住民族は、自己決定の権利を有する。この権利に基づき、先住民族は、自らの政治的地位を自由に決定し、ならびにその経済的、社会的および文化的発展を自由に追求する。」(第三条、自己決定権)

 以上の三カ条を見るだけでも、近代人権宣言との共通点と相違点を確認することができる。共通点の第一は、国連憲章、世界人権宣言、国際人権法における人権と基本的自由と示されているように、先住民族の権利が、近代に成立して、現代国際人権法において確認、発展させられてきた自由と人権を基礎にしていることが判明する。第二は、平等の原則、差別からの自由であり、この点も近代法における法の下の平等と同じ土俵の議論である。女性差別、人種差別をはじめとするマイノリティ差別の禁止と同じことが、先住民族についても確認されている。第三は、自己決定権である。近代法においても自由・平等・独立の市民の自由と責任が配備されているのは、自己決定権の要請である。また、二〇世紀におけるウィルソン・レーニンによる人民の自己決定権、大西洋憲章や植民地独立付与宣言などに確認された自己決定権も同様である。

 このように見ると共通点が目立つと思われるかもしれないが、すでに以上の中に相違点が含まれている。「集団または個人として」「先住民族および個人」といった表現に明らかなように、個人だけの権利ではなく、集団の権利が確認されているからである。もともと個人の権利を基本としていた近代法が、人民の自己決定権以後は集団の権利をも内部に取り入れるようになってきた。先住民族の権利はまさに個人と集団の双方の権利として位置づけられている。集団の権利には、人民の自己決定権、平和的生存権、発展の権利などがあるが、先住民族の権利は特定の集団に関わる重要な権利概念である。

同化を強制されない権利

 NGOの市民外交センターによると、先住民族権利宣言は、準備過程の議論では次の九つの部分にわけられていたという。

①人権保障の原則――冒頭に紹介した三か条に続いて、先住民族権利宣言は多様な権利を掲げている。具体的な自治の権利(第四条)、国政への参加と独自な制度の維持(第五条)。

②民族的アイデンティティ全体に関する権利――生命、身体の自由と安全(第七条)、同化を強制されない権利(第八条)、共同体に属する権利(第九条)、強制移住の禁止(第一〇条)。

③文化・宗教・言語の権利――文化的伝統と慣習の権利(第一一条)、宗教的伝統と慣習の権利、遺骨の返還(第一二条)、歴史、言語、口承伝統など(第一三条)。

④教育・情報などの権利――教育の権利(第一四条)、教育と公共情報に対する権利、偏見と差別の除去(第一五条)、メディアに関する権利(第一六条)、労働権の平等と子どもの労働への特別措置(第一七条)。

⑤経済的社会的権利と参加の権利――意思決定への参加権と制度の維持(第一八条)、影響する立法・行政措置に対する合意(第一九条)、民族としての生存および発展の権利(第二〇条)、経済的・社会的条件の改善と特別措置(第二一条)、高齢者、女性、青年、子ども、障害のある人々などへの特別措置(第二二条)、発展の権利の行使(第二三条)、伝統医療と保健の権利(第二四条)。

 ⑥土地・領域(領土)・資源の権利――土地や領域、資源との精神的つながり(第二五条)、土地や領域、資源に対する権利(第二六条)、土地や資源、領域に関する権利の承認(第二七条)、土地や領域、資源の回復と補償を受ける権利(第二八条)、環境に対する権利(第二九条)。さらに、軍事活動の禁止(第三〇条)、遺産に対する知的財産権(第三一条)、土地や領域、資源に関する発展の権利と開発プロジェクトへの事前合意(第三二条)。

⑦自己決定権を行使する権利――アイデンティティと構成員決定の権利(第三三条)、慣習と制度を発展させ維持する権利(第三四条)、共同体に対する個人の責任(第三五条)、国境を越える権利(第三六条)、条約や協定の遵守と尊重(第三七条)

⑧実施と責任――国家の履行義務と法整備(第三八条)、財政的・技術的援助(第三九条)、権利侵害に対する救済(第四〇条)、国際機関の財政的・技術的援助(第四一条)、宣言の実効性のフォローアップ(第四二条)。

⑨国際法上の性格――最低基準の原則(第四三条)、男女平等(第四四条)、既存または将来の権利の留保(第四五条)、主権国家の領土保全と政治的統一、国際人権の尊重第(四六条)。

 このように先住民族権利宣言は、詳細な実体的権利のカタログに加えて、実施措置に関する規定も備えている。

日本政府は、国連総会における宣言採択に賛成投票をし、その後アイヌ民族を先住民族と認めたにもかかわらず、これらの権利を認めようとしない。二〇〇八年の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」、二〇〇九年七月、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」報告書、同年八月、「アイヌ総合政策室」(旧アイヌ政策推進室)設置、同年一二月には、「アイヌ政策推進会議」設置と続いているが、今のところ、北海道以外のアイヌ人口の調査や、象徴的施設の設置といった事項しか検討していない。

これではアイヌを先住民族と認めたといいながら、リップサービスにとどまっていて、レッテル詐欺といわれても仕方がない。自己決定権、伝統や慣習や言語の権利、教育やメディアの権利、土地や資源の権利、環境に対する権利など、宣言が規定する多様な権利の具体化が必要である。アイヌ民族の当事者性・主体性をしっかり確認して、本格的な協議を行なうべきである。