旅する平和学(36)
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人種差別撤廃委員会勧告
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九月一八日、阿部ユポ(北海道アイヌ協会副理事長)は、カトリック正義と平和協議会の第三六回全国集会においてアイヌ民族の歴史と権利について講演した。
北海道アイヌ協会(旧ウタリ協会)は、北海道に居住しているアイヌ民族で組織し、「アイヌ民族の尊厳を確立するため、その社会的地位の向上と文化の保存・伝承及び発展を図ること」を目的とする団体である。
アイヌ民族については、戦後も長い間、行政サイドでは無施策のまま過ぎ、追って生活格差是正の一環としての施策が現在まで続いている。ほとんどの日本国民がアイヌ民族は同化されたと思い込み、その誤まちにも気づかないまま、社会に「単一民族国家」幻想が蔓延していた。
北海道アイヌ協会は一九九〇年代から、国連総会、先住民族作業部会、人種差別撤廃委員会などに参加して、世界の先住民族と交流を深め、先住民族の権利の形成、そしてアイヌ民族に対する差別の是正に取り組んできた。和人とアイヌの不幸な過去の歴史を乗り越え、それぞれの民族の歴史や文化を相互に尊重する多文化主義の実践や人種主義の根絶は、人権思想を根付かせ発展させようとする国連システムの取り組みに符合する。
阿部も、長年にわたって国際人権活動に取り組んできたので、講演においても人種差別撤廃委員会の勧告を紹介した。二〇一〇年二月に開催された人種差別撤廃委員会は、アイヌ民族に関連して、日本政府に対して次のような勧告を公表した(以下、村上正直監訳による)。
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20.委員会は、アイヌ民族を先住民族と認めたことを歓迎し、締約国による約束を反映する諸施策(象徴的な公共施設の設置に関する作業部会の設立、および北海道外のアイヌのおかれた状況に関する調査を行なうための作業部会の設置を含む。)を関心をもって留意しつつも、以下のことに懸念を表明する。
(a)各種の協議体や有識者懇談会においてアイヌ民族の参画が不充分であること。
(b)アイヌ民族の権利の発展および北海道におけるその社会的地位の改善に関する国レベルの調査がなされていないこと。
(c)「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の実施に向けたこれまでの進展が限定的であること(第二条、第五条)。
委員会は、アイヌ民族の代表者との協議の結果を、アイヌの権利を取り扱う、明確で焦点を絞った行動計画を伴なう政策およびプログラムに結実させるべく、アイヌ民族の代表者と協力してさらなる措置をとること、および、そのような協議へのアイヌ民族の代表者の参加を増大させるよう勧告する。委員会は、また、締約国が、アイヌ民族の代表者との協議のもと、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」などの国際約束を検討し、実施することを目的とした第三番目の作業部会の設置を検討するよう勧告する。委員会は、締約国に対し、北海道のアイヌ民族の生活水準に関する国レベルの調査を実施するよう要請し、締約国が委員会の一般的な性格を有する勧告二三(一九九七年)を考慮するよう勧告する。委員会は、さらに、締約国が、国際労働機関の「独立国の先住民および種族民に関する第一六九号条約」の批准を検討するよう勧告する。
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右の勧告に「第三番目の作業部会」とあるのは、日本政府がすでに二つの作業部会を設置しているからである。象徴的な公共施設の設置に関する作業部会と、北海道外のアイヌのおかれた状況に関する調査を行なうための作業部会である。いずれも必要な部会である。 しかし、問題は、日本政府が二つの作業部会しか設置しようとしないことである。
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先住民族の権利から考える
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もともと「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」は、二〇〇七年に国連総会で先住民族権利宣言が採択され、日本政府がアイヌ民族を先住民族と認めたことから始まった。当然のことながら、先住民族権利宣言が保障する諸権利に照らして、アイヌ民族の権利を保障しなければならない。
NGOの「市民外交センター(代表・上村英明)」は、先住民族権利宣言の日本国憲法上の重要な位置づけとして、条約や「確立された国際法規」を「誠実に遵守すること」が定められているとし、先住民族権利宣言は、国内法体系の中で、「参考」以上に重要な役割をもつことを確認すべきだと主張している。日本では、国連宣言に準拠して、アイヌ政策を改善することが、二〇〇八年六月六日に衆参両院で満場一致の決議として採択された。「確立された国際法規」を国内の視点で考えれば、国連宣言が、国連総会で採択された一般の宣言とは異なる重さを認めなければならない。
それゆえ、先住民族の自己決定権、民族的アイデンティティに関する権利、文化・宗教・言語の権利、教育・情報などの権利、経済的社会的権利と参加の権利、土地・領域・資源の権利、自己決定権を行使する権利など全面点検が必要だ。先住民族の土地所有権を始めとする様々な権利や、同化を強制されない権利の観点での検証も重要である。アイヌ民族の権利状況について総合的見直しの必要性がある。
例えば、アイヌ民族の「民族議席」に関する日本国憲法上の妥当性も検討の余地がある。 アイヌ民族が独立を主張するのではなく、日本国の内部にあって自己決定権を享受するのであれば、民族自治機関の構築問題とは別に、国会に民族の希望を反映させるための「民族議席」を設置することは当然の要求である。
本来ならば、アイヌ民族のアイヌモシリ(北海道)に対する土地所有権返還も検証される必要がある。今さら北海道を返還するのは現実的でないと言うかもしれないが、北海道アイヌ協会は北海道全面返還を求めているわけではないだろう。幸にして北海道の半分ほどが国有地である。その順次返還を進めつつ、返還しない場合でも土地利用権を十分に保障していく方策が求められる。
ところが、日本政府は象徴的施設と、北海道外のアイヌ調査しか考えていない。これでは先住民族権利宣言を踏み躙るものと言わざるを得ない。
人種差別撤廃委員会は第三番目の作業部会設置を勧告した。そして、先住民族権利宣言第二条(平等の原則、差別からの自由)と第五条(国政への参加と独自な制度の維持)を特に取り上げている。日本政府は、勧告を受け止めて、誠実に対応するべきである。