Thursday, October 24, 2019

「記憶の暗殺者」との闘い(二)


『救援』2019年2月



刑罰法規の例



 ボローニャ大学ロースクール上級研究員のエマヌエラ・フロンツァの著書『記憶と処罰――歴史否定主義、自由な言論、刑法の限界』(スプリンガー出版、二〇一八年)は、刑事法を活用した「記憶の暗殺者」との闘いを詳細に研究する。歴史否定主義という犯罪の形成から、各国刑事裁判における法適用の実際、自由な言論との関係を分析する。分析対象とされた刑事立法例を紹介しておこう。従来、日本ではドイツやフランスの例だけが紹介され、あたかも例外であるかの如く扱われてきた。しかし、この種の法律は欧州二十数カ国に存在し、欧州においては常識の部類に属する。

 オーストリア:国家社会主義禁止法第三条h項(一九四七年二月一九日、一九九二年三月一九日改正)。処罰される行為は否定、重大な矮小化、是認、正当化。対象は国家社会主義によって行われたジェノサイド及び人道に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は一〇年以下の刑事施設収容。諸個人を特に危殆化すると刑罰は二倍に加重。



 ベルギー:第二次大戦期におけるドイツ国家社会主義によって行われたジェノサイドの否定、矮小化、正当化又は称賛を抑止する法律第一条(一九九五年三月二三日、一九九九年に刑罰改正)。処罰される行為は否定、重大な矮小化、称賛、正当化。対象は国家社会主義によって行われたジェノサイド(定義はジェノサイド条約第二条に基づく)。追加要件は言説の公然性。制裁は八日以上一年以下の刑事施設収容及び〇・六四ユーロ以上一二三・五ユーロ以上の罰金。判決の新聞掲載。

 ブルガリア:刑法第四一九a条(二〇一一年四月一三日)。処罰される行為は否定、とるにたりないと矮小化、正当化。対象は刑法第四〇七条によって定義された平和に対する罪及び人道に対する罪。追加要件は行為が差別的暴力や憎悪を惹起する危険性。制裁は一年以上五年以下の刑事施設収容。

 クロアチア:刑法第三二五条(二〇一一年一〇月二六日)。処罰される行為は否定、とるにたりないと矮小化、称賛。対象は刑法第八八条によって定義されたジェノサイド、侵略の罪、人道に対する罪及び戦争犯罪。追加要件は言説の公然性、及び暴力や憎悪を煽動しうる行為であること。制裁は三年以下の刑事施設収容。

 キプロス:一定の形態の人種主義及び排外主義と闘う法律第一三四条()。処罰される行為は否定、重大な矮小化、称賛。対象は国際刑事裁判所規程第六条~第八条によって定義されたジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪。国際法廷で出された終局判決。追加要件は言説の公然性。制裁は五年以下の刑事施設収容、又は一万ユーロ以下の罰金。

 チェコ共和国:刑法第四〇五条(二〇〇九年二月九日、二〇〇一年の人権と自由を抑圧する運動の支援・流布法が元になった)。処罰される行為は否定、問題視、称賛、及び正当化。対象は刑法第四〇〇条に定義されたナチス及び共産主義によるジェノサイド及び人道に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は六月以上三年以下の刑事施設収容。

 フランス:人種主義・反ユダヤ主義・排外主義抑止法(ゲソ法)第九条(一九九〇年七月一三日)によって導入されたプレスの自由法第二四条(一八八一年七月二九日)。処罰される行為は論争、否定、矮小化、とるにたりないものとすること。対象はニュルンベルク裁判憲章第六条に定義された人道に対する罪、フランスの裁判所の終局判決、国際刑事裁判所規程第六条~第八条に定義された国際犯罪、フランス又は国際裁判所による終局判決。追加要件は言説の公然性。制裁は一年以下の刑事施設収容、又は四五〇〇〇ユーロ以下の罰金。

 ドイツ:刑法第一三〇条三項(一九九四年七月一三日、二〇〇五年三月二四日改正)。処罰される行為は否定、矮小化、称賛。対象は国際刑法典第六条に定義された国家社会主義によって行われたジェノサイド。追加要件は言説の公然性、及び公共の秩序をかき乱す方法で行われたこと。制裁は五年以下の刑事施設収容又は罰金。

 ギリシア:二〇一四年九月四日の法律第二条(二〇一三年の法律により刑法第二六九条改正)。処罰される行為は否定、議論の呼びかけ、矮小化、正当化。対象はホロコースト及びナチス犯罪、国際裁判所又はギリシア国家によって定義されたジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪。追加要件は言説の公然性、及び暴力や憎悪を煽動しうる行為。制裁は三月以上三年以下の刑事施設収容、及び五〇〇〇以上二万ユーロ以下の罰金。加重事由があれば二倍に加重。

 ハンガリー:刑法第三三三条(一九四七年二月一九日、一九九二年三月一九日改正)。処罰される行為は否定、重大な矮小化、是認、正当化。対象は刑法第一四二条に定義するナチス及び共産主義によるジェノサイド及び人道に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は三年以下の刑事施設収容。

 イタリア:一九七五年一〇月一三日の法律第三条(二〇一六年六月一六日改正)。処罰される行為は否定、弁明、重大な矮小化。対象はショア、国際刑事裁判所規程第六条~第八条に定義されたジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪。追加要件は否定が宣伝や煽動を目的とすること、拡散の現実的危険性。制裁は二年以上六年以下の刑事施設収容。

 ラトヴィア:刑法第七四条一項(二〇〇九年五月二一日、二〇一二年に刑罰改正)。処罰される行為は否定、称揚、正当化。対象は刑法第七一条に定義されたジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、平和に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は五年以下の刑事施設収容、又は罰金、又は社会奉仕命令。

 リトアニア:二〇一〇年の刑法第一七〇条二項。処罰される行為は否定、とるにたりないものと矮小化、称賛。対象は国内法、EU法、国内裁判所、国際裁判所によるジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪。ナチス又はソ連邦による侵略。一九九〇~九一年の独立戦争時に行われた重大犯罪。追加要件は言説の公然性、公共の秩序をかき乱す方法で行われたこと。制裁は二年以下の刑事施設収容、拘留、又は罰金。

 ルクセンブルク:刑法第八二条b項(二〇一一年二月一三日、二〇一二年二月二七日改正)。処罰される行為は否定、矮小化、論争、正当化。対象はニュルンベルク裁判憲章第六条に定義された戦争犯罪、人道に対する罪。国内裁判所又は国際裁判所によって認定されたもの。刑法第一三六条に定義されたジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪。追加要件は言説の公然性。制裁は八日以上二年以下の刑事施設収容、及び/又は二五一以上二五〇〇〇ユーロ以下の罰金。