安田浩一『ヘイトスピーチ』(文春新書、2015年)
『ネットと愛国』以来、各地でヘイト・スピーチ、ヘイト・クライム、ヘイト・デモの現場を追跡してきた著者による新書である。
新大久保にも鶴橋にも出かけてヘイト・デモ参加者たちの実情を調査し、日本の排外主義と差別の悪化を報告してきた著者は、2014年8月、ジュネーヴの国連人権高等弁務官事務所で開かれた人種差別撤廃委員会における日本政府報告書審査の場にも飛んだ。
本書は日本政府報告書審査の様子から始まる。パレ・ウィルソンの会議室からはレマン湖が見える。天気が良ければ、遥か彼方にモンブランも見える会議室で、人種差別撤廃委員は、日本におけるヘイト・スピーチの悪化に警鐘を鳴らしたが、日本政府は事実を否定する。その場に立ち会った著者は、大阪・天王寺から鶴橋へのヘイト・デモの記憶を呼び戻す。
差別を煽り、殺害と排除を唱える愚劣なヘイト・スピーチの罵詈雑言に耐えてきた著者は、しかし、日本人男性であって、本当の「被害」を受けるわけではない。そのことを自覚する著者は、本当の「被害」にさらされる在日朝鮮人との対話を媒介に、ヘイト・スピーチの害悪とは何かを考える。ヘイト・スピーチとは単なる「スピーチ」ではなく「暴力」である。このことを早くから認識し、訴えてきた著者は、ヘイト・スピーチの発信源を探り、差別煽動の実態をていねいに明らかにしている。加害側を追いかけ取材し、その問題点を解明することに力を注いできたが、本書では被害側への取材も重ね合わせることで、分析が深まっている。
最後に著者は述べる。
「敵を発見し、敵を吊るす――。
社会はいま、こうした憎悪と不寛容の回路の中で動いている。
そうした時代とどう向き合っていくべきか。
法規制をしても、言葉を取り締まっても、おそらく人の住む世に差別は残る。
だが、そこで思考停止してしまうことだけは避けたい。
何度でも繰り返す。
ヘイトスピーチは人を壊す。地域を壊す。そして社会を壊す。
生きていくために、私たちはそれと闘っていかなければならないのだと私は強く思う。」
2010年に私が出した本のタイトルは『ヘイト・クライム――憎悪犯罪が日本を壊す』であった。著者と同じ認識である。