映画『母と暮らせば』の監督は山田洋次、主演は吉永小百合、二宮和也、音楽は坂本龍一という豪華スタッフだ。
こまつ座は、『父と暮せば』(初演1994年)、『木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、蓬莱竜太・作/2013年)、『母と暮せば』(山田洋次監督/2015年)を、「戦後命の三部作」と命名している。『父と暮らせば』は『紙屋町さくらホテル』『少年口伝隊1945』とともに、一部の井上ひさしファンの間では「ヒロシマシリーズ」「ヒロシマ3部作」と呼ばれてきたが、ナガサキを舞台に演劇を作りたいと語っていた井上ひさしの言葉から、映画作りが進められた。決まっていたのは『母と暮らせば』というタイトルだけで、それ以外の資料は残されていない。山田洋次、平松恵美子、井上麻矢らが知恵を寄せ合い、思いを寄せ合った結果、この作品ができあがった。
山田洋次に吉永小百合だけあって、安心して見られる映画と言うのが第一印象。見る前からそうだが、見終わっても同じ印象だ。若い二宮和也、黒木華も好演しているし、脇を固める浅野忠信、加藤健一、小林稔侍、辻萬長らはさすがの演技。
井上ひさし演劇と違って、物語の構造が極めてシンプルだ。『父と暮らせば』も2人芝居のためシンプルだったので、他の井上作品のような多重構造はとらず、どんでん返しもない。結末の意外性や、ひねりはない。それが本作のテーマにふさわしい。
もう一つ、井上ひさし作品との違いは、民衆の戦争責任に言及していないことである。昭和庶民伝3部作でも東京裁判3部作でも、国や天皇の戦争責任を描くとともに、戦争協力した民衆の責任にも視線を配してきたのが井上作品だ。しかし、本作はそこまで射程を及ぼしていない。母と息子の愛情の物語にしたため、民衆の戦争協力を入れると筋立てが変わってしまうからだろう。
ともあれ、これでヒロシマ、ナガサキ、オキナワを舞台にした「戦後命の三部作」が完成した。井上ひさしが描いたのは『父と暮らせば』だけだが、三部作すべて井上ひさしワールドだ。
こまつ座『父と暮らせば』(井上ひさし作)
木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、蓬莱竜太・作/2013年)