大江健三郎『新年の挨拶』(岩波現代文庫、2000年)
雑誌『図書』連載(1992年1月号~1993年8月号)を1993年に単行本とし、岩波同時代ライブラリー(1997年)を経て、岩波現代文庫に収録された。本人が「私の仕事としてよく完結している」と述べている。「この国の文学の伝統にある私小説に近いものを、自分のスタイルで書いたようなこれらのエッセイ」とも説明しているように、大江流私小説と言っても、エッセイと言ってもよいような文章を20編収めている。
同時代ライブラリーに収録された時に購入して読んだが、「私の仕事としてよく完結している」という意味はよくわからなかった。大江が50歳代後半であり、一方で、自分の文学歴(作家としての作品歴と、そのモチーフとなった読書歴、そして何より文学的主題となった息子・光の物語)を振り返りつつ、他方で、年齢的に「生と死」をめぐる思索を展開していた時期だ。
本書でも、亡くなった兄、ハーバート・ノーマンへの追悼、全日本精神薄弱者育成会での講演、旧作「現代伝奇集」の「雨の木」のエピソードの新展開、河合隼雄の心理療法、ザミャーチンの反ユートピア小説、光作曲の「卒業」などを素材に、人生を問い続けている。
同時代ライブラリー版に追加された「あとがき」に相当する「生きられた人生の物語」が解説編となっている。また、この時期、大江は「最後の小説」というアイデアを繰り返し発言し、結局それは「狼少年」に終わったとはいえ、長編3部作『燃え上がる緑の木』に向けて大江文学の新展開を準備していた時期でもある。40歳そこそこの私にとって、当時はサッと読み流す本だったが、60歳を迎えた今、改めて「新年の挨拶」という「人生の挨拶」を感慨深く読むことができた。